英雄伝説外伝 金の軌跡   作:魔ギア

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第五十一話 《庭園の主》

「私はそこにいる同胞を連れ戻しに来た。返してもらえないだろうか?」

 

 そう言ってゆっくりとした足取りで近づいてくる、自らを《庭園の主》と名乗る謎の人物。

 その人物を一言で表すのなら、黒い人だった。

 

 チャックを全部締めて身体全体を覆い隠した、足首まで届く黒いコート。

 コートについた黒いフードを頭の上から深く被り、素顔が見えない。

 手には黒いグローブが付けており、よく見ると指の部分には硬い何かが埋め込まれている。

 黒いブーツから鳴る足音は部屋一帯に鳴り響く。

 そんな謎だらけの中で唯一わかったのは、声からして目の前にいる人物は男であるという事だけだった。

 

「オランピア、お前は下がってろ」

「エドさん?」

 

 エドはオランピアを呼びかけて、彼女の前に立つ。

 自分とヴィクターが気づくことができなかった、高度な隠密能力。

 近づいてくる男には一切の隙がなく、その佇まいは達人クラスの武闘家のものだった。

 ヴィクターもそれに気づいたのか、宝剣《ガランシャール》を持つ手の握力を強める。

 

「聞き入れねぇ相談だな。七耀教会として、《古代遺物》の不正使用は見過ごせねぇ。何よりも二年前のシモン先生を殺した事件にも関わっているなら、いろいろと聞かなきゃならねぇからな」

「遊撃士協会も同じだ。世界各地で起きている未解決の殺人事件。その犯人がお前らの組織ならば、《支える籠手》としてそのままにはしておけねぇ。協会規約に基づき、お前を拘束させてもらうぜ」

 

 エドが迫りくる《庭園の主》をじっくり観察しているのをよそにセリスとトヴァルが前に出る。

 二人はそれぞれ武器を構えて、《庭園の主》からの要望を拒否する。

 返答がわかっていたのか、《庭園の主》はその場で肩を落として息を吐く。

 

「だろうな。……ならば仕方ない」

 

 《庭園の主》は足を止めて、ゆっくりと身体を低くする。

 片手を胸の前に置き、もう片方の手を前に出す。

 握りこぶしを作り、強く握った両手からはグローブの擦れる音が低く唸る。

 

「残念だが、ここで死んでもらおうか」

 

 ゴウッ、エド達に風圧が押し寄せる。

 すると、エドの視線はいつの間にか天井を向いていた。

 なぜ天井を見ている。いったい何が起きた。

 視界がぐるぐると回り、地面にある"それ"が視界に入る。

 

 

 

 首のない倒れた自分の身体を。

 

「ハッ!」

 

 我に返ったエドは咄嗟に自分の首に手を当てる。

 首は繋がっていた。

 

「な、なんだ、今の……」

「俺、さっき胸を貫かれたような……」

 

 エドだけでない。他の者達も胸やら頭などを触っていた。

 風圧に乗ってきた濃厚な殺気にエド達は自分が殺される光景を幻視してしまったのだ。

 

「そなた達、決して油断をするな!」

「油断した瞬間、一瞬で刈り取られるぞ!」

 

 ヴィクターとエドが同時に仕掛ける。

 正面からの突撃。それに対して《庭園の主》はその場を動かない。

 エドは姿を揺らして《庭園の主》の視界から消える。

 すると、エドは《庭園の主》の背後に現れ、再び接近。

 ヴィクターの横からのなぎ払いとエドの上段からの振り下ろし。

 正面と背後からのタイミングを合わせた同時攻撃が放たれる。

 

「それでは私には届かないよ」

 

 ガンッ!

 ガシッ!

 

「何?!」

「嘘だろっ?!」

 

 《庭園の主》はヴィクターの刃を肘と膝を使って、剣を挟んでその軌道を止めた。

 そして、正面を見据えたまま空いた片手でエドの腕を掴んで剣を止めて見せたのだ。

 そのまま二人を自分の方に無理矢理、引っ張りあげる。

 両腕を引っ込め、体勢を崩した二人に向かって、黒い拳を同時に振るう。

 咄嗟に前にかざした二人の剣に黒い拳が激突する。

 直撃を防ぐことができたが、彼が放つ拳の重さに二人は壁まで吹き飛ばされた。

 

「子爵閣下!!」

「「エド(さん)!!」」

 

 壁に衝突した勢いで辺りに飛び散る砂塵で二人の姿が見えない。

 

「っ! てめぇ!!」

 

 セリスは咆哮を上げて一人で《庭園の主》に向かって突っ込む。

 大型の法剣は刃が分裂し、まるで鞭のように伸びる。

 

「くらいやがれっ!」

 

 蛇のように動く法剣が《庭園の主》に向かって突き進む。

 対して、《庭園の主》はその場から一歩も動かず、身体を横にずらして法剣を躱す。

 セリスは手首を器用に回して、軌道を修正。

 法剣の刃が再び、《庭園の主》へと向かう。

 だが、《庭園の主》は冷静に見切って躱し続ける。

 それでもセリスは諦めず攻撃を続ける。

 

「そこだ!」

 

 伸ばした法剣は《庭園の主》の横を通りすぎる。

 すると、弧を描くように伸びた法剣が彼の周りを一周する。

 気づいた時には、法剣の刃に彼は取り囲まれていた。

 

「縛り上げろ!」

 

 剣の持ち手を強く引き、囲っていた無数の刃が《庭園の主》に向かって一気に狭まる。

 だが、《庭園の主》はその場で大きく跳躍し包囲網を抜ける。

 セリスはそれに瞬時に反応して、身動きが取れない《庭園の主》に目掛けて刃を放つ。

 《庭園の主》は空中で上半身を大きくのけぞり、またもや法剣を躱す。

 そして、彼はいまだ伸び続けている法剣に向かって手を伸ばす。

 ガシッ、という音を鳴らし、法剣の動きが急に止まった。

 

「なんだと!?」

 

 セリスは目の前で起きている光景に瞠目してしまう。

 《庭園の主》は、法剣が伸びたことでさらけ出された刃と刃を繋ぐワイヤー部分を掴んだのだ。

 少しでもタイミングがずれれば、手が刃に当たる恐れがあった。

 にもかかわらず、彼は何の躊躇もなく行動を起こしたのだ。

 《庭園の主》は掴んだ法剣を両手で持ち力強く引っ張る。

 反応に遅れたセリスは剣ごと引っ張られて、空を飛ぶ。

 《庭園の主》はロープのように法剣を振り回して、後ろに投げ飛ばす。

 投げ飛ばされたセリスは地面に叩きつけられた。

 

「野郎!」

 

 トヴァルが即座にアーツを放つ。

 プラズマウェイブ。

 部屋に轟音が轟く。

 雷が波を描くように落ちていき、《庭園の主》の方へと向かっていく。

 《庭園の主》は雷から逃げる素振りを見せなかった。

 それどころか、足をトヴァルの方に動かして雷の中へと突っこむ。

 激走する中、彼の周囲に雷が何度も落ちる。

 中には紙一重の距離で落ちた雷もあった。

 しかし、止まらない。

 どこに落ちてくるのかわからない雷の中を駆け抜けた。

 

「躱された!」

 

 信じられないものを見て、目を大きく開くトヴァル。

 だが、そんな暇はない。

 両腕を振りかぶって迫ってくる《庭園の主》。

 それを見たトヴァルはすぐさま別のアーツを駆動する。

 

「くらえ!」

 

 駆動して、一秒も経たずにトヴァルはアーツを解き放つ。

 

 《零駆動》

 

 下級アーツでも発動するにはかなりの時間を要するのに対して、ほぼコンマ数秒単位でアーツを即座に発動することができるトヴァルの二つ名。

 その名にふさわしく、トヴァルは二つのアーツを《庭園の主》に向ける。

 ストーンハンマー。ファイアボルト。

 最初に放たれた大きな石つぶてが、後ろから追ってきた炎にぶつかる。

 接触した石つぶては炎を纏って、その勢いを加速させる。

 これで当たるとトヴァルは笑みを浮かべるが、すぐに消え去った。

 炎のつぶての先に《庭園の主》の姿がなかった。

 炎のつぶてはそのまま空を切り、霧散する。

 すぐに辺りを探す。すると影が自分を覆いつくす。

 咄嗟に上を向くトヴァル。

 そこには両手を組んで振り下ろそうとする《庭園の主》の姿があった。

 咄嗟にスタンロッドを上げて、黒腕の鉄槌を受け止めるトヴァル。

 

「がら空きだ」

 

 その瞬間、トヴァルの腹に強い衝撃が走る。

 《庭園の主》が着地と同時にトヴァルの腹に強烈な膝蹴りをくらわす。

 腹からの激痛に身体を俯かせるトヴァルに向かって拳を放つ。

 顔面右ストレート。

 腹に向かって左フック。

 最後は身体を回転した回し蹴りが彼の首を捉える。

 抵抗する間もなく吹き飛ばされたトヴァルはスタンロッドを手放し、うつ伏せの状態になり気を失った。

 

「さて……」

「ひっ!」

 

 次々と味方がやられる光景に放心していたオランピアは《庭園の主》の視線に気づき、剣を構える。

 だが、全身が震えており、足が思うように動かない。

 イシュタンティを呼ぼうにも声が出ない。

 《庭園の主》に対して完全に恐怖していた。

 その様子を気にすることなく、彼はオランピアに近づく。

 

「プリズム・キャリバー!!」

 

 しかし、横から割って入った白銀の一閃に進行が塞がれる。

 拳を解き、後ろに跳んだ《庭園の主》は突然の奇襲を難なく躱す。

 

「ボサッとするんじゃありませんわ、エルピス!」

「あ……、デュバリィさん!」

 

 オランピアを助けたのは、この場から撤退したと思われたデュバリィだった。

 彼女に続いて、アイネスとエンネアがオランピアの前に立つ。

 

「蛇の者か。今度は君達が相手をするのか?」

「本来なら介入する必要などありませんが……、マスターの居城でこれ以上の好き勝手は許しませんわ!」

「《D∴G教団》。かの教団の残党だとわかった以上、見過ごすわけにはいかん!」

「悪いけど、倒させてもらうわ!」

 

 《星洸陣》を瞬時に発動。三人が一斉に《庭園の主》へと突撃する。

 最高速度で接近するデュバリィは彼の背後へと移動して剣を振り下ろす。

 《庭園の主》は振り向かずに両手を後ろに組む。

 片足を軸にして、その場から身体を横にずらして剣を躱す。

 

「くっ! 舐めるなですわ!」

 

 怒濤の連撃が《庭園の主》を襲う。

 目にも映らない神速の斬撃。

 その斬撃に《庭園の主》はいまだ腕を組んだまま後ろに下がるだけだった。

 デュバリィは後を追って攻め続ける。

 そこに彼の背後を取ったアイネスがその背中に向けてハルバードを振るう。

 だが、《庭園の主》はその場で高く跳躍してこれも躱す。

 再び空中で無防備になった彼に向けてエンネアが渾身の一射を放つ。

 《庭園の主》が矢に意識を向ける中、自身の身体が影に覆われる。

 頭上に移動したデュバリィが剣を振り上げる。

 同時にアイネスが跳んでハルバードを突き刺す。

 足下からはアイネスが。頭上からはデュバリィが。そして、エンネアが放った矢が一斉に彼へと襲いかかる。

 

「見事な連携だ」

 

 ガシッ、と《庭園の主》はエンネアが放った矢を片手で掴んだ。

 そして、掴んだ矢を頭上から迫ってくるデュバリィに向かって投げ撃つ。

 

「なっ!」

 

 咄嗟に剣を前に出して、矢を弾く。

 ヒヤッとしたデュバリィだったが、身体が何かに引っ張られる。

 《庭園の主》は彼女の足首部分を掴み、足下から迫るアイネスに向けて放り投げる。

 突然のことに二人はそのまま激突し、地面へと急下降する。

 《庭園の主》も下降しながら彼女達を追い、空中で一回転。

 足を大きく上げて、彼女達に向かって振り下ろす。

 

「「かはっ!」」

 

 上のかかと落としと下からの地面の衝撃に挟まれ息をすべて吐き出す。

 二人は積み重なった状態で動かなくなった。

 

「焔よ!」

 

 すると、今度は吹き飛ばされていたセリスが法剣に炎を灯して向かってくる。

 

「砕け散れ!!」

 

 上段から勢いよく振り下ろしてくる斬撃が《庭園の主》を襲う。

 だが、振り下ろす前に《庭園の主》が彼女の懐に跳び込む。

 

「ぐぁ!」

 

 助走して放たれた肘打ちにセリスは法剣を手放してしまう。

 《庭園の主》はさらに足を上げる。

 槍の如く鋭い蹴りが彼女の胸へと突き刺さる。

 高く上へと飛ばされたセリスは地面に叩きつけられ、そのまま意識を手放す。

 

「猛虎!」

 

 次々と脱落者が出てくる中、炎の虎が《庭園の主》に一直線に向かう。

 《庭園の主》牙を突き立てる炎の虎に向けて、両手を前にかざす。

 

「……ふんっ!」

 

 《庭園の主》は炎の牙を掴み、虎の進行を止める。

 

「なるほど。これが剣聖の一撃か」

 

 わずかに押されたことに称賛する《庭園の主》。

 それに対して、炎の虎に化けていたエドは《庭園の主》を睨みつける。

 その眼は《魔眼》を解き放っており、今にでも殺さんと言わんばかりの眼つきだった。

 

「それが君の《魔眼》か……」

「捕まえた!」

 

 《魔眼》に意識を向いている隙に《庭園の主》の腕を強く掴むエド。

 さらに彼をその場から動かさないように足を踏みつけて拘束する。

 

「ヴィクター卿!」

「承知!」

 

 エドの声に彼と一緒に復活したヴィクターが《庭園の主》に向かう。

 狙うは首。

 手と足を拘束され身動きが取れない彼のうなじ目掛けて、刃を振るう。

 

「惜しかったな」

 

 ガンッ、と音が鳴り、剣が何かに阻まれる。

 《庭園の主》のうなじを守るかのように金色の陣が浮かび上がっていた。

 エドはその陣に見覚えがあった。

 

「法術! ヴィクター卿、離れて!」

「遅い」

 

 ヴィクターがその場を離脱する前に陣から鎖のようなものが飛び散る。

 飛び散った鎖はヴィクターを絡め縛り上げる。

 

「ぐっ、何だ、力が……」

 

 鎖を振りほどこうと抗うヴィクターだったが、なぜか力を込めることができず、その場で膝を崩してしまう。

 

「外法を拘束するために作られた高等法術。なんでお前がそんなものを!」

「使えるものは学ぶ主義なのでね。これで剣匠殿も離脱だ」

 

 《庭園の主》は首を動かし、エドの頭に向けて頭突き。

 不意打ちをくらって思わず拘束を解いてしまうエド。

 解かれた瞬間、《庭園の主》はエドの懐に飛び込み両腕を腰に添える。

 両腕が放たれるガトリング砲のような拳の嵐がエドの懐を深く抉る。

 次々と襲ってくる衝撃の連続にエドの身体が浮き上がり、吹き飛ばされる。

 

「エドさん!」

 

 転がり倒れるエドに近づき、アーツで治療を行うオランピア。

 

「くっ……、オランピア、お前は下がれ!」

「その必要はない。……すぐに終わる」

 

 ゆっくり近づいていた《庭園の主》は足を強く蹴り、倒れ込むエドに止めの一撃を刺す。

 

「だめ!」

 

 すると、エドの前に誰かが割り込む。

 《庭園の主》の一撃はエドに当たることはなく、割り込んできたエンネアに直撃する。

 

「か……は……」

「エンネアさん!」

「!」

「かばったか。だが、無意味なことだ」

 

 《庭園の主》自分の腕に倒れ込んでいるエンネアを横に投げ捨てる。

 地面に倒れ、朦朧とする意識の中、エンネアはエド達に声を振り絞る。

 

「にげ……て……」

 

 それを最後にエンネアは意識を手放した。

 

「っ! オォオオオオ!!」

 

 それを見たエドは倒れている自分の身体を無理矢理起こし、《庭園の主》に向かう。

 《庭園の主》は両手を前に組んで、エドと立ち合う。

 

(……よく観ろ!)

 

 少しの挙動も見過ごさないと《魔眼》の力を最大にして、《庭園の主》動きを観察するエド。

 《庭園の主》が放つ拳を見切り、剣で受け止める。

 グローブに埋め込まれた金属と何度もぶつかり、そのたびに甲高い音が部屋に鳴り響く。

 

(こっちの動きは全部、読まれている。攻めたとしてもカウンターをくらうのがオチ。ならば、受け身の体勢を維持し続けて、隙を作った瞬間、一撃で仕留める!)

 

 次々と打ってくる拳を全て受け止め、その機会を待ち続けるエド。

 頭に目掛けて飛んでくる拳を受け止め、何度目かわからない鍔迫り合いの状態になる。

 

 ドカッ!

 

「うごっ!」

 

 だが、その鍔迫り合いは一瞬で終わった。

 エドの懐に《庭園の主》の拳打がめり込んでいた。

 意識が飛びそうになったエドだったが、咄嗟に唇を噛んで何とか意識を保つ。

 

「いったい、何が……?!」

「観えているよ。私もね」

 

 何が起きたのか考えようとするが、再び襲ってくる拳に阻まれる。

 次は腹に目掛けて左フック。

 エドはこれを剣で受け止めるが、今度は顎に強い衝撃が走る。

 《庭園の主》が放った右拳のアッパーがエドの頭を打ち抜いたのだ。

 頭がぐらつく中、エドは自分に何が起きたのか、ようやく理解する。

 

(こいつ……、一撃目と二撃目の攻撃をほぼ同時に撃っていやがる!)

 

 しかも、二撃目の存在を悟られないように、一撃目の攻撃と身体を反らすことでその存在を上手く隠している。

 

(今のままじゃダメだ。もっと奴の動きを観ろ!)

 

 力を最大にしていた《魔眼》の力をさらに上げるエド。

 限界を超えて行使する眼は炎に炙られているかのような熱と激痛に蝕まれる。

 それでも、エドは《魔眼》を解かず、さらに力を上げようとする。

 

「アァアアアアアア!!!!」

 

 獣のように吼えるエドは《庭園の主》の攻撃を何度も受け止める。

 だが、その度に二撃目を何度もくらい、身体中が悲鳴を上げる。

 それでも、エドは止まらない。

 《魔眼》の力をさらに引き上げ、《庭園の主》の動きを注意深く分析する。

 

(観ろ! 視ろ! 見ろ! みろ! みろ! ミロ! ミロ! ミロ!!)

 

 もはやエドは正面から迫る拳しか見ておらず、他のことは頭の隅へと追いやる。

 思考を一点に振り絞って、集中力を極限にまで高めていた。

 

「次で終わりだ……」

 

 意識が朦朧とし、おぼつかない立ち姿を見て、《庭園の主》は今度こそ止めの一撃を仕掛ける。

 今までと同じく、身体を反らす形で一撃目を放つ。

 その一撃をエドは剣で受け止める。

 そして、コンマ数秒の差で放つ二撃目。

 今度は心臓を貫くつもりで勢いを強くする。

 吸い取られるようにエドの胸に目掛けて向かってくる黒い拳。

 黒い砲弾のように放たれた拳は無慈悲にエドの胸を貫く。

 

 

 

 ――ガシッ!

 

「っ!」

 

 《庭園の主》の動きが止まった。

 横から割り込んできた手に腕を掴まれて進行が止められた。

 

「はぁ、はぁ、観え……たぞ!」

 

 なんとエドが今まで見切れなかった二撃目の拳打を掴んだのだ。

 素顔は見えないが、この時、初めて《庭園の主》は動揺を露わにする。

 それが最初にして最後の隙だった。

 

「ハァアアアア!!」

 

 エドは受け止めていた拳を自分の方へと引っ込める。

 引っ張れた《庭園の主》の身体はエドとの距離を縮める。

 そして、エドは足を前に出し、剣を両手で持ち直して《庭園の主》との距離をさらに縮める。

 

「これで決める!!」

 

 ――八葉一刀流 肆の型

 

「終の……太刀!」

 

 ほぼ零距離から放たれる最後の一撃。

 これを決めなければ、その先におとずれるのは敗北という名の「死」。

 それを本能で察知したエドは全神経を研ぎ澄まして、自身が持つ最強の奥義をぶつける。

 

「断空!!」

 

 万物全てを切り裂く肆の型。

 それを極限にまで磨き上げた至高の一閃。

 防御不可の一撃必殺の刃。

 究極の一撃が《庭園の主》に迫る。

 

 

 バシィイイ!!!

 

 

 何かが強く叩く音と共にエドの斬撃が城の壁を一閃する。

 二階を支えていたポールが全て切り裂かれ、二階部分の部屋が一階の部屋に落ちていった。

 オランピアは両手を顔の前にかざして、落ちた衝撃で起きた突風に耐える。

 風が静まり、辺りが静寂に包まれていくのを感じたオランピアはゆっくりと視界を開ける。

 

「さすがに少しヒヤッとしたぞ」

 

 そこには信じられない光景が広がっていた。

 エドが放った防御不可の一撃を《庭園の主》は両手で剣を挟んで受け止めていたのだ。

 

 真剣白刃取り。

 

 神業を成し遂げた《庭園の主》の姿にエドの思考が停止する。

 

「君の一撃は確かに見事だ。当たれば確実に斬られていただろう。……だから、斬られないよう真横から止めるしかなかった」

 

 軽々と言う《庭園の主》だが、口で言う程、簡単なものではない。

 剣の軌道に入れば斬られてしまう。

 だから、剣の軌道と平行な位置関係を維持しながら剣を挟んだのだ。

 少しでもずれていれば、《庭園の主》の手は飛ばされていただろう。

 

「だが、これで詰みだ」

 

 ――パキンッ!

 

 《庭園の主》は掴んだ刀身を持ち、へし折った。

 太刀を折られ、辺りに破片が飛び散る。

 

「死ね」

 

 その言葉を最後にエドの身体が吹き飛ばされる。

 地面に何度も叩きつけられ、仰向けの状態で止まった。

 

「エドさん!」

 

 オランピアは急いで、エドの元へと走る。

 膝を着いて、エドの身体を必死に揺らす。

 

「エドさん! 起きてください! エドさん!」

 

 何度も揺らしても、一向に動かないエド。

 その姿を前にオランピアは涙を流し続ける。

 

「無駄だ。今の一撃で心臓を止めた。その者はもう死んでいる」

「そんな……」

 

 告げられた残酷な言葉にオランピアは心が折れてしまった。

 

「さて、これで終わりに……」

「ゴホッ! ゴホッ!」

 

 オランピアを始末しようと《庭園の主》が彼女に近づこうとしたその時、大きな咳が響き渡る。

 

「ガハッ! ゴホッ!」

「あ……、エドさん!!」

 

 突如、息を吹き返したエドは懸命に息を吸おうと動けない身体を動かそうとあがく。

 そんな彼を見て、オランピアはすぐにエドを介抱する。

 

「狙いが外れた……?」

 

 死んだと思っていたエドが生きていたことに《庭園の主》は驚愕する。

 《庭園の主》は先程の一撃で仕留めたと本気で思っていた。

 拳を受け止めたことといい、《庭園の主》にとっては予想外の連続だった。

 

「……まさか」

 

 《庭園の主》は何かに気づき、エド達を注意深く観察する。

 まだ戦うのか、必死に立ち上がろうとするエドにオランピアが治療しながら必死に声をかけていた。

 

「……試してみるか」

 

 《庭園の主》は重心を低くして地面を蹴る。

 それに気づいたエドだったが、深手を負い、身体を上手く動かせない。

 

「っ! ダメ!」

 

 すると、オランピアがエドの前に立って両腕を広げる。

 エドは声を出そうにも力が出ない。

 《庭園の主》は手のひらを広げて手刀を作る。

 オランピアを貫こうと彼女の胸の中心に目掛けて腕を伸ばす。

 

「っ!!」

 

 だが、《庭園の主》は急に足を止めて、すぐさま後ろに引く。

 

 

 ズトンッ!!

 

 

 先程、《庭園の主》がいた場所に何かが飛来した。

 かなりの重量だったのか、突き刺した際、かすかに地面が揺れた。

 オランピアは突然の飛来物に目を丸くする。

 

「…………槍?」

 

 それは槍よりもサイズが大きいランスと呼ばれるものだった。

 地面に突き刺された銀のランスは、この世のものとは思えない異質な存在感を発していた。

 

「そこまでです」

 

 声が響いた。

 部屋一帯に響く澄んだ声。

 突如、聞こえた覚えのない声にオランピアが混乱に陥る中、ランスの傍に金色の光が照り付ける。

 光が消えて、オランピアはそこに現れた人物を見る。

 

 身体を覆う大きな銀の甲冑。

 顔を隠した銀の兜面。

 そして、兜面からはみ出て、マントと共になびかせる美しい金色の長髪。

 

 神秘的といっても過言でないその姿にオランピアは言葉を失ってしまう。

 

「まさか、ここで出て来るとは……、予想外だ」

「これ以上の行為は許しません。戦うというのなら……、今度は私が相手をしましょう」

 

 結社《身喰らう蛇》、第七柱。

 《鋼の聖女》アリアンロード。

 結社最強の武人が刺されたランスを引き抜き、《庭園の主》に穂先を向けるのだった。




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