英雄伝説外伝 金の軌跡   作:魔ギア

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第五十二話 《鋼の聖女》

 《身喰らう蛇》。

 未だに正体や目的が謎に包まれた秘密結社。

 わかっていることは、《盟主》と呼ばれているリーダーの存在。

 かの《エプスタイン財団》をも超える技術力を有していること。

 そして、《執行者》、《使徒》と呼ばれる達人クラスの猛者たちがいるということだ。

 そんな魑魅魍魎ともいえる猛者たちの中で、"最強"と呼ばれる存在は誰なのか。

 

 全てを焼き尽くす劫炎の魔人か?

 

 修羅の道を突き進む剣の帝か?

 

 黄金の蝶を纏わせる妖艶の凶手か?

 

 聞かれた者の中には、彼らの名前を挙げる者もいるが、大半の者はやはり彼女の名前を挙げるだろう。

 

 《使徒》第七柱、《鋼》のアリアンロード。

 

 中世の騎士のような装いをした、謎めいた女性。

 だが、その実力は正に最強。

 "武"の至高と呼ばれるのに相応しい存在だ。

 

「なるほど。実物は噂以上ということか」

 

 そんな最強の武人にランスの切っ先を向けられているにもかかわらず、《庭園の主》は冷静な態度を崩さなかった。

 

「さすがにあなたが相手となると無事ではすまないか……」

 

 《庭園の主》は拳を突き出して《鋼の聖女》を注視する。

 対して、《鋼の聖女》はランスを静かに構え、慎重に見据える。

 二人の間に流れる長い沈黙。

 どちらともその場から一歩も動かず、相手の様子を伺っていた。

 その様子をオランピアとエドは離れた場所から見守っていた。

 オランピアは息を飲み、額から出て来る汗をぬぐう。

 再び二人の方に視線を向けるが、二人の姿はそこから消えていた。

 

「え?!」

 

 いったいどこに、と探そうとした瞬間、状況が一気に動き出した。

 

 ブゥン、と音を鳴らして現れる両者。

 その距離は踏めこめば、懐に潜れるまで近づいていた。

 

「ハァアアアア!!」

 

 アリアンロードは《庭園の主》にランスを突く。

 一呼吸で放たれた槍は残像を生み出す。

 重い質量を感じさせない、猛烈な勢いで放たれる連続の刺突。

 それだけで彼女の技量が常人を逸脱していることが明白だとわかる。

 

「……フッ!」

 

 《庭園の主》はその場で足を止めて、上半身を小さくする。

 両腕を胸の前に置き、上半身のみを動かして躱し続ける。

 彼の動きもまた残像を生み出し、腹の上から身体が分裂しているようだった。

 

「グッ!」

 

 この時、初めて《庭園の主》に傷がつく。

 アリアンロードの刺突が彼の肩を貫いたのだ。

 《庭園の主》は拳でランスを打って無理矢理に弾く。

 そして、そのまま彼女の懐へと飛び込む。

 アリアンロードはランスを持つ手を捻らせる。

 

 ドンッ!

 

 《庭園の主》はランスの側面に強く打たれ、吹き飛ばされた。

 吹き飛ばされた《庭園の主》は左手を地面に手を付けて勢いを殺す。その後、地面につけた手をばねにして後ろに跳ぶ。

 無事に着地した《庭園の主》は立ち上がり、アリアンロードを自分の視界に入れる。

 

「あなたの実力は確かに高い。達人クラスの技を完璧に見切れるその動体視力は脅威ですが、身体の方が反応できていないようですね」

 

 アリアンロードはランスを下ろして《庭園の主》を評価する。

 

 

 ――ピキッ

 

 

 どこからか割れる音が響いた。

 音が聞こえた方にオランピアは視線を向けると、アリアンロードの兜面にひびがついていたのだ。

 《庭園の主》はランスをくらう直前に自身の拳を彼女の兜面にぶつけていたのだ。

 彼女の実力を知っている者がこの光景を見ていれば驚愕を禁じ得ないだろう。

 彼女の兜面に傷をつけられる者など、ゼムリア大陸を探しても十人もいないのだから。

 

「……なるほど。リベールでレーヴェを退けたのはあなたでしたか」

「《剣帝》か……。中々の実力だったよ」

 

 《庭園の主》は心当たりがあったのか低い声で冷たく笑う。

 今から約一週間前。リベール王国に赴いていた結社の《執行者》が重傷を負って帰還してきた。

 その者は結社の中でも高い実力を持っていたため、彼が深手を負って帰ってくるなど誰も想像ができなかったのだ。

 

「ですが、その腕では私を倒すことはできません」

 

 アリアンロードは対面しているにもかかわらず、構えもしずにぶら下げている彼の右腕を見下ろす。 

 先程の一撃で右腕の骨が折れてしまったのだろう。

 アリアンロードの指摘を否定するような素振りは見せず、黙って受け入れる《庭園の主》。

 

「ぐっ、うぉおおおおおお!!」

 

 直後、《庭園の主》の背後から男の雄叫びと共に何かが壊れた音が鳴る。

 声がした方に振り向くと、ヴィクターが鎖を引きちぎり拘束を解いたのだ。

 

「はぁ……、はぁ……、不覚を取った」

 

 ヴィクターは息を整え、ガランシャールを両手で持ち直して闘気を込める。

 

「わるいが、時間をかけるわけにはいかない。一気に片を付けさせてもらう」

 

 ヴィクターは拘束されている間、《庭園の主》にやられたトヴァルとセリスの様子を確かめていた。

 倒れていてわかりにくかったが、わずかに肩が動いていた。

 二人は事前に補助アーツ《クレスト》を自身に重ね掛けしたことで、致命傷を避けていたのだ。

 

「さすがに分が悪いか……」

 

 前方には《鋼の聖女》。

 後方には《光の剣匠》。

 

 挟み撃ちの状態に陥っていた《庭園の主》はそうつぶやき、構えを解いた。

 

「まぁ、いい。当初の目的は果たした。これ以上は無粋だろう」

 

 《庭園の主》は周辺を見渡す。

 アリオッチの姿はどこにもなく、すでにこの場から離脱していた。

 

「それに、確かめることもできた」

 

 《庭園の主》はアリアンロードの後ろで自分を睨みつける、黄金の眼を見据える。

 

「それでは私はここで失礼するよ。余計なことはしないことだ」

 

 《庭園の主》の言葉に彼と対峙する二人は眉をひそめる。

 

 これ以上続けるなら、倒れている者から始末する。

 

 言外からそう伝わってきたのだ。 

 二人が動かないのを理解したか、《庭園の主》は懐から年期が入ったランタンのようなものを取り出す。

 ランタンに火が灯った瞬間、《庭園の主》の後ろに黒い渦のようなものが表れる。

 

「あれは……?」

「《精霊の道》に近い……、転移型の《古代遺物》ですか」

 

 《庭園の主》は渦の中へと向かう途中、顔をエドの方へと振り向く。

 

「《黒金の剣聖》。この先、君の眼が何を写すのか。次に会う日まで楽しみにしているよ」

 

 それを最後に《庭園の主》は渦の中へと入っていき、渦は小さくなって消えていった。

 脅威が去って緊張が抜けたのか、はたまた身体の限界を迎えたからなのか。エドのまぶたがゆっくりと閉じ、そのまま意識を手放すのであった。

 

 

 ~~~~~~~~~~

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 女は暗い道なりを懸命に走っていた。

 靴を履いていない裸足は傷だらけで所々血が出ていた。

 だが、女は足を止めなかった。

 彼女の背中には彼女の宝があるからだ。

 

「もう少し……、あともう少しだからね、エド」

 

 女は必死になって自分の背中で寝ている自身の息子に声をかける。

 しかし、息子の意識は朦朧としており、その目には光がなかった。

 その姿に女は顔を歪ませるが、頭を振って前を走り出す。

 チャンスは今しかない。

 このロッジを指揮しているかつて愛したあの男は今、他の司祭を連れて別のロッジに赴いている。

 約五年という月日をかけて、ようやく見つけたチャンス。

 これを逃せば、自分も息子も陽の当たらない暗闇で一生を過ごすことになる。

 それだけはさせない。させるわけにはいかない。

 大人として、母親としてそのようなことだけは絶対にさせない。

 

「いたぞ!」

「サンプルも一緒だ!」

「っ!!」

 

 後ろの方から、けたたましい男の声が轟いた。このロッジで留守をしていた司祭たちだ。

 女はそれに目もくれずに必死に前を走り出す。

 だが、体力の限界をとっくに超えていた女の走りは徐々に遅くなっていき、後ろから追ってくる男達との距離が縮んでいく。

 

「がっ!」

「ぎゃっ!」

 

 突如、後ろから男達の悲鳴を上げ、同時に転ぶ音が急に耳に入ってきた。

 何が起きたのか確かめたかったが、そんな余裕はない。

 女は後ろを振り向かずにただ前へと突き進むのであった。

 

 

 ~~~~~~~~~~

 

 

 七耀暦1201年 エレボニア帝国 レグラム 6月19日

 

 

「ぐ……、ん……」

 

 身体から伝わる痛みに男は目を覚ます。

 下から柔らかい感触が伝わり、上からは何かかけられた感触があった。

 

「ここは……、アルゼイド家の……」

 

 自分がベッドに寝かされていることに気づいた男――エドは首を動かして辺りを見渡す。

 そこは自分とオランピアがレグラム滞在中に泊まっていたアルゼイド邸の部屋。

 いまだ痛みを感じる身体を動かし、上半身を持ち上げる。

 外を見ると月が空に昇っており、街は祭りの最中なのか、明かりに照らされて賑わっていた。

 起き上がったエドは外を眺めながら、しばらく放心していた。

 

「……さっきの夢は……」

 

 エドは先ほど見ていた夢を思い出す。

 あれが何だったのか、エドは何となくではあったが理解していた。

 

「あれは……母さんの、過去?」

 

 かつて、エドの母――アルマ・スヴェルトはエドの父が仕切っていた教団ロッジから自分を連れて脱出した過去があった。

 その時のことはエドもかすかに覚えていたが、あそこまで鮮明には覚えていなかった。

 あの時のことで覚えているのは……。

 

「……オランピア」

 

 エドは自分の手から伝わる感触に気づき、視線を手の方に移す。そこにはオランピアが、エドの手を握りながらベッドに身体を預けて眠っていた。

 よく見ると、目元のシーツには濡れた染みが残っており、服も破れた後や泥の染みがついており、ボロボロの状態だった。

 城からここに運ばれてからずっと看病していたのだと、エドは察する。

 

「やっと、起きたんですの」

 

 その時、部屋の窓の方から声が届いた。

 窓の方に視線を向けると、そこには腕組みをしながらこちらを見つめるデュバリィがいつの間にか立っていた。

 

「まったく、まさか丸一日も寝ているだなんて、暢気なものですわね。だいぶ待ちくたびれましたわ」

「……そのわりには、祭りを楽しんでいたんだな。口元に食べかすが残ってるぞ」

「んなっ!」

 

 デュバリィは慌てて口元を拭い、まるで何事もなかったかのように再び腕組みする。

 まだ、ほんの少し残っていたが、また指摘すると話が進まないと思い、エドは黙ることにした。

 

「それでわざわざお忍びで来た理由は何だ? それよりもあれからどうなったんだ?」

「それを説明しにきたんですわ。マスターからも言伝を頼まれています」

 

 デュバリィは簡潔に城でのことを説明する。

 《庭園の主》が撤退した後、アリアンロードは《庭園》を壊滅させるため、ヴィクターに共闘を持ちかけた。

 《身喰らう蛇》としてではなく、アリアンロード個人として。

 《D∴G教団》の残党である《庭園》とそのリーダーの脅威を実感したヴィクターはそれに賛同。お互いに協力者を集め、《庭園》の制圧に向けての準備を執り行うことになった。

 現在、ヴィクターは遊撃士協会、七耀教会と協力し、《庭園》の情報を各国の軍、警察組織などに送ることで協力を仰ごうと取り組んでいる。

 一方で、アリアンロードは結社の《執行者》や猟兵といった裏の住人達に協力を求め、各地へと赴く予定のようだ。

 

「というわけですので、あなた達とは協力関係を結びますので今後ともよろしく、とのことです」

 

 デュバリィはそれを最後に窓の縁に足をかける。

 

「それでは失礼いたしますわ。まずは傷ついた身体を癒やしなさい。その子もあなたを心配してずっと傍にいたんですのよ」

 

 デュバリィはいまだにエドの手を握っているオランピアを優しい眼差しで一瞥し、その場から立ち去る。

 

「待ってくれ」

 

 その時、エドがデュバリィを呼び止める。

 呼び止められると思わなかったのか、デュバリィは少し驚きながらもエドの方に振り返る。

 

「俺からも一つ、言伝を頼みたい」

 

 エドはデュバリィに言伝の内容を伝える。それを聞き終えたデュバリィは今度こそ、部屋から立ち去るのであった。

 デュバリィを見送ったエドは一息ついた後、改めてオランピアを見つめる。

 年相応のあどけない寝顔を見せる少女は無意識にエドの手を強く握りしめる。

 それに答えるかのようにエドも彼女の手を握り返す。

 

(《庭園の主》……、高いな……)

 

 エドは《ローエングリン城》で出会った黒コートの男を思い出す。

 自分やヴィクターがいながら、あの場にいる全員を制圧してしまう圧倒的な実力。

 次に会っても自分は彼に勝つことができない。

 自分に立ちはだかる高い壁を前にエドは顔をひどく歪ませる。

 

「エド……さん……」

 

 その時、オランピアがボソッとエドの名を呼ぶ。

 まだ彼女の目は瞑っており、起き上がる様子はない。

 

「……エドさんが、みっしぃに覆われて、みっしぃに……」

「どんな夢を見てるんだよ……」

 

 自分がみっしぃになる姿を想像し、思わず苦笑いするエドはいまだに夢の世界に浸っている少女を温かく見守る。

 

「そうだな。守るって約束したからな」

 

 相手が自分よりも強いのなら、今よりももっと強くなればいい。

 剣の道。武の道に終着点などないのだ。

 《剣聖》など通過点の一つに過ぎないのだ。

 何よりも自分には今、守らなければならないものがある。

 ならば、こんなことで諦めるわけにはいかないのだ。

 

 

 ~~~~~~~~~~

 

 

 エベル街道のはずれにある高台。

 いつもなら霧に包まれているその地は、珍しく晴れていた。

 そこに《鋼の聖女》アリアンロードがレグラムの方を眺めながら佇んでいた。

 

「マスター。ただいま戻りました」

 

 そんな彼女の背後にアイネスとエンネアが現れ、彼女の近くで片膝を着く。

 

「おかえりなさい。報告をお願いします」

「はっ。マスターの指示通り、《執行者》と接触し、《庭園》殲滅の協力を仰ぎました」

「《黄金蝶》、《幻惑の鈴》、《痩せ狼》、《怪盗紳士》、《殲滅天使》、《剣帝》、そして《劫炎》。以下七名が了承してくださいました」

「マクバーンが? 珍しいですね。彼が協力してくれるとは。それにレーヴェ……、彼の容態はもう大丈夫なのですか?」

「はい。彼の下を訪れた時、リハビリとして《痩せ狼》と一戦を交えていました。」

「《劫炎》の彼については、《剣帝》を打ち倒した存在に興味が湧いたらしいです。《痩せ狼》も同様です」

「なるほど。彼ららしい理由ですね」

 

 納得がいったのかアリアンロードはそれ以上の言及はせず、最後の部下の帰りを待つ。

 

「お、お待たせいたしましたわ!」

 

 遠いところから大声で近づいてくる少女。

 汗を流して、全力疾走してくるデュバリィはアイネス達よりも前に出て、膝を着く。

 

「ぜぇ……ぜぇ……、ご、ご報告いたしましゅわ、マスター!」

 

 疲れていたのか、口を嚙んでしまったデュバリィ。

 それに対して、必死に笑うのを耐えるアイネスとエンネア。

 自身の失態に顔を真っ赤にしながらも、デュバリィは毅然とした態度で敬愛する主に顔を向ける。

 

「スヴェルトが目を覚ましました。ご命令通り、マスターからの言伝を送りました」

「無事に目覚めましたか。彼の様子はどうでしたか?」

「はい。本調子に戻るには時間はかかりそうですが、本人の気力は満ち溢れておりました。それともう一つ、彼からマスターへの言伝を預かりました」

「彼は何と?」

「はい。『助けてくれたことを感謝します。この借りは必ず返します』とのことです」

 

 デュバリィは顔を動かし、エンネアの方に振り向く。

 

「それから、エンネア。あなたにも彼から言伝です」

「え?」

 

 目を丸くするエンネア。アリアンロードとアイネスも興味があったのか、デュバリィから伝える彼の言伝に耳を傾ける。

 

「……『()()も助けてくれてありがとう』とのことです」

「!」

「私達は気を失っていたから知りませんけど、あなた彼を二回も助けたのですか?」

 

 デュバリィの問いかけに対いて、エンネアは何も答えない。

 顔を下に向いたまま、何も口にしなかった。

 彼女が彼を助けたのは、《庭園の主》との戦いの時の一度だけ。二回も助けてはいない。

 ではなぜ、エドは「二回も」と言ったのか。

 

「……覚えて、いたのね」

 

 エンネアは誰にも聞こえない声でつぶやく。

 彼女はその意味を正確に理解していた。

 理解してしまい、ひそかに涙を流していた。

 

「エ、エンネア!」

「どうした? 突然、泣き出して」

「……何でもないわ。ちょっと目にほこりが入っただけよ」

 

 手で涙を拭い、顔を上げるエンネア。

 その様子をデュバリィとアイネスは首を傾げるが、アリアンロードだけは優しく微笑んでいた。

 

「全員、準備はよろしいですね。これより我々《鉄機隊》は《庭園》殲滅に向けて活動を開始します。あなた達はこれまで通り、三人で行動してもらいます」

「「「了解。我が主(イエス・マスター)!!」」」

 

 《鉄機隊》の三隊士は息を合わせ、自身の主に応える。

 主のため、そして己が信じるものを貫くため、彼女達はその決意を胸に動き出すのであった。

 

 

 ~~~~~~~~~~

 

 

「いたぞ!」

「サンプルも一緒だ!」

 

 廊下の先にある三叉路でそんな声が大きく響いた。

 しばらくすると見覚えのある女性が、私の方に目もくれずに真っ直ぐ走っていた。

 あの狂った地獄の中で唯一、味方になってくれた大人。

 その人の背中には彼女の息子が乗っていた。

 私と同じように実験体にされた同い年の男の子。

 彼はあの地獄の中でいつも私達を守ってくれた。

 実験体にされそうな子供をいつも庇い、自分を犠牲にしていた子。

 私もまた彼に助けられた子供の一人。

 私はそんな彼に対して、何もしてあげられなかった。

 実験体にされるのが、想像を絶する痛みに襲われるのが怖くて、彼に甘えてしまった。

 そんな日が続き、とうとう彼は物言わぬ人形へと成り果ててしまった。

 どんなに声をかけても反応しない。ただ前を呆然と眺めているだけの彼を見て、我が身可愛さで彼を犠牲にした自分の醜さを思い知らされた。

 そんな自分を否定したかったのか、それともせめてもの罪滅ぼしだったのか、二人を追う司祭を私は弓で撃ち抜いた。

 その後、あの人達がどうなったのかはわからない。彼らの逃亡を手助けしたことで私は別のロッジに移され、彼と同じように物言わぬ人形にされた。

 マスターに救われ、ようやく自由を得た私の中に残っていたのは、あのロッジで出会った二人の親子。

 あの後、彼らがどうなったのか、自分なりに調べた。

 知った時はひどく狼狽したものだ。

 いつも私を助けてくれた彼が指名手配されていたなんて。

 自分がやったことは無駄だったのではないのかと思ってしまった。

 彼とレグラムで再会した時は本当に驚いた。

 あの時はあまりに突然だったから、挨拶することができなかったけど、城で再び彼に出会った。

 お互いに名前を教えて、それなりに話したが、これといった反応はなかった。

 無理もない話だと思う。彼にとっては思い出したくない過去。私のことなど彼が助けた子供の中の一人でしかないからだ。

 でも、彼は覚えていた。あの地獄で最後に会った時のことを。

 あの時、意識がほとんどない彼の虚ろな目には、私の姿が映っていたのだ。

 それを知った時は驚きもあったけど、同時に嬉しかった。

 自分がやったことは無駄なんかじゃなかったのだと。

 ならば次に会った時、その時はちゃんと伝えよう。

 私を守ってくれて、ありがとう。

 今度は私があなたを助けます。




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