ここから本格的に彼女も参戦です。
それでは間章、ご覧ください。
第五十四話 天の車
七耀暦1201年 エレボニア帝国 帝都ヘイムダル上空 7月6日
エドワード・スヴェルトは懐かしさのあまり、珍しくも心ここにあらずの状態だった。
目の前に広がっている光景をただ呆然と眺めるエド。
彼が最後にその場所に足を踏み入れたのは、まだ十歳の頃。
祖父の上司であるグンター・バルクホルンに連れてこられ、祖父と共にそれに乗った。
正面を見ると、何度も雲が通り過ぎ、満天の星空が大きく広がっていた。
その景色すべてが昔見たものと何一つ変わっていなかった。
「やっぱりすごいな……、メルカバ」
《星杯騎士団》の《守護騎士》のみが所有する特殊作戦艇――メルカバ。
今から三十年程前に発見された《古代遺物》を基盤に、七耀教会とエプスタイン財団が秘密裏に協力して造られた代物だ。
「オルテシア卿。まもなく帝都近郊になります」
「ステルス機能を維持して、高度を上げろ。気づかれねぇようにゆっくりとな」
「イエス・キャプテン」
操縦士の報告にブリッジ中央にある機長席に座っている、《星杯騎士団》の《守護騎士》――セリス・オルテシアは迅速に指揮を出す。
「すごいですね。ステルス機能なんて初めて見ました」
「まぁ、いまだ軍用機には搭載されていない機能だからな」
感心するように声を上げる少女――オランピア・エルピスの隣に立っているエドはふとセリスの方に視線を移し、その横顔を見つめる。
「……セリス。お前、そろそろ休んだ方がいいんじゃないか?」
「ん? 何だよ急に。アタシはまだ大丈夫だ」
「自分の顔を見てから言え。額から汗が出ているぞ」
「え!?」
セリスは慌てて、額に手を当てる。湿った感触が手に伝わり、セリスは赤くなった顔を見られないようにエドから顔を逸らす。
「疲れが溜まってるんだろう。もうすぐ就寝だ。とっとと部屋に戻って、しっかり休め」
「け、けどよ……」
「や・す・め」
「……おう」
エドが向ける有無を言わせない笑顔。
その笑顔から放たれる強いプレッシャーにセリスは頷くことしかできなかった。
周囲で経緯を見物していた従騎士たちは思わず感嘆の声を上げる。
「オルテシア卿を黙らせたぞ」
「あんなオルテシア卿、初めて見ました」
「勇ましいというか、獰猛というか、いつものオルテシア卿とはイメージが違いますね」
「聞こえてんぞ、てめぇら……」
従騎士たちがこっそり話し合っているのを見ていたセリスは苛立ちを感じ、眉間にしわを寄せた。
それに気づいた従騎士たちはまるで何事もなかったかのように作業に戻る。
セリスは大きく息を吐いて、機長席から立ち上がる。
ブリッジから出ようと扉へと向かう前に、エドの方に振り向く。
じっとこちらを見つめる彼女のメッセージを理解したのか、エドは無言で首を縦に振る。
それを確認したセリスは嬉しそうに口角を上げて、軽い足取りでブリッジを出ていった。
「エドさん、さっきセリスさんと見つめ合っていましたが、あれは何だったんですか?」
先程の光景が気に触ったのか、オランピアはジト目になりながらエドを見つめる。
「『後で面を貸せ』っていう意味だよ。たぶん、今後のことで相談があるんだろう」
「それなら、この場でも良かったじゃないですか。どうして、わざわざ二人っきりになる必要があるのですか?」
「いや、それはだな……」
ご機嫌斜めの様子で睨み続けるオランピアに、エドは何と答えればいいのかと言葉を詰まらせる。
その様子にオランピアはため息をついてドアの方へと足を運ぶ。
「オランピア? どこに……」
「甲板です。少し舞の練習をしてきます」
それを最後にエドからそっぽ向くオランピアはそのままブリッジを後にした。
オランピアの急な冷めた態度にエドは言葉を失い、その場から一歩も動けずにいた。
「これって三角関係ってやつだよな」
「オルテシア卿もですが、オランピアちゃんも大変ですね……」
「あのスヴェルト卿のお孫さんとは思えない誑しぶりだな」
「あんたら……」
再び、ひっそりと話し合う従騎士たちにエドの口元が引きつる。そして、従騎士たちは何事もなかったかのように、再び作業に戻った。
「はぁ……、あいつも大変だな」
愉快な従者たちを持ってしまったセリスに少し同情してしまうエドだったが、同時に彼らのフレンドリーなところには少し感謝していた。
(ガイさんの話で少し心配だったけど、いい仲間を持ったな)
かつてエドと共に事件の追っていた、今は亡きクロスベル警察の捜査官――ガイ・バニングスが調査のためにアルテリア法国へと訪れた時、喪失感に苛まれていたセリスの姿を聞いて、エドは彼女のことをずっと心配していたのだ。
指名手配にされたことで教会関係者の誰もがエドのことを目の敵にしており、彼と付き合っていたセリスとも距離をとるようになった。
セリス自身もエドのことで荒っぽい性格が悪化していたため、孤立気味になっていた。
それを見かねた総長のアインは優秀かつ偏見を持たない者を彼女の従騎士に任命したのだ。
(お師匠さんには感謝だな)
内心でアインに感謝するエドはそのままブリッジを後にした。
~~~~~~~
メルカバは二段構造となっており、先程、エドたちがいたのは上層のブリッジエリア。
そして、今、彼が向かっているのは下層のラウンジエリアである。
「よぉ。待ってたぜ」
ラウンジエリアの奥にある工房に足を踏み入れたエドは先に来ていたセリスと合流する。
「エド、こいつを」
セリスはテーブルに置いてあった鞘に収まった剣を手に取り、それをそのままエドに渡す。
受け取ったエドは鞘から剣を抜き、顔の前に刀身をかざす。
「さすがに太刀はなかったから、そいつで我慢してくれ」
「いや、充分だ。ありがたく使わせてもらう」
レグラムで繰り広げた死闘。
その際にエドは太刀を折られてしまい、今、彼の手元には武器がない。
そこでセリスは工房に立ち寄り、太刀の代わりになる武器を探していたのだ。
エドが手にした剣は、彼が使う反りの入った太刀ではなく、両刃の直剣だった。
刀身は市販の直剣よりは少し細いが細剣よりは太い。
できるだけエドが持っていた太刀に近いサイズのものをセリスが選んでくれたのだ。
「太刀の方はこっちで何とかするから、そんなに落ち込むな」
「やっぱ、太刀じゃなきゃダメだったか?」
「俺達、八葉一刀流の剣士にとって、太刀は魂のようなものだからな。……それにあの男に生半可なものは通じないからな」
「……そうだな」
エドとセリスの頭に過ったのは、《ローエングリン城》で出会った黒づくめの男――《庭園の主》である。
エドとセリスが他の協力者と共に戦ったにもかかわらず、彼に傷一つ負わせることができず、逆にその圧倒的な実力に打ちのめされた。
二人の身体にはまだその時に負った傷を治療した痕が残っており、その姿は痛々しいものだった。
「しっかし、じっちゃんめ。いったいどこに行っちまったんだ?」
剣に鞘を収めて腰に掛けたエドはそう悪態をつく。
それに賛同するかのようにセリスも頷きながらもため息をつく。
「まさか、先生が行方不明だなんてな……」
エドたちは《庭園の主》の正体を掴むべく、《崑崙流》の筆頭伝承者であるグンター・バルクホルンとの接触を試みた。
グンターと同じ《守護騎士》であるセリスを経由して彼を探し出そうとしたが、今年の四月下旬くらいに行方不明になっていたことが判明した。
「従騎士を一人も連れて行かず、しかもメルカバも置いていった。普通ならば誘拐だと考えるが……」
「先生に限ってそれはないな」
グンターの実力を知っているエドとセリスは彼が誘拐された可能性は万に一つもないと確信していた。
「となると、じっちゃんは自分の意思で行方を眩ませたってことになる」
「何のために、そんなことすんだよ」
セリスの返しにエドは手を顎に付けて、深く考え込む。
正直言えば、エド自身もまったく心当たりがない。
「……考えられることがあるとするなら、教会には言えない事情に首を突っ込んでいる可能性だな」
「うちらに言えない事情?」
「おじいちゃんかシモン先生なら知っていたかもな」
ともあれ、グンターの行方がわからないエドたちは彼が行きそうな場所をしらみつぶしに探し回ることになった。
レグラムを出てから、すでに二週間。
今のところ、行った場所すべてが空振りに終わっており、次で五件目になる。
「……なぁ、エド」
「なんだ?」
「お前と一緒にいる、あのオランピアっていうガキのことなんだけどよ」
セリスからの突然の振り出しにエドは驚いてきょとんとする。
当のセリスは睨みつけるほど真剣な目つきでエドをじっと見る。
「あいつのこと、これからどうするんだよ」
「どうするっていうと?」
「《庭園》と決着がつくまでは一緒にいることに関しては別にいい。だけど、その後はどうすんだ?」
セリスの言及にエドは顔を逸らすが、セリスに顔を掴まれて、無理やり自分の方へと向ける。
今のエドとオランピアは共に《庭園》に狙われている立場にあり、運命共同体といってもいい間柄だ。
《庭園》の追撃が終わらない限り、二人が離れることはないだろう。
だが、すべてが終わったその後は?
「あいつの事情とかは大体聞いた。あいつの罪は重いが、情状酌量の余地はあるし、《庭園》の壊滅に貢献すれば、その分、罪も軽くなる。だけど、その後はどうすんだ? まさか、お前があいつを引き取るって言うのか?」
「それは……」
「たとえ、罪が軽くなって、あいつが早く自由になったとしても、あいつの罪は消えない。あいつに殺された遺族がどこかであいつの存在を知って、復讐してくることだってある。それにお前が巻き込まれるなんてアタシは嫌だぞ。何よりもあいつは……」
「セリス」
掴まれた手を外して、セリスの言葉を遮るようにエドは強い口調で彼女を呼ぶ。
「お前の言っていることもわかる。罪はそう簡単には消えない。罪に対する罰も所詮は裁く人の裁量で決めた罰だ。その罰に万人が納得できるなんてことはない」
人によって作られた法は完璧ではない。
仮に事件の真相、容疑者の心情を理解したとしても、それで容疑者にどんな罰を与えるのかは、最終的には与える者の心次第だ。
そして、その罰に遺族の人たちが納得するか、しないのかもその者たちの心次第なのだ。
「あいつが自由になって、何をしたいのかはわからない。でも、あいつがそんなことにはならないように、俺も可能な限り助けるつもりだ。……約束だからな」
エドはセリスに向けてニヤッと笑う。
「『困っている奴がいたら、絶対に助けろ』ってな」
「っ! バ、バカ。いきなり、何言ってんだ」
かつて自分と交わした約束を口にされて、頬を赤くしてエドから目を逸らすセリス。
「お前との約束を破るつもりはない。それに、あいつとも約束したんだ。守るって。だから、あいつのことは俺に任せてくれ」
セリスの頭に手を置き、優しく彼女を撫でるエド。
セリスは忌々しげにエドを睨むが、抵抗するような素振りは見せず、そのまま黙って撫でられるのであった。
~~~~~~~~~~
ブリッジエリアから真っ直ぐ進んだ扉の先。
メルカバの甲板に着いたオランピアは、夜に吹くひんやりとした風を全身で受け止めながら静かに舞っていた。
――チャリン、チャリン
レグラムでクレアからもらった神楽鈴を手にして舞うオランピア。
その動きはしなやかで、一切の淀みがなかった。
――チャリン、チャリン
先程までの苛立ちはどこにいったのか、彼女の心は潮が引くように静まっていく。
舞っている時に浮かべる儚げな顔は、彼女の容姿も相まって、普段よりも可憐に見えてしまう。
――チャリン
「ふぅ……」
一通り舞い踊り、息を整えるオランピア。
空の上では空気が薄いため、地上よりも疲れやすい。
それでも踊りきることができたのは、彼女のこれまでの努力と彼と共に歩んだ波乱万丈の旅路のおかげだろう。
――パチ、パチ、パチ
後ろから鳴る音にオランピアは驚き、慌てて後ろに振り向く。
そこには扉の近くで拍手するエドの姿があった。
「前よりも洗練されているな。すごく綺麗だったぞ」
「あ、ありがとうございます」
彼に褒められて、少し顔を赤くするオランピア。その表情はどこか嬉しそうだった。
「えっと、セリスさんの用は終わったのですか?」
「あぁ」
「そうですか。……あの、エドさん」
「なんだ?」
「セリスさんとはこれからどうするのですか?」
突然のオランピアの質問にエドは目を丸くする。
ついさっき、似たようなことを聞かれたばかりだ。
「どう、というのは?」
「お二人は付き合っていたんですよね。誤解も解けたみたいですし、よりを戻すのですか?」
エドは二年前の最後にセリスを傷つけ、その罪悪感からか彼女と距離を取っていた。
だが、今はそれもなくなり、互いに負い目を感じることもなくなった。
そんな二人がこれからどうするのか、オランピアはどうしてもその事を聞きたくなったのだ。
「……少なくとも、今はない」
長い沈黙の末、エドは静かに答える。
しばらくエドの眼をじっと見つめるオランピア。
彼の真意を見抜こうとその視線を外さない。
「……それはどうして?」
「まだ、俺の問題が解決していない。今、よりを戻せば、あいつも追われる立場になる。それだけはさせたくねぇ」
「そう、ですか……」
エドの答えに対してどこかホッとするオランピアだったが、彼の中にあるセリスの想いに気づき、息苦しくなる。
この気持ちが何なのか。何と呼ぶものなのか。今の彼女にはまだわからない。
「オランピア」
「……はい」
エドはオランピアに近づき、そっと頭を撫でる。
「レグラムの時にも言ったよな。あいつのことは当然、大切だけど、同時にお前のことも大切に思っている」
頭から来る心地良さを感じながら、オランピアは黙ってエドの言葉に耳を傾ける。
「だから、心配すんな。お前のことは見捨てねぇし、絶対に守ってやるから、安心しろ」
「……はい」
今はまだわからない。でも、いつか絶対に見つけてみせる。
密かにそう決意するオランピアは無意識に口角を上げるのであった。
~~~~~~~
明日の早朝に次の目的地へと到着することがわかったエドたちは、次の日に備えて少し早めの就寝をとる。
「ふぅ……」
エドは携帯用寝袋の中に入り、ラウンジの隅っこで静かに眠りに入ろうとしていた。
ちなみにこの場にオランピアはいない。
最初はオランピアもエドの隣で一緒に寝ようとしたところをセリスが断固拒否。
セリスの個室へと無理やり連れ去られてしまい、エドは一人で寂しく布団にくるまっていた。
「じっちゃん……」
エドはラウンジの天井を見つめ、探し人であるグンターのことを考える。
自分の祖父と母の上司にして、二人と共に自分を育ててくれたご老人。
セリスを含めて数多くの弟子を持ち、誰からも尊敬される人格者。
だが、小さい頃から一緒にいたエドにとっては、どちらかというと親戚のおじいちゃんの方の印象が強かった。
教会にいた頃、グンターとかなり親しげに話すエドの姿を見た弟子の中には、驚愕する者や困惑する者もいた。
「明日行く場所にもいなかったら、もう行く宛てが思い当たらねぇな」
グンターの趣味や性格をそれなりに理解しているエドは、次の目的地に彼がいることを期待し、そのまま眠りに落ちるのであった。
~~~~~~~
――ポンッ
頭から伝わる冷たい感触に重い瞼をゆっくり開ける。
その先に広がるのは、真っ暗な闇。
眠りについてどのくらい経ったか、光のない世界ではまったくわからない。
確かめようと身体を動かそうとするが、ピクリとも動かない。
いや、動けないんだ。
俺が自分自身で動けなくしたのだから。
ヨコセェ……! スベテヨコセェ……!
耳に入るのは、不愉快な奴の声。
意識が覚醒するのを見計らうかのように、毎回、耳元で囁いてくる。
その声を聴くだけで寝ぼけていた意識が一気に覚醒してしまう。
アキラメロッ……! ワレニサシダセッ……!
うるさい。
イマノキサマニナンノイミガアルッ……!
うるさい。
ダレガイマノキサマヲアイストイウノダッ……!
うるさい。
ダマッテワレニサシダセッ……! ソシテ、アノオンナヲッ……!
黙れっ!!
口を大きく開き、己の下を噛み千切る。
口の中に血が溢れ溜まっていき、息が苦しい。
何度も経験する、気が遠くなりそうな激しい痛み。
だが、それがどうした?
彼女が抱くものに比べれば、こんな苦しみなど、痛みなど何の苦にもならない。
…………
ささやきが消え、静寂に戻った。
口を開き、
もはや、習慣になってしまったこの行動。
再び目を閉じ、意識を沈める。
今、俺がこのまま外に出るわけにはいかない。
あいつをどうにかしない限り、ここを出ることはできない。
だから、どうか、どうか……
誰もここを訪れませんように。
そして、彼女に出会いませんように……。
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