英雄伝説外伝 金の軌跡   作:魔ギア

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それではご覧ください。


第五十五話 蒼穹の大地

 七耀暦1201年 7月7日

 

 朝日が昇り始め、景色が明るくなり始める早朝。

 目的地にたどり着いたメルカバは高度を下げて、地面に降り立つ。

 無事、着陸したのを確認したセリスはエドとオランピアを連れて、外へと向かう。

 

「エドさん、大丈夫ですか?」

「……あぁ、大丈夫だ」

 

 大きく口を開けて、あくびをするエド。

 昨晩、妙な夢を見たエドは予定よりも少し早く起きてしまい、寝不足気味のようだ。

 

「ったく、だらしねぇぞ。着く頃にはシャキッとしろよ」

「わかってるよ、セリス。……いや、オルテシア卿」

 

 エドは懐から認識阻害の眼鏡を取り出し、それをかけながらセリスを敬称で呼ぶ。

 エドは現在、彼女の従騎士という名目で共に行動している。

 服装もそれに合わせて、いつもの黒コートではなく、教会の神父が着る法衣を身に纏っていた。

 一方、オランピアも二人に合わせて、メルカバの倉庫の奥にしまってあったシスターが着る修道服に身を包んでいた。

 サイズに関しては、不思議なことに十二歳の彼女にピッタリだった。

 用意してくれた従騎士が言うには、元々はセリスのものだったが、発注ミスをしてしまい、そのまま奥にしまったという。

 ちなみに、これを見た当時のセリスは自身のコンプレックスをストレートに突きつけられて、エドが止めるまで暴れ続けたというのは言うまでもない。

 

 それはさておき、セリスの部下という立場になったエドは本当は部下ではないことを他の者に悟られないようにするため、セリスのことを名前で呼ばないようにしていたのだ。

 それを若干不服そうにして顔をしかめるセリスだったが、すぐに前を向いてメルカバのハッチを開ける。

 二人を連れて外に出るセリスは地面に足を着けると同時に到着した目的地を一望する。

 

「……すごい」

 

 最初に口を開いたのはオランピアだった。だが、その一言を述べた後、そのまま黙ってしまった。

 一方でエドとセリスも一面に広がるその景色に口を開けたまま、言葉を失っていた。

 

 三人の目に映る景色は緑一色で染まった雄大な大地。

 建築物といった人の手で作られたものが一つもなく、地平線の彼方まで続く大草原。

 時々、吹いてくる暖かな風は心地よく、街中や空で感じたものよりも優しい。

 

「ここがノルド高原か……」

 

 エドたちが降りたったのはエレボニア帝国の北東に位置する大地、ノルド高原と呼ばれるところだ。

 二百五十年前にあった《獅子戦役》の際、戦争を終わらせ、後に皇帝となった《獅子心皇帝》ドライケルス・ライゼ・アルノールがその地に住んでいる騎馬の民族、ノルドの民を引き連れて挙兵した地として、その名が知られている。

 エレボニア帝国の国旗に描かれている黄金の軍馬は、ノルドで生産されている軍馬をモチーフにしているなど、帝国との親交はかなり深い。

 

「ここに先生がいるのか?」

「それはまだわからないが、じっちゃんの話だと巡回神父として、この地で日曜学校の先生をしていたらしい」

 

 セリスは感心したように声を唸らせ、高原の端から端までを見渡す。

 

「……どこにも見当たらねぇな」

 

 目的地であるノルドの民が住む村を探すセリス。

 だが、改めて見渡す景色は、どこも変わらない緑広がる大草原。

 村の影や形はおろか、人が住んでいる形跡などどこにも見当たらなかった。

 

「ここはノルド高原の北側に位置していて、このまま南下すれば村に着くらしい」

「らしいって……、そこまで、歩いて行くのか?」

 

 セリスは顔を引きつらせて、再び大草原を見渡す。

 地平線の先まで広がる大自然。

 どこにあるのかわからない村を徒歩で探し出すのは、病み上がりの身では無謀すぎる。

 

「そこは一応、考えてある。オランピア、頼めるか」

「わかりました」

 

 エドはオランピアに振り向き、視線を向けられた彼女は応えるように頷く。

 オランピアは懐からオーブメントを取り出し、導力を注ぎ込む。

 

「イシュタンティ!」

 

 オランピアが背負っているリュックから弾き出されるようにパーツが飛び出した。

 パーツは一つ一つ繋がっていき、やがて一体の天使となって地上へと舞い降りた。

 

「何度も見るけど、《古代遺物》をここまで改良するなんてな。結社の技術も侮れねぇもんだぜ」

 

 セリスは感心しつつも、複雑そうに顔を曇らせてイシュタンティを見つめる。

 

「こいつに乗って南に向かう。その気になれば全員乗れるだろう」

 

 イシュタンティは両手を前に降ろして、三人を待つ。

 エドは二人に先に行くように視線を送るが、オランピアがゆっくりと首を横に振る。

 

「エドさんとセリスさんが先に乗ってください」

「いや、俺はぶら下がって行くつもりだから。腕にはお前が乗っとけ」

「ダメです。まだ、身体は完治していません。そんなことすれば、身体に負荷がかかります」

 

 《庭園の主》との戦いからすでに二週間は過ぎている。

 包帯などはまだ巻かれているが、ほとんど治っており、戦闘にも支障がないくらいには回復していた。

 だが、念には念をとオランピアはエドの身体を気遣い、反抗的な態度をとる。

 

「でも、それだとお前の場所が……」

「心配いりません。場所ならあります」

 

 さぁ、と手をイシュタンティの方にかざして、先に行くようにと急かすオランピア。

 しぶるエドだったが、ここはオランピアを信じて従うことにした。

 まず、エドとセリスがイシュタンティのそれぞれの腕の上に腰を下ろした。

 初めて乗るセリスは少しバランスを崩しそうになるが、イシュタンティが腕を器用に動かして乗り心地を調整する。

 二人が乗ったのを確認したオランピアはエドの方に近づく。

 

「失礼します」

「なっ!」

「お、おい……」

 

 オランピアはエドの上に乗っかり、エドの膝の上に座る。

 突然の彼女の行動にエドは困惑し、セリスは驚くが、すぐにオランピアをキッと睨みつける。

 

「オランピア、お前……」

「これならば、問題ないと思いますが……、ダメでしたか?」

 

 首を傾げて、下から見上げるオランピアにエドは口をつぐむ。

 あどけない表情で目をうるっとしながら見上げてくる少女。わざとだと思いそうになるが、おそらく無自覚でやっているのだろう。

 ――さすがに彼女をぶら下げるような危険なまねはさせられないか。

 心の中でそう言い聞かせて諦めたエドは彼女の腰に腕を回して、自分の方へと引き寄せる。

 身体を包んでくる彼の温もりにオランピアは顔を少し赤くする。

 

「そ、それでは行きましょう。イシュタンティ、お願い」

 

 震えた声で放つ主の指示を受諾し、翼を広げたイシュタンティは蒼穹の大地へと飛び立つ。

 エドの指示で地面すれすれの高さで飛ぶイシュタンティは、少しずつ速度を上げて大自然を突き進む。

 正面から来る風に目を少し閉じるが、肌から伝わる暖かくも気持ちの良い風に三人は顔を緩ませる。

 

「エドさん、もう少し高く飛びませんか? 高く飛べば、村もすぐに見つかると思うのですが……」

「撃墜されるかもしれないから、却下だ」

「げ、撃墜!?」

 

 物騒な単語に瞠目するオランピアに、エドは話を続ける。

 

「ここはクロスベルと同じで帝国と共和国に挟まれた場所に位置しているんだ。両国の軍が配備されていて、常に相手国の動きを監視している。もし、見つかったら相手国が送ったスパイやら兵器やらと難癖を付けて、落としてくる恐れがある」

「メルカバも同じだ。一応、あれは七耀教会じゃ極秘中の極秘になっているから、他の国にはその存在を知られていない。見つかっちまったら新型船だって言われて落としてくるだろうな」

 

 二人の説明に納得し、オランピアは高度を上げるのを諦める。

 正直言えば、地の果てまで続く大自然を高いところから眺めたいという欲求があった。

 少し落ち込んでいたオランピアは気晴らしにと思い、首を動かして大草原を眺める。

 しかし、あるものが目にはいり、意識が一気にそれに引き寄せられてしまった。

 

「エ、エドさん! あれを!」

「ん、何かあるのか、オラン、ピア……」

「あぁ? どうしたんだよ、急に、黙って……」

 

 エドとセリスはオランピアが指した方に振り向くと、目を大きく開いて急に黙ってしまった。

 三人はその場所の近くまで寄っていき、そびえ立つ"それ"を下から見上げて口をぽかんと開ける。

 それは大自然にはそぐわないものではあると同時に、常識を逸脱していたものだったからだ。

 

「……巨人?」

「でかすぎだろ……」

 

 それは岩に埋められていた高さ何百アージュを軽く越えた岩の巨人だった。

 遠くからでも細かく、精巧に作られているのがわかり、とても自然の力で作り上げられたものには見えなかった。

 

「これは、何なのですか?」

「……わからない。少なくとも人工物であるのは間違いないだろうけど……」

 

 さすがのエドも言葉が見つからず、上手く頭が働いていなかった。

 

「ノルドの……、いや、もしかしたら帝国の歴史か伝承に関わっているかもしれねぇな」

「帝国の?」

「ここは共和国より帝国の方が近い。ノルドのことは詳しくないが、帝国には古い伝承がいくつもあるから、その中にあるものかもしれない」

「伝承……、もしかして『大いなる騎士』の伝承でしょうか?」

「『大いなる騎士』?」

 

 オランピアの言葉にセリスは眉をひそめ、エドは首を傾げる。

 二人の視線を同時に受けるオランピアは、二人にわかるよう簡単に説明する。

 

「レグラムでラウラさんに教えてもらったんです。帝国の伝承の一つにそういうものがあると。『時に災厄を退けて人々を守る守り神であり、時に全てを破壊して支配する支配者である』と言われています」

「人々を守り、全てを破壊する者か……」

 

 エドは伝承の内容を復唱し、改めて巨人を見上げる。

 腕のいい彫刻家が何年もかけて綿密に作られたように見える巨人の石像。

 これだけ大きければ、神やら支配者と言われても不思議ではない。

 だが、エドは目の前の巨人がただの石像には見えなかった。

 まるで何かが抜け落ち、身体だけ置き去りにされた抜け殻のような。

 そんな感傷に浸っていたエドは何かに気づいたのか、突然、首を横に振り向く。

 

「オランピア、イシュタンティをしまえ」

「え?」

「車の音だ」

 

 エドが向いた方にオランピアとセリスは視線を向ける。

 遠くからでよく見えないが、地面を強くこする音と共に何かが近づいているのが見えた。

 

「軍か?」

「いや、違う。ただ一般車両だな」

 

 エドは《魔眼》の力を使って、遠くから近づいてくるものの正体を見抜く。

 近づいてくるのは、軍が所有する戦車ではなく、都会などでよく見かける導力車だった。

 そして、その車を操縦しているのは、髭を生やした白髪の老人。

 乗っていた老人はエド達に気づいたのか、クラクションを鳴らして車をエドたちの方へと向かわせる。

 やがて、三人の前で停車した老人は窓から顔を出す。

 

「お前さんたち、こんなところで何をしとるんじゃ。見たところ、観光というわけでもなさそうじゃが」

「七耀教会の巡回シスターだ。バルクホルン先生の代理として、日曜学校の先生として派遣されてきた」

 

 三人の代表として、年長者のセリスが前に出て、事情を説明する。

 セリスの話に耳を傾けた老人は何やら驚いた表情でこちらを見ていた。

 

「おぉ。グンター神父の代理か! 確かにその装いは教会の者じゃな。遠いところからよく来てくれたの」

「! じいさん。先生のことを知っているのか?」

「うむ。ノルドの者とは儂もそれなりに交流があっての、その時に知り合ったのじゃ。年が近いせいか、いろいろと趣味が合っての。良き友人として慕っておる」

 

 そう言うと老人は車のドアを開けて、中に入るようにと手を振る。

 

「おぬしら、村に行くんじゃろう。ちょうどドライブをしていたのでな、ついでに送ってやろう。さぁ、乗った、乗った」

 

 老人からの誘いにエドたちは顔を見合わせてどうするかと考えるが、ここは老人の言葉にあまえることにした。

 助手席にセリスが乗り、その後ろの後部座席にエドが座り、オランピアは彼の隣に腰を下ろした。

 

「よし、それでは行くぞい」

 

 乗ったのを確認した老人は車を動かし、大自然を駆ける。

 かなりの速度で走っており、正面から押し寄せる風に髪がなびく。

 エドたちは暖かな風を受けながら、通り過ぎる景色を眺めていた。

 

「じいさんはここに住んでんのか?」

「うむ。二年くらい前からここで隠居生活をしておる。何十年も都会のようなところで過ごしていたからの。何もかも新鮮じゃわい」

「この大自然で隠居生活か……。確かに、一度は経験してみたいな」

 

 世俗から離れて、大自然に囲まれた環境で残りの余生を過ごす。

 景色を眺めるエドはそんなのどかな生活を想像してしまい、少しだけ憧れを抱く。

 

「エ、エドは将来、そういうとこに住みたいのか?」

 

 エドのつぶやきが聞こえたのか、助手席に座るセリスは少し頬を染めて、おそるおそるエドに訊ねる。エドの隣で座るオランピアも身を乗り出すようにじっとエドを見つめていた。

 

「喧噪もなく、風も空気も綺麗なこの場所で過ごすのも悪くないって思っただけだよ。住みたいのなら、やっぱ一緒にいたい奴と過ごすのが一番かな」

「そ、そうか」

 

 外の景色に目を向き何を想像しているのか、セリスはそのまま物思いにふけこむ。

 

「う~む。しかし、最近の若いのはいいのぉ~。わしの孫もそうじゃが、二人とも可愛らしくて、将来、絶世の美女になるじゃろう」

「そ、そうでしょうか」

 

 突然の絶賛にオランピアは少し頬を赤くして、俯いてしまう。

 それをミラー越しで見た老人は、緩んでいた顔をさらに緩ませる。

 

「うむ、うむ。恥じらう顔もいいのぉ~。少年よ、年長者として、しっかり二人を支えてやるんじゃぞ」

「え、いや、おじいさん、ちょっと待って……」

 

 老人の発言にエドはまずいと顔をしかめて、彼を止めようとする。

 だが、

 

「おい、今のはどういう意味だ?」

 

 すでに遅かった。

 さっきまで沈黙していたセリスが老人を睨みつけ、今にも襲い掛かりそうな雰囲気だ。

 

「? そのままの意味じゃが……、そこの少年が一番、年上じゃろう?」

「っ! アタシが一番、年上だ! これでも成人してんだよ!!」

「な、なんじゃとっ!!」

 

 ドォーンと頭に雷が打たれたかのように、一瞬、思考が止まってしまう老人。

 やがて再起動した老人は何か深く考え始め、ゆっくりと重い口を開く。

 

「少女よ。嘆くことはない。世の中にはお主のような稀少種を好む者もいる。希望を捨てるんじゃないぞ」

「ふっざけんな! アタシはまだまだこれからだ! いつかはアルマさんみたいな素敵な大人になってみせる!!」

 

 セリスが母を目標にしているのを知っていたエドは、ふと母のことを思い出す。

 二十二の若さで自分を生んだ母は、一般の女性に比べるとかなり高身長で、発育も著しかった。

 頭の中で思い浮かんだ母の姿と番犬のように老人に噛みつく今のセリスの姿を比較し、エドは現実から逃げるようにそっと景色の方へと目を逸らす。

 

「少女よ。しかと聞くがよい」

 

 一方、老人はセリスの発言をしっかりと耳にし、再び語りだす。

 その顔はこの世の真理を悟った賢者のようだった。

 

「この世にあるもの全てには境界線のようなものが存在する。朝と夜。善と悪。生と死。見える、見えないに関係なく、すべてのものには交わることができない線が存在する。それは人体の構造にも言えることじゃ」

 

 意味深な物言いに車内は静寂に包まれるが、身体を震わせるセリスを見たエドは何かを悟り身体を前に出す。

 これから来るだろう悲劇を食い止めるために。

 

「例えでいうのなら、人間の成長じゃな。人間にとって二十歳というのは、一つの境界線、壁と言ってもよい。子供から大人になるという精神的成長もそうじゃが、肉体的成長もまた然り」

 

 老人は一度、言葉を切って深く息を吸う。

 そして、目をカッと開き、彼は己が行き着いた真理を語る。

 

「すなわち、今まで『ふくらみかけ』だった女性のそれが『ふくらまなかった』に決定づけられるラインなんじゃよ!!」

「ふっざけんなぁーー!!!!」

 

 怒りのラインを超え、鬼のように吼えるセリスは運転する老人に襲い掛かる。

 しかし、後ろで構えていたエドがいち早くセリスを捕らえ、羽交い締めにして座席に拘束する。

 

「待て! 落ち着くんだ、セリス!」

「離せ、エド! このクソジジィ! ぶっ殺してやる!!」

「だから待て! 相手は運転手! ここで襲ったら俺たちもヤベェからーー!!」

 

 暴れ出すセリスを必死に止めて説得するエド。一方でオランピアは内容が理解できなかったのか、首を傾げて深く考え込んでしまう。

 大自然を照らす外の晴天とは裏腹に、車内は混沌という名の嵐が吹き荒れていた。

 そんな嵐の中をしたり顔を浮かべる老人は、何事もないように村まで車を走らせるのであった。

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