英雄伝説外伝 金の軌跡   作:魔ギア

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第五十七話 日曜学校

 七耀暦1201年 ノルド高原 7月8日

 

 ノルドの民の朝は早い。

 まだ朝日が少ししか顔を出していない薄暗い時間。ノルドの男たちは羊や馬の放牧に取りかかっていた。

 木の柵で囲まれた広大な牧場。中には数えられないほどの羊と馬が放し飼いされていた。

 人よりも羊の方が多いとガイウスは言っていたが、あながち間違いではないらしい。

 そんな光景を遠くからぼんやりとした視線を送り続ける男がいた。

 ノルドの者たちが着ているものとは異なり、無地の白いシャツといつもの黒いスラックスという薄着を着ていた男――エドワード・スヴェルトは大きなあくびをしながら、身体を上へと伸ばしていた。

 

「は、はぁ~~。ったく、二日連続で見るなんてついてねぇな」

 

 エドはそう愚痴り、気怠そうな顔をしながら目元をこすっていた。

 エドは先日と同様、またおかしな夢を見てしまい、予定よりも早く起きてしまった。

 二度寝する気も起きなかったエドは同じテントで寝ているセリスとオランピアを寝かせたまま、そのまま一人で外に出てきた。

 

「しっかし、妙な夢だったな」

 

 改めて、思い返すと本当に妙な夢だった。

 一人の男が不気味な声を持つ何者かと対峙しながら、何かしらの強い後悔と決意を抱えて生きている様子だった。

 それを、エドはまるで第三者の視点から見せられたような感じだった。

 しかも、先日に続けて、今回もその男の夢だった。

 

「ま、偶然だろうな」

 

 エドはたかが夢だと決めつけて、考えることをやめた。

 確かに同じ男の夢ではあったが、先日の夢と今回の夢を比べても、同じ男と謎の声以外は、共通する内容はこれといってなかった。

 おそらく前の夢が自分の知らないうちに印象強く残していて、それが尾を引いて今回の夢にも出てきたのだろうと、エドは結論づけた。

 

「さて、そろそろ戻るか」

 

 ノルドの新鮮な空気を吸ったおかげで、眠気が一気に覚めたエドは宿泊しているテントへと戻る。

 今日はノルドの子供たちに勉強を教える日曜学校がある日。

 題材は事前にセリスから伝えられており、ここに来る前に復習もした。

 今回はエドがセリスの補助をすることになり、オランピアはガイウスと共に授業を見学する形になる。

 朝食の前に授業の準備をしておこうと、エドは授業に必要なものを頭の中で選別していく。

 テントの前までたどり着いたエドだったが、彼はそのままテントの中へと入っていった。

 

「まずは、紙とペン。後、下に敷くものだな。そういえば、何人出るのか聞いてねぇな。後でガイウスあたりに聞いておこ……」

「エ、エド?」

「んあ?」

 

 頭の中で没頭している中、戸惑うように自分を呼ぶ女の声にエドは俯いていた顔を上げて前を見る。

 そこには頬を赤くして、こちらをまじまじと見つめているセリスがいた。

 どうやら彼女はエドが外にいる間にすでに起きていたようだ。

 だが、問題はそこではなかった。

 問題なのは今の彼女の格好だ。

 着替え中だったのか、服を脱いで、手には法衣を持っていたセリスはレースが入った黒の下着を身に着けて立っていた。

 エドは知らないが、彼女が身につけているのは《マリアージュ・クロス》の新作である。

 覗き防止のためのカーテンは全開に開いており、下着が見栄えをよくしているのか、セリスのボディラインがエドの眼にしっかりと焼き付いていた。

 突然のことにエドもその場で固まってしまい、目の前で恥じらっている少女をまじまじと見つめ返していた。

 

「……い、」

「っ!」

 

 声を上げようとするセリスに気づいたエドはすぐさま彼女に近づき、彼女の口を手で押さえる。

 口を押さえられて、声を上げることができなくなったセリスは、唸りながらエドの胸を叩く。よく見ると頬だけでなく顔全体が真っ赤になっており、涙目になってエドのことを睨んでいた。

 エドは必死な形相になりながらもまるで見ろと言わんばかりに首を横に強く突き出す。

 セリスは眉を潜めて目だけを動かし、エドが指す方へと目を向ける。

 そこにはこちらに背中を見せて、いまだ夢の中に浸っているオランピアが静かに眠っていた。

 それに気づいたセリスは再度、エドの方を見る。今度は首を左右に振り続ける。

 起こすなと彼はサインを送っていたのだ。

 セリスは少し頭が冷えたか、首を縦に振り、エドの言うことを聞く。

 それを見たエドはほっと一息をついて、セリスから離れていった。

 

「その……、すまん。起きているとは思わなかった」

「いや……、アタシもわりぃ。ちょっと無防備だった」

 

 気まずそうに互いに後ろを向き合う二人。

 エドはその場で胡坐をかき、両膝に手を置く。

 昨日、言われたばかりにもかかわらず、早速やらかしてしまったことにため息をついてしまうエド。

 だが、今はそれよりも後ろから時々聞こえてくる擦れるような音にエドは目を強く閉じ、頭から伝わってくる熱を必死に冷やそうとしていた。

 

(……心頭滅却、……心頭滅却! ……心頭滅却っぅうううう!!)

 

 口元を食いしばって、後ろから伝わる甘い誘惑に耐えるエド。

 心臓の音がうるさく、このまま口から出てしまいそうだった。

 

 一方、セリスは開いていたカーテンを閉じ忘れていたことにため息をつく。

 エドの気配がないことに気づいた彼女はエドの姿を確認するためにカーテンを開けたのだ。

 その後、セリスはエドを追うために着替えていたのだが、そこにタイミング悪く彼が戻ってきたのだ。

 閉じてから着替えるべきだったと考えているセリスだったが、そんなことよりも今、後ろにいる彼の存在に意識が向いてしまい、服を着るのに少し手こずっていた。

 

「その……幻滅したか?」

「……何がだ?」

「二年も経ってるっていうのに、全然、成長していないアタシの身体に……」

 

 セリスは着替えを一旦止め、自分の体型を眺める。

 今年で二十歳になるにもかかわらず、まだ十五、六歳にしか見えない小さな身体。

 容姿の方もそれに合って幼く、初対面の者が見ても、彼女が成人していると一発では見抜けないだろう。

 

「あれから、アタシなりに成長しようと努力したけどよ、どれも上手くいかなくてな。あんまり大人っぽくねぇから、お前を幻滅させちまったのかって……」

「そんなことはない」

 

 落ち込む声をエドは強い口調で遮る。

 それにビクッとセリスの身体が震え、エドの方に視線を振り返る。

 エドはセリスに背中を向けたまま、言葉を続ける。

 

「レグラムでお前を見た時、あの頃よりもすごく綺麗になっていたのに驚いた。あの頃よりも大人っぽくなっていたから、はっきり言って見違えた」

 

 事実、レグラムでエドが遠目でセリスのことを見ていた時、彼は珍しく動揺していた。

 それは突然の再会という意味もあったが、同時に最後に会った時よりも大人っぽくなっている彼女に見惚れていたからだ。

 教会のシスターと対話しているときや子供たちに勉強を教えているときに見せる彼女の優しげな微笑み。

 そこには子供のような無邪気さよりも、下の子を見守るような優しさが伝わってきた。

 彼女の精神的な成長が彼女をより大人っぽく見せていたのだ。

 

「それに、その……、そ、その下着もすごく良かったと、思う」

「うぇあ!?」

 

 突然の爆弾発言にセリスは奇声を上げてしまう。 

 この時のエドはレグラムの時以上に激しく動揺していた。

 頭の中がひどく混乱しており、自分の発言にまったく気づいていない様子だった。

 

「変わっていないとか言う奴は、ちょっとしか付き合いがない奴の戯れ言だ。お前のことをよく知っている奴は、ちゃんとお前が成長しているってわかっている」

「ほ、本当か?」

「お前とどれくらい付き合っていたと思ってる。お前の成長を見抜けない程、俺の眼は落ちぶれていない」

 

 いまだ頬を赤くしながら、妙に上擦った早口で語るエド。どうやら、先程のセリスの姿がいまだの頭から離れられないようだ。

 だが、彼の動揺するその態度は彼女が二年前よりも成長している証明とも言える。

 

「……バカ」

 

 セリスは小さな声で罵るが、その口元は少し緩んでいた。

 自分が思っている以上に成長しており、後ろにいる彼が自分の姿にドキドキしているのだとわかり、内心、嬉しくて仕方がなかったのだ。

 

「と、とにかく、こっちを見んなよ。見たらぶっ飛ばすからな」

「わ、わかってるって」

 

 その後、二人の間に対話はなかった。

 何を言えばいいのかわからないというのもあったが、今はこの静かで穏やかな二人だけの時間を堪能したかったのだ。

 だが、お互いのことを気にしていたがゆえに、二人は気づかなかった。

 この場にいるもう一人の少女がすでに起きていることを。

 少女は二人に気づかれないように、寝たふりをしたまま耳を傾けて胸を押さえていた。

 胸の奥から伝わってくる、もやっとする感覚に少女は眉を潜ませていた。

 

 

 ~~~~~~~

 

 

 ガイウスの家で朝食を済ませたエドたちは早速、子供たちに勉強を教えるため、外にある広場へと足を運んでいた。

 本来、日曜学校は教会で行われるものだが、教会がない辺境の地であるノルドでは外で授業が行われている。

 

「七耀教会から来たセリスだ。今日はバルクホルン先生の代わりに勉強を教えることになった。そんで隣にいるのがアタシの助手をしてくれるエドだ」

「エドだ。よろしくな」

『は~い!』

 

 セリスとエドの挨拶に元気よく返すノルドの子供たち。その中にはガイウスの弟、妹も参加している。

 一方、予定通りオランピアは子供たちの後ろでガイウスと共に授業の様子を見守っていた。

 

「それじゃあ、今日はアタシが住んでいる国、アルテリア法国のことを教えるか。お前ら、アルテリア法国のことはどこまで知ってる?」

「は~い! 教会があるところ!」

「教会は他のところにもあるよ~」

「わたし、知ってる! 総本山があるところだよ~」

「そうほんざんってなに~?」

 

 元気よく声を上げる子供たちの様子につい微笑んでしまうオランピア。見ると隣にいるガイウスも口角を少し上げて、子供たちを見守っていた。

 

「ふ……、はい、みんな静かに。わからないことはセリス先生に聞いてみよう。セリス先生、教えてくれるか?」

 

 エドもその光景に笑みを浮かびながら、手を叩いて視線をこちらに向けるよう則する。

 子供たちが視線を向けてきたのを確認したエドは、セリスに視線を送ってバトンタッチする。

 

「お前らの言うとおり、アルテリア法国は七耀教会の総本山があるところだ」

「先生、総本山って何ですか?」

「総本山っていうのは、簡単に言うと大陸中にある教会の中で一番偉い場所ってことだ」

 

 子供たちの無邪気な質問に対して、セリスは優しく笑みを浮かべて答えていた。普段の男勝りな性格しか知らない者が見れば、目を見開く光景だろう。

 

「それじゃあ、アタシたち教会の人間は、何に対して信仰、祈りを捧げているかわかるか?」

「はい! エイドスです」

「空の女神様だね!」

「あぁ、そうだ。しっかり勉強してんな」

 

 セリスが子供たちと勉強している様子を横で見ていたエドはふと昔を思い出す。

 まだ、福音施設にいた頃、セリスと共に日曜学校に通っていた時だ。

 亡きシモン枢機卿の下で勉強をしていた時、今のようにセリスは年長者として下の子に優しく教えていた。

 

「それじゃあ、女神様がエイドス以外に別の名前で呼ばれていることは知ってるか?」

「え?! そうなんですか!」

「知らな~い」

「驚いたか? エイドス以外になんて呼ばれているのか。もう一人の先生に聞いてみるか」

 

 セリスはエドに視線を送り、バトンタッチする。

 いきなりのことに少し驚くが、子供たちの純粋な視線に押され、仕方ないと前に出る。

 

「皆が知っている《空の女神》はゼムリア大陸の西側で呼ばれている。ここから東にある大陸の中東部では『翼の女神(アルーシャ)』と呼ばれ、さらに東の方に行くと『天上聖母』と呼ばれているんだ」

「エド先生、その三つには何か違いがあるのですか?」

「名前以外に違いはほとんどないぞ。教会では同一の存在と定められているんだ」

 

 へぇ~、と子供たちは感心した声を上げて、エドの話に耳を傾けていた。

 後ろで様子を見守っている、オランピアとガイウスも興味深そうにエドの話を聞いていた。

 その後も授業は滞りなく進んでいった。

 時々、オランピアたちも参加して、法国、女神についての勉強が続いていった。

 そして、いよいよ最後の題材へとはいる。

 

「最後は女神様が人々に送った遣いの者たちについてだ。人々の生活を見守る存在の聖獣。そして、女神の元へ魂を送る存在の天使の二つの遣いが存在する」

「! 天使……」

 

 天使という単語にオランピアはピクッと反応してしまう。

 この場で自分の村で祀っていた存在を聞くことになるとは思わなかったからだ。

 

「まずは聖獣。『大崩壊』前の古代ゼムリアの時代。女神エイドスは人類にあるものを授けたと言われている。その名も《七の至宝(セプト・テリオン)》」

「セプト・……テリオン?」

「あぁ。古代ゼムリア人は《至宝》の力を用いて、現代の文明をも超える文明を築き上げたんだ。そして、《至宝》とそれと関わりを持つ人々を見守るために、女神から遣わされた聖なる使者。それが聖獣だ」

「先生は聖獣に会ったことがあるんですか?」

「いや~、伝説の存在だからな。いるかどうかは先生もわかんねえな」

 

 子供たちは聖獣の姿を想像しながら、セリスたちの話を聞き続けた。

 

「そして、もう一人の使者。天使様はアタシたちが死んで、肉体から魂が抜ける時、その魂を女神の下へと送る役目を持っている。天使様に運ばれなかった魂は地の底へと落ちていき、やがて煉獄へと落ちちまうんだ」

「先生、天使様はどうして全部の魂を運んでくれないんですか?」

「天使様が持ち運べれるのは清浄な魂だけなんだ。もしも、汚れた魂を運んじまうと、その魂に侵されて天使様は心を失い、物言わぬ人形へと成り果てちまうからだ」

 

 物言わぬ人形。

 その言葉にオランピアは自分の天使様を思い浮かべる。

 自分の指示に従い、いつも自分を守ってくれる天使様。

 その姿が、セリスが語る伝承に非常に酷似していた。

 汚れた魂を運んだ天使の成れの果て。

 イシュタンティはその伝承を下に古代ゼムリア人が作り上げたのだろうか。

 それとも伝承通り、本物の天使様だった存在だったのかはわからない。

 だが、イシュタンティは選ばれなかった子供たちの命を躊躇なく奪い、選ばれた自分は感情を吸い取られ、心を奪われてしまった。

 なぜ、女神の遣いだった天使がそこまで堕ちてしまったのか。

 そもそも、なぜ、あの村であんな儀式が執り行われていたのか。

 オランピアは今まで気にしていなかった自身の村と儀式について考える。

 

「それじゃあ、今日の授業はここまでだ。帰ったら、しっかり復習するんだぞ」

『は~い!』

 

 そうしている間にも授業は進んで行き本日分の授業が終わるのだが、結局、オランピアの悩みが解決することはなかった。

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