第一章、開幕です。
第六話 観光
七耀暦1201年 クロスベル自治州 クロスベル市 3月18日
朝日が昇り、外が明るくなっていくクロスベルでは数多くの音でにぎやかになっていた。
車から聞こてくえるクラクションとエンジン音。
建物から流れてくるコミカルな音楽。
駅から力強く吹いてくる列車の汽笛。
そして、街には多くの人達が外に出ていた。子供達が元気よく遊んでいたり、大人たちが楽しく談笑したりとそれぞれの時間を過ごしていた。今日は休みだからか普段よりも人が多く、親子揃って出かけている所もちょくちょく見られる。
そんな人込みの中、中央広場にある大鐘の前に親子とも兄妹ともいえない二人組がいた。
「さて、これからの予定のことを言うが問題ねえか?」
一人は黒いロングコートを身に纏った黒髪に蒼い瞳をした青年――エド・ヴェルガ。
彼は今、特に目が悪いというわけでもないのに、なぜか眼鏡をかけていた。
「はい。大丈夫です」
そして、もう一人は眼鏡をかけている理由を特に追及せずに、エドと向かいあっている少女――オランピア。
今の彼女は、エドと初めて会った時に着ていた包帯とコートだけの服装ではない。
早朝、港湾区から街に入ってきた二人は軽い朝食をすませた後、百貨店《タイムズ》へ開店時に入ってオランピアの服を調達した。
彼女の髪と同じ白のフリルがついているワンピース。その上には鮮やかな黄色のコートを着ていた。
両腕には鈴が付いたブレスレットをつけており、星の刺繡が入ったブーツサンダルを履いていた。
「まず最優先にするべきことは、お前の武器を確保することだ」
エドは中身がごつごつに詰まっている大きな袋を肩にかけながら、百貨店にある時計を見て時間を確認していた。
「私の武器ですか?」
オランピアはエドの発言に首を傾げた。なぜ自分の武器を確保することが先なのか理由がわからないでいた。
エドは周りに注意しながら、オランピアだけに聞こえるように小さな声で説明し始めた。
「そうだ。あのメルキオルとかいう奴が今後、何かとちょっかいをかけてくるからな。俺とお前を殺すためにな」
早朝、エド達は暗殺組織《庭園》の幹部であるメルキオルの襲撃にあった。同じ《庭園》の幹部であるオランピアを抹殺する為に来たが、エドがこれをなんとか退けた。
「それがいつなのかわからない以上、すぐに武器を手にする必要がある」
「でも、私は……」
オランピアは過去に人を殺したことがある。それが理由で戦うことに強い拒否感を持っている。
「お前が戦いたくないと、相手を傷つけたくないという気持ちはわかる。……正直言うと、俺だってお前には戦ってほしくない」
エドの言葉に嘘、偽りはなかった。どんな過去があろうと、まだ小さい子供であるオランピアをこれ以上、戦いに巻き込みたくないと思っている。
「だが、奴ら相手にお前を守りながらずっと戦い続けるのは、正直言うと無理だ」
今後、メルキオルだけでなく彼と同じ幹部や手下の暗殺者達が二人を殺しに何度でも現れる。何度も退ければ、その度に戦力を上げて襲い掛かってくる。
そうなれば、エド一人でオランピアを守りながらすべてを倒すのは不可能になる。二人で生き残る為にもオランピアには自衛の手段を持つ必要がある。
「ですが、私は自分がどんな武器があっているのかわかりません」
オランピアはエドの説明に納得していたが、その表情は暗かった。彼女が《庭園》に所属していた時は、《古代遺物》の天使型人形イシュタンティを用いて暗殺活動をしていた。
だが、昨夜のエドとの戦闘でイシュタンティは破壊され、それと同時にオランピアは感情を取り戻した。イシュタンティがいない今、自分に適している武器が何なのかわからず、思い悩んでいた。
その時、エドはオランピアの頭にぽんと手をおいた。
「心配するな。一応、武器のあてならある」
エドはオランピアの表情を見て、安心させるために彼女の頭に手をおいたままゆっくりと撫でた。突然のことに驚いたオランピアであったが、頭から伝わってくる心地良さに目を細めていた。
「今から行くのもいいが、この時間帯だと多分忙しいと思うから昼過ぎに向かう」
エドはオランピアの頭から手を離した。
「あ……」
頭から伝わる心地良さがなくなってしまい、オランピアは残念そうな声をあげた。
「だから、それまでは観光しようと思う」
「え……」
オランピアは観光という言葉に驚き、自身の赤い瞳をエドに向けた。
「それは街を回るということですか?」
「あぁ、そうだ。ついでに必要な物があったら買おうと思うが構わないか」
「! はい!」
街を回ることになったオランピアは先程まで浮かんでいた表情とは打って変わって笑顔を浮かべた。
イシュタンティに感情を奪われる前までは、ずっと故郷にいたので外の世界を見る機会は一度もなかった。
暗殺者の頃は任務で外の街に行ったことはあるが、見て回るなんてことはなく、見たとしても特に何も感じることはなかった。
だが、今は違う。初めて外の世界を見ることができるとわかり、嬉しくて仕方がないのだ。
「そんじゃあ、迷子にならないように付いてきな」
「はい。よろしくお願いします」
二人は中央広場から東に向かって足を進めた。
二人が最初に着いたのは、東方の文化を多く取り入れた東通り。
「ここは、雰囲気が他とは全然違いますね」
「東方の移民達が作り上げた場所だからな。ゼムリア大陸の西側に位置するここじゃあまり馴染みがないからな」
周辺にある数多くのオフィスビルと中央に広場がある港湾区。
「エドさん、あそこで踊っているネコはなんですか?」
「みっしぃだ。クロスベルのマスコットキャラクターでな、子供達にはすごい人気だ」
「……みっしぃ」
「? どうした」
「え、な、なんでもありません!」
クロスベルの政治的中心地である行政区。
「ここの空気、なんだか少し重いですね」
「まあ、警察署もあるし、政府の方もある意味では戦場になっているからな。噴水広場の方でちょっと休むか?」
「え、だ、大丈夫です。まだ、見ていないところがありますから」
区ごとにあるそれぞれの特徴に二人は当たり障りのない感想をつぶやいていた。
オランピアは観光している間ずっと目を輝かせていた。初めて見るものが多く、年相応の子供のようにいろんなものに興味を持ちながら観光を楽しんでいた。
そして、行政区を通り抜け、次の区に入った。最初に目に入ったのは眩いばかりの建物。
右奥を見れば客を引き寄せる為に外観を派手に装っているカジノが、
左を見れば最高級のもてなしを提供するとアピールするかのような高級ホテルがあった。
「ここは歓楽街。高級ホテルやカジノといった、まあ金持ちの人達がよく集まる場所だな」
「エドさん、あれは何の施設ですか?」
豪華な建物が並んでいる中、オランピアはある一つの建物に目を向けた。
オランピアが指を刺したのは、カジノとホテルの間に堂々と建っていた施設だった。カジノやホテルに比べれば真新しさは感じないが、そびえ立っている隣の二つの建物とは違い、伝統的な雰囲気と華を感じさせる煌びやかな建物だった。
「あぁ、確か、劇団アルカンシェルだったか」
「アルカンシェル……?(どこかで聞いたような……)」
聞き覚えのある劇団の名にオランピアは首を傾げていた。
「イリア・プラティエを筆頭に舞踏をメインにした劇をやっている。その人気は世界中から注目されているほどだ」
「い、イリア・プラティエですか?!」
オランピアはエドの口から出た名前に驚きのあまり聞き返してきた。
「あ、あぁそうだが、知ってるのか?」
「はい! 《炎の舞姫》イリア・プラティエ。神がかった演技力と情熱的なダンスでそう呼ばれている。アルカンシェルのトップスターですよね!」
興奮のあまり落ち着かないオランピアに、エドは目を見開いた。
(……こんな表情もするんだな)
まるでおとぎ話に出て来る英雄や偉人に憧れ、それを親に話したがる子供のようだった。
「その通りだが、詳しいんだな」
観光中、いろんなものに目を引かれていたから、かなり閉鎖的な村で住んでいたのだと思っていた。
だが、イリア・プラティエに関しては、エドが知っている内容と比べても特に間違っている内容はなかった。
オランピアは自分の様子にはっと気づき、少々恥ずかしくなって、身体を小さくした。
「は、はい。わたし、母から舞を習っていまして、踊りでトップまでいったイリアさんに一度でもいいから会ってみたいと思いまして……」
「なるほど……」
オランピアの意外な特技を知り、イリア・プラティエに強い関心を持つ理由が何なのか理解するエド。
「あの、中に入ることはできないのでしょうか!」
憧れのイリアに会いたいという衝動を抑えることができず、中に入ろうとエドにお願いをするオランピア。
しかし、エドはそんなオランピアの姿を見て、残念そうな顔をした。
「さっきも言ったけど、アルカンシェルは世界中から注目されているほど大人気なんだ。予約も半年先まで埋まっちまうくらいだから、たぶん入ることはできないぞ」
「そう、ですか……」
オランピアはとても落ち込んでおり、頭を前に倒した。その姿に少し苦笑いし、オランピアの頭を撫で始めた。
「またの次の機会にすればいい。それこそ問題を全て解決した後とかな」
「は、はい」
オランピアはまた頭を撫でられたことで心地良さを感じ、顔を少し赤くした。
「そんじゃあ、観光はこのくらいにして昼飯食ったら、出発するか」
「え、もうですか……」
まだ観光したい。オランピアの顔からはそう伝わってくる。
「そんな顔すんなよ。武器を手に入れたら、また観光できるからよ」
「はい……わかりました」
オランピアはちょっと沈んだ表情をしていたが、また観光できるとわかり、少し気分が楽になった。
二人はその後、住宅街を抜けて西通りにあるベーカリーカフェ《モルジュ》へと足を運んだ。
パラソルが立っているオープンテラスで二人は購入した焼きたてのパンを食べていた。テーブルに置いたパンから漏れ出す焼きたての甘い香りと顔に伝わる暖かさにオランピアは頬を緩ませた。
焼きたてのパンに息を吹き、一口かじった。オランピアの表情が明るくなり、少しずつパンを食べ始め、味を楽しんでいた。
その様子をしばし見つめていたエドは微笑して、外へと顔を向けた。目に入ったのは、子供達が鬼ごっこをして元気に走り回っている光景だった。殺伐とした雰囲気が一切ない平和な光景。エドはそんな穏やかな時間をのんびり過ごしていた。
一方で、パンをおいしく食べていたオランピアは、ここ数時間の観光のことに思いふけっていた。
(……楽しいって思ったの、いつ以来だったかな……)
イシュタンティの主となってから、数年。それまで一切感じることがなかった感情を胸に抱いたオランピアはそんなことを考えていた。
東通りでは、普段見ない珍しいものがたくさんあって、好奇心が収まらなかった。
港湾区で見たみっしぃというキャラはちょっとかわいかった。
行政区はちょっと苦手だったけど、中央にあった噴水広場はとてもきれいだった。
そして、一度でいいから会ってみたいと今も思っている、イリア・プラティエが所属する劇団アルカンシェルがある歓楽街。
まだ数時間しか経っていないにもかかわらず、オランピアの心はすでに充足感に包まれていた。
オランピアは気づかれないようにエドの方に視線を向けた。
エドは店の外に視線を向けていた。何を考えているかわからなかったが、その顔はとても穏やかなものだった。
(……エドさん、私を助けてくれた、不思議な人)
最初の出会いは殺し合いという最悪と言ってもいい形。
殺しにきた相手を助けようなど普通は思わない。
だが、エドは自分を殺そうとしたオランピアを助けた。
それにどんな意図があったのかはわからないが、メルキオルと対峙した時、見捨てようとはしずに命がけで守ってくれた。
オランピアはそれだけで救われたと感じていたのだ。
「……ありがとうございます」
恥ずかしかったのか、オランピアはとても小さな声でエドにお礼を言い、気づかれないように再びパンを食べ始めた。
周りから聞こえてくる音で、オランピアの声はかき消されてしまったが、お礼を言った後、外を眺めていたエドの口角は少し上がっていた。
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昼食を食べ終えた二人は、予定通りオランピアの武器の調達へと向かおうとしていた。
「それじゃあ、行くとするか」
「はい」
二人は早速、武器を売っている《ジロンド武器商会》がある中央広場へ向かうと思いきや、エドは反対方向の住宅街の方へと足を進めた。
「え? エドさん。中央広場はこっちなのですが……」
「ん? ああ、俺たちが向かうのは《ジロンド武器商会》じゃねえぞ」
そういえば言ってなかったな、とエドは行き先を伝えていなかったことに気づいた。
「えっと、それではどこに行くのですか?」
行き先の見当がつかないオランピアは、どこへ向かうのかエドに問いかけた。
エドは住宅街の方に身体を向けて、顔だけオランピアの方に振り向いて、行き先を伝えた。
「ローゼンベルク工房だ」
不定期ですが、楽しみにお待ちください。
次回、第7話「ローゼンベルク工房」
お楽しみください!