夜の闇に覆われた村を照らす一筋の光。
そこは数刻前に立食会が行われたテントだった。
その周りを囲うように明かりが灯され、入り口には槍を持ったノルドの男たちが神経をとがらせて、門番のように周囲を警戒していた。
そんな中、テントでは負傷してベッドに寝転がっている人たちをセリスが治療していた。
「とりあえず、こいつで問題ないはずだ」
セリスは最後に残った男性の治療を終えて、ほっと息をこぼす。
「セリスさん、ありがとうございます」
ベッドに寝転がる男性――ガイウスは治療してくれたセリスに感謝のお礼を述べるが、その顔はすぐに歪んでしまう。
痛みが生じたからではない。数分前にあった己の大失態に後悔しているのだ。
「ガイウス。そう己を責めるな」
「ですが、父さん。俺が不甲斐ないばかりにシーダが……」
「大丈夫だ。シーダのことは私が何とかする。だから、今はゆっくり休みなさい」
息子を案じて、ラカンは優しく彼の肩を叩く。二人の周りにはガイウスの母、弟妹といった家族が付き添っていた。
邪魔をしては悪いとその様子を見守っていたセリスは彼らから離れ、遠くから眺めていたエドの方へと近づく。
「お疲れ様」
「おう、あんだけ法術を使ったのは久しぶりだったぜ」
セリスはエドからタオルをもらい顔を拭きながら、そう愚痴りだす。
そうとう集中していたのか、寒い時間帯だというのに彼女の額には汗が流れていた。
汗が無防備な彼女の首をつー、とつたっていくその姿にエドはすぐに目を逸らして、療養しているノルドの人たちの方へと視線を向ける。
「容態の方はどうだった?」
「軽い負傷ばかりで命に別状はねぇよ」
今から一時間くらい前、エドたちが羊の群れと戦っているさなか、別の場所でも魔獣による襲撃があったのだ。
村を襲ってきた魔獣にガイウスといった戦う術を持ったノルドの戦士たちが各々の武器を持ち、果敢に立ち向かっていった。
しかし、普段戦っていた時よりも強い力を持っていた魔獣たちにノルドの戦士たちは苦戦を強いられ、負傷するものが続出してしまった。
羊との戦闘を終え、駆けつけたエドたちが加勢したことによって、幸い、死者が出る事態には至らなかった。
「ただ、中に住み憑いていたあれを祓うのに少し苦労したがな」
「魔獣や羊を化け物に変えたあれか?」
「あぁ。エドが言ってくれなきゃ、見落としていたぜ」
魔獣を退けた後、ラカンの指揮で立食会が行われたテントに全員が集まった。
負傷した者はそこに運び込まれ、セリスを中心に彼らの治療を行った。
その時、エドは魔獣たちの変貌ぶりから、セリスにガイウスたちの身体を徹底的に調べるように頼んだのだ。
鬼気迫る表情で頼まれたセリスは包帯を使わず、苦手な分野である法術を使って治療を行ったのだ。
結果から言えばそれは正しかった。軽い怪我ですんでいたガイウスたちの身体の中には呪いのような怪しげなものが潜んでいるのが判明したからだ。
それに気づいたセリスが急いで解呪をおこなったことで、ガイウスたちは呪いに侵されずにすみ、今はベッドの上で安静を取っている。
「ですがエドさん。シーダちゃんが……」
「わかっている」
オランピアが不安そうに口をしたのをきっかけにエドは話題を切り替え、真剣な表情で今抱えている問題に直面する。
それは、ラカンの娘にして、ガイウスの妹――シーダが魔獣に連れ去られてしまったのだ。
「奴らはシーダちゃんを連れ去ったタイミングで、一斉にその場から退散していった。村の食料狙いの行動じゃないのは間違いない」
「じゃあ、あの魔獣どもはガイウスの妹を連れ去るのが目的だったのか?」
「もしくは、連れ去るのが目的で相手は誰でもよかったかもしれない。だが、問題は何の目的で連れ去ったのかということだ」
魔獣には人を襲う習性は持っても、人を攫うような習性はない。
猟兵が調教し、育てた魔獣なら、飼い主の命ですることはあるだろうが、このノルドの地で猟兵が目撃されたという話はない。
ましてやエドたちを襲った魔獣たちは死んでいてもおかしくない重体の身にもかかわらず、立ち上がっていた。その姿は小説に出てくるゾンビそのものだった。
「エドさん……、まさか、また《庭園》が?」
「……可能性はある。俺たちの周辺で起きたトラブルの大元は奴らだったからな。だが、暗殺のためにわざわざ誘拐をする理由が奴らにはない。暗殺するんだったら、魔獣との戦闘の間でもできたはずだ」
最初に《庭園》による攻撃だと判断したエドは魔獣との戦闘の間、《庭園》による奇襲を警戒し、周辺に注意を配っていた。
だが、奇襲は起こらず、シーダを誘拐した後も何かしらのコンタクトがないことから《庭園》の仕業ではないのではないのかとエドは考え込んでしまう。
「とにかく、今はシーダちゃんを救出することが第一だ」
「でも、シーダちゃんはどこに?」
「そこは安心しろ。連中の行き先には当たりをつけたからな」
シーダが魔獣に連れ去られたのを知ったエドは《魔眼》の力を最大にして、周囲をくまなく調べた。
そして、シーダを連れ去った魔獣を発見したエドは、魔獣が向かった方向をラカンに教え、そこに何があるのかを教えてもらった。
「《石切り場》。おそらく、魔獣はそこにシーダちゃんを連れ去ったんだろう」
ノルドの北東に位置し、例の巨人像の裏側にある謎の遺跡。
ノルドの民ですら、立ち入ることが許されていない禁断の地だった。
「行くのは、俺とセリス、オランピアとラカンさんの四人で行く。行きについてはグエンさんが修理してくれた例の車で向かう」
「村の方はどうするのですか?」
「魔除けの結界を張った。後でセリスの《聖痕》で強化してもらう。そうすれば、あの程度の魔獣、入ることなんかできなくなる」
「こういうのは苦手なんだが、そんなことを言ってる場合じゃあないしな」
今後の方針を定めたエドたちの下にラカンが歩み寄った。
「待たせてすまない。早速、向かうとしよう」
「ええ。運転はお任せします」
「よし! そんじゃ行くか!」
「はい!」
四人はテントを出て、外で待機する車へと向かうのだった。
~~~~~~~
「北か……、あそこには確か、古い遺跡があったの」
エドたちが村の外で止まっていた車に乗り、北の方へと向かっていく様子を遠くから眺めていた少女がいた。
長い金髪をなびかせる少女――ロゼは手を顎に乗せて何かを考え込む。
「それにしても、眷属を使って子供を誘拐させるとはの。動けない事情でもあるのかの」
ロゼはぶつぶつと呟いて頭の中を整理していたが、後ろから聞こえる唸り声に中断させられる。
ロゼはおもむろに後ろを振り向くと、そこには村を襲っていたのと同じ、身体を欠損した魔獣が彼女の周りを取り囲んでいた。
「まったく、融通がきかんの……。それとも、そんなに妾が憎いのか?」
目の前の柔らかな肉を食いたいという欲求と同時に、どこか深い怨念のようなものが血のような赤い眼がロゼを睨みつける。
「あやつらを追いかける前にまずはこいつらを片付けるのが先か」
めんどくさそうにため息をついて、魔獣たちと向き合うロゼ。
手には何も持っておらず、丸腰の状態である彼女に向かって、魔獣が一斉に襲いかかる。
――キィン!!
刹那、ロゼに近づいてきた魔獣が裂かれた。
魔獣はそのままロゼの後ろへと飛んでいき、地面に倒れると同時に消滅した。
魔獣は足を止めて、ロゼの様子を窺う。
そこには銀に輝く蛇のようなものがまるで守っているかのように彼女の周りを回っていた。
「久しぶりに使ったが、腕は落ちてないようじゃの」
ロゼはいつの間にか持っていた柄のようなものを振るうと銀の蛇は彼女の手元へと戻っていく。
蛇の身体は少しずつ小さくなっていき、やがて一本の銀の剣へと形を変える。
銀の蛇の正体は無数の刃をワイヤーで繋げた、教会の武具である法剣だった。
純銀で作られた剣を眺めたロゼは、空いた手を横にかざす。
すると、何もないところから一丁のボウガンが彼女の手に収まった。
「行く前の肩慣らしといくかの。杖はヴィータに借りパクされたままじゃし」
ボウガンを魔獣に向け、剣を横に構えるロゼの緋色の目は、普通の少女がするような目ではなかった。
もはや屍となっていた魔獣はわずかに残っていた本能が刺激され、そっとロゼから距離を取り始める。
目を薄っすらと細める少女の目は獲物を狩ろうとする狩人の目だった。
「時間もかけてられん。すぐに終わらせてもらうぞ」
小さな狩人はその呟きを最後に、魔獣の群れへと飛びかかっていった。
~~~~~~~
一方、車を出して《石切り場》へと向かっていたエドたちはというと、
「エド、例の魔獣は見つかったか?」
後部座席に座っているセリスが助手席で前を見ていたエドに声をかける。
エドは《魔眼》を開き、暗闇の中からシーダを連れ去った魔獣を探していた。
「……見つけた。例の巨人像の裏の方に入っていった」
「では、やはり奴らの行き先は《石切り場》か」
運転席で車を運転していたラカンはエドの言葉に反応し、歯を食いしばっていた。
常に落ち着いた表情を保ち、感情的になることが滅多にないラカンも娘の安否で、心穏やかではない様子だった。
「ラカンさん。《石切り場》には何があるんですか?」
「先祖代々から、あの遺跡に立ち入るなと言われている場所だ。私も中に入ったことはないから、何があるのかはわからない」
「そんな場所から、今回のような騒ぎが起きた。過去にそういったことは?」
「ない。長老も今回のようなことは一度もなかったと言っている」
ラカンからもたらされた情報から推理しようとエドは考えを巡らせようとするが、視界に入ったバックミラーを見て、眉間に皺を寄せる。
「オランピア。イシュタンティを出せ」
「え?」
「敵だ」
オランピアは目を開き、後ろを確認する。
オランピアの目には例の魔獣が群れを作って全速力で車を追いかけていた。
車との距離を少しずつ縮めていく魔獣は、血に染まった牙を見せつけ、さらに加速する。
「車より速ぇぞ!」
「どうやら、身体能力も強化されているみたいだな」
エドは走行中にもかかわらず、ドアを開けて車の天井部へと場所を移す。
天井に立ったエドは剣を抜き、追いかけてくる魔獣を見据える。
「ラカンさんは運転に集中してください! 魔獣は俺たちで何とかします!」
「承知した!」
「来たぞ!」
セリスのかけ声と同時に近づいてきた魔獣が車に飛びかかる。
爪を突き立て、車にしがみ掴もうとする魔獣にエドは刃を向ける。
「離れろ!」
迫る魔獣に、上から一閃。
魔獣の首が吹き飛び、しがみついていた身体は力を失って地面に叩きつけられる。
「次だ!」
「イシュタンティ!」
イシュタンティが魔獣の群れに飛び込む。
魔獣はイシュタンティを噛みつこうと襲うが、イシュタンティは翼を駆使して旋回する。
旋回し、攻撃を躱し続けるイシュタンティは、群れを抜いて、その最後尾へとたどり着く。
最後尾へとたどり着いたイシュタンティはその場で方向転換し、後ろから魔獣の群れへと襲いかかる。
全速力で走っていた魔獣は止まることができず、背中から襲い掛かる容赦ない一撃に絶命する。
「横から来ます!」
オランピアの声にエドとセリスは左右を確認する。
先程と同じく魔獣の群れが全速力で車に並走しながら、少しずつ近づいてきた。
「セリス!」
「任せろ!」
セリスは左に移動し、エドと同じように走行中の車のドアを開ける。
背負った法剣を地面すれすれに放ち、魔獣の足下を狙う。
跳び上がって躱す魔獣もいたが、法剣に足下をすくわれた魔獣は後ろから付いてくる魔獣を巻き込みながら地面に転がっていき、数を減らしていく。
一方、右から迫る魔獣を相手にするエドは炎の斬撃を放ち、魔獣たちを近づけさせないよう牽制する。
魔獣は斬撃を躱しながら近づいてくるが、エドは魔獣の動きを予測し、躱した位置に正確な斬撃を放つ。
躱したばかりの魔獣は次の対応に遅れ、そのまま炎に飲み込まれる。
魔獣を車に近づけないよう奮闘する二人だったが、迫り来る魔獣の数は減るどころか、むしろ増えていく一方だった。
「くそっ! どんだけ、潜んでんだよっ!」
「よほど、俺たちを先には行かせたくねぇみたいだな!」
悪態をつきながら、魔獣の対処をする二人。オランピアもその二人を援護しようとイシュタンティに指示を入れる。
「っ! 前からも来るぞ!」
正面から突進してくる魔獣にラカンの手がハンドルを無意識に強く握る。
「オランピア!」
「はい!」
手が離せられないエドは、オランピアに前の魔獣を対処するよう頼む。
オランピアは即座にイシュタンティを前に送る。
イシュタンティの鋭い爪が魔獣を引き裂き、車の道を開け続ける。
「このまんまじゃ、いつかやられるぞ!」
「わかってる! セリス! 最大火力で魔獣を一気になぎ払うぞ!」
「んなことしても、また援軍が来て補充されるぞ!」
「一瞬でいい! 数をごっそり減らせばいいんだ! その隙に車を加速させて、この場を振り切る! ラカンさん、お願いします!」
「承知した!」
ラカンはタイミングを見逃さないよう、前方に意識を集中する。
エドとセリスは大技を放とうと剣を構え、迫り来る魔獣を見据える。
「いく……おわぁ!」
合図をかけようとしたエドは突然の揺らぎにバランスを崩す。
天井にしがみつき、車から振り落とされずにすんだエドは顔を上げて、何が起きたのか辺りを探索する。
すると、車の後ろに噛みつき、足を引きずりながらも踏ん張る魔獣が、複数になって車を止めようとしていた。
すぐに払おうとエドは動くが、その隙をついて近づいてくる魔獣に気づき、そちらの対処を優先する。
ラカンはハンドルを振り、魔獣を振り落とそうをするが、魔獣の予想以上の顎の力に振り落とせない。
車は少しずつスピードを落としていき、減速したことで魔獣もエドたちの攻撃を徐々に躱せるようになっていった。
そして、車の周囲を囲い込んだ魔獣は牙を突き立て一斉に跳んできた。
(さすがに無事じゃあすまねぇかっ!)
万事休す。
車が崩壊すると悟ったエドは少しでも数を減らそうと剣を高く振り上げる。
その時――、
――キィィン!!
襲いかかる魔獣たちが何もない空中で身体がバラバラになる。
散り散りになった身体は勢いを失い、車に届く前に地面へと転がっていった。
突然の出来事に誰もが唖然とする中、すぐに我に返ったエドはラカンに指示を送る。
「ラカンさん! 今のうちに早く!」
「っ!」
ドンッ、とペダルを強く踏みつけると同時に急加速する車。
魔獣は対応が遅れ、車との距離が開いていく。
エドたちは無事にその場から離脱することに成功した。
「今のはいったい……」
「エド。何か見えたか?」
「悪い。突然すぎたし、一瞬だったから、わからなかった」
《魔眼》を使えば、何が起きたのかわかったのかもしれないが、本人の言う通り、ほんの一瞬の出来事だったため、《魔眼》を使う暇がなかった。
「とにかく、今は目的地に早く付くことが先決だ。こんなところで油売ってると、また奴らに襲われるかもしれねぇ」
「そうだな。もう少し速度を上げる。何かに捕まっているんだ」
ラカンは車の速度を上げて、道なき道を駆け抜ける。
先に待ち受ける不安と緊張感を募らせながら、四人は暗がりの道を突き進むのであった。