英雄伝説外伝 金の軌跡   作:魔ギア

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第六十四話 怨讐

 光がなく、黒一色に染まった広い空間。

 小さな小さな音さえも聞こえないその場所は、何もない正に「死」の空間と呼べるだろう。

 だが、そんな光も音も死んだ場所で、キィンという音が突如、鳴り響いた。

 音と同時に飛び散る光はその周りを一瞬だけ照らす。

 真紅と紫紺のナイフが交わり、それを持つ二人の男女がお互いにその姿を視界に捉える。

 男の目に映るのは、冷たく視線を向けて来る能面のような女性の素顔。

 一方、女の目に映るのは、狂った笑みを楽しそうに浮かべる男性の素顔。

 飛び散った光が消え、二人の姿は再び、闇に飲まれる。

 

「さっすが、先輩だな~。全然、腕が落ちてないねぇ」

 

 足音を消し、距離を取ったメルキオルは岩陰に隠れて静かに呟く。

 その表情は相変わらず、笑みを浮かべたままだったが、その目つきはエドたちを相手にしていた時よりも鋭くなっていた。

 

(ラインフォルトで働いていることは知っていたけど、随分な肩入れようだねぇ)

 

 メルキオルは自身が相手するかつての先輩、シャロンの変わりように内心、驚いていた。

 結社《身喰らう蛇》の執行者NO.Ⅸ 《告死線域》。

 かつて自分が所属していた、元《月光木馬團》の暗殺者。当然、メルキオルは彼女のことは知っていた。

 当時の彼女は一言でいえば、人形のような女だった。

 与えられた依頼をただ黙々とやり続けるだけの人形。奇しくも、《庭園》に所属していたオランピアと同じだった。

 だが、エドたちの会話で彼女から伝わってきたラインフォルトに向ける深い愛情。

 そして、"シャロン"という名にも深い思い入れがある様子だった。

 

(でも、根っこの部分は変わってないか)

 

 刃を交えて、早数分。《木馬》に所属していた頃と何も変わらない彼女の刃に、メルキオルのもはやエドたちのことは蚊帳の外になっていた。

 彼女相手に余計な雑念は命取りになる。

 

(ま、そうそう変わるもんじゃないか。さて、どう攻めようか……)

 

 同じ場所にいれば、気づかれる。

 メルキオルは岩陰から出て、転々と場所を変えながら、反撃のタイミングを見計らっていた。

 

 一方、メルキオルの相手をしているシャロンも同じく、転々と場所を変えて、気配を探っていた。

 

(まさか、このような場所で再会するとは……)

 

 《木馬》にいた時に何度も会ったことがあった。同じ凶器を使うからか、何かとちょっかいをかけてくることが多かった。

 もっとも、当時の彼女は彼に関心など、まったくなかった。せいぜい自分の周りに飛び回るハエ程度しか思っていなかった。

 

(腕もあの時よりも伸びている。気を抜けば、こちらがやられますね)

 

 実は、シャロンはエドたちの前に姿を現すよりも前に、この場所にたどり着いていた。

 そして、彼女はエドたちとメルキオルが戦っているところをじっくり観察していたのだ。

 意思を持つように飛ぶナイフに、多種多様の効果を持つ爆弾。

 《木馬》の時にはなかった、《古代遺物》を用いた彼の戦いは根本的なところは変わってはいないものの、戦い方は過去のものとは異なっていた。

 

(昔の彼の戦い方は忘れるとしましょう。さて、どう攻めますか……)

 

 シャロンは雑念を切り捨て、戦いに集中する。

 先程の打ち合いで実力はほぼ互角だとわかった。

 隠密の能力も互いに拮抗している。

 相手の手数もそれぞれ把握している。

 ならば、自分が勝つ残りの要素は……

 

((こっちの策が相手の策よりも上回るかどうか……))

 

 暗殺者同士の殺し合いに置いて、勝利条件となるのはたった一つ。

 相手に自分の存在を悟られないように相手を見つけ、一撃で葬ること。

 罠、陽動、撹乱などあらゆる策を用いて、どちらが先に相手をいぶり出すことができるのかが、勝負の分け目になる。

 ゆえに、二人の暗殺者は刃を交えながら、あらゆる場所に策を用意していたのだ。

 

(それじゃあ、こっちからいきますか)

 

 先に動いたのは、《庭園》の暗殺者。

 メルキオルは始まりを告げるかのように指を鳴らす。

 

 暗い空間にいくつもの光が放たれた。

 《古代遺物》の爆弾をばらまいたメルキオルはいくつかの爆弾を同時に爆発させたのだ。

 岩が炸裂し、一瞬の光が辺りを照らす中、シャロンは爆発に巻き込まれないよう移動する。

 

(これは陽動。爆発させて、行動を制限することで私を確実に殺せるポイントへとおびき寄せるもの。……ですが)

 

 爆発の連鎖にまったく動じない《結社》の暗殺者。

 シャロンは指に括り付けてあった糸を器用に動かす。

 すると、それに呼応するかのように別の場所で光が放たれた。

 策の準備をしているさなかに、爆弾がばらまかれているのを知ったシャロンは爆弾に糸を巻き付けていたのだ。

 巻きつかれた爆弾は糸に切断され、メルキオルの意思とは無関係に爆発を起こす。

 

(撹乱……。鋼糸で爆発させている感じか……)

 

 自分の意思とは関係ない場所で爆発が起きたのを目撃したメルキオルはすぐに結論づける。

 

(動揺を誘うのが狙いか、それともポイントをずらすのが目的か。でも、僕が把握していないとでも思っているのかな!)

 

 爆弾がシャロンに気づかれるのは想定の範囲内。いや、絶対に気づかれるとメルキオルは確信していた。

 ゆえにメルキオルは必要以上に爆弾をばらまき、その位置を全て頭に叩き込み、いくつものルートを作っていた。

 

(このまま続行! 先輩、来てもらうよ)

 

 再び指を鳴らして、爆弾を爆発させるメルキオル。

 鬱陶しそうに爆風を避けるシャロン。

 対抗するかのように糸を操作し、同じく、爆弾を炸裂させるシャロン。

 

(続ける感じですと、動揺している素振りはなし。私が爆弾に気づくのは、やはり想定内でしたか。ならば!)

 

 シャロンは足を速める。

 メルキオル同様、ばらまかれた爆弾の位置を正確に把握していたシャロンは、それを利用して彼がおびき寄せようとするポイントの場所を逆算する。

 彼がたどり着く前に最後の策を張ろうと、足をさらに加速させる。

 

 先程まで光も音もなかった空間は爆裂の光と音に支配されていた。

 シャロンは周囲の爆発に目もくれず、ただ前を見る。

 そして、ポイントとなる場所にたどり着いたシャロンは周辺に目配りしながら、そこで立ち止まる。

 地面には例の爆弾がいくつも散乱しており、隠れそうな岩がかなり密集していた。

 シャロンはナイフを前に構え、その場でじっと待つ。

 周囲を警戒し、メルキオルの位置を掴もうと神経を尖らせる。

 

「っ!」

 

 だが、シャロンは咄嗟にその場から離脱した。

 直後、シャロンの足下付近にあった爆弾が爆発した。

 地面に着地すると同時に、再びその場から跳び上がるシャロン。

 そのシャロンを追うかのように爆発し続ける。

 これでは、探すことができない。

 躱し続けるシャロンは大きな岩に隠れ、爆発をしのぐ。

 すぐに体勢を立て直そうとする直前、前方から向かってくる薄く濃厚な殺気。

 ちらっと視線だけを動かすと、そこには歯を見せながら獰猛な笑みで向かってくるメルキオルの姿が。

 しかし、その姿に動じずにシャロンは気づいていない素振りをしつつ彼が近づいてくるのをじっと待つ。

 メルキオルがナイフを振り上げ、シャロンを切り裂こうとする直前。

 

「迂闊」

 

 シャロンは糸を操作し、メルキオルの足下にある爆弾を斬る。

 爆発はメルキオルを巻き込み、強烈な爆風を生み出す。

 躱す余裕のなかったシャロンはその場で両腕を前に出して、爆風に耐える。

 

(……仕留めた)

 

 爆発に飲み込まれたメルキオルを見て、シャロンは確信する。

 特に防ぐ素振りもしなかったメルキオルは爆発をくらって絶命したとシャロンは結論づける。

 爆風が弱まり、その場から離脱しようと爆風から背を向き、エドたちの所へ向かう。

 

「つ~かまえた♪」

「っ!!」

 

 背後からの声にシャロンはすぐさま後ろに向かってナイフを振るう。

 しかし、ナイフは弾き飛ばされ、強い圧力で肩を掴まれる。

 

「これでジ・エンド!!」

 

 狂気に満ちた満面な笑みを浮かべ、全身にやけどの跡を残したメルキオルはナイフを逆手に持ち、シャロンの身体を引き裂いた。

 引き裂かれ、そのまま後ろへと倒れ込む彼女の姿にメルキオルは陶酔していた。

 

 ――ピィン

 

 だが、突然の音に意識が正常に戻る。

 そして、気づく。自身のナイフに、そして、周りに血が飛び散っていないことに。

 

「っ! しまっ……」

 

 その場から離脱しようとしたメルキオルだったが時すでに遅し。

 メルキオルの腹、腕、脚に鋼糸が纏わり付き、拘束される。

 振り解こうと足掻くが、締め上げる糸の力が強く、振り解けない。

 

「あなたの性格はよく存じてます。あの程度の爆発で怯まないことも」

 

 メルキオルは正面から迫る声に顔をそちらに向ける。

 そこにはワンピースのみを着けたシャロンが冷たい視線を向けながら立っていた。

 彼女の足下には、メルキオルによって切り裂かれたエプロンドレスが無残に転がっていた。

 

「……空蝉。一本取られたよ」

「気に入った獲物に対して、あなたは自らの手で殺しにくる。そのところは変わっていませんでしたわね」

 

 自分が姿を晒せば、メルキオルは確実に自分の前に姿を現す。

 姿を隠す暗殺者が、自らを囮にするという暗殺者ならぬ奇策。

 彼の性格を利用したシャロンの奇策は彼の策を上回ったのだ。

 

「それでは、これにて終幕です。……サヨウナラ」

 

 ――秘技・死縛葬送

 

 指を鳴らすと同時にメルキオルの身体に括り付けていた糸が彼を締め上げ、その五体をバラバラに引き裂いた。

 

 

 ~~~~~

 

 

 遺跡の最奥部。赤い光に照らされた広い空間で、思わぬ再会が果たされていた。

 

「ロゼ……、本当にロゼなのか?」

 

 胸や腕などに岩が刺さり、壁にもたれた体勢で拘束されていた男――アルフォンスは突如、現れた少女の姿に目を見開く。

 信じられないと言わんばかりに見つめられていたロゼは、彼と同じく目を大きく開き、ゆっくりと彼に近づく。

 

「アル……、どうして、お主が……」

 

 ロゼはアルの頬に触れて、じっと彼の顔を見つめる。

 自分の記憶の底で閉じ込めいた、最後に見た彼の姿がよみがえる。

 上手く言葉を出すことができず、必死に何かを言ようと口を動かしていた。

 一方、突然の展開について行けず、二人の様子を見守っていたエドたちは、

 

「知り合い……なんでしょうか?」

「見た感じ、そうみたいだな」

 

 初対面とは思えない二人の反応にオランピアとセリスは意見を交わし合う。

 

「吸血鬼……。帝国方面でそのような存在がいると聞いたことがある」

「おとぎ話に出てきますが、まさか実在しているとはな」

 

 エドとラカンはロゼが口から告げられた吸血鬼の存在を聞き、訝しげな視線をロゼたちに送っていた。

 

「ロゼ、その身体はどうしたんだ? どうして小さく……、それにしゃべり方も……」

「……妾にもいろいろあったのじゃ。それにあれから二百年も経っておる。しゃべり方が変わっていてもおかしくなかろう」

 

 最後に見た、妙齢の女性の姿。

 そして、目の前にいる少女の姿。

 その違いにアルは戸惑いを隠せない様子だった。

 その様子にロゼは落ち着きを少し取り戻したのか、笑みを向けて彼の疑問に答えていた。

 

「二百年……。そうか、もう、それだけの年月が……」

「アル、教えてくれ。どうして、お主が吸血鬼に……。いったい、何があったのじゃ?」

「それは……」

 

 核心部を聞こうと迫るロゼにアルは顔を下に俯かせる。

 まるで聞いてほしくないと言わんばかりに彼女の問いに彼は沈黙を続ける。

 

「まぁ、よい。それは後でゆっくりと聞こう。まずはこの岩をどうにかせねば……」

「っ! だめだ、ロゼ!」

 

 岩を取り除こうとするロゼに怒鳴りつけるアル。

 強い拒絶心が伝わり、取り除こうと動かした手が止まってしまう。

 

「ア、アル?」

「ロゼ、頼む。ここから離れてくれ。俺のことは、俺一人で何とかする。だから、ここから立ち去ってくれ!」

「何を言っておる?! こんな暗い場所にお主を一人に居させてたまるか!」

 

 ロゼはアルの制止を振り切り、岩に手をかける。

 すると、ロゼの手が赤く光り、彼に刺されていた岩が粉々に崩れ落ちる。

 アルは必死にロゼを止めようと呼びかけるが、ロゼは聞く耳を持たずにそのまま作業を続ける。

 行く末を見守っていたエドたちはどうすればいいのかわからず、その場で立ち尽くしていた。

 そして、最後の岩が崩れ去り、アルの身体は拘束から解かれた。

 

「よし。アル、これで大丈……」

 

 ロゼが言葉をかけようとした瞬間、アルが突然、彼女に飛びつく。

 背中に手を回して強く抱きしめるアルにロゼは頬を少し赤くしてしまう。

 

「アル……、は、離れぬか。皆が見ておる」

「……ロゼ」

 

 アルはロゼをさらに強く抱きしめる。

 逃げないように、強く、強く抱きしめ続ける。

 

「逃げろ」

「え……」

 

 何を、とロゼは訊ねようとするが、異変はすぐに起きた。

 顔を上げたアルは大きく口を開き、鋭く尖った牙を見せつける。

 そして、その牙を無防備なロゼの首に目掛けて突き立てた。

 

「が、がぁあああ!!」

「ロゼさん!」

 

 傍観を徹していたオランピアたちが前に出る。

 しかし、先に進ませまいと魔獣たちがどことなく現れ、進路を妨害する。

 

「ア、アル……」

「~~! ~~!」

 

 ロゼはアルに必死に呼びかけるものの、アルは止まらなかった。

 必死に抵抗するロゼだったが、意識が少しずつ朦朧としていき、身体から力を失ってしまう。

 

「邪魔だ!!」

 

 炎を纏った斬撃を魔獣に叩きつけ、ロゼたちに続く道をこじ開けたエド。

 エドは勢いをつけてロゼたちの方へと跳び込み、剣を水平に構える。

 腰と腕をひねり、剣から放たれる強烈な一突きをアルに向ける。

 しかし、当たる直前に、アルはロゼから離れ、高く空へと跳躍する。

 避けられたことに舌打ちするエドだが、倒れようとするロゼを片手で抱え、オランピアたちの方へ戻っていった。

 

「ロゼさん!」

「セリス! 診てやってくれ」

「わかった!」

 

 ロゼをオランピアたちに託し、エドとラカンは前に出て武器を構える。

 地面に降り立ち、ゆっくりと上体を上げるアルに、エドたちは目を鋭くしながらその様子をうかがう。

 アルは口周りに付いていたロゼの血を手で拭い、それを舌で舐める。

 

「……これが"真祖"の血か。今まで飲んできた中でも一番の味だ」

「……"誰だ"、お前」

 

 口調が変わり、どこか陶酔したアルを睨みつけるエド。

 何かが違う。目の前に立つ男が、先程まで好青年とは違うと、エドは直感する。

 

「貴様、まさか……」

「ロゼさん、無茶をしないでください!」

 

 エドたちの後ろで重い身体をゆっくりと起こすロゼはオランピアに支えながら、アルを見る。

 その姿を見たアルは痛快な笑みを浮かべていた。

 

「二百年ぶりだな、真祖のお嬢さん。会いたかったぞ」

「貴様、アルの身体を乗っ取ったのか、ガラード!」

 

 アルを別の名で叫ぶロゼにエドたちは眉を潜ませる。

 疑問を払拭しようと隣で支えるオランピアがロゼに問い出す。

 

「ロゼさん、ガラードって……」

「……二百年くらい前、帝都を騒がせた吸血鬼じゃ。アルの育ての父であり、アルの両親を殺した男。妾とアルが奴を倒し、そのまま消滅したはずじゃった」

 

 ロゼは歯噛みして、アルの身体に巣くう吸血鬼――ガラードを睨みつける。

 

「禁忌を使ったのか」

「あぁ。私は用心深くてな。念には念をとやっておいたのだ」

 

 禁忌。

 吸血鬼が己の身体を捨て、魂となって他者に取り憑く外法。

 乗り移った身体の魂は、次第に吸血鬼に磨りつぶされ、やがて吸血鬼に身体を乗っ取られる。

 乗っ取られた身体は徐々に変化し、最後には吸血鬼の肉体へと変貌する。

 だが、この外法を使えば、吸血鬼は二度と己の肉体に戻ることができず、現世をさ迷う亡霊へと化してしまう。

 

「晩年を迎えたアルと接触した私は、そのまま身体を乗っ取ろうとした。だが、この子の魂は意外にしぶとくてな、乗っ取られんと抵抗し続けたのだ。ボロボロの身体でこの地まで足を運び、この薄暗い場所で、自ら岩を突き刺して、自身を封印したんだ」

 

 ガラードの話からアルに纏わりついていた謎の声の正体がガラードだとエドは気づく。

 

「その封印を解くために、今回の騒動を起こしたのか?」

「その通りだ。私が本気を出せば、この程度の封印、簡単に壊すことができる。だが、この子の身体を乗っ取ってから、他者の血を一滴も吸っていない私にはそれすらできなかった。……まったく忌々しいことだ」

 

 ひどく不愉快な顔を浮かべ、苛立つガラードだったが、すぐに機嫌が戻り、話を進めた。

 

「自分でやるのが無理なら、誰かに解かせればいいと考えた。まずは、私は何度もこの男に呼びかけ、その度にこいつに自傷行為をさせた。その時に流れた血は近くの水辺に落ち、その水を魔獣たちが飲み干したのだ」

「あの魔獣たちはお前の血が含んだ水を飲んで、吸血鬼になったということか」

「然り。そして、私の食事として魔獣に人を攫わせたのだ。まあ、それは失敗に終わったが、それ以上のものが飲めて、私は最高に気分がいい!」

「目的は何だ? 復活してまで、お前は何をしようとしている」

「復讐だ」

 

 ガラードは変色した赤い眼でロゼを睨みつける。その瞳の奥からは燃えたぎらんとする深い憎悪がにじみ出ていた。

 

「真祖ローゼリア。高貴な存在たる吸血鬼である私が、矮小な人間とそれにほだされた裏切り者の小娘ごときに敗北するなど許せるはずがない! こいつの身体で貴様を殺し、貴様の無残な死体を目の前で晒し、貴様ら二人に復讐をする! そのためだけに我は二百年もの間、このような薄汚い暗闇の中でずっと耐え続けてきたのだ!」

「外道め……。そのようなことのために村を、娘を傷つけたというのか!」

 

 身勝手なガラードの物言いに憤慨するラカン。エドたちも表情が険しくなり、嫌悪な視線を送っていた。

 

「そうだ! アルが吸血鬼になることを受け入れたあの日に私は決意したのだ! たとえ、どれだけの月日が経とうとも必ず貴様らに復讐するとな!」

「受け入れたじゃと? 戯けたことを……。貴様がアルを唆したのじゃろう!」

「いや、アルは自分の意思で吸血鬼になることを選んだのだ。真祖。他ならぬ貴様のためにな」

「わ、妾のため、じゃと」

 

 困惑するロゼを愉快に思ったのか、ガラードは口角を上げる。

 

「そうだ。死を迎えようとした時、私を道連れにしようとはしなかった。なぜかと最初は困惑したが、聞いた時は笑いが止まらなかったぞ!」

 

 その時を思い出したのか、ガラードは腹を抱えて大爆笑する。

 

「妻を早くに失い、子供は悪魔の教団に連れ去られ、周りの者からは疫病神と蔑まれ、孤独に堕ちた男が唯一残っていたのは、貴様の存在だった。奴はずっと貴様のことを待ち続けた。どれだけの年月が経とうと必ず会いに来てくれるとそんな独りよがりな身勝手な想いをずっと抱き続けていたのだ」

「ア、アルが、そんなことを?」

「そうだ! だが、貴様は来なかった、ただの一度も! そして、寿命が迫った時に気づいたのだよ。我々とこいつの決定的な違いを! 時間という決して覆らない真実を! 我々は永久の時を生き続けるが、こいつは違う。たかが、百年という我々にとっては一瞬の時しか生きられない! それに気づいたこいつは後悔したのだ。あの日、最後に交わした貴様との対話を!」

 

『全部終わったら……また、来るといい。……俺はここで待っている』

 

「あの時の……」

「そうだ。孤独に苛まれた貴様を想い、そんな貴様を救おうと告げた言葉。だが、こいつは一瞬の時しか生きられない。死んでしまえば、貴様はまた孤独に戻ってしまうと、こいつは死を迎えようとしたその時に気づいたんだよ!」

「ま、まさか……」

「そうだ。貴様を孤独にはさせない。そのためにこいつは吸血鬼になることを受け入れたのだ。我という存在を自分一人で打ち倒して、貴様に会いに行こうと、こいつは二百年間、ずっと戦い続けたのだ。だが、それもまったくの無駄に終わってしまったがな!」

「あ、あぁ……」

 

 ガラードが告げる残酷とも言うべき真実にロゼは言葉を失ってしまう。

 先程までの威勢が消えてしまい、身体はガタガタと震わせていた。

 

「ふん。貴様といい、こいつといい、つくづく愚かな連中だ。愛などという下らぬ欲望に振り回されて、その愛ゆえに、こんなことになっているのだからな」

 

 ロゼの様子に興味を失ったのか、侮蔑の視線を送るガラードは指を鳴らし、眷属とした魔獣を集結させる。

 

「さて、では復讐の続きとしよう。まずは魔獣たちで貴様の身体を穢そう。その後はこいつの意識を表に出しながら、こいつの手で貴様をころ……」

「黙れ」

 

 ガラードの言葉は続かなかった。

 集結した魔獣が一瞬で消滅し、彼の顔面が硬い拳に殴り飛ばされる。

 ガンッ、と壁に叩きつけられたガラードは手で顔を押さえながら、自身を殴った者へと視線を送る。

 

「貴様……」

「てめぇのくだらないご高説はうんざりだ」

 

 ガラードを殴った者、エドは強烈な睨みをガラードにぶつける。殴った拳だけでなく、身体中が震えており、今にも飛びかかりそうだった。

 

「その人は二百年間、ずっと戦い続けた。待っているのかもわからない彼女のために、ずっと孤独に耐えてきた」

 

 エドは夢を通じて、アルの心を共有していた。

 ロゼに対する負い目や想い。あらゆる感情が入り混じりながらも、彼はずっと彼女のことを想い続けた。

 

「離れたくない。一緒に居たい。そういった大切な人に向ける想いを……、『愛』という気持ちを、てめぇの物差しで『欲望』なんて言葉で穢すな!」

「人間ごときがほざくなっ!」

 

 二人は同時に前に出る。

 エドは剣を振るい、ガラードの胴体を狙う。

 すると、ガラードの身体が崩れていき、霧のように姿を消す。

 姿を見失ったことに目を開くエド。その隙を狙い、ガラードは彼の後ろに現れる。

 

「死ね!」

 

 刃のように尖った爪がエドの背中を引き裂く。

 しかし、エドは身体を低くして、それを躱す。

 エドはそのまま手を地面につけ、腕だけの力で身体を持ち上げる。

 そして、両足を揃えて後ろにいるガラードにめがけて突く。

 不意をつかれ、後ろへと下がるガラードにラカンが背後から迫る。

 それに気づいたガラードは再び、霧のように消え、少し離れた場所へと姿を現す。

 

「吸血鬼の能力か?」

「おそらく。肉体の方は完全に吸血鬼の身体にされているようですね」

 

 すると、エドは塞ぐようにラカンの前に立つ。突然のことにラカンは目を開くが、エドの真剣な眼差しに沈黙する。

 

「ラカンさん。ここからは俺一人で。オランピアたちを頼みます」

「……やれるのか?」

 

 ラカンの問いにエドは深く頷き、ラカンも頷き返して後ろへと下がる。

 

「どういうつもりだ?」

「てめぇ、相手に俺一人で十分ってだけの話だ」

「調子に乗るなよ、人間がっ!」

 

 エドの物言いに怒りをあらわにするガラード。

 対するエドは《魔眼》を開き、じっとガラードを見据える。

 

「おい! アタシらのことはいいから、エドの加勢を……」

「いや、それはやめたほうがいい」

「ど、どうしてですか?」

 

 ロゼの治療をしているセリスがラカンにエドの助力を求めるが、ラカンはそれを拒否する。

 それに戸惑いを見せるオランピアは、衰弱しているロゼを支えながら、ラカンを見上げていた。

 

「エド殿は何かを企んでいる。介入すれば、彼の邪魔になってしまう」

「何か、というのは?」

「わからない。ここは彼を信じよう」

「っっ……、アルっ――」

 

 朦朧とする意識を何とか保とうとするロゼ。

 オランピアはロゼの手を強く握りしめ、目の前に広がる二人の戦いを共に見届ける。

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