英雄伝説外伝 金の軌跡   作:魔ギア

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 US数や、お気に入り数が一気に跳ね上がり、驚愕の一言。
 調べたら、二次の日間ランキング21位(8/12)になっていました。
 すげぇ?!

 それでは、ご覧ください。


第六十七話 その想いの名は――

「今度こそ、くらいな!」

 

 先制を仕掛けるのはセリス。ガラードがいる方へと手を伸ばし、《聖痕》の力を解き放った。

 

「我が深淵にて震えし嚇灼の刻印よ――」

 

 ――ウタセルナッ!

 

 セリスの背中に輝く真紅の《聖痕》を見たガラードは、すぐに眷属である小蜘蛛たちに指示を与える。

 小蜘蛛は指示を受けて一斉にセリスに向かって進み出す。セリスは迫ってくる小蜘蛛を認識するが、その場から動くことはなかった。

 

「させるかっ!」

 

 迫りくる小蜘蛛の前にエドが立ちはだかる。エドは炎に包まれた剣を振りかざし、小蜘蛛たちの身体を焼き払う。

 

「ハァアア!!」

 

 小蜘蛛の群れがエドに押し寄せて来るが、彼は鬼気迫る勢いで小蜘蛛を斬り続け、逆に押し返していく。

 エドによって、小蜘蛛たちは完全に足止めをされてしまい、一匹もセリスのもとにたどり着くことができなかった。

 

「轟き溢れて悪鬼を砕く奔流と化せ――!」

 

 詠唱が終わり、手に力を集め終えたセリス。それを合図にエドはその場から離れる。

 

「ぶち抜け!!」

 

 ――ケンゾクヨ!

 

 セリスが繰り出す炎の砲撃と小蜘蛛たちの群れが激突する。

 炎は小蜘蛛を焼き尽くし、少しずつ前進していく。

 その様子にガラードは顔を歪める。今までなら、他の眷属を呼び出して補強していたがロゼが作った強力な結界によってそれが阻まれている。

 そう考えている内に盾となっていた小蜘蛛の群れが貫かれ、炎がガラードに迫ってくる。

 しかし、ガラードは天井に糸を張り付け、上に逃げる。

 炎はガラードの下へと通り過ぎ、彼に当たることはなかった。

 

「逃がしません」

 

 ガラードが逃げる姿を捉えたロゼは赤い霧へと姿を変える。

 霧はガラードに悟られないよう、後ろに回り込む。

 霧散していた赤い霧が形を作り出し、ロゼが姿を現す。

 

「はぁ!」

 

 ガラードの背中に向けて一閃。

 後ろからの奇襲にガラードは地面に叩きつけられる。

 ガラードは即座に立ち上がり、憎々しげな目でロゼを睨みつける。

 

 ――ソノカラダヲ、バラバラニ、シテクレル!

 

 複数の小蜘蛛を放つガラードに対して、ロゼはボウガンを構え、矢を放つ。

 念力を使い、矢の軌道を自在に変えながら、迫り来る小蜘蛛に次々と当てる。

 

「覚悟っ!」

 

 ロゼは地面に降り立ち、足をバネのように使って一気にガラードの方へと跳び進んだ。

 小蜘蛛の死体が群がる中を駆け抜けるロゼ。それを見たガラードは口角を上げる。

 

 ――ハジケトベ!

 

「っ!」

 

 蜘蛛の死体が膨れ上がるのを見たロゼは即座に死体から離れる。

 すると膨れ上がった蜘蛛の死体が血をまき散らし、爆発する。

 それに連動し、辺りに散らばっていた死体が次々と爆発しだす。

 ロゼは爆発を躱し続けるが、その隙に今度はガラードがロゼの後ろへと回り込む。

 

 ――シネ、シンソ!

 

「させません!」

 

 口を開き針のようなものを取り出すガラードはロゼを突き刺そうとする。

 だが、そこにオランピアが割って入り、それを防ぐ。

 小太刀と針が火花を散らし、オランピアは身体をひねって針の軌道を横に反らした。

 

「イシュタンティ!」

 

 オランピアの指示でイシュタンティがガラードの腹に目掛けて蹴りを放つ。

 ガラードは吹き飛ばされるが、何度も転がりながらも体勢を何とか立て直した。

 

「オランピア、ありがとうございます」

「いえ、それよりも今の爆発は?」

「おそらく、眷属となった蜘蛛の血を操作したのでしょう。血を武器にするのは、吸血鬼にとっては造作もありませんから」

 

 爆発の原因を理解したオランピアは息を飲んでしまう。

 爆発したところを見ると軽いクレーターのようなものが出来ており、その破壊力を物語っていた。

 結界のおかげで小蜘蛛の数はだいぶ減りはしたが、まだその脅威を拭いきることはできなかった。

 

「どうすれば?」

「血さえなければ、何もできません。エドたちのように身体ごと、血を燃やし尽くします!」

 

 ロゼが持つ銀の法剣が鮮やかな赤色に輝く。すると、剣は炎が舞い上がり、オランピアの肌には強い熱が伝わってくる。

 

「オランピア、あなたの剣にも」

「大丈夫です」

 

 オランピアの剣にも炎を宿そうとするロゼだったが、オランピアは首を振る。

 深く呼吸をして息を整え、自身の闘気を剣に込める。

 込められた闘気は小さな火となり、やがて炎となって刀身を覆いつくす。

 

「これで大丈夫です」

「わかりました。では、行きますよ!」

 

 ロゼを先頭にして、オランピアも彼女に続く。

 その様子を遠くから見ていたエドはセリスに声をかける。

 

「聞こえたな、セリス!」

「ああ! 炎はアタシの得意分野だ!」

 

 ロゼたちの話を遠くから聞いていたエドたちも自身の剣に炎を灯して、同時に前に出る。

 ガラードは残りわずかな眷属をエドたちに向けて放つ。

 エドの研ぎ澄まされた炎。セリスの荒々しい炎。ロゼの神秘的な炎。オランピアの流麗な炎。

 それぞれの炎が小蜘蛛たちを次々と灰へと変えていき、その数を確実に減らしていく。

 焦るガラードはこの状況を変えようと、四人の動きを、特にロゼ以外の三人の動きをじっくり観察する。

 

 あの三人の内、誰か一人の血を吸って眷属にする。そして、同士討ちをさせ、その隙に残った者も眷属にする。

 

 そう考えていたガラードは最初の獲物になる人物を見定めていたのだ。

 そして、その相手はすぐに決まった。

 

 ――アノ、オンナダ!

 

 ガラードの視線の先には天使と背中合わせになって戦う白髪の少女、オランピアだった。

 三人の中でもっとも実力が低いと判断したガラードは残った眷属すべてをオランピアへと送り込む。

 

「オランピア!」

「っ! イシュタンティ!」

 

 エドの声に、小蜘蛛が一斉に自分の元へと集まってくるのに気づいたオランピア。

 すぐにイシュタンティに指示を送り、小蜘蛛の掃討に取りかかる。

 

「まさか、彼の狙いは!」

 

 ガラードの狙いにいち早く気づいたロゼはオランピアの元へと向かおうとするが、小蜘蛛が密集しており、前に進むことができない。

 エドたちも同様に、小蜘蛛に進路を阻まれ、オランピアと合流できない。

 

「やぁ!」

 

 一方、小蜘蛛の群れの中心で孤立されたオランピアは一人で奮戦する。

 舞を活かしたステップを繰り返し、小蜘蛛の攻撃を躱し続け、すれ違いざまに一刀を放つ。

 

(エドさんと合流するまで、何とか踏ん張らなきゃ!)

 

 自分だけで小蜘蛛の包囲網を抜け出せないと判断したオランピアは持久戦に入った。

 エドたちは自分の状況に気づいている。彼らが来るまで、この場で耐えしのげばいい。

 わずかにだが、遠くから剣を振るう音が聞こえてくる。あともう少しで合流できる。

 

「後ろだ!」

「っ!」

 

 エドの声に反応し、即座に後ろに振り向くオランピア。

 だが、そこには小蜘蛛はおらず、何もなかった。

 

 ――カカッタナ!

 

 エドの声を発したガラードが霧の中から突然、現れる。

 後ろから牙を突き立て、オランピアの首元を狙う。

 

 ――マズハ、ヒトリメ!

 

 ガラードの牙はそのままオランピアの首元に噛みついた。

 

 ――ナニっ!

 

 と思っていたが、ガラードの牙はオランピアの身体をすり抜けた。

 何が起きたのかわからず混乱するガラードはオランピアの方へと振り向く。

 オランピアは驚きの表情を浮かべたまま、その場から動いていなかった。しかし、身体は不規則に揺れており、やがて煙のように消えていった。

 

 ――イ、イッタイ、ナニガドウナッテイル!

 

 ――八葉一刀流 参の舞

 

 混乱するガラードに向かって影が迫る。

 影は彼の足を次々と通り過ぎ、気づけば八本全てが切り落とされていた。

 

「陽炎幻舞」

 

 影となって突如、現れるオランピア。それに唖然とするガラードだったが、自分の足がなくなっていることに気づき、そこから伝わってくる痛みにようやく反応する。

 

 ――ギィヤァアアアアアア!! ア、アシガァアアアアア!!

 

 足を失い、転げ回ることしかできないガラードをよそに、小蜘蛛たちを掃討したエドたちがオランピアと合流する。

 

「オランピア! 大丈夫ですか!」

「ロゼさん。はい、大丈夫です」

 

 一瞬、噛まれたと思っていたロゼはすぐにオランピアに駆け寄った。

 

「何だったんだ、今のは?」

「陽炎だ」

 

 オランピアの技に疑問を持つセリスに対して、エドは簡単に説明した。

 

「俺たちが炎を出し続けて、ここら一体の空気が熱せられた。そいつを利用してあいつは幻を作ったんだ」

 

 そして、オランピアはそれを上手く利用し、ガラードを見事に騙して見せたのだ。

 

「さて、これでチェックメイトだな」

「はい。そのとおりですね」

 

 ロゼはいまだに地面に転げ回るガラードを一瞥し、彼に近づく。

 エドたちはその場に留まり、彼女たちの行く末を見守ることにした。

 

「ガラード。これで終わりです」

 

 ――ヒッ!

 

 先程までの威勢はどこにいったのか、怯えた声でロゼの方に振り向き、その場から逃げようとする。

 だが、すでに切り落とされた足を必死に動かすだけで、そのから一歩も動くことができなかった。

 

「今度は逃がしません。その魂もろとも、ここで消滅させてもらいます」

 

 ――マ、マテ、シンソヨ! ハヤマッタマネハスルナ!

 

 止めを刺そうとする剣の切っ先を向けてくるロゼにガラードは彼女を呼び止める。

 彼女は冷たい眼差しを向けたまま、剣を大きく上へと振りかぶる。

 

 ――ワ、ワカッテイルノカ! ココデワレヲ、ホウムレバ……

 

「わかっています。そして、私も、彼もそれを受け入れました」

 

 彼女の緋色に目には一筋の涙がこぼれていた。

 それを見たガラードは全てを悟り、絶望する。

 

 ――ワ、ワレノオンシュウガ……、ワレノニヒャクネンガ……

 

「さようなら。最後の吸血鬼よ」

 

 上げられた刃が彼の頭を貫いた。

 剣は炎を立ち上げガラードの身体を燃やしていく。

 

 ――ギャァアアアアアアアアアアアア!!

 

 炎に飲まれ、断末魔を上げるガラード。

 ロゼが放った炎は悪しき魂さえも燃やし尽くす、浄化の炎。

 魂ごと焼かれているガラードは炎から逃げ出すことができず、そのまま灰塵と化して消滅していった。

 

「………………」

「ロゼさん?」

 

 倒したというのにその場で俯き、沈黙するロゼにオランピアはおそるおそる声をかける。

 だが突如、地面が揺れ、それに連動して遺跡内も激しく揺れ動きだす。

 

「な、何だ?!」

「まずい。さっきの戦闘で、どっかやっちまったか!」

「皆の者! 急いでここから避難するぞ!」

 

 激しい戦闘の末、遺跡が崩れると悟ったエドたちは急いでこの場から離脱しようと行動する。

 

「皆さん! 私の元に集まってください!」

「ロゼさん?!」

「私が何とかします! ですから、速く!」

 

 ロゼの突然の宣言に驚く一同。

 だが、地面に亀裂が走り、もはや時間がない。

 エドたちはロゼの言葉を信じ、彼女の元へと集まる。

 

「おい、この後、どうすんだ!」

「まかせてください」

 

 ロゼは意識を集中して、何かを呟く。

 だが、その言葉は自分たちが知る言葉ではなく、誰も彼女が何を言っているのか理解することができなかった。

 

「うおっ! 何だ!」

「これは、何かの陣か!」

 

 すると突如、足下に幾何学的な陣が現れ、エドたちを包み込む。

 包み込む陣が強い力を放つと同時に、エドたちがいた場所は崩落するのだった。

 

 

 ~~~~~

 

 

 暗闇に支配されていたノルド高原に朝が訪れた。

 山に遮られていた朝日だったが、その隙間からこぼれ出す光は彼方まで広がる大草原を薄く照らしていた。

 そんな中、ノルド高原にその存在感を大きく見せる巨人像。

 その頭上部分に幾何学的な陣が現れ、その中から複数の男女が出てきた。

 

「……ここは、巨人像の?」

 

 最初にこの場所に気づいたのは、このノルド高原に住むラカンだった。彼の腕にはシーダが眠っており、その表情はとても安らかなものだった。

 

「まさか、今のは転移の類いか?」

「はい。吸血鬼のとは違う力ですが、その認識で間違いありません」

 

 一瞬で別の場所に移動した現象に心当たりがあったのか、エドはロゼに確認をとっていた。

 

「外……、久しぶりの景色だな」

 

 そう呟いたのは二百年間、遺跡の奥でずっと封じ込められていたアルだった。

 アルは巨人像から見渡す、美しき大草原に感銘の声を漏らしていた。

 

「こんなにも広かったのか……」

「あぁ。ここからだと向こう側まで見えるな……って、お前、身体が!」

 

 アルに同調するセリスだったが、彼の姿を見て、驚愕を露わにする。

 先程まで青年だったアルの身体が急に老け始めたのだ。

 皮膚は少しずつ、皺ができ、髪も白く染め上がっていた。

 

「ど、どうしたのですか?!」

「簡単な話だよ。俺の命が終わろうとしているんだ」

「……え?」

 

 アルの言葉に言葉を失う一同。ロゼだけは目を瞑り、その眉間にしわを寄せる。

 

「元々、俺の身体はガラードの力で強制的に吸血鬼の身体にされたものだ。ガラードが消えて、力が失われた俺の身体は元の人間の姿に戻っていく。吸血鬼になって、約二百年。その分の成長が一気にきたんだ」

「二百年分の成長……。それではあなたは!」

「うん。人間は二百年も生きることはできない。俺の身体は少しずつ老いていき、やがて寿命を迎える。それが自然の掟だ」

「そ、そんな……」

 

 あまりにも悲しい事実にオランピアは打ちのめされる。

 ようやく、自由を取り戻し、会いたい人と再会することができたというのに、一緒にいる時間が残されていないという残酷な真実に。

 

「……あんたは知っていたのか?」

「……はい」

 

 エドは今も俯くロゼに言葉をかけ、彼女は小さく首を縦に振る。

 彼女の顔はとても悲しく、見ていられないほどつらそうな表情をしていた。

 

「そんな、そんなことって……」

「お嬢ちゃん。これでいいんだ。これでよかったんだよ。お嬢ちゃんが気に病む必要はない」

「ですが!」

 

 本当に何かないのかと必死に考えるオランピア。そんな彼女にアルは優しく頭を撫でて笑みを浮かべる。

 

「本当なら俺は誰にも看取られずに逝っていたんだ。だけど、今はこんなにもたくさんの人に看取られて逝くんだ。女神様に感謝だよ」

「アル……さん」

 

 オランピアはアルの固い決意にもう何も言えなくなった。

 アルは彼女の頭から手を離し、全員に視線を向ける。

 

「皆さん。しばらく、ロゼと二人だけにしてくれますか」

 

 アルからの()()の頼みに全員は何も言わずにその場から離れる。

 ロゼはしばらく、その場にぽつんと立ち尽くしていたが、やがてアルの隣へと座り、朝日が昇る東へと視線を向ける。

 二人は黙って、山に覆われた太陽を凝視していた。少しずつ太陽が昇り、やがて山の向こうから朝日が顔を出す。

 

「綺麗ですね……」

「あぁ。二百年ぶりに見て、あらためてそう思うよ」

 

 世界が生まれた時からある目の前の光景に二人は目を細める。

 二人は確認を取ったわけでもなく、手を重ね合う。

 お互いの存在を確かめ合うように、強く、強く、握りしめる。

 

「ロゼ……、すまない」

「え?」

 

 突然の謝罪にロゼは目を丸くする。

 少しずつ変色する髪を気にしないで、アルの苦笑いをじっと見ていた。

 

「俺は君の気持ちを本当に理解できていなかった。君を孤独にさせないと思って、あの言葉を言ったけど、俺の命は君に比べれば、ほんの一瞬のものだった。俺が死んだ後、君は再び孤独になるっていうのに、俺はそんなことに気づくことができなかった。結果、君は俺に会うことを恐れてしまい、こんなことになってしまった。だから、ごめん」

「……いいえ。あなたが謝ることはありません。あの時、あなたが送ってくれた言葉は本当に私を救ってくれたんです。あの言葉があったから、私は人であることを捨てることはありませんでした。あなたがいてくれたから、この気持ちを抱くことができました。……だから、本当にありがとうございます」

 

 ロゼは深い感謝を述べて、アルに笑みを向ける。それは最後の時に見せてくれた、あの時の笑顔と同じものだった。

 

「……ん? この気持ち?」

「あ……」

 

 しまったと言わんばかりにロゼは顔を少し赤らめて、オロオロしだす。

 だが、彼女は何かを決意してアルの顔を正面から見つめる。

 

「私は何百年も生きてきましたが、この気持ちがどういうものなのか、まったくわかりませんでした。かつて、その気持ちを抱いていた親友にも聞きましたが、すごく曖昧なもので結局わからずじまいでした。でも、あなたと会って、あなたのことをずっと考えて、初めてその意味を理解することができました。親友が言葉を詰まらせるのも今ならわかります。それは言葉にするにはとても難しいものです。……だから、誤魔化さずに、素直に言います」

 

 ロゼは両手をアルの肩を乗せて顔を近づける。

 目を瞑り、彼の口に自分の口を付ける。

 彼女たちにとってはとても長く、だが現実ではほんの短い時間が過ぎていく。

 やがて、呆然とする彼から離れ、ロゼは頬を赤くしながら笑顔を向ける。

 

「私、ローゼリア・ミルスティンはアルフォンス、あなたを愛しています」

 

 その笑顔はあの時の笑顔よりも儚く、されど、とても華麗なものだった。

 

「は、ははは……、参ったな。そうだったのか」

 

 固まっていたアルは恥ずかしくなったのか、頭をかき、ロゼから目を反らす。

 

「だけど、困ったな。俺は君の気持ちを簡単に受け取ることができないな」

「ルッカさんでしたよね。お子さんもいて、結婚なされたんですよね」

「あ、あぁ。あいつのことは今も大好きだよ。だから、あいつを無視して、君の気持ちを受け取ることが……」

「わかっています。でも、私はどうしても、この気持ちをあなたに伝えたかったんです。大好きな人に好きって伝える。それはとても素敵なことだと思いませんか?」

「それは、そうだが……、君って結構わがまま?」

「フフ……、はい。私はこう見えてとてもわがままなんですよ」

 

 二人の顔から笑顔が絶えることはなかった。昇ってくる朝日のように明るい時間が少しずつ過ぎていくのだった。

 

「? どうしました、アル?」

「あぁ。すまない、君の笑顔がもうぼんやりとしか見えないんだ」

「……そうですか」

 

 ロゼはそれがどういう意味なのかすぐにわかった。

 彼女はアルに肩を寄せ付け、口ずさんだ。

 それは、彼女が最後に彼へと贈る愛の詩。

 突然歌い出すロゼに驚くアルだったが、やがて目を瞑り、静かに彼女の歌を聴いていた。

 

 ――綺麗な歌だな

 ――はい。弟子の子に披露したことがあります

 ――弟子? 弟子がいるのか?

 ――二人います。今はそのうちの一人と一緒に暮らしています

 ――そうか。君はもう一人じゃないんだ

 ――えぇ。だから、わたしはもう大丈夫です

 ――あぁ。ロゼ。俺の心はずっと、君の傍にいるから

 ――ありがとう、アル

 

 二人の間に会話はない。話したくても、アルにはもう話す力が残っていなかった。

 心の中で会話をする二人。もちろん、お互いに何を言っているのか、わからない。

 だが、何となく伝わってくる言葉()に二人はお互いに応える。

 

 その様子をエドたちは遠くからじっと見つめる。

 ラカンは目を瞑り、手を胸に置き、静かに祈っていた。

 セリスは目を赤くしながらも、目の前の光景を目に焼き付けていた。

 エドは太陽の光に目を細くするも、二人の結末を最後まで見守っていた。

 そして、オランピアは――

 

(……あぁ。そう、なんだ)

 

 ロゼとアルの後ろ姿を見つめながら、自分の胸にそっと手を置いた。その顔はどこか上の空になっており、頬は少し赤く染まっていた。

 オランピアは今、この時、長く思い悩んでいた想いに答えを見つける。

 自分はなぜ、エドと一緒にいると胸が弾むのか。

 自分はなぜ、彼の隣に女性がいると胸がざわつくのか。

 そして、自分はなぜ、彼の頬に口づけをした時、あんなにも恥ずかしいと思ってしまったのか。

 オランピアはロゼがアルに口づけをし、己の気持ちを伝える光景を見て、その意味をようやく理解できた。

 

『自分のすべてを捧げてもいい。そういった意思の表れのようなものじゃ』

 

 ロゼは残り少ない命のアルに『誓い』の口づけを捧げた。

 どうしてそうするのか、そして、もし自分が捧げるとするなら、それはいったい誰になるんだ。

 

(私は、エドさんのことが……)

 

 父と母に抱く気持ちとは違う。

 クローゼやラウラといった友達に向けるものとも違う。

 自分のすべてを捧げたいと思うこの気持ちの意味をオランピアはようやく理解することができた。

 オランピアはエドの手をそっと握り、ロゼたちを見守り続ける。

 たとえ、一瞬の時でも、お互いの心を通じ合う二人の行く末を最後まで見届けたかったからだ。

 

 ロゼは歌い続ける。自分の想いを、自分の心に温もりを与えてくれる彼に送るために彼女は歌い続ける。

 アルの顔はとても穏やかで、とても安らいでいた。二百年という長い旅を終え、彼は自分を想ってくれる彼女の隣でようやく休むことができたのだから。

 

 歌が終わった。

 これといった拍手も、喝采もない。

 静かな時間がただ過ぎていった。

 妙齢の女性の姿は幼き姿に戻っていた。

 そんな彼女の目には涙がずっと流れ続けていた。

 彼女の手にはすでに温もりはなかった。

 代わりに灰となってしまった、かつての温もりをずっと握っていたのだ。




 改めて、お読みくださり、ありがとうございます!!
 再び、ランキングインできるよう頑張っていきます。
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