長い夜が終わり、山に隠れていた太陽は姿を現し、広大なノルド高原を照らす。
二百年という長い旅を終えたアルを見送ったエドたちは村へと戻った。
しかし、ロゼだけはまだやることがあると言い残し、アルを見送ったその場所でエドたちと別れた。
遺跡前に車を置いてきたエドたちは村に戻る前に車を回収しようと巨人像を降りていったが、降りた先には、なんとシャロンが車と共にエドたちを待っていたのだ。
なぜここにいるのがわかったのかと訊ねたが、それに対してシャロンはただ笑みを作るだけ、何も答えなかった。
車に乗り村に戻ったエドたちを待っていたのは、ガイウスたち村人たち全員だった。
シーダの無事を確認できたガイウスを含んだラカンの家族は、彼女が無事に戻ってきたことに涙を流し、抱擁した。
その様子を見守ったエドは遺跡内で決めていたことを早速、実行する。
メルキオルのことや《庭園》のことなどいろいろと聞こうと、エドはシャロンを呼びつけるのだが――、
「まぁ、エド様。皆様に内緒で私と二人っきりになりたいだなんて大胆ですわね」
何を勘違いしているのか、シャロンは頬を少し赤らめてそんなことを言ってきた。
それに対してオランピアとセリスは真っ先に反応し、まるで魔獣を仕留めようとする狩人のような目つきでエドを強く睨みつけた。
オランピアの視線が今までよりも強くなっているのは気のせいだろう。
エドは何とか二人を慰めようと手間取っていたその時、シャロンの口角が少し上がったのを彼は見過ごさなかった。
「逃げられた?」
「はい。思わぬ横槍が入りまして、逃げられてしまいました」
「横槍というのは?」
「黒いフードを被った男です。エド様たちが追いかけた赤髪の遊撃士を背負って、いきなり現れました」
村から少し離れた場所で、エドはシャロンからメルキオルとの戦いの後の話を聞いていた。
彼女が言うには、メルキオルに止めを刺そうとしたその時、件の男が現れたという。
シャロンの話に出てきた男の存在にエドは眉を潜ませる。彼はその人物に心当たりがあったからだ。
「それで……、その後は?」
「見逃しました。私一人で敵う相手ではありませんでしたから」
正解だ、とエドはシャロンの判断を賞賛する。
エドの予想通りならシャロンの前に現れたのは、《庭園》のリーダーである《庭園の主》に違いない。
死んだと思われたグランと戦闘不能になったメルキオルを抱えているとはいえ、いかに《執行者》である彼女でも彼に勝てるとは思えなかったからだ。
「その男に心当たりはあるか? たとえば、元《木馬》の暗殺者だったとか」
「残念ながら、あれ程の怪物を《木馬》で見たことはありませんわ」
「そうか……。なら、《庭園》を発足したっていう《破戒》については?」
「彼についてはあまり期待しない方がよいかと。おそらく、彼は面白半分で組織を立ち上げたのだと思います」
「他に知ってそうな奴に心当たりは……」
「私と《破戒》と同じく、元《木馬》出身の《執行者》はいますが、おそらく彼女も何も知らないと思います」
「そう、か……」
手がかりなしとわかり、肩を落としながら深いため息をつくエド。
そんな様子を見ていたシャロンは《庭園の主》と対峙した時に感じた違和感を彼に伝える。
「エド様。あの男は去り際に妙なことをおっしゃっていました」
『彼がここに来ていたとはな。まさか、そこまで観えていたのかな?」
「観えていた?」
「はい。あの男は確かにそうおっしゃっていました。ここでいう彼というのは、エド様、あなた様のことだと思われるのですが……」
エドはその場で腕を組み、深く考え込む。
《庭園の主》が残した言葉で真っ先に思い浮かんだのは、自分の眼に宿る《魔眼》だった。
《D∴G教団》のロッジで行われた儀式という名の人体実験によって手に入れた、黄金の眼。
どんなに遠くに離れていようと、どんな速いものでも、見えないと認識したものを視認することができる力を持つ異能。
《庭園の主》の会話から考えると、まるでエドがノルドにメルキオルが訪れることを《魔眼》の力で知ったかのような口ぶりだった。
だが、エドが《魔眼》の力を使ったのは、ノルドに到着した時と今回の吸血鬼騒動の時だけだった。
その際に、メルキオルの姿を視認したことはない。
では、なぜ《庭園の主》はそんなことを口走ったのだろうか。
(この眼にはまだ、何か秘密があるのか?)
エドはある一つの考えが浮かぶ。
エドは《魔眼》の力の全てを把握していない。彼には知らない、まだ別の何かがあるのではないかと考えた。
そして、《庭園の主》はその何かを知っている。
自分と彼を繋ぐ意外な接点を見つけたエドは《庭園の主》の正体にさらに謎を深めるのだった。
「エド様。私はラインフォルトのメイドとしての役割がありますので、これ以上のお力をお貸しすることはできません。ですので、ここに滞在するまでの間、私の知っている《木馬》についての情報を可能な限りお伝えします」
「……わかった。ありがとう、シャロンさん」
話を終えた二人は村の方へと戻った。そんな二人を最初に出迎えたのはオランピアとセリスだった。
「お話は終わりましたか?」
「あぁ。メルキオルの奴はどうやら逃げちまったみたいだ」
「そうですか……。エドさん、セリスさんから報告したいことがあるみたいです」
「? どうした、セリス」
「エド、落ち着いて聞いてくれ。さっき舟の奴らから連絡がきたんだ」
「メルカバから? 確か、じっちゃんを探しに行ってたんだよな?」
「あぁ。その先生が見つかったんだよ」
「はぁ!?」
その内容にエドは目を大きく開いた。
ノルドに滞在して、今日で三日目。今まで行方不明になっていた、グンターがこうも速く見つかったことに驚きを隠せなかったのだ。
「じっちゃん、どこにいたんだ?!」
「今はカルバードにいるらしいぜ。それと見つかったというより、先生の方から連絡がきたんだ」
「じっちゃんの方から?」
「あぁ。なんでも、お前に話したいことがあるから、来てくれってのことだ」
「俺に話したいことだと?」
「おう。とりあえず今日はここで身体を休めて、明日に出発する予定だ」
突然の事に少し混乱するエドだったがすぐに気持ちを持ち直す。
「次の目的地が決まったことだし、今後の予定を考えないとな。……あ、シャロンさん。例の話なんだが」
「はい、先程のお話の内容から、今日中にした方がよろしいようですね」
「そういうことだな。すまない、シャロンさん。気を遣っていただいて」
「いいえ。先に行ったのは私の方です。お気になさらずに」
シャロンはその場でスカートを持ち上げ、エドたちに向かってお辞儀をする。
「それでは、私はひとまず大旦那様の元に戻ります。エド様、今日の夜にそちらに行きますので、どうか楽しみにしてください♪」
「? お、おう」
何を楽しみにするんだ、とエドは疑問を浮かべるが、それを訊ねる前にシャロンはそそくさとその場から離れていった。
「……おい、エド」
「エドさん?」
すると、隣で話を聞いていたセリスたちが、目を細めてエドを見ていた。
その目はとても冷たく、うっすらと殺気のようなものが感じた。
「さっきの夜のお楽しみってどういうことだ? あのメイドとは《庭園》のことで話していたんじゃねぇのか?」
「エドさん、詳しく話を聞かせてください」
「い、いや、ちょっと待て、お前ら、何か勘違いしてないか?」
二人から放たれるプレッシャーに無意識に後ろへと下がるエド。
一歩下がる度に、女性二人は一歩進み、彼との距離を少しずつ縮める。
「エド、さっきあのメイドと話をしていた時、若干、鼻の下が伸びていたよな? どういうことか説明しろやゴラァ?」
「伸びてねぇよ! それはお前の見間違いだ! 勘違いしてんな!」
「エドさん、シャロンさんが《庭園》に関わっているかも、とおっしゃっていましたが、やっぱりメイドさんがそんなにいいのですか?」
「だから、違ぇよ! まだ、それを掘り出すのか、お前は!」
「「エド(さん)?」」
「ま、待て、お前ら。話せばわかる。とりあえず、その振り上げた拳を……」
「「最っ低っ!!」」
「だばらっ!!」
両者から放たれたクロスパンチはエドの両頬を正確に抉る。
あまりの理不尽な展開にエドは心の中で嘆くが、同時にこの原因を作った黒幕に軽い恨みを抱く。
(後でとっちめてやるからな、あの野郎!)
エドは見逃さなかった。去り際に自分に向かって見せた彼女の深い笑みを。
わざとだと理解したエドは、いつか必ずとシャロンに復讐してやると誓い、そのまま意識を手放した。
~~~~~
翌日。
ノルドの村でゆっくりと身体を休めたエドたちは隣国のカルバード共和国へ行くため、メルカバが停まっている場所へと向かうのであった。
村の人やギエン、シャロンに見送られたエドたちは行きと同じようにイシュタンティに乗り、村から離れる。
しかし、エドたちはそのままメルカバが停まる方へと向かうのではなく、巨人像の頭上部分を飛び越え、ある場所へと向かっていた。
「ロゼさん!」
目的地にたどり着き、そこにいる一人の少女にオランピアは声をかける。
しかし、声をかけられた少女、ロゼは反応しなかった。
両手を前に組みながら目を瞑り、何かを祈っていた。
彼女の前に綺麗に建てられていたのは石で作られた墓石。
それが誰の者なのか、三人はすぐに気づいた。
オランピアたちは静かにロゼの隣に立ち、墓石に向かって祈りを捧げる。
「もう行くのか?」
祈りを終え、組んでいた両手を解いたロゼはエドたちに声をかける。
三人を代表して、オランピアがロゼと話をする。
「はい。これからカルバードの方へと向かう予定です」
「そうか。ありがとの。こんな場所までわざわざ来てくれて」
「いいえ。ロゼさんのことが気になりましたから……。あの人のお墓を作ってたんですか?」
「うむ。あやつが眠る場所をちゃんと用意したくての。丸一日かかってしまった」
ロゼの手をよく見ると、爪先に土が埋め込んでおり、顔や服も少し汚れていた。つい数刻前まで土を掘っていたのだと、目に見えて明らかだった。
「? ロゼさん、その壺は?」
「ん? あぁ、これか」
ロゼは小さな壺を優しく持ち上げて、三人に見せる。
緋と白を基調にした綺麗な小壺だった。
「この中に、あやつの遺灰が入っておる。半分をここに残して、もう半分を妾の里に持っていくつもりじゃ」
ロゼはそう言って。壺が壊れないように優しく、愛おしく撫でる。
「オランピア。どうやら、あの時の答えが見つかったようじゃの」
「……はい」
ロゼの言っていることをすぐに理解したオランピアは彼女に向かって力強く頷く。
それを見たロゼはそうか、と頷き返す。
「オランピア。その気持ちは絶対に報われるようなものではない。妾のように報われないことがほとんどじゃ。じゃがな、報われた者はおのずと、最後までその想いを抱き続けた者だけじゃ。その想いを大事にするのじゃ。そして、お主の『誓い』はその者にしっかりと送るのじゃぞ」
「はい。忘れません。ロゼさんのことも、アルさんのことも。ここに訪れた時は必ず墓参りをします。絶対です」
「そうか。……ありがとう」
ロゼは朝日のように優しく微笑み、感謝を送る。
エドは二人の会話が読み取れず、首を傾げていたが、セリスはその内容を理解し、複雑そうな目で二人を見ていた。
「さて、そろそろ妾も帰らせてもらう。あまり遅すぎるとエマに怒られてしまうからの」
ロゼは踵を返し、エドたちの元を離れる。最後に三人の方に振り向く。
「妾も奴らのことを追うつもりじゃ。何かあったら、力を貸そう」
「はい。その時はよろしくお願いします」
「うむ。では、またの。人の子らよ。お主らの未来に朝日が昇らんことを祈っておるぞ」
それを最後にロゼは小壺を抱いたまま、ゆっくりとその場から離れていった。
「なぁ、さっきまでの会話はどういうことだったんだ?」
「それは……、秘密です」
エドはオランピアに先程までのやり取りのことを訊ねるが、彼女は指に口を添えて答えなかった。
自分の胸に抱く気持ちをようやく理解した十二歳の少女。
だが。ロゼの言うとおり、その想いが絶対に報われるということはないのかもしれない。
自分と同じ想いを抱き、自分よりも彼を知っている彼女がいるから。
『報われた者はおのずと、最後までその想いを抱き続けた者だけじゃ』
ロゼの言葉を思い出し、心の中で首を振るオランピア。
彼女が自分よりも彼のことを知っているとか、そんなものは関係ない。
自分は誰よりも彼のことを想っていると己の心に聞かせる。
《庭園》との決着はまだ終わっていない。
まだ、自分と彼の未来に朝日は昇ってこない。
だから、今はこの想いを打ち明けるのはよそう。
全てが終わり、二人の未来に朝日が昇った時。
その時に伝えよう、自分の中に巡るこの想いを。
オランピアは新たな目標と生きる意味を見出し、彼と共に次の目的地へと向かうのであった。