翌日。街並みに人並みができた朝の時間。
温泉宿《碧山楼》の入り口前に一人の男が佇んでいた。
黒い髪と蒼い目をした十代後半の青年。
黒いコートと黒のスラッグという全身黒一色の男。
その顔色はかけられた眼鏡が太陽の光に反射されて、よく見えなかった。
(…………これって、まさか……、デート、なのか?)
そんな見るからに怪しい服装をした青年、エドワード・スヴェルトは昨日の出来事について考えていた。
昨日、オランピアから街へ一緒に出かけないかと誘われたエド。
特に予定がなかったエドはこれを了承し、今日という日を迎えた。
約束の時間から三十分早めに準備を終えたエドは、オランピアが来るまでこうして待ちぼうけをくらっていたのだ。
(この展開といい、オランピアの反応といい、あいつによく似ていたよな……)
まだ、指名手配されていなかった昔。セリスと付き合うことになってから数日のことだった。
エドは彼女から初のデートの申し込みが来た時のことを思い出していた。
あの時の彼女も、昨日のオランピアのような雰囲気を纏わせていた。特に、デートの誘いを受け入れてくれた時の反応が瓜二つだった。
(まさか、あいつ……、俺のことを?)
そんな過去があってか、エドはもしもの可能性を考えていた。
オランピアと出会ってから、まだ半年も経っていなかった。
だが、毎日一緒に過ごし、《庭園》といった強敵を一緒に戦ってきた仲だ。
短い時間とはいえ、自分と彼女には確かな絆があることは確信を持って言える。
ならば、そんな仲で彼女が自分にそういった感情を芽生えることはあるのではないか?
(いやいやいやいや……、さすがにそれはねぇだろう。六つも離れてるし、せいぜい面倒見のいい兄貴か何かの間違いだろう……)
年の差があるからか、エドはそれはないと結論づけ、余計なことを考えずにオランピアを待つことにした。
かつて彼女がいたというにも関わらず、乙女心がまだわかっていないエドなのであった。
「お、お待たせしました」
「ん? いや、俺もさっき来たばか…り……だ」
後ろからの声に、来たのかと反応し振り返るエドだったが、彼女の姿に言葉を失う。
そこいるのは、自分がよく知る少女ではあったが、雰囲気がまるで違っていた。
服装に関してはいつも通り、上に黄色のコートは着ていないが、白のワンピースにおしゃれなブーツサンダルだ。
だが、普段、何もつけていない髪にはリボン型のバレッタをつけており、片耳を見せるような形で髪を止めていた。
近づくと彼女からラベンダーの香りが伝わり、頬や唇には軽い化粧をしているのがうっすらとだがわかった。
あまりの変貌に目を大きく見開くエドにオランピアはおずおずと彼を訊ねる。
「あの、エドさん。ど、どうでしょうか?」
「え? あ、あぁ、すまん。ちょっとビックリしちまった」
自分が放心していることに気づいたエドは、すぐに息を整え、改めて彼女をじっくり観察する。
「正直言うと見違えた。いつもよりも女の子らしくて、可愛いと思うぞ」
「はぅ……、あ、ありがとうございます」
ストレートに告げられて、顔を赤くするオランピア。
恥ずかしくて、顔を俯かせてしまうが、内心はすごく嬉しかったりする。
「それで、これからどうする? 出かけるといっていたが……」
「は、はい! 街の屋台を見ようかと思います。他にも体験コーナーのようなものもあるみたいなので、とりあえず、そこを一回りしようかと」
オランピアはエドの手を強く握る。突然のことにエドは少し驚く。
「オランピア?」
「で、では、行きましょう!」
握った手を強く引っ張り、足を進めるオランピア。
彼女にそのまま引っ張られるエドは、彼女の様子を見て、改めて考え直す。
(……やっぱり、デート……、なのか?)
そんなことを考えながら、エドはオランピアと共に街の方へと向かっていった。
そして、そんな二人の後ろ姿を見守る影がひょっこり現れる。
「行きましたわね」
「はい。彼の反応も悪くはないですし、出だしは順調のようですね!」
変装のつもりなのか、黒いサングラスをつけた二人の少女。
今回の計画の立案者であるシーダとアシェンだった。
「これからどうするんですか、殿下?」
「もちろん、このまま尾行です。彼にバレないように影ながらオランピアさんをサポートいたします!」
「了解です!」
お転婆な二人のお姫様は、バレないようにこっそり、二人の後を追いかけていくのだった。
~~~~~
龍來の屋台は、街の中央にある大きな川に沿って、ずらりと並んでいた。
風鈴作りや、釣りといった体験コーナーや、甘栗や温泉卵といった食べ物の屋台などがあり、多くの観光客がその魅力に惹かれ、足を止めていた。それはエドたちも例外ではなかった。
「いや、久しぶりに甘栗を食ったが、やっば、うまかったな」
「はい。ほかほかで甘みもあって、すごくおいしかったです」
小休憩もかねて、甘栗を堪能していたエドたちは次の屋台に向かおうと足を進めていた。
オランピアは自分の手を包む彼の手をぎゅっと握る。
デートを始めてから今まで、彼女は必ず彼と手を繋いで街を移動していた。
「次はあそこにするか?」
エドが指した方に視線を向けると、年寄りの老婆が水晶のようなものに手をかざし、観光客に何か話しかけている様子だった。
「あれは?」
「占いだな。都会じゃあまり見ないものだから、知らないのも無理はないな」
見ると、観光客が列になって並んでおり、特に女性の数が非常に多かった。
「すごい人気なんですね」
「女ってのは、占いが好きだからな。中には、意中の人との相性や、今後の将来のことを占う人もいるくらいだ」
「でも、占いって絶対に当たるというわけではないんですよね」
「まあな。でも、自分の将来に対して、不安を持つのは当たり前のことだ。だから、将来どうなってるのか、知れるんだったら、知りたいんじゃないか?」
「それは……そうですね」
エドの考えにオランピアも同意見だった。現に今の自分がまさにそうだったからだ。
《庭園》との戦いが続き、この戦いはいつになったら終わるのか。
その時、自分と彼は無事でいるのだろうか。
そして、自分は彼の隣にいるのだろうか。
「行ってみるか?」
「そうですね。……少し、気になりますから」
エドたちは列に並び、自分たちの番が来るまでその場で立ち話をしながら待つのであった。
「今のところ、問題はなさそうですね」
「何だかんだで、彼もそれなりに彼女をフォローしてますからね。いい感じね」
そんな二人の様子を同じく列に並んで見守る、二人のお姫様。彼女たちもまた、占いに興味があるお年頃のようだ。
そして、いよいよエドたちの番がまわった。
「おやおや、可愛らしいお嬢さんね。隣の彼氏さんもいいわね。デートか何かかい?」
「え! い、いや、その……」
「フフフ……、ごめんなさいね。さぁ、お二人は何を占いたいのかね?」
「えっと、エドさんから……」
「いや、俺はいい。お前だけでもやっておきな」
「わ、わかりました」
オランピアは占い師の老婆の前に座り、エドは彼女の後ろに立ち、その様子を見守る。
「その、私の未来を占ってください」
「わかったわ。それじゃあ、この水晶をじっくり見て」
「は、はい」
緊張しているのか、少し上擦った声を上げるオランピアは占い師の言われた通り、水晶をじっと見つめる。
占い師は水晶に手をかざし、その中を注意深く観察していた。
「う~~ん。これは……」
「ど、どうでしょうか?」
「そうね……。いままでにないつらく、厳しい試練があなたを待っているようだ」
ゴクッと無意識に息を飲むオランピア。占い師の言葉を聞き逃さないと彼女の顔をじっと見つめていた。
「試練って?」
「あなたの心の奥底に眠るもの。それが呼び覚まされて、あなたを今までにない苦しみを与えるでしょう。その試練を乗り越えられるかどうかで、あなたの未来は光と闇。どちらかの道に進むことになる」
「その試練というのは?」
「わからないわ。靄のようなものがかかって、何も見えない。自分だけでなく、誰にも見せたくないものなんでしょう」
「ど、どうすればいいのですか?! 私はどうすれば……」
不穏な未来を言われ、内心、穏やかになれないオランピアは縋るように占い師に伺う。
占い師の目力が強くなり、水晶のさらに奥を覗き見ようとする。
「……光を見つけなさい」
「光?」
「そう、自分を見つけてくれる強い光。自分のことを受け入れてくれる優しい光を見つけなさい。あなたに迫る試練はあなた一人で乗り越えなくてはならないもの。でも、それを支えてくれる自分だけの光。その光を信じれば、自ずとあなたの望む未来が来てくれるはずよ」
その言葉を最後にオランピアたちはその場から離れ、再び街中へと戻る。
「自分だけの光……。曖昧な表現だが、占いだから仕方ないな」
「そうですね。その、ごめんなさい、エドさん。せっかく一緒に来てくれたのに……」
「気にすんな。行こうと言ったのは俺だ。お前が思い悩む必要はない」
下に俯くオランピアの頭を優しく撫でるエド。
手からは今までにないサラサラ感が感じられた。
「さて、そろそろ昼が近いし、どこかで昼飯にするか」
「あ……、そ、それでしたら、外で食べませんか? その……、お弁当を用意したんです」
「お前が? 弁当なんて作れたのか?」
「は、はい。リベールでクローゼさんたちに教えてもらって、それからずっと練習を……」
「へぇ~、そうなのか。いいぜ。それじゃあ、そいつを食おう。それで、どこで食う?」
「えっと、街の近くに大きな滝がある場所がありまして、それを眺めながら、一緒に食べませんか?」
「……え?」
龍來周辺に流れる巨大な滝。それに該当する場所にエドは心当たりがあった。
「それでは、行きましょう!」
「お、おう……」
どこか微妙そうな顔を浮かべながら、エドはオランピアの後ろを付いて行った。
そして、その二人の後を、件のお姫様たちも付けて行くのだった。
~~~~~
至近距離から伝わる、地面を叩き続ける爆音。
とても大きな質量で叩かれているのか、その音は豪快で、轟音だ。
全長何十アージュもある高い位置から大量の水が一気に流れ落ちる巨大な滝が列を作って並んでいた。
「すごい……。これが《龍來瀑布》」
オランピアは目の前の光景に唖然としていた。
クロスベルやノルドなどで滝は何回も見ていたが、それとは比較にならない巨大さを誇っていた。
さらには天井地点を真上から見上げられるほど近い距離で見ることができ、その圧倒的な大きさに言葉が出なかった。
「あいかわらず、変わんねぇな。この滝は」
一方、エドは顔を引きつらせながら、目の前で叩き落ちてくる大滝を眺めていた。
実を言うと、エドは一度だけ、この地に訪れたことがあったのだ。
エドがまだ星杯騎士団の総長、アインの元で修行をしていた頃、精神統一をするという名目で、ここ《龍來瀑布》で滝行をさせられたのだ。
逃げないようにと岩に磔にされ、上から来る大質量の水を頭から被され、何度も窒息しそうになった。
結果、まだ八歳だったエドは、ベッドの上で二週間の療養を余儀なくされた。
「エドさん、どうしたんですか?」
「いや、何でもない。それよりも、とっとと飯にするか……、とその前に」
エドは鋭い目つきに変わり、後ろに振り向いた。
誰もいないところを睨みつける彼の様子にオランピアは首を傾げる。
「エドさん?」
「出てこいよ。隠れているのはわかってる」
「……さすがだな。《枢機卿殺し》」
バッバッ、と音を立てて岩陰や水の中から多くの影が飛び出てきた。
地面へと降り立った影たちは全身黒ずくめの装いをしており、エドたちを逃がさぬようにと周辺を取り囲む。
「どうして、エドさんの正体が……、まさか、《庭園》?!」
「やるってなら、相手になるぞ」
オランピアはエドの正体を見破った謎の襲撃者に驚く中、エドは剣を抜き、目の前に立っている他の者よりも少し小柄な黒ずくめに切っ先を向ける。
「抵抗はしない方がいい。でなければ、お友達の首が飛ぶぞ」
「何だと?」
「オランピアさん!」
黒ずくめの後ろから、別の黒ずくめの者たちが誰かを連れてきた。
現れたのは、十歳くらいの小さな少女たち。
「シーダ殿下! アシェンさん!」
「申し訳ありません。オランピアさん」
「ちょっと、離しなさいよ!」
エドたちを尾行していたシーダとアシェンが後ろで縄を結ばれ拘束されていた。
人質になっている彼女たちを見て驚愕するオランピアに対し、エドは視線だけを周囲に動かして周囲を見渡していた。
「その子たちの護衛はどうした?」
エドは黒ずくめを睨み、静かに問いかける。
片や公国の姫君に、片や《黒月》トップの身内。普通なら、護衛役の人物がいてもおかしくないはずだ。
「そいつらならすでに始末した。《白蘭竜》や公太子の護衛秘書がいなければ、大したことない」
「……それで、俺に何の用だ」
「知れたこと。貴様の首を獲りに来たのだ。《枢機卿殺し》エドワード・スヴェルト」
黒づくめが腰に付けあった直剣を抜く。
「抵抗はするな。すれば、この娘たちの命はない」
黒づくめはその言葉を最後に地面を蹴る。
切っ先をエドに向け、彼の心臓へと突き刺す。
エドはその場から動かず、じっと前を見据える。
そして――、
ガキンッ!!
剣が宙を舞う。
甲高い金属音が鳴ると同時に飛んだ剣はそのまま地面へと突き刺さった。
「っ!」
「遅い」
黒づくめの喉元に剣を突き立てるエド。
突き刺さる直前に、エドは黒づくめの剣を弾いたのだ。
「っ貴様!」
「動くな!!」
待機していた別の黒ずくめが飛び出そうとするがエドの覇気が入った声に足を止められる。
エドに切っ先を向けられた黒ずくめは焦る様子を見せずに彼を見据える。
「貴様、話を聞いていなかったのか? 抵抗すれば、彼女たちを……」
「くだらない芝居はよせ。最初から殺す気なんてないくせによ」
「え?」
オランピアは目を丸くして、エドを見つめる。
黒づくめはエドの言葉に沈黙するが、観念したかのように息を吐く。
「なぜ、わかった?」
「剣を変え、声を変え、気配を変え、姿を隠しているが、長年積み重ねてきた鍛錬の結果は誤魔化せない。お前の動きは嫌というほど見ていたからな」
エドは剣を引っ込み、鞘に収める。その顔は完全に呆れていた。
「ったく、一応、人質になっているのは、要人の身内だぞ。最悪、お前ら消されちまうぞ」
「……ふふふ、そこは安心してくれていい。最初っから傷つけるつもりもないからね。護衛の人たちもただ気絶させただけだしね」
口調が少し柔らかくなった黒づくめは手を上げて、シーダたちを捕えている者に合図を送る。
その合図に拘束を解かれたシーダたちは、何がどうなっているのかわからず、放心していた。
「俺の力量を測るのが目的だったのか」
「そうさ。ずいぶんと会っていなかったからね。腕が落ちていないかと心配してたんだけど、その必要もなかったみたいだ」
黒づくめは深く被っていたフードを脱ぎ取り、その姿を晒す。
フードの中に閉まっていた、銀色に輝く髪は風になびき、腰まで伸ばす。
エドよりも透き通った蒼色の目は彼を見上げる。
その顔は凛々しく、だが、どことなくあどけなさが残っていた。
「お、女の人?」
黒づくめの正体に目を丸くするオランピア。シーダやアシェンに負けないくらい綺麗な容姿をしていた彼女にオランピアだけでなく、シーダたちも口を開く。
一方で、エドは思っていた人物であったことに深くため息をついた。
「そういうところは、ほんっと変わんねぇな。 ……シズナ」
「君も変わってなくて安心したよ。我がライバル、エドワードよ」
イタズラ成功と言わんばかりに黒づくめの少女――シズナ・レム・ミスルギはエドにニヤッと笑みを向けるのだった。