英雄伝説外伝 金の軌跡   作:魔ギア

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第七十一話 斑鳩

 龍來のはずれにある、観光スポットとしても有名な巨大な滝《龍來瀑布》。

 長い布が垂れるように広がる滝のような風景。その近くで黒ずくめの集団が鍋を囲いながら、昼飯を取っていた。

 

「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

 そんな黒ずくめの集団に紛れる三人の少女。

 オランピア、シーダ、アシェンは黒ずくめの一人――クロガネからお椀を手渡される。中には鍋に入っていた具材が詰まっており、温かな湯気が顔に当たる。

 

「毒などは入っておらん。遠慮せずに食べるがいい」

「は、はい……」

 

 オランピアは戸惑いながら、周りにいる他の黒ずくめの人たちの様子を窺う。

 全員が仮面を被ったまま談笑をしており、よく見ればお椀の中がすでになくなっていた人がちらほら見かけた。

 

「我らは忍びゆえ、身内以外の者に顔を晒すわけにはいかないのでござる」

「そ、そうなんですか」

 

 オランピアは何も言っていないのに、気になっていたことを正確に答えるクロガネ。彼の察しの鋭さにもはや苦笑いするしかなかった。

 

「はぁ~、ひどいめにあったわ」

「はい。さすがにもうダメかと思いました」

 

 一方で、食事前のことを思い出したのか、アシェンは大きくため息をつき、シーダもそれに同調していた。

 

「それにしても、家の護衛をあんなにも簡単に倒されるなんて思ってもいなかった」

「そうですね。私の方もナージェさんが信頼に置いている護衛官たちなので、実力がないわけではないのですが……」

「あの、結局のところ、あなたたちは何者なんですか?」

 

 少女たちは今の状況を飲み込めず、とりあえず、一番気になっていることをクロガネに尋ねる。

 

「我らは猟兵。《斑鳩》の忍びでござる」

 

 クロガネの言葉に真っ先に反応したのは、アシェンだった。

 

「《斑鳩》って……、ツァオから聞いたことがある。確か、東で活動する猟兵団にその名があったような」

「左様。その《斑鳩》で相違ない」

 

 民間人の安全を第一する遊撃士とは異なり、ミラで仕事を受け持つ武装集団、傭兵団。

 優れた戦士たちは猟兵団( イェーガー)と呼ばれ、その名を大陸中に轟かせている。

 その中でも《斑鳩》は荒廃する東でしのぎを削っている傭兵団の中でも、最強の座を誇っている太刀と忍びたちの武装集団なのだ。

 

「えっと、その猟兵の方々が、なぜこの地に?」

「姫の気まぐれ。というより、エドワード殿と会うためでござる」

「姫?」

「それって、もしかして……」

 

 オランピアたちは集団からはずれ、滝を眺めている二人組を遠くから眺める。

 そこにはエドと彼に剣を向けた銀髪の女性が肩を並べて談笑していた。

 

「彼女が我らの姫。シズナ・レム・ミスルギ様でござる」

「何か、エドさんと仲良さそうだけど、知り合いなのですか?」

「えぇ。お二人は幼少の頃、かの《剣仙》殿から剣を学び、共に高め合った剣友にしてライバルなのです」

 

 クロガネの話に興味が惹かれたのかシーダとアシェンはクロガネに質問を繰り返す中、オランピアだけはどこか寂しそうにエドの方をじっと見つめていた。

 

 一方で、集団から離れ、二人っきりになっていたエドとシズナは、

 

「いや~、腕が落ちていなくて何よりだよ。それどころか、最後に会った時よりも強くなっていて安心したかな」

「そいつはどうも。お前こそ、相変わらず自由にやってんな」

 

 久しぶりの友人との会話に、エドは脱力し、呆れた顔でシズナを見ていた。

 

「あんな芝居をする必要があったのか? おまけに他の奴らも引っ張ってきて」

「いいの、いいの。その方が面白そうだったからね。皆も文句言わずに付き合ってくれたから、問題ないでしょ?」

「いや、それって言わなかったんじゃなくて、言えなかったの間違いじゃねぇの?」

 

 おもちゃを借りるような感覚で猟兵を借りる彼女の行動に何も言えなくなるエドだった。

 

「そんなこと言わないでおくれよ。これでも本当に心配したんだぞ。……二年前、君が指名手配犯になって、追われる立場になった日から君の身を案じていたんだ」

 

 シズナは少し強めにエドの胸に自分の拳を軽くぶつける。

 シズナは真剣な目つきをしながら不敵な笑みを浮かべていた。

 

「君は私のライバルだ。君を倒すのは他でもない私だ。だから、私以外の者に倒されないか、本当に心配したんだぞ?」

「……そういうところは変わってねぇな、お前」

 

 彼女らしい理由にエドは呆れるも自分の身を案じてくれたことに内心は嬉しく思っていた。

 

「それにしても、君、いつから剣を変えたんだい? 太刀じゃなくて直剣を使うなんて、何か事情でもあるのかい?」

「折られた」

「……何だって?」

「折られたんだよ。敵の親玉にな」

 

 エドはレグラムで出会った《庭園の主》のことを軽く説明する。

 それを聞いたシズナは深刻そうに顔をしかめていた。

 

「《光の剣匠》のことは私も聞いているよ。老師(せんせい)とも渡り合える凄腕の剣士だとね。その人も一緒にいながら勝てなかったとは……。相当な使い手のようだね」

「あぁ。だから、太刀をどこかで調達しようとは思うんだが、市販の太刀じゃ、また折られるのがオチだ」

「そうだね。名刀、もしくは妖刀の類いの物じゃないと太刀打ちできなさそうだ」

 

 シズナは腕を組んで静かに考える。すると、何かを思いついたのか、エドの方に振り返った。

 

「エド。その太刀、こっちで繕ってあげようか?」

「え?」

「《斑鳩》は主に太刀を武器にしているけど、太刀って他の武器とは違って、結構、特殊な作りになっているから、専門の刀鍛冶に調達、修理を依頼してるんだよ。私の口添えで君の新たな太刀をその人に頼んであげるよ」

 

 シズナの提案はとても魅力的なものだった。

 命がけの商売ゆえに、猟兵は己を守るために自分に合った一等級の武器を使っている。

 そんな中で大陸東部最強を誇る彼女らが信に置いている刀鍛冶士というのなら、その腕は一流に違いない。

 普通なら、すぐに受けようとするが、エドはその裏の真意を見過ごさなかった。

 

「……で、何がお望みだ?」

「さっすが、エド。わかっているね」

 

 待ってましたと、嬉しそうに笑うシズナは、すぐに目を細めて、エドを見つめる。

 

「私が求めるのは君との一騎打ちだ。《庭園》と決着がついた暁に、私と勝負をすること。それが私が君に求める報酬だ」

「やっぱりか……」

 

 予想していたのか、ため息をつくエド。だが、今後のことも考えたエドはコクッと頷くのであった。

 

「交渉成立だ。それじゃあ、戻ろっか。……それにしても、少し意外だったな」

「? 何がだ」

「君があの子と一緒にいることさ」

 

 シズナは横目でこちらをずっと見続けるオランピアを指す。

 

「彼女って、例のあの子でしょ。普通なら、拒絶したっておかしくないのに、それでも彼女と行動している。もしかして、気づいていない。あの子は……」

「シズナ」

 

 エドは絞った声でシズナを黙らせる。その声からはかすかに怒りのようなものがにじみ出ていた。

 

「それ以上は言うな。セリスにも言ったが、あの子のことは俺が何とかする。余計な茶々入れはしないでくれ」

「ふ~~ん。知ってて行動しているんだ。それじゃあ、私からは何も言わないよ。でも一つだけ言っておくよ。……言うんだったら、早めに言うことを薦めるよ。女の子は繊細だからね。長引けば、その分、彼女は深く傷つくよ」

 

 それを最後にシズナはクロガネたちの下へと戻る。その後ろ姿にエドはため息をつく。

 

「わかってるよ、そんくらい」

 

 そう呟いたエドは重い腰を上げ、シズナの後ろをついていくのだった。

 

 

 ~~~~~

 

 

 昼が過ぎ、すっかり夕暮れになってしまった時間。エドたちはシズナたちと別れ、龍來へと戻って行った。

 シーダとアシェンを宿へと送り、そのままデートの続きをすることになったエドとオランピア。

 だが、衝撃的な出来事があったせいか、どっと疲れていた二人は続きをする気力がなくなっていた。

 だから、最後に夕食を二人ですることにし、それで終わらせようとすることになった。

 場所は《春水庵》。その二階は和風のレストランのようになっており、そこで二人は向かい合う形でテーブルに座り、夕食を摂っていた。

 

「わるいな、オランピア。俺の知り合いが邪魔しちまってよ」

「い、いえ。あれは仕方ありませんよ。エドさんも知らなかったんですよね?」

「あぁ。あいつの行動はいつも突拍子だからな。俺でも予測がつかねぇ」

 

 昼に出会ったシズナを思い出したのか、エドは肩を落とし、本日、何度目かわからぬ深くため息をつく。

 

「クロガネさんから聞いたんですが、お二人はライバルだったんですか」

「……老師の下で一緒に剣の修行をしてきた仲でな。剣の流派は違っていたけど、お互いに研鑽し合った同門だった。ライバルに関しては、あいつが一方的に言っているだけだ」

「えっと、どうして?」

「あいつなりに悔しかったんだろう。同じ時期に剣を始めたっていうのに、自分よりも先に俺が《剣聖》に至ったことが。まぁ、同時に本気で戦いたいと思える相手ができたことに嬉しくも思っているだろうな。あいつは見た目と違って、戦いが好きだからな」

「そ、そうなんですか……」

 

 《斑鳩》の者たちから、"姫"と称されたシズナは、それに相応する容姿をしていた。

 だが、その性格はシーダやアシェンとは違って、飢えた猛獣のように好戦的なものであった。

 

「ま、太刀の件は何とかなるし、あいつに出会えたことはいい巡り合わせだったがな」

「そうですね。…………」

「? どうした、オランピア」

 

 急に口を閉ざした彼女を不思議に思い、エドは声をかける。

 しばらくの間、沈黙を続けていたオランピアはエドの顔をじっと見つめ、深々と頭を下げた。

 

「エドさん。今日はありがとうございます。私のわがままに付き合ってくれて」

「……ふっ、気にすんな。久しぶりにいい気分転換になった。こっちこそ、ありがとな。誘ってくれて」

「い、いえ、そんな……」

 

 顔を俯かせて頬を赤くするオランピア。逆にお礼を言われるとは思わなかったからか、恥ずかしく感じるのと同時に、嬉しさも感じていた。

 

「オランピア、こいつを」

 

 エドは小さな箱をテーブルに置き、オランピアにそれを差し出す。

 何なのかと首を傾げるオランピアはそっと箱を手に取り、中を見る。

 

「……これは」

「今日、誘ってくれたお礼だ。受け取ってくれ」

 

 箱の中にあったのは、星の刺繍が施されていたチョーカー。

 高級なものなのか、かなり精巧に作られているのが、一目でわかってしまう物だった。

 

「い、いいのですか。こんな高そうな物を……」

「あぁ。言ったろ、お礼だって。受け取ってくれないと、逆にこっちが困る。……それとも、もっと別のが良かったか?」

「い、いいえ! そういうことじゃありません。……すごく、すごく嬉しいです」

 

 大好きな彼からのプレゼントにオランピアは喜びの感情を隠しきれずにいた。

 顔を赤くして手をもぞもぞとするオランピアはエドに一つのお願いを頼んだ。

 

「あの、エドさん。このチョーカーをつけてくれませんか?」

「え?」

「その……、つけ方がわからないので……」

 

 嘘だ。チョーカーの付け方など当然、知っている。

 これは自分のわがままだ。彼からのプレゼントを彼につけてもらいたい。そんな小さなわがまま。

 

「わかった。貸してくれ」

 

 エドは箱を受け取り、中にあるチョーカーを取り出す。

 取り出したチョーカーを手に、エドはオランピアの後ろへと回る。

 オランピアは目を瞑り、至福とも言うべきこの時間をじっくりと堪能する。

 

「ん……」

 

 自分の首に彼の手が当たった。それだけで顔が熱くなってしまう。

 やがて、首に何かが巻き付く感触が生まれ、カチッ、と音が鳴る。

 

「できたぞ」

 

 オランピアは目を開け、自分の首元に手を添え、窓に視線を向ける。

 そこには先程のチョーカーが自分の首に巻かれている自分の姿があった。

 外は暗くなっており、窓が鏡となって自分と後ろにいる彼の姿が映っていた。

 

「うん。似合ってるぜ」

「……はい。ありがとうございます」

 

 オランピアは窓に映る自分の姿をじっと見つめる。今の自分の顔が人前には見せられないものになっているのがわかる。だが、彼女は今、彼のプレゼントを付けている自分の姿にただ見蕩れるだけだった。

 

 

 ~~~~~

 

 

 デートが終わり、宿へと戻ったエドたちを待っていたのは、シーダとアシェンだった。

 その後ろにはシーダ兄のシェリドとアシェンの付き人であるツァオも一緒だった。

 どうやら昼の《斑鳩》の一件でお礼をしたく、一緒に待っていたようだ。

 エドは特に気にしていなかったが、本人たちの強い押しに負け、貸しを一つ作るという形で話が収まった。

 一方で、オランピアはシーダとアシェンからの質問攻めにあっていた。

 特に、昼には付けていなかったチョーカーを目にした二人はキラキラした視線でオランピアから話を聞き出そうとしていた。

 そんな騒がしい夜が終わり、消灯を迎えようとする時間。

 エドは同じ部屋に泊まっているグンターにバレないよう、こっそりと部屋を抜け出した。

 周りに視線を向け誰もいないことを確認したエドは、ある場所へと向かっていた。

 エドが泊まっている部屋とは違う別の部屋。その前に止まったエドは腕を上げてドアをノックする。

 

「お待ちしておりました。エドワードさん」

 

 ドアを開けてエドを迎え入れたのは、グンターの計らいで来ていた、ラトーヤ・ハミルトン博士だった。

 

「お願いされた通り、誰にも気づかれないように来ました」

「ご配慮、感謝します」

「いいえ。内容があれですから、お気持ちはわかります。どうか気にしないでください」

「ありがとうございます。それでは中へ」

 

 ラトーヤに案内され、エドは部屋に入る。

 中の内装はエドが泊まっている部屋と何ら変わらない東方風の部屋だった。

 

「エドワード君。来てくれたのね」

 

 部屋に備え付けられていたテーブルの椅子に座るエスメレーは、普段とは違い、真剣な目つきでエドを見ていた。

 エドは軽く会釈をし、エスメレーの隣に視線を移す。

 そこにいるのは、シーダたちよりも幼い小さな子どもが座っていた。

 

「博士。その子が例の?」

「はい。三年前、教団のロッジから保護した子です」

「そうですか……」

 

 エドはラトーヤから少年へと視線を戻す。

 グレーの髪から除く目はひどく怯えており、エスメレーの傍を離れようとはしなかった。

 ラトーヤは少年に近づき、頭を撫でて落ち着かせる。

 

「大丈夫よ。この人はエドワードさん。あなたと同じ、あの場所から助けられた子よ」

「……え?」

 

 少年の怯えた目は驚きへと変わり、エドに視線を送る。

 エドは少年の傍へと近づき、地面に膝を付ける。

 視線を合わせて、少年の顔を見つめるエド。

 今もどこか怯える表情にエドは見覚えがあった。

 

(……似てるな。昔の俺に)

 

 ロッジから抜け出し、教会に保護された時の自分。

 誰も信じることができず、何かに怯えるその姿にエドはまるで鏡に写る自分を見ているような感覚に襲われる。

 

「……俺はエドワード。エドって呼ばれてる。君の名を教えてくれるか?」

 

 エドは優しく声をかけ、少年の返事を待つ。

 少年はエドの顔をじっと見つめ続け、やがて閉じていた口を開ける。

 

「か、カトル……、カトル・サリシオン、です」

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