大陸各地で子どもたちを誘拐し、人体実験という悪逆を繰り返してきた、《庭園》の前身が一つ、《D∴G教団》。
三年前、各国の軍、警察、遊撃士が一堂に集まり、国際的な犯罪捜査が立ち上がり、各地にあった教団ロッジを一斉に制圧する作戦が実行された。
その作戦当時、オブザーバーとして参加していたラトーヤは教団が秘密裏に隠していた少年を保護した。
その少年は誘拐された子どもたちとは違い、教団の祭司の間から生まれた子どもだった。
しかも、その両親から実験体として扱われるという悲劇的な過去を持っていた。
ラトーヤは少年の存在を世間に隠し、彼を自分の家へと迎え入れたのだ。
「子どもに罪はないとはいえ、教団の子どもであることが知られれば、何かしらの報復がこの子に来るかもしれない。そう思って、この子の存在を隠したのです」
「正しい判断ですね。人間の感情っていうのは、そんな簡単なものじゃありませんから」
エドは教会に保護されたばかりの日々のことを思い出す。
母アルマによって、教会に保護されたエドは当時、周りの大人たちから非難の視線を向けられていた。アルマも同じ視線を向けられ、強い拒絶と恨みがにじみ出るほど伝わっていた。
視線を向けた者たちは皆、教団に子どもを誘拐され、子どもの帰りを待っている大人たちだった。非難の視線を向ける以外にも、自分の子どもはどこにいるのかと尋ねる者や、おまえたちのせいだと謂れのない八つ当たりをしてくる者、果てにはエドたちを追い出そうと目論む者もいたという。
それを知ったエドの祖父オーバは、上司のグンターとアインに協力を求め、これを説得、もしくは、鎮圧にかかった。結果、エドとアルマは被害を受けることはなく、教会での生活を平和に過ごすことができた。
「エドワードさん。バルクホルン神父からあなたのことをお聞きし、ぜひこの子の話し相手になってもらいたいと思ったのです。教団の身内を持ち、同じ痛みを持つあなたなら、私たちよりもこの子に寄り添えることができると思いまして」
「この子を保護してからそれなりに経つんだけど、まだ、私たち家族にしか心を開かなくて。何かきっかけがあったらなって思ったのよね」
「なるほど」
ラトーヤとエスメレーの嘆願にエドは頷き、正面で向かい合っている件の少年、カトルの様子をじっと見つめる。
初対面である自分を拒絶するかのようにこちらに目を合わせようとしない。二人の言っていることはあながち間違いではないようだ。
《D∴G教団》壊滅後、作戦に参加していた者たちは誘拐された子どもたちを探していたようだが、誰も助けられなかったという。
だが、エドは自分以外に教団から保護された子どもがいたことにこれといって驚きはしなかった。
後に知ったことだが、実は一人だけ教団に誘拐され、制圧作戦時に救出された子どもがいたという。
その人物こそがエドの恩人であるガイ・バニングスが助け、エドが彼に助けられた時に一緒にいた水色髪の少女なのだ。
その子以外にもエドは指名手配をされてからの長い旅で、自分と同じ教団被害者に出会っていた。
《ローゼンベルク工房》でヨルグと銀髪と黒髪の二人の男と共にいた菫色の髪を持った少女。
そして、レグラムで再会し、母と共に自分をロッジから逃がしてくれた青髪の少女。
あの地獄を知っている者はもうほんの一握りしかいない。
だから、ラトーヤたちの頼みにエドは特に拒否するつもりはなかった。
同じ痛みを知っているエドとしても、いまだ過去を引きずっているカトルをそのままにすることはできなかった。
(……とはいえ、何から話すべきか)
俯いたまま、その場で沈黙し続けるカトル。
こういった相手と会話する場合、相手を傷つかないように内容をしっかりと考えなくてはならない。
エドはとりあえず、当たり障りもない軽い質問をしようとしたその時、
「あなたも、ぼくと、同じ……なんですか?」
なんとカトルの方が先に口を開き、エドに話しかけてきたのだ。
まさかカトルの方からいくとは思ってもおらず、隣で静観していたラトーヤとエスメレーは驚きを隠せなかった。
エドは今も怯え、揺れているカトルの目線を受け止め、コクッと静かに頷く。
「あぁ。同じ所じゃないけど、俺も君と同じ、あの場所にいた。俺の親父がその場所を仕切っていたらしくてな。ま、いろいろとやられたよ」
「いろいろって?」
「わりぃ、そこは覚えてないんだ。聞いた話じゃ、そのいろいろのせいで、廃人になってたみたいだからな。あそこにいた頃の記憶が抜け落ちちまってな。何をやっていたとかは、まったく覚えていねぇんだ」
ロッジにいた頃を思い出そうとした時もあったが、頭の中に靄がかかり、何も思い出せなかったのだ。
そんなエドが覚えていたのは、《魔眼》を手に入れた時に見せた父と名乗る男の狂ったように笑う姿と、自分をロッジから連れ出してくれた母と助けてくれた青い少女だけだった。
「っ! ごめんなさい」
「いいよ。特に気にしていないから」
「……ぼくも、とうさんと、かあさんから……」
「……そうか」
「あの……あなたも何か、力を?」
「あぁ。この眼を手に入れた。……いや、植え付けられたっていうべきか」
エドは黄金に輝く自身の眼をカトルに見せつけ、言葉を言い直す。
エド自身、望んで《魔眼》の力を欲したわけではない。無理矢理、植え付けられたというのが正しい言い方だろう。
「……怖くないんですか?」
「何?」
「その力を使うのが、怖くないんですか?」
カトルは俯きながら自身の両手を組む。手はひどく震えており、彼の顔は真っ青になっていた。
「ぼくは怖いです。皆とは違うんだってわかっちゃうから。自分が自分じゃなくなっちゃうって感じるから、すごく怖いです」
「……なるほど」
カトルの言いたいことを察したエドは相槌を打つ。
周りの者には持っていない異質な力を持つ者の中には、その力を自慢し、自分は特別だと思う人がいる。逆に、その力を歪なものと捉え、自分は他とは違うと考え、塞ぎ込んでしまう者がいる。
前者の人間は自ら望んでその力を欲した者がほとんどだ。だが、後者の人間はその力を無理矢理、植え付けられた人間がほとんどである。
そして、その力を見せつけられた周りの者は大抵、その者と距離を置く。
人間は自分とは違うものに対して、強い拒否感を持つことがある。
その態度が、後者の人間の不安を助長するのだ。
自分は本当に同じ人間なのか、と。
「……怖いよ。君と同じように、俺もかつてはこの力に恐怖して、出さないようにと必死になっていた時期があった」
だから、カトルと同じ後者の人間であるエドは彼の心情を深く理解していた。
そして、エドは彼が持つ悩みに真摯に応える。
「でもな、一度、手に入れちまったこの力を手放すことはもうできない。俺たちは一生、この力を持ちながら生き続けなくちゃならないんだ」
「そんな……」
「理不尽だよな。望んでもいねぇっていうのに。俺もそう思う。だけど、過ぎた時間を元に戻すことはできないんだ。だから、どこかで踏ん切りをつけなきゃならねぇ。この力を拒絶するんじゃなくて、自分なりに受け入れる形でな」
「自分なりに?」
「おう。昔、この力を制御するために鍛えてくれた師匠がいたんだ。この人はいろんな意味で規格外の人でな。俺の力がまったく通用しなかったんだ」
「そ、そうなんですか?」
カトルは少し驚く素振りを見せ、その姿にエドは苦笑いをする。
「あぁ。あの人は正に化け物のような人だったよ。やれ千人越えの傭兵団をたった一人で全滅したとか、やれ超巨大魔獣の群れを一撃で葬ったとか、やれ笑いながら敵の大将を振り回して無傷で帰ってきたとか。とにかく俺たちなんかが可愛く見えちまうくらい人間をやめている人だったよ」
「ひっ……」
「え~と、本当に人間なんですか?」
規格外のオンパレードにカトルは少し引きずり、エスメレーは顔を引きつっていた。
エド自身、言っていて信じられない気持ちでいっぱいだが、全て本当にあったことだ。
「ま、そんな人に鍛えられたおかげで今の俺がいるんだが。その時に君が抱いている悩みを師匠にぶつけたことがあったんだよ。その時、師匠はこう言ったんだ」
『力が怖い、か……。それが何だ?』
『力は所詮、どこまでいっても力でしかないんだ。そこに善も悪も、良いも悪いもない』
『私が持つこの剣も、お前の祖父が握る拳も、お前の眼と同じように誰かを傷つけることができる力に変わりはない』
『そして、我々はその力を人のために使うと決めた』
『エド。今、お前に必要なのは、強くなることだ』
『敗北や不安、恐怖。そういったものが恐ろしいのなら、強くなればいい』
『その力で誰かを傷つくのが恐ろしいのなら、強くなって、絶対にその人には向けないと誓えばいい』
『その力そのものが恐ろしいというのなら、その力を叩き潰せるくらい、お前自身が強くなればいいんだ』
『そうやって力と正面から向き合い、その力を何のために、誰のために使うのかを自分で決めるんだ』
『多くの者と関わり、多くのものを目にして、大いに悩み、大いに考えろ。お前の人生はまだ始まったばかりなんだ』
『今のお前は昔とは違い、たくさんの時間がある。お前に手を差し伸べてくれる者もいる。自分が納得する答えを最後まで抗って探し続けろ』
まだ小さかったあの頃は、師の内容が難しくどういう意味だったのかよくわからなかった。
だが、師の下で修行を積み、老師の下で剣の修行をする中で、その意味が少しずつわかっていった。
自分を強く鍛えてくれた二人の師。
最後まで自分の成長を見守ってくれた母と祖父。
共に高みへと目指したライバル。
そして、自分のことを好きだと言ってくれて、傍にいてくれた彼女。
ロッジから出て、多くの人と繋がりを築き上げたことで、今の自分がいる。
「カトル。君の人生はまだ始まったばかりだ。長い年月を重ねて、自分が持つ力を何のために使うのかをゆっくり考えればいい。今の君にはあのロッジにはなかった、たくさんの時間が、そして、君を支えてくれる人が隣にいる」
エドの言葉にカトルは両隣にいるラトーヤたちに目を向ける。
ラトーヤたちは優しく微笑み、カトルの手をぎゅっと握りしめる。
手から伝わる温もりが暗くなっていたカトルの顔に少しずつ光が差し込んでいく。
「エドワードさん……、ありがとう、ございました」
カトルは深々とエドに頭を下げ、エドはフッと笑みをこぼすのだった。
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カトルとの会談を終えたエドは、自分の部屋へと戻ろうとしていた。
カトルと話した際に自分の過去を軽く触れたエドは、自分が何のために戦っているのか改めて再確認することができた。
(今のあの子なら、大丈夫だろう)
エドはカトルの隣で彼を見守っていた二人の家族を思い出す。
血の繋がりなどなくてもお互いのことを大切に思うその姿に、エドはリベールで出会った、とある家族の姿と重ね合わせていた。
「エド。ここにいやがったか」
「セリス?」
物思いに浸っていたその時、正面からセリスが待ち構えていた。
温泉を出たばかりなのか、頬がほんのりと赤く、肌に艶が入っており少し色っぽかった。
「お前、こんな時間に温泉に入ってたのか? もうすぐ、消灯だぞ?」
「それはこっちのセリフだ。こんな時間帯にどこをほっつき歩いていたんだ? お前と先生の部屋は逆方向だぞ」
「それは……」
カトルの存在をできれば内密にしてほしいとラトーヤに頼まれたエドは、どう誤魔化そうかと思考を働かせる。
「別にいいよ。言わなくても」
「いいのか?」
「お前が内緒にするのは大抵は誰かのためを思ってのことだろう?」
「……まあな」
「ならいい。あのチビ助の所に行っていないなら、それでいい」
「チビ助って、オランピアのことか? 何でそんなことを気にすんだよ」
「それは……、べ、別にいいだろう、何だって」
「そ、そうか」
セリスはそっぽ向き、少し上擦った声を出してしまう。
エドは首を傾げるが、経験からこれ以上の追求はまずいと自制する。
「そ、それよりもエド。お前、明日の予定って空いてるか?」
「予定? ……いや、特にねぇけど」
「そ、そっか」
(あれ、何かデジャビュ?)
どこか身に覚えのあるやりとりだと考えるエドをよそにセリスは彼に近づき、その顔を上から見上げる。
「エド。明日、アタシと付き合え」
「え?」
「~~っ、アタシとデートしろって言ってんだ!!」
「……え?」
かくして、二回目のデートが決行されるのであった。