英雄伝説外伝 金の軌跡   作:魔ギア

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第七十三話 デート Part2

 翌日。

 朝食を終え、街並みに人並みができた時間。

 宿の前に一人の男が佇んでいた。

 黒い髪と蒼い目をした十代後半の青年。

 黒いコートと黒のスラッグという全身黒一色の男。

 その顔色はかけられた眼鏡が太陽の光に反射されて、よく見えなかった。

 

(……デジャビュじゃね?)

 

 昨日と同じ展開を繰り返していることを自覚するエドは心の中でそう呟く。

 オランピアとのデートを昨日終えたエドは本日、二回目のデートをすることになった。

 しかも、相手はかつての恋人、セリス・オルテシアであった。

 

(まさか、あいつとまた、デートすることになるなんてな……。でも急に何で……)

 

 デートをいきなり申し込まれたことに頭を悩ませるエド。

 

(まさか……、昨日のあれか?)

 

 真っ先に思い浮かんだのは、昨日のオランピアとのデート。どこから聞きつけたのか、セリスは昨日のことを知っていた。

 

(いやいやいやいや……、それはねぇだろ。あいつら八つも離れてるんだぞ。年下の女に対抗なんて……)

 

 年の差を理由にエドはそれはないと結論づけ、余計なことを考えずにセリスを待つことにした。

 かつて彼女がいたというにも関わらず、乙女心がまだわかっていないエドなのであった。

 

「ま、待たせたな」

「! お、おう。俺も今来たばか……り……だ」

 

 昨日とまったく同じ展開だ。

 後ろから自分を呼ぶ彼女の声にエドは振り向き、固まった。

 そこには予想通り、セリスが立っていたのだが、その装いは予想外のものだった。

 いつも着ていた法衣ではなく、白い花が刺繍された赤い着物。

 ストレートに伸ばしていた真紅の髪は後ろで一つに束ねられていた。

 うっすらと化粧をしているのがわかり、幼い容姿の彼女を大人っぽく見せつけていた。

 

「お、お前……、その服、どうした?」

 

 予想斜め上の展開に思考がついていけないエドは何とか振り絞って、彼女に問いかける。

 セリスは少し恥ずかしいのか、少し目を反らしながら答える。

 

「こ、この時期、一日だけ着物を借りられるみたいでよ。一度、着てみたいと思ったから着たんだ。その……、似合わなかったか?」

「い、いや……、むしろ、似合いすぎて、どう返せばいいかわかんねぇ」

「っ、そ、そうか……」

 

 セリスは少し頬を赤くするが、口元が少しほころびた。

 

「そ、そういや、男子の分も借りられるみたいだけどよ。お前も着てみたらどうだ?」

「え? そ、そいつは……」

 

 エドは自分の服装を下から見下ろして、改めて彼女の赤い着物を見る。

 彼女のとはあまりに不相応な格好。デートをするのなら、それ相応の格好にしなければ、彼女に示しがつかない。

 

「……わかった。借りに行こう」

「よしっ! んじゃあ、行くぞ!」

「お、おい! 腕を引っ張るなって!」

 

 エドの返事に上機嫌になったセリスはエドの腕を掴み、そのまま街の方へと出向いた。

 セリスに引っ張られるエドは彼女の後ろ姿を見て、目を開く。

 

(あの髪留め……、初デートの時の……)

 

 真紅の髪を後ろに束ねている黒いリボン。それはセリスとの初デートの時に送ったプレゼントだった。

 

(そっか。まだ、持っていたのか)

 

 それを見たエドはどことなく嬉しく感じたのか、口元が緩み、そのままセリスに付いて行くのだった。

 そして、その様子を影から覗き込む少女たち。

 

「こ、これは予想外でした」

「まさか、着物を借りられるなんて、しっかりリサーチするべきだったわ!」

 

 セリスの着物姿に見惚れていたシーダとアシェンは彼女の本気ぶりに焦りを見出していた。

 

「それにしても、本当に綺麗でしたね。セリスさん」

「はい。あの容姿で二十歳だと聞いた時は、正直疑っていましたが、やはり大人の女性。自分の見せ方を熟知していますね」

「これは予想以上の強敵です。このデートで彼女の動向を調べ、今後の対策を練りましょう!」

「了解です!」

「あ、あの……」

 

 お嬢様たちが二人だけで何やら盛り上がっている中、強制的に連行されたオランピアはおずおずと二人に声をかける。

 

「や、やめませんか? お二人の邪魔になってしまうと思いますので……」

「何を言っているのですか、オランピアさん!」

「勝つためには、まず相手の出方を調べる。それが勝負の鉄則ですよ!」

 

 消極的なオランピアに二人は食ってかかる。昨日のことがあったとは思えないハイテンションぶりにオランピアは押され続ける。

 

「で、ですが……」

「オランピアさん。恋は戦争なんです。どこぞの泥棒猫に奪われる前に彼のハートを先に掴み取る。そのためには手段を選んじゃいけないんですよ!」

「アシェンさんの言うとおりです。セリスさんが強敵であるとわかった以上、私たちも後れを取るわけにはいかないんです!」

「で、ですが、昨日のようにまた人質とかになったら……」

「心配はないさ。そのために私がついているんだから」

 

 何とか説得しようとするオランピアに口出しする四人目の少女。

 昨日、人質まがいなことを企てた張本人、シズナ・レム・ミスルギだった。

 

「シズナさん。本日はありがとうございます。護衛の任を受けていただいて」

「公太子と長老殿から直々の依頼だ。仕事はしっかりと務めさせてもらうよ。……それに何だか面白そうだし、暇つぶしにはちょうどいいかな」

「ひ、暇つぶしって……」

「ま、エドとは知らない仲じゃないからね。私が知っている彼のことをついでに教えて上げよう」

「それはありがたいです。幼なじみという、最強のヒロインポジション対策を考えていたのですが、これなら何とかなります!」

「えぇ! 頼もしい助っ人ができて、正直、助かるわ!」

「フフフ……、期待に添えるとしましょうか」

 

 シズナもやる気になってしまい、もはや止めることができない。

 オランピアは肩を落とし、怪しげに笑う三人の少女をただ見ることしかできなかった。

 

 

 ~~~~~

 

 

 街に向かったエドはセリスが着物を借りた店へと赴いた。

 彼が選んだのは、黒一色の袴。シンプルなデザインであったが、彼が纏う武人としての雰囲気も相まってか、その姿は様になっていた。遠くから見物していたシズナ曰く、侍のようだとのことだ。

 着替え終えたエドは早速、セリスと共に街を回ろうとするが、彼女はそれを拒否し、エドの手を掴んで、宿の方へと向かって行った。

 

「昨日も通っていたけど、しっかり見ていなかったな」

 

 《龍來瀑布》へと続く山道。

 昨日、オランピアと共に通ったその道をエドはセリスと肩を並んで、ゆっくりと歩を進めていた。

 

「花は咲いていないけど、緑一色のこの景色も悪くないな」

 

 七月に入り、花は枯れた木々には代わりに緑の葉が大量に生えていた。

 中が透き通るほど綺麗な川が流れ、小鳥の囀りなんかも耳に届く。

 穏やかにさせてくれるその雰囲気にエドは無意識に肩の力が落ちる。

 

「へへ……、稀に魔獣が通る道だから、あまり知られてないけど、ここは自然観光でも有名な場所でな。春には花が。夏には草木が。秋には紅葉。そして、冬には雪の銀世界。四季でそれぞれの景色が見られるって、前に聞いたことがあったんだ」

「なるほど。散歩には打って付けだな」

 

 自慢するように語るセリスにエドは軽く微笑する。

 そういった当たり障りのない会話を続けるだけの二人だったが、静寂が広がる今の空気に心地良さを感じており、そのまま散歩を続けるのであった。

 

 一方、その背後では、

 

「セリスさん。あんな顔もなされるんですね」

「えぇ。いつもの荒っぽいところがまったく見られません。何というか、奥ゆかしいというか……」

「ふむ。これが俗に言う、ギャップというやつかな? まるで別人のようだね」

「むむむ……」

 

 昨日、一昨日でセリスの性格をだいたい把握していたシーダとアシェンは、彼女が纏う物腰の柔らかさに息を飲んでしまう。

 シズナは、セリスとこれといった面識はなかったが、《守護騎士》である彼女の存在は事前に知っており、持っていた情報の違いに少し目を丸くしていた。

 そして、最初は遠慮していたオランピアであったが、二人のあまりにも良い雰囲気に、うらやましそうに眺めていた。

 

「昨日のオランピアさんとのデートも悪くはありませんでしたが、これが経験の差というものですか」

「何だかんだで、元恋人ですからね。彼の性格をよく熟知していますね」

「近づきすぎず、だからといって遠くになりすぎず。チャンスが来たときに一気に縮める。お互いの間合いをしっかり考えているね、彼女」

「うぅぅ……、エドさん……」

 

 四人がそれぞれに思うところを呟きながら、二人の後をゆっくりと追いかけていった。

 そんな彼女たちの後ろに付いていく大きな影に気づかないまま。

 

 

 ~~~~~

 

 

 山道を抜け、《龍來瀑布》についたエドとセリス。

 遙か高き絶壁に流れ落ちる大滝にセリスはその圧巻な光景に驚きを隠せなかった。

 

「でっけぇな。これが自然でできたものなんて信じられねぇな」

「そうだな。そんでこの場所を滝行に使えるなんて考える奴も信じられねぇな」

 

 いまだトラウマになっているのだろうか、エドはそれを実行した自分の師を思い出し、苦い顔をする。

 

「エド、あそこで休もうぜ」

 

 セリスが指を指したのは、滝の水が流れ落ちてできた小さな溜まり場。

 エドの手を掴み、その場へと連れて行ったセリスは水溜まり場の前で腰を落とす。

 

「よっと」

 

 借りてきた藁の草履と白い靴下を脱ぎ捨てて裸足になるセリス。

 着物の裾を少し持ち上げたセリスはそのまま水溜まり場に近づき、無防備な足を水につける。

 

「くぅ~~、気持ちいいな!」

 

 足から伝わってくる冷たさに、思わず声を出してしまうセリス。

 それを後ろで見ていたエドは、その場で草履を脱ぎだし、彼女の隣に腰を下ろす。

 

「ん……、確かに、これはいいな」

「だろ! 温泉に浸かるのもいいけど、たまには冷たい水でもいいよな」

 

 セリスは片足を前に上げて水滴を飛ばすなど、子どものような笑みをこちらに向ける。

 その姿にエドもつられて笑みをこぼし、正面にそびえ立つ大滝を見上げる。

 

「そういえば、ここで滝行をした後、風邪ひいてぶっ倒れた俺をお前が介抱していたよな」

「あぁ……、あの時は何やってんだって思ったけど、今思うとなって当たり前だわな。ていうか、お前もよく総長のしごきに耐え抜いたな」

「耐え抜かざるをえなかったんだよ。諦めたら、何されるかわかんねぇからな」

 

 師アインの地獄の修練を思い出したのか、思わず身震いしてしまうエド。その姿に軽い同情を覚えてしまったセリスは慌てて話題を変える。

 

「その後、確か剣の修行に入ったんだよな」

「正確には、じっちゃんの下で《崑崙流》を習ったけど、拳よりも剣が向いているって言われて、老師を紹介してくれたんだ。老師も老師できつかったけど、いやと思ったことはなかったかな。……負けたくねぇって初めて思った奴にも会えたしな」

「……それって、昨日、会った猟兵の?」

 

 セリスは訝しげに眉を潜めて、エドを見つめる。

 エドはその様子に気づくことなく、前を向いたまま話を続けた。

 

「シズナの自由奔放なところは老師も手を焼いていたよ。そんで連帯責任だとか言われて、一緒に老師に打たれるわ、怒鳴られるわと理不尽極まりないことばっかりだったよ。……だが、あいつの剣はとても真っ直ぐだった。強くなりたい。ただその一心で剣を振るあいつの姿に俺は憧れた。あいつを越えたいって強く思った。追い越し、追い越され、また追い越し、追い越される。そうやって競争するようにお互いの研鑽を高めていって、気づいたら、俺が先に剣聖へと至った。あいつは悔しそうな顔をしていたけど、絶対に追いつくって堂々と言って、俺たちは別れた。正直言うと、ライバルだって言われた時は少し嬉しかったよ」

「そんなに憧れていたんなら、付き合いたいって思わなかったのか?」

「全っ然、ないな。憧れはしたけど、付き合いたいとは思わなかった。もし付き合うことになったら、毎日、あいつと斬り合いをすることになっちまう。それはさすがに嫌だな。……それに、あの時は別の奴のことを気にしていたからな」

「! そいつって」

 

 セリスはエドの顔を覗き込もうとするが、そっぽ向かれて顔が見えない。

 

「と、とにかく、お前が気にしているようなことはねぇってことだ」

「な、おい待てよ!」

 

 さすがに気恥ずかしくなったのか、エドは立ち上がりその場から離れようとする。その様子にセリスも慌てて、立ち上がろうとするが、

 

「う、うわぁ!」

「セリス!」

 

 勢いのあまりバランスが崩れ、後ろに倒れ込もうとするセリス。エドは咄嗟に彼女の腕を掴んで引っ張ろうとするが、間に合わなかった。

 

 ――ぱしゃっ!

 

 二人は仲良く、水溜まりに倒れ込んでしまう。幸い、深さは足首程度にしかなかったため溺れることはなかった。

 

「つつ……、だ、大丈夫か、セリス」

「お、おう……」

 

 エドは身体を持ち上げてセリスに声をかけるが、彼女の声はいつもよりも小さいものだった。

 

「? どうした?」

「な、何でもねぇ。……それより、そこをどいてくれるか?」

 

 エドは首を傾げるが、自分たちの体勢に気づき、その理由を悟る。

 エドは上半身を持ち上げて、セリスの上に覆い被さるような体勢になっていた。

 セリスもエドの両腕に左右を遮られ、その場で縮こまる。

 濡れた着物は彼女の肢体に張り付き、水滴が彼女の喉元から着物の中へと流れていく。

 

「! す、すまん」

「いや……、別にいい」

 

 そっぽ向きながら、その場でじっと待つセリス。まるで何かを期待しているかのようだった。

 エドは濡れて、色っぽく見せつける彼女の姿に見惚れ、ただじっと見つめていた。

 

 

 

「そこまでよ!」

「「!!」」

 

 突如、聞こえた第三者の声にエドとセリスの心臓が跳ね上がる。

 慌てて、その場を退いたエドと立ち上がるセリスは、周囲に視線を移し、声の持ち主を探す。

 

「誰もいないこの場所に少女を連れ去り、抵抗しないことをいいことに彼女を辱めるその所業、見過ごすわけにはいかないわ!」

「! 上!」

 

 エドは声の位置に察知し、滝の方へと視線を向ける。

 滝に隣接する崖部分に一人の影が立っていた。

 

「国際指名手配犯、エドワード・スヴェルト! あなたの悪行もここまでよ!」

 

 影は崖から跳び上がり、そのまま地上へと落下する。

 そのまま地面に激突するかと思いきや、懐から取り出したものが近くにある木の枝へと伸びる。

 影は一度、空中に止まり、止めた勢いで再び上に飛ぶ。

 そのまま身体を丸め、空中で何度も回転し、最後は片手、両足を地面につけ、華麗に着地する。

 

「な、なんだ?」

「あれは……」

 

 そんなアクロバティックで華麗な登場に成功させた影の正体に二人は言葉を失う。

 その影は前身に黒を基調したボディラインにピタリと張り付いたボディスーツ。頭の上には猫のような耳が付いており、後ろを見ると尻尾が付いていた。

 顔には同種のマスクのようなものが付いており、その容姿を見ることができない。

 

「「…………痴女?」」

「誰が、痴女よ!」

 

 身体のラインを隠そうとしないその姿に、首を傾げながら思わず本音を言ってしまう二人。

 痴女と言われた謎の仮面少女は、落ち着こうとその場で深呼吸をして気を取り直す。

 

「エドワード・スヴェルト。あなたをここで捕まえる。そして、あなたからその子を盗んで上げるわ! この怪盗グリムキャッツがね!!」

 

 痴じ……、怪盗グリムキャッツはまるで何事もなかったかのように、エドに向かってそう宣言するのであった。

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