英雄伝説外伝 金の軌跡   作:魔ギア

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第七十四話 隠された手がかり

 崖の上から大量の水が流れ落ちる《龍來瀑布》。

 地面に叩きつけるその轟音は遠くからでも届き、周りの音をかき消してしまうほどだった。

 

「あばばばばばば!!」

 

 そう、今、滝の真下にいる彼女の声も当然、打ち消される。

 黒のボディスーツと猫耳にマスクをつけた謎の痴女、怪盗グリムキャッツは岩に磔にされたまま、上から落ちてくる大量の水を頭から被さっていた。

 助けを呼ぼうと声を出そうとするが、頭を押さえつけてくる衝撃に、口が開けない。

 

「しばらく、そこで頭を冷やしな! まったく、世話が焼けるね……」

 

 そんな哀れな怪盗を眺める一人の老婆が、彼女から視線を外し、正面で縮こまっている二人に声をかける。

 

「悪かったね。いいところを邪魔しちまって」

「い、いえ、気にしないでください」

 

 エドは老婆と同じく怪盗の姿を眺め、昔のことを思い出したのか、顔を少し青くする。

 彼は今、下着一枚で毛布を被り、離れた場所には借りた袴が干されていた。

 

「へっくしゅ! ふぅ~~、夏とはいえ、さすがに冷えるな。おい、セリス。お前は大丈夫か?」

「だ、だ、大丈夫だから、こっち見んな!」

 

 そして、エドと同じく着物を脱ぎ、毛布を被っているセリスは顔を真っ赤にしていた。

 

「悪いね。今、毛布が一枚しかなくてね。しばらくそいつで我慢してくれ」

 

 老婆は申し訳なさそうに一枚の毛布にくるまっている二人を見ていた。

 二人は今、同じ毛布の中に入っており、冷えた身体を温めていたのだ。

 下着しか着ていない二人はお互いに肌をくっつけ合っている状態だった。

 なぜ、こんなことになっているのか。今から数分前にまで遡る。

 

 

 ~~~~~

 

 

 エドとセリスは突如、現れた謎の少女の登場に驚くが、彼女の名を聞いたエドは別の意味で驚愕する。

 

「グリムキャッツだと?」

「知ってんのか、エド?」

「おじいちゃんから聞いたことがある。確か、共和国で世間を騒がせている怪盗だ。もっとも、悪徳商人やら、裏企業の人間といった奴らにしか盗みをしていないから、盗人といよりも義賊として世間から注目を浴びている奴だ」

「義賊って……、この痴女がか?」

「だから、痴女じゃないわよ!」

 

 セリスの痴女発言にグリムキャッツは秒でツッコむ。

 

「でも、おかしいな。グリムキャッツっていえば、じっちゃんの世代の頃から活躍していた存在だ。年齢的に考えても、もう高齢を迎えているはずなんだが……」

「あ? じゃあ、何か? あの痴女はあのスタイルで年食ったババァだってことか?」

「誰がババァよ! あたしはこれでも十五歳なんだから!」

「へぇ~。じゃあグリムキャッツには何かしらの継承みたいなものがあるのか。時期的に考えると、お前は二、いや三代目ってところか?」

「あ……(し、しまった~~!!)」

 

 自分の正体に繋がるヒントを与えてしまったことにグリムキャッツは遅まきながらも気がつく。

 こんなことをあの人に知られれば、またお叱りを食らう。

 それだけは何とかして避けたい。

 

「と、と、とにかく! そんな小さい子を拐かすあなたを見過ごすわけにはいかないわ! あなたを成敗して、その子を解放させてもらうわよ!」

「……小さい?」

「あ……」

 

 ぼそりと呟き、顔を俯かせるセリスにエドは冷や汗をかく。

 これはまずい。

 エドは本能的にそう察した。

 

「その子にはまだまだ、輝かしい未来があるのよ。大人になって、素敵な人と出会って、夢に向かって突き進む未来が! そんな子をまだ大人になっていない時期につけ込んで、道を踏み外そうだなんてこと、例え女神が許しても、このアタシが許さないわ!」

「……まだ大人になっていない、だと?」

「お、おい、お前、もうそのくらいで……」

「だいたいその子、よく見れば、まだあたしよりも小さいじゃない! 女の敵! ロリコン犯罪者! 今からアンタをぶっ飛ばしてやるから覚悟しなさい!」

 

 

 ――ブチッ!

 

 

(あ、やべ……)

 

 何やら血管が切れる音を幻聴したエドはおそるおそる隣で静かになっている彼女にそっと視線を向ける。

 セリスは俯いたまま、何も言わずに前に出る。

 彼女の周囲には熱気が籠もっており、不用意に近づけない。

 

「あ、あれ? ど、どうしたの?」

 

 さすがに様子がおかしいことに気がついたグリムキャッツは自分に近づいてくるセリスにおそるおそる声をかける。

 セリスは無言のまま彼女に近づいていき、正面に立つ。

 

「ど、どうしたの、お嬢ちゃん? 怖かった? だ、大丈夫よ! ここはお姉さんが何とかしてあげるから! あなたはアタシの後ろに……」

「……だ」

「え?」

 

 ぼそりと呟くセリスに言葉を止めるグリムキャッツ。

 やがて、顔を上げたセリスは自分よりも背の高い彼女を睨みつける。その背に赤い紋様を浮かべたまま。

 

「アタシはテメェよりも年上だぁああああああああ!!」

「ゴッハァッ!!」

 

 《聖痕》の力を全開にした強力なアッパーが彼女の顎を突き刺す。

 突然の不意打ちにグリムキャッツは為す術もなく、宙へと舞い上がり、滝壺へと落ちた。

 

 その後、こっそりと行く末を見守っていた老婆が、突如現れ、グリムキャッツを回収。

 目を覚ましたグリムキャッツに説教をした後、罰として滝行を強いらせたのだ。

 

 そして、冒頭へと戻る。

 

「それにしても、世間を騒がせるグリムキャッツの正体が、あのドミニク・ランスターだったとは。事実は小説よりも奇なり、だな」

 

 エドは目の前の老婆の正体に気づき、頭を抱えていた。

 

 ドミニク・ランスターといえば、かつて一世を風靡したシャンソン歌手として世間の注目を集めた、芸能界においてある種の伝説といってもいい超大物人物だ。そんな伝説の人が、裏では謎の怪盗として活躍していたなど、誰が予想できたことか。

 

「ま、アタシもあの時は若かったからね。ちなみにこのことは内緒にしてくれよ?」

「いいですよ。どうせ、言いふらしても信じてくれそうにないと思いますので」

「ありがとな。それにしても、まさかこんな形でアンタに会うとは思わなかったよ。エドワード・スヴェルト。オーバの孫とこうして会えるとはね」

「っ! おじいちゃんを知ってんのか?!」

「あぁ。現役の時にあいつとは何度もかち合ってね。何度も出し抜かれてるっていうのに懲りずに追いかけ続けてきてね。絶対に捕まえてやるって張り切ってたよ」

「マジか……。俺の知っているおじいちゃんと何かイメージが違う」

 

 エドの記憶にある祖父オーバはどちらかといえば、温厚な人物だった。

 孤児院にいた頃、セリスと一緒にいることが気に入らなかったのか、同じ施設に住んでいたギースと喧嘩をすることは少なくなかった。

 その時に毎回オーバが割って入り、優しく説いて喧嘩が終わるというのが、ほとんどだった。

 

「ハハハ! あの時はお互い若かったからね。昔のあいつは熱血で、真っ直ぐな男だったよ。ま、娘さんが生まれてからすっかり落ち着いちまったけどね。……あいつが亡くなったって聞いたときは耳を疑ったよ」

 

 豪快な笑みを浮かべていたドミニクの顔が静まる。長い付き合いのあった友の死に彼女は深く嘆いていたのだ。

 

「アンタのことも新聞で見てね。あのオーバの孫があんな蛮行を犯すとはにわかに信じられなかったんだよ。だが、アタシなりに調べても、証拠が出ないどころか、全部アンタが犯人である証拠ばかりしか揃わなかった。……出来過ぎているって、アタシはそう思ったね」

「カシウス師兄も同じ事を言っていました」

 

 無実だと証明するものがなく、逆に犯人であるという証拠しかない。それこそがエドが指名手配されている最大の理由であり、彼が解決すべき最重要項目でもある。

 

「遊撃士協会本部は自分たちの失態を認めたくないからか、事件の再捜査に踏み入ろうとはしないんだよね。けど、《剣聖》、《風の剣聖》を筆頭に、各地でアンタの無実を証明しようと動き回っている」

「だけど、いまだ進展がねぇんだろ?」

 

 セリスの言及にドミニクは何も言わない。その沈黙が何よりの答えだった。

 

「唯一の手がかりは《庭園》の存在だが、正直、そいつらを捕まえたところでアンタの無実を証明することに繋がるとは思えないね」

「俺を犯人に仕立て上げたトリック。それを解き明かさない限り、俺の無実は証明されない」

「そういうことだ。アンタ、この二年で何か手がかりを見つけたかい? 何もしていなかったわけでもないだろう?」

「クロスベルにいた警察官と協力して、事件を追っていた。だけど、その警察官は今年の一月くらいに亡くなった。残っていたのは、あの人が隠していたこの手帳だけだ」

 

 エドは着物から取り出していた手帳をドミニクに見せる。水に落ちたせいか、少し濡れてしまっていた。

 

「そこに何か手がかりはあったのかい?」

「残念ながら何も。全部読みましたけど、《庭園》の存在や、教団の関与など、俺が知っていること以外で書かれているものはなかった」

「マジかよ……。その警察官って優秀なんだろ?」

「あぁ。アリオス師兄と共に教団ロッジの制圧作戦にも参加していた優秀な捜査官だった」

「ふむ……」

 

 ドミニクはエドからガイの手帳を取り上げ、中を見る。

 中には資料となる写真やガイの推察がぎっしり書かれており、彼の執念が伝わってくる。

 だが、エドの言うとおり、事件に対する確証部分はなく、彼を無実へと繋げるものは何もなかった。

 

「ん? こいつは……」

 

 すると、ドミニクは手帳のあるところに目が入った。

 それを確かめたドミニクは手帳をもう一度、最初から開き、何かを調べ始める。

 

「エドワード。アンタ、気づいてんのかい」

「え、何が?」

「この手帳。三枚重ねで張り付いているよ」

 

 エドは目を開き、慌てて手帳の中を確認する。

 手帳の切れ端。濡れたせいで少しちぎれていたが、そのおかげかページ同士が袋のようにくっついており、中から一ページ分の紙が見えていた。

 

「……確かに、中に一ページ入ってる」

「接着剤かなんかで左右のページをくっつけて隠してたんだろうね」

「でも、これじゃあ、どうやって読めばいいんだよ?」

 

 セリスがそんな疑問をぶつける中、エドはガイがこのような小細工をした理由に当たりを付ける。

 

(他のものが見ても、わからないように細工をしたんだ。そして、同時にこれは俺だけにわかるようにした細工。他の奴らにはない、俺だけが持っているものといえば……)

 

 エドは《魔眼》を開き、手帳の中を覗き込む。

 すると、間にあるページの文字が浮かび上がり、文面が現れる。

 

「やっぱりな……」

「……どうやら、その眼で見ればわかるみたいだね。で、何か書かれているかい?」

 

 エドは黙々と浮き上がった文面を読む。

 読むにつれてエドの目つきは険しくなり、内容に釘付けになっていた。

 

「エド?」

「……やっぱり、ガイさんはすげぇわ。こんな事まで分かっちまうなんて」

 

 途中まで読み終え、エドは大きく息を吐く。

 書かれていた内容にエドに大きな驚愕と感心をもたらすものだった。

 

「これを裏付けするには、やっぱりじっちゃんに聞くしかないな」

「先生に?」

「あぁ。二年前の作戦にも参加していたあの人なら、何か知っているはずだ。……それに長年、疑問に思っていたこともこれで払拭できる」

「そちらさんの行動は決まったようだね。それじゃあ、アタシも本格的に動くとしますかね」

「ドミニクさん?」

「表のコネは今も健在でね。信頼できる遊撃士に手を回しておくよ。後は各国の重鎮にも何とか掛けあってみるよ。……これでようやく、アンタの無実が証明されるかもしれないね」

「そうですね。そのためにも《庭園》とは決着をつけなくちゃならねぇな」

「もちろん。アタシも協力するぜ」

 

 今までにない強い決意を持ったエドの姿にセリスも同調する。

 その様子を見ていたドミニクはエドの姿に若き《爆拳》の姿を重ねる。

 

(立派に成長してるよ。アンタの孫は……)

 

「さて、話しもまとまったことだし、そろそろ昼になる頃だね。アンタら飯はどうするつもりだい?」

「帰って、街のどこかで食おうと思ったんですけど……」

「こ、この格好じゃな……」

 

 着ていたものはいまだ濡れており、下着だけの姿で毛布に包まっている二人。

 着物が乾かないことには行動に移せない状態だった。

 

「しょうがないね。なら、アタシが用意してやるよ」

「え? いいんですか?」

「せっかくの機会だからね。ここでオーバの赤裸々な過去を暴露するのも一興だ」

「おじいちゃんの過去……。ちょっと気になるな」

「あぁ。アタシも気になる」

「よし、それじゃあ、早速準備を……、とその前に」

 

 ドミニクは後ろに振り向き、林の中をじっと見つめる。

 

「隠れてないで、アンタらもどうだい! 今なら、アンタらの分も用意するよ!」

 

 林に向かって声を張り上げるドミニクに首を傾げるエドたちだったが、林の中から出てきた人物に目を開く。

 

「お、オランピア! それに、シズナ!」

「やっほー、エド。昨日ぶりだね」

 

 エドたちのデートを追いかけていたオランピアたち四人は林の中に隠れて、様子をずっと覗いていたのだ。

 

「そのいつから気づいていたんですか?」

「最初からだよ。アンタらの後ろをついて行ったんだからね」

「うそ……、全然、気づかなかった」

 

 つけられていたことに気づかなかったシーダとアシェンはドミニクのポテンシャルに目を開き、シズナは興味深そうな目で彼女を見ていた。

 一方、オランピアは静かにエドたちに近づき、光のない目でエドを見つめていた。

 

「……エドさん、その姿は何なのですか?」

「え?」

「どうして、セリスさんと一緒に包まってるんですか?」

 

 据わった声でエドを問い詰めるオランピア。エドとセリスが密着しているその姿に嫉妬を隠せずにいたのだ。

 

「いや、一枚しかないから、仕方なく……」

「エドさんは男なんですから、毛布なしでも大丈夫ではないんですか?」

「いや、そいつは……」

「アタシがいいって言ったんだよ」

 

 エドを追い詰めているさなか、間にセリスが割って入る。見せつけるかのように、エドにくっつき、オランピアに不敵な笑みを見せる。

 

「男だろうが、女だろうが、風邪はひくんだ。エドはこれからも戦わなくちゃいけないから、こんなところで風邪をひくわけにはいかないだろう?」

「で、ですが! 男女がそうやってくっつくのもどうかと思いますが!」

「別に気にすることはねぇだろう? アタシたちは付き合ってるんだからな」

「"元"ですよね? 今は解消されて、付き合っていませんよね?」

「あぁ?」

「何ですか?」

 

 セリスの反撃に、オランピアも負けずに反撃する。二人の間には火花が飛び散り、無言の圧力をお互いにぶつける。

 

「本とかでしか知りませんでしたが、これが修羅場というやつですね!」

「どっちも一歩も退かず! 見てると、ちょっと、わくわくしちゃうわね!」

「ふふふ……、モテモテだねぇ~、エド」

「いや、お前ら、見ていねぇで助けろよ!」

「ハハハハハ! 若いのはいいね!」

 

 二人を中心に周りが盛り上がり、楽しい時間がゆっくりと過ぎていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと! あたしのこと、忘れてない!!」

 

 いまだ滝行を強いられているグリムキャッツは悲嘆の声を上げるが、滝の音に打ち消され届くことはなかった。

 

 

 ~~~~~

 

 龍來に戻った一堂は街に着くと同時に一斉に別れた。

 ドミニクはぐったりしていたグリムキャッツを袋に包んで、宿に戻った。

 シーダたち四人は街の観光へと出向き、エドとセリスは彼女たちとは別行動で観光へと向かった。

 そして夜になり、デートを終えたエドは借りていた着物を返却し、帰路についていた。

 

「何で、テメェがここにいるんだよ、チビ助」

「別に。同じ帰路なんですから、当たり前じゃないですか」

「公女様たちと一緒じゃなかったのかよ? 何でアタシたちと一緒に来てんだ、ゴラァ?」

「ちょっと街に野暮用があったので、シーダさんたちとは別行動をとっていたのです。そしたら、()()()()二人に会っただけですよ」

「そんな嘘が通じると思ってんのか?」

「嘘ではなく、事実ですけど、何か?」

「あぁ?」

「何ですか?」

「いや、お前ら、仲良くしろよ。……マジで」

 

 宿へと戻る中、女二人の冷戦はまだ続いていた。

 両者がエドから離れぬよう左右にくっつき、彼を挟んで、お互いに鋭い目つきで睨んでいた。

 

「エド。明日の予定は空いてるよな? 今日のデートの仕切り直しだ。もちろん、付き合ってくれるよな?」

「エドさん。昨日はシズナさんたちが邪魔してしまいましたが、次は大丈夫です。ですから、もう一度、付き合ってくれますか?」

「いや、そいつは……」

 

 左右両方からくる強いプレッシャーに戸惑うエド。どうにかしてこの状況を打開しようと模索するが、

 

「おぉ、エド。ここにおったか」

「! ……じっちゃん」

 

 エドたちの前にグンターが姿を現す。

 いがみ合っていたオランピアたちもグンターの登場に互いに矛を収めた。

 

「どうしてここに?」

「お主を探しておったのだ。ようやく、会議の方が一通り片付いてな。前から言っていたお主に伝えたいことを送ろうと思ってな」

「そうか……。ちょうどいい。俺もあなたには聞きたいことが山ほどある」

 

 戸惑った表情は消え、真剣な表情へと変えたエドはグンターの目を真っ直ぐ見つめるのであった。

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