龍來の高台にある、木造建ての古い建物。
そこはかつて《泰斗流》の修練場として有名だった道場だった。
だが、泰斗流の師範の死により畳まれてしまった。
そんな旧道場の中に四人の男女がテーブルを囲って、沈黙を続けていた。
「さて……、まずは何から話すべきか」
その沈黙を破ったのは、大柄な老人。星杯騎士団 守護騎士 第八位《吼天獅子》グンター・バルクホルンだ。
グンターはこの道場に招待した三人を見る。
腕を組んでいるグンターを正面から見据えているエド。そして、彼の隣に座るオランピアとセリス。
エドは真剣な目つきでグンターを見ている中、オランピアたちは緊張した様子で二人を見守っていた。
「そうだな。改めて、お願いをしよう。……この中での会話は一切、他言無用を願いたい。ここで聞いた内容は全て、皆の心の中にしまってほしい。決して、他の者には伝えないでほしい」
「は、はいっ」
「先生がそこまで言わせる内容って……」
「…………」
三人に向けるグンターの強い視線。
緊張、戸惑い、警戒。あらゆる感情が入り混じる。
《吼天獅子》の名を大陸中に轟かせているグンターがここまで言わせる程の内容。どんな内容なのかと気になると同時に、聞いてはいけないようなと、少し遠慮がちになる女性二人。
「……わかった。絶対に口外しない。だから、話してくれ、じっちゃん」
「わ、私も言いません」
「先生からの頼みだ。絶対に口外はしないぜ」
「……感謝する。それでは、本題に入るとするか」
グンターは三人の眼差しに嘘はないとわかり、感謝を述べる。そして、エドに顔を向ける。
「エドよ。お主には一つ隠していたことがある。他でもない、お主の《魔眼》についてだ」
「《魔眼》?」
「先生、そいつって……」
グンターの口から出てきた内容にオランピアとセリスは少し驚きの表情を見せる。グンターは二人の様子に目を向けずに話を続ける。
「エド。お主の《魔眼》は……」
「レプリカだ。そう言いたいんじゃないのか?」
グンターが語る前にエドが先に口を出す。
エドの内容に衝撃を覚えたのか、オランピアたちは二度目の驚愕を覚える。
「れ、レプリカ、ですか!」
「おい、エド! レプリカってどういう意味だよ! その眼は偽物ってことなのか?!」
オランピアたちはエドが持つ《魔眼》の力を何度も目の当たりにし、その強大な力を嫌という程見てきた。それが偽物だと言われても、到底信じることができない。
「気づいていたのか……」
「ノルドの一件でこいつに疑念を抱いてな。偽物だとわかったのは今日の昼時のことだ」
エドは懐を漁り、一冊の手帳を取り出す。
クロスベル捜査官、ガイ・バニングスの捜査手帳であった。
「ガイ・バニングス。クロスベルの捜査官で、三年前の教団ロッジ制圧作戦にも参加していた人だ。当然、じっちゃんは知っているよな」
「無論だ。二年前、お主の事件を捜査するために法国に訪れた際に知り合った。彼が亡くなったことも聞いている。惜しい男を失った」
「そうだな。……この手帳にはガイさんが二年の月日をかけて調べ上げた俺の事件の資料が書かれていた。でも、その資料は余所者に見られても違和感を持たせないためのカモフラージュ。彼が本当に伝えたかったことは、俺にしかわからないよう上手く隠されていた。その内容に書いてあったんだ」
エドは一度、深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。手から汗がにじみ出てきており、知らぬうちに彼も緊張しているようだった。
「ガイさんは制圧作戦後、教団について他に手がかりがないかと、再びロッジの中に入った。その時に、ある一つの資料を見つけたんだ。そこには各地のロッジの場所とそこで行われた儀式の内容が書かれていた。新規のところやすでに潰れたところのロッジも含めて全て……」
そして、とエドは一度、言葉を止めて、再度開く。
「その資料の中には、俺がかつていたロッジのことも書かれていたそうだ」
「マジなのか?」
「あぁ。ガイさんは詳細を事細かくメモしていた。俺の中に残っている記憶と間違っていない。んで、そこに書いてあったんだよ。俺が持つこの眼は《古代遺物》であるオリジナルの《魔眼》を参考にして作った模造品だってな」
「模造品って……、できるのですか? 《古代遺物》を複製するなんて……」
「不可能だ。今の導力技術で《古代遺物》を複製するなんてことはできない。だから、性能がはるかに劣るレプリカを作っていたんだ」
「オリジナルの方はどんな能力を持ってるんだ?」
セリスの疑問に対して、エドは手帳に手をかける。書かれているページを開き、《魔眼》を開いて、内容を再度、確認する。
「オリジナルの《魔眼》の能力。それは俺の《魔眼》と同じ、見えないものを見えるようにする能力だけど、その規模が違う」
「規模?」
「あぁ。俺の場合、遠いものや、速いもの、壁とかで遮られたものを見ることができる。だが、オリジナルの方はそれを含めて、過去、現在、そして、未来さえも見ることができると言われている」
「ハァッ! 何だそりゃぁっ!」
あまりに規格外の能力にセリスは思わず、声を上げてしまう。エドも知ったときは、彼女のように声を上げてしまいそうだった。
「過去や未来なんて、普通なら見ることができない、見えないものだ。俺の持つ《魔眼》の能力と変わらない。ただ規模は段違いっていうだけだ」
「あの、現在を見るというのは、どういうことなんですか?」
「簡単に言うと、こことは別の場所をリアルタイムで見ることができるということだ。リベール、クロスベル、エレボニア。その気になれば、大陸の裏側の様子を現在進行形で見ることができるんだ」
エドの解説を聞いたオランピアは言葉を失った。
無理もない話だ。その内容が事実なら、その場から動かずとも、好きな場所を自由に盗み見することができるということだからだ。
「未来を見ることができれば、その後の未来を自分の望む形にすることだってできる。たとえば、あるはずの証言をなかったことにするとかな」
「! おい、まさか!」
エドのたとえにセリスは目を大きく開いた。なぜなら、その例えは、目の前の青年に深く関わる内容だからだ。
「俺の事件には目撃者はなく、逆に俺が犯人である証拠ばかりが残っていた。未来を見ることができるなら、俺の無実を立証するための証拠を抹消する事なんて造作もない。その逆もまた然り」
「お前が犯人である証拠だけを残して、お前を犯人に仕立て上げるのも可能ってことか?」
セリスがおそるおそる口を開き、エドはコクッと頷く。
オランピアと同様に言葉が出ない彼女を余所にエドはグンターの方に視線を向ける。
「俺はずっと疑問に思っていた。この眼がどうして《魔眼》と呼ばれているのか。そして、それを教えてくれたおじいちゃんたちはどうしてそれを俺に教えてくれなかったのか。……じっちゃん、あんたとおじいちゃんは俺の眼の正体を知っていた。もちろん、そのオリジナルの《魔眼》の能力のことも。どうして、それを俺に隠していたんだ」
「そ、そうだ! それがあったら、エドの無実が立証される可能性があったはずだ! 先生、何で黙ってたんだよ!」
セリスは尊敬するグンターを睨み、問い詰める。
二年間、愛した人は謂れのない罪に追いやられ、自分の下から去ってしまった。
助けることも、止めることもできなかったセリスは彼のいない、つらく、苦しい二年間を過ごしてきた。
だから、それを阻止することができたかもしれないグンターに対して、恨まずにはいられなかったのだ。
「……弁明する余地もない。お主ら二人を追い込んでしまったのは、他ならぬ私だ。セリスの言うとおり、そのことを証言すれば、無実とはいかなくても、指名手配としてエドが狙われる立場に追い込まれることはなかっただろう」
「え? 無実にはなんねぇのかよ! そのオリジナルの《魔眼》があれば、エドの無実は……」
「立証されない。その可能性があるっていうだけだ」
セリスはエドが無実にならないことに反論するが、当のエドが横から口を挟む。
「オリジナルの《魔眼》は確かに未来を見ることができる力を持っているが、その力は《魔眼》を自身の眼に移植しなければ、効果は発揮しない。だけど、《魔眼》は《古代遺物》だ。その強大な力の余り、身体が拒絶反応を起こして死に至る。移植するだけで関の山なんだ」
「然り。エドのロッジでレプリカが作られていたのもそれが理由だ。本物には劣るも、少しずつ力を上げていけば、オリジナルに届く。そして、レプリカがオリジナルの力と並んだ後にレプリカからオリジナルのものへと移植させる。それがエドのロッジで行われた儀式の目的だ」
「……ひどい」
「俺自身、まったく覚えてないがな。それに仮にオリジナルがあったとしても、今回の事件に《魔眼》を使うのは少しリスクがある」
「え……、それってどういうことだよ」
「時間だ」
「時間?」
「未来ってのは、不変のものじゃない。何かしらの偶然、イレギュラーのことが発生すれば、それだけで複数の未来が生まれちまう。数秒先の未来ならともかく、数日間の未来を見たところで、その数日が見たとおりに辿る保証なんてない」
「すでに、《魔眼》所有者がこれから辿る未来を見たというイレギュラーが発生しておるからな。そのイレギュラーがきっかけで、見た未来が変わる可能性がある。ましてや一人の人間の未来だけならともかく、複数の人間が関わる未来となれば、そのずれは大きくなる」
「だから、オリジナルの《魔眼》を使っても、二年前のように俺を完璧に犯人へと仕立て上げるのは難しいというわけだ。その可能性があったから、あえて伏せたんだろう?」
グンターは顔をしかめ、重く頷く。セリスはグンターを責めたことを後悔し、萎縮してしまう。
「しかし、まさか《魔眼》の真実にたどり着くとは、ガイ殿の実力には敬服せざるを得ないな。この真実を教えるためにわざわざここまで来てもらったのだが、無駄骨になってしまったな」
「そんなことねぇよ。じっちゃんの口から直接聞けただけでも十分意味はあった。それに、俺たちはそれとは別にじっちゃんに聞きたいことがあったからな」
「おぉ。そうだったな。私の話は先程の内容だけだ。それで、お主の聞きたい事というのは」
「《庭園の主》についてだ。レグラムであの男と戦った時、奴が使っていたのは《崑崙流》だった」
エドは本来の目的、《庭園の主》の正体を掴むため、グンターに事の内容を説明する。
同じく、《庭園の主》と対峙したオランピアたちも補足してもらい、少しでも手がかりを手に入れるために事細かく説明する
「ふむ……、彼の《光の剣匠》をも越える実力。残念だが、心当たりがまったく見当たらぬ」
「な、本当にいないのかよ、先生! もっとよく考えてくれよ!」
「セリス。《光の剣匠》の実力はよく知っている。私やユン殿にも渡り合える、達人レベルの剣士だ。それに加えてエドとお主がいながら、それをたった一人で倒してしまうほどの実力。少なくとも、私以上の実力を持っていなければ、それはできぬ」
「せ、先生以上の!」
《吼天獅子》と呼ばれる彼の実力は決して弱いものではない。むしろ、彼に渡り合える者の方が少ないくらいだ。だからこそ、そんな師を越える実力者がいることにセリスは信じられずにいた。
「同門で、しかもじっちゃん以上の実力を持った達人。じっちゃんだったら、そんな相手を忘れるはずがない。即答するってことは、いない、ということだな」
「うむ。《崑崙流》を使う実力で私を越える者がいるとするなら、それはお主の祖父オーバとシモンぐらいしかおらぬ」
「だが、二人はもうこの世にいない。だから、思い当たる人物がいない、か……。くそっ、振り出しに戻っちまったな」
手がかりが手に入らなかったことにエドは悪態をつく。その様子を見ていたセリスはグンターの方に顔を向ける。
「先生。アタシからも一ついいか?」
「ん? どうした、セリス」
「先生は四月下旬くらいから、行方を眩ましていたよな。メルカバにも本部にも告げずに独断で動いていた。どうして、そんなことをしたんだ?」
セリスの言及に対して、グンターは口をつぐむ。目を閉じ、眉間にしわを寄せるその様子にセリスは戸惑いを見せる。
「せ、先生?」
「……残念だが事の詳細を説明することはできぬ。このことを知っているのは私以外に誰もいない。正直に言えば話したくないのだが、お主らにも決して無関係とは言えないな」
今までにない真剣な顔つきになったグンターにエドたちは息を飲む。それほどまでの気迫が彼から伝わってきたのだ。
「私が姿を眩ましたのは、ある少年を保護するためだ」
「少年?」
「うむ。三年前、ロッジ制圧作戦時に私とオーバ、そして、シモンが担当することになったロッジにいた子だ」
「何だと?」
エドはグンターの言葉に瞠目する。グンターが教団の制圧作戦に弟子たちと共に参加していたことは知っていたが、そこで誘拐された子供を保護していたことなどまったく知らなかったからだ。
「その少年は教団の人間にとってから喉から手に入りたい貴重な人材だった。《庭園》の半身が例の教団であり、悪魔をこの世に顕現させたことを知った私は、誰にも告げずに秘密裏にその子を保護しようとした。あやつが共和国のとある学校に在籍していることを知っていた私はすぐさまそこへと向かったのだが、すでにその場から立ち去っていた」
「まさか、奴らに連れ去れたのか?」
「いや、親しき友人に置き手紙を書いていたことや、彼が住んでいた家は綺麗に片付けられており、荷物もなかった。あやつは教団の実験で、人一倍、鼻が利き、人や空気の邪念には敏感だった。おそらく、教団の気配を察知して、逃走を図ったのだろう」
「じっちゃん。その少年って何者なんだ。教団がそこまで欲しがる奴って。そいつには何があるんだ?」
エドはグンターの話しに出てくる少年の正体を気にせずに入られなかった。
総長のアインにもその存在を告げておらず、教団が是が非でも手に入れたいと思わせるほどの人材。
鼻が利くと言ってはいたが、それだけでは説明がつかない。別の理由があるはずだ。グンターが誰にも告げないほどの大きな理由が。
エドの問いにグンターは答えない。ただ、腕を組みながら、じっとその場で目を瞑る。
彼からの答えにエドたち三人は静かに待つ。彼が応えるものを聞き逃さないために。
時が経って、数分。長い沈黙の末にグンターは閉じていた目を開く。同時に彼の口が動き始める。
彼の言葉に耳を傾けるエドたち。そして、彼の言葉に三人は大きく目を開くのだった。