英雄伝説外伝 金の軌跡   作:魔ギア

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第七十六話 灼熱

 朝を迎え、ベッドから起き上がったエドは前屈みになっている、だらけた身体を伸ばす。

 まだ眠そうな顔で目をうっすら閉じているが、意識の方は既に覚醒していた。

 エドは細い目になりながら、自分の隣にあるベッドに視線を移す。

 そこには綺麗に畳まれた布団と整えられたベッドがあった。

 

「……じっちゃんはいねぇのか。まぁ、昨日のこともあったし、仕方ないか」

 

 エドはため息をつきながら、旧道場であった昨晩のことを思い出す。

 あの後、グンターはエドたちに何も教えてくれなかった。

 それに納得がいかずセリスは、何度もグンター問い詰めたが、彼は決して、口を開こうとはしなかった。

 

「あのじっちゃんが沈黙を貫いて、お師匠さんにも教えていない何か、か……」

 

 おそらくグンターが何も言わないのは、話に出てきた少年の身を案じてのことなのだろう。

 そして、上司であるアインに伝えていないのは、彼女が所属する教会には絶対に知られたくないことなのだろう。

 

「相当ヤバい内容だよな」

 

 考えるだけで頭が痛くなりそうな問題だが、いつまで引きずっていても仕方がない。

 エドは気持ちを切り替え、一冊の手帳を手に取る。

 

「じっちゃんのことは後回しだ。今はこっちの方が重要だ」

 

 エドが手に取ったのは、ガイが残した捜査手帳。ドミニクのおかげで新たな手がかりを手に入れたエドは早速、昨日の続きを読もうとする。

 

「エド!」

 

 エドが手帳を開こうとしたその時、入り口のドアが力強く開いた。そこからセリスが何やら焦った表情で彼に近づいてきた。

 

「どうした、セリス? そんなに慌てて」

「そんな、のんきな面してんじゃねぇ! 外が今、大変なんだよ!」

「外?」

 

 エドは何事かと思い、ベッドから起き上がって、窓に近づく。

 外を見るため、部屋の窓を大きく開いた瞬間、熱風がエドの顔に襲い掛かる。

 うっすらと開いたエドの目が見たのは白一色の煙。

 視界を完全に覆い尽くしてしまう煙が外の景色を遮っていた。

 

「熱っ!!」

 

 反応が遅れ、エドは顔を反らしながら、勢いよく窓を閉じる。

 一瞬にもかかわらず、外の熱気にやられたエドの額には汗が出ており、残っていた眠気が一気になくなった。

 

「何だ、今の暑さは! 昨日とは比べものにならねぇぞ!」

「あぁ。もはや異常としか言えねぇ事態だ。今、先生が皆を集めているから、お前もとっとと準備しろ!」

 

 作務衣を脱ぎ捨てたエドは、いつもの黒いコートを身につけ、セリスと共に部屋を出る。

 宿中は導力式のエアコンのおかげで快適な涼しさが広がっていた。

 それと同時に、エントランス方面から騒々しい音が響き渡る。

 

「何の音だ?」

「この暑さで、街の人がここに避難してるんだ。おそらく、避難した人たちの声だろう」

 

 エントランスの方に顔を出すと、セリスの言うとおり、老若男女問わず、多くの人がその場に留まっていた。

 

「じっちゃんたちは?」

「大統領が泊まっている部屋にいる。そこに皆、集まってる」

 

 エドたちは早足でサミュエルが泊まる部屋へと向かう。

 部屋の前に辿り着いたエドたちはドアを開き、中へと入る。

 

「エドさん!」

「エド、ようやく来たか」

 

 部屋の中には、オランピア、グンターの他に、部屋の主であるサミュエルに続き、《黒月》関係者、エルザイム皇族、遊撃士、そして、ハミルトン一家が一同に集っていた。

 

「うむ。これで揃ったな。では始めるとしようか」

「何があったんだ? さっき外を見たが、あの煙と暑さはいったい……」

「あれは水が蒸発して生じた湯気です」

 

 エドの疑問にラトーヤが横から答える。煙の正体にエドたちはさらに疑問を深める。

 

「ゆ、湯気?」

「はい。湯から立ち上る水蒸気が急激に冷え、白い煙が発生したものではないかと仮説を立てました。それを立証するため、エルザイムの方々に外の調査を依頼しました」

「我ら、エルザイムは中東にある砂漠地帯だからね。暑さには慣れている。ナージェを筆頭に外を調べたんだ。ナージェ、説明を」

「はっ」

 

 ラトーヤとシェリドの事の経緯を教えた後、ナージェに話を託す。全員がそれを真剣な表情でナージェを見つめ、彼女の言葉を待つ。

 

「ハミルトン博士の依頼で、我々護衛官は龍來の街へと向かいました。博士の仮説から該当する場所がそこしかないと判断しました」

「それで何か見つかったのか」

「はい。博士の推察通り、龍來に流れている川が沸騰していました」

「ふ、沸騰ですか?!」

 

 ナージェの言葉にシーダは大声を上げてしまう。もちろん、驚愕を禁じ得ないのは彼女だけではなかった。

 

「ちょっと待て! 沸騰してたってことは、今の川の温度は軽く百度を越えているってことか! そんなのありえねぇだろ!」

「はい。正直、私も自分の目がおかしくなったのかと思いましたが、間違いなく川が沸騰しておりました」

「……もしかして、この暑さは沸騰した川から?」

「えぇ。一時的ならまだしも、長時間続き、さらに蒸発した水分で湿気が強くなっています。今も気温が上昇し続けており、収まる気配がありません」

「で、でも! ここは導力エアコンが整備されているから、ほとぼりが冷めるまでここで待つというのは……」

「いや、そいつはダメだ。むしろ、一刻も早くこの事態を解決しなきゃならん」

 

 アシェンがここで待機することを薦めるが、ジンがそれを即否定する。

 

「ここに避難している者の中には住宅に導力エアコンが整備されている者もいる。だが、この暑さにやられて、そのエアコンが壊れちまったんだ。おそらく、機械がこの熱さに耐えられなかったんだろう。そう考えると、最悪、この施設のエアコンもダメになるかもしれん」

「加えて、この暑さでは外から食料や水を確保することがとても難しい状況です。さらに避難している者が増え続ければ、それに比例して施設に保管されている食料も減り続け、いずれ底を突いてしまいます」

 

 ジンに続き、ツァオにも言われたアシェンは少し落ち込み、そのまま黙ってしまった。

 

「外部への通信は?」

「それもダメだ。電波を送るための機械もこの暑さで使い物にならなくなった。これでは《黒月》から応援が呼べん」

「我々の方も同様だ。イーディスに連絡を取ろうとしたが、応答がなかった。外からの支援は期待できないと考えた方がいいかもしれん」

「いや、外からの支援なら、一つ方法がある」

 

 ギエンとサミュエルが否定的な意見を述べる中、エドがそれに待ったをかける。全員が一斉にエドに注目する。

 

「昔、じっちゃんのメルカバに乗っていた時に聞いたんだが、確か、星杯騎士のメルカバには、導力機の他に、法術を用いた連絡手段があったはずだ。あれならば、外部から何とか連絡できるんじゃねぇか?」

「! そ、そうか! その手があったか!」

「うむ。導力器を使わないそれならば、確かに何とかなるやもしれん」

 

 メルカバを所有するセリスとグンターはエドの意見に肯定の意を示す。本当のことだとわかり、部屋の空気が活気に溢れる。

 

「セリス。今、カルバードで活動している者は誰か知っているか?」

「はい。確か、リオンがオラシオンにいると言ってました」

「リオンか。幸先が良いな。あやつの力ならこの状況を何とかできるかもしれん。連絡の方は私がやろう」

「グンター殿、私も同行してよいか。その通信で龍來付近に駐在しているカルバード軍に応援を要請したい」

「サミュエル殿……。承知した。では、早速、参りましょう」

 

 グンターとサミュエルは外との連絡を取るべく、部屋から出た。

 

「エドさん。これってやっぱり……」

「あぁ。あいつらの仕業だろうな」

 

 エドとオランピアは示し合わせるかのように顔を合わせる。その様子を見ていたジンはこの騒動を起こした犯人に目星を付ける。

 

「まさか、《庭園》か?」

「川が沸騰するなんて現象、どう考えたってありえないだろう。《古代遺物》のような超常現象を引き起こす代物がない限りはな。博士、龍來に流れる川はどこから来ているかわかりますか?」

「《イシュガル山脈》です。あそこから水が流れていき、龍來の川になっています」

「決まりだな。俺とオランピアは《イシュガル山脈》に向かう。他の人は……」

「俺も行く。遊撃士として、この状況を見過ごすわけにはいかなぇからな」

「アタシも行くぞ。暑さには強いからな。外で動くなら、アタシが適任だろう」

 

 エドに続き、ジンとセリスが名乗り出る。

 

「我々《黒月》はここに残る。奴らがここへ来る可能性があるからな。ツァオ」

「すでに凶手の者には外で見張るよう手配しております。この暑さですので、交代しながら見張るよう指示は送りました」

「では私たちは中を見張ろう。ナージェ、護衛官たちに急ぎ手配を」

「承知しました」

「私たちは通信の回復に回ります。エスメレー、協力してちょうだい」

「はい。専門ではありませんが、何とかやりましょう」

 

 次々と方針を決めていく一同。それを横目にエドたちも今後の方針を決める

 

「暑さに関してはアタシの法術で何とかする。けど、ちょっと準備に時間がかかるから、少し待っててくれ」

「なら、俺はその間に源泉地を調べる。何せ時間との勝負だからな。最短距離で向かわなきゃならん」

「わかった。俺も少し準備をしておく。オランピア、お前も備えておけ」

「はい!」

 

 こうしてエドたちは事態を収拾するため、サミュエルの部屋から出て、準備に取り掛かった。

 

 

 ~~~~~

 

 

 エドは準備を整えようと自身が泊まる部屋に入ろうとする。

 だが、ドアノブを掴もうとしていた手が止まり、顔を上げて目を鋭くする。

 

(……誰かいる?)

 

 部屋の中からかすかに感じる人の気配。《庭園》の刺客と警戒し、《魔眼》を通して、中を覗き込む。

 

「いない?」

 

 しかし、部屋の中には人の影はどこにもなかった。隈なく周囲を探るが、やはりどこにも姿が見えなかった。

 エドは腰につけた剣に手をかけ、中に入る。

 一足で部屋の中心へと移動し、周囲の気配を探りながら、その場で腰を落とす。

 腰を捻り、いつでも剣を抜けるよう居合いの構えを取る。

 部屋の中は隠れるような場所はなく、部屋もかなり広い。

 たとえ、敵が現れても、エドの気配察知と剣速なら十分に対応できる。

 エドは敵から攻めてくるのをただひたすらに待つ。迂闊に動けば、逆に反撃されかねないからだ。

 

「……おい」

 

 静かにその場で構えていたエドが声を上げる。後ろに突如として現れた二つの気配。その正体に気づいたエドは呆れた感じで構えを解いた。

 

「何のようだ、シズナ」

「おや、バレちゃったか」

「さすが、エドワード殿。見事な察知能力でござる」

 

 後ろから聞こえる、女性と男性の声。その声にエドはため息をついて後ろに振り返る。

 

「悪いけど、今はいたずらに付き合っている暇はなブゥウウ!!」

 

 シズナの姿を見た瞬間、エドは息を吹いてしまう。その姿にシズナはしてやったりとニヤッと笑う。

 

「アハハ! 驚いちゃった?」

「お、お前、何で水着なんだよ?!」

 

 エドはシズナの装いを再び確認し、彼女に問い詰める。

 今の彼女は、再会していた時に来ていた黒装束の姿ではなかった。

 肩、背中、太腿を大胆に露出した黒いビキニ。

 彼女の銀色に輝く髪も相まってか、その姿が眩しく見える。

 

「だって、暑いんだもの。あんな黒装束じゃ熱で倒れちゃうじゃない」

「そういう問題か!」

「一応言うけど、外は君が思っている以上に暑いから、そのコートは着ない方がいいよ」

「そ、そうか……、じゃなくって、だからって何で水着にしたんだよ!」

「おや? 似合わないのかい?」

「いや、似合っているけどよ……」

「待たれよ。エドワード殿」

 

 ペースを崩されながらもエドはシズナの服装に物申している中、彼女と共に付いてきたクロガネがエドの前に立つ。

 

「事態は緊急を要する。姫の服装は後ほどにして、今は事態の収拾に取りかかるべきかと」

「いや、クロガネさん。あんたもあんたで何だよ、その格好」

 

 黒装束に包まれていたクロガネもこの暑さのせいか、服装が違う。

 通気性の良い黒のズボンと肩を露出したタンクトップという、動きやすさを重視した服装。

 だが、エドが一番に注目したのは彼の顔につけているお面。

 いつもは顔全体を包む覆面を被っていたが、今は代わりにみっしぃのお面をつけていた。

 

「暑さ対策として私がチョイスしたお面だ。可愛いだろ?」

「どこが! クロガネさんもそのお面に疑問はねぇのかよ」

「姫が選んでくださったもの。従者である拙者が物申すわけにはいきませぬ」

 

 屈強な肉体に渋い声を放つみっしぃ。大陸中のみっしぃファンが見れば、悲鳴、絶叫の嵐になるだろう。

 

「……それで、何のようだよ」

「もちろん、助太刀だよ。この事態はさすがに無視できないからね。……それに、《庭園》には君のことでいろいろと落とし前をつけてもらわないとね」

 

 目を細めて、ゆっくりと口角を上げるその姿にうっすらと寒気を感じさせる。

 

「まぁ、戦力があるにこしたことはないな。一応、他の人にも挨拶しとけよ」

「あぁ、それについては問題ないさ。大統領から依頼で来たからね。少なくともあの場にいたトップの人たちは知っているはずだよ」

「そういうことでありますので、これにてご免」

 

 シズナたちが部屋から出たのを確認したエドは、一度、大きなため息をついた。

 

「さすがは猟兵。抜け目ねぇな」

 

 頼れる助っ人の登場に安堵するエド。

 その後、シズナの助言に

 

「ま、保険はつけた方がいいか」

 

 準備を終えたエドは、部屋から出て、ある場所へと向かうのだった。

 

 

 ~~~~~

 

 

 一方、オランピアは準備を終え、エントランスで待機していた。

 

「エドさんは……、まだ来ていないか」

 

 オランピアはエドたちの姿が見えないことに少しソワソワしだす。

 速く準備を終えてしまったことに不安を覚えてしまうのだ。

 

「お姉さん、だいじょうぶ?」

「え?」

 

 そんな彼女に声をかける人がいた。

 オランピアは振り向いて視線を下に向ける。

 そこにいるのは、オランピアよりも小さい女の子。黒みがかった紫の髪に前髪には青のメッシュのようなものが入った幼い子供だった。

 

「えっと? 私に何か用なの?」

「お姉さん、何かソワソワしていたから、どうかしたの?」

「あ、だ、大丈夫だよ。ちょっと考え事をしていたから。君はどうしたの、ご両親は?」

「一緒に避難している。今は別行動」

「そうなんだ。でも、今は危ないから、家族のところに戻った方がいいよ」

「……うん。そうする」

「おい、見つけたぞ」

 

 オランピアと少女の話の間に一人の少年がこちらに近づく。

 少女とは正反対の青い髪に紫のメッシュが入った少年だった。

 

「探したぞ。父さんと母さんが待ってるぞ」

「……うん。ごめんね、お兄ちゃん」

 

 どうやら二人は兄妹のようだ。よく見ると、二人の顔は瓜二つだった。

 

「お姉さん、妹の相手をしてくれてありがとうございます」

「気にしないで。妹さんにも言ったけど、今は危ないからお父さんたちのところに早く戻った方がいいよ」

「お姉ちゃんは大丈夫なの?」

 

 妹の問いかけにオランピアは少し目を開くが、優しく微笑み返す。

 

「大丈夫だよ。頼りになる人が一緒にいるから」

「そうなんだ。……お姉ちゃんも気をつけて」

 

 妹は顔を伏せながら、小さい声で呟く。その様子にオランピアは首を傾げ、声をかけようとするが――、

 

「いましたわ!」

「オランピアさん! ここにいたんだね!」

 

 遠くから彼女に向かって、声をかける二人の女性。先程、別れたばかりのシーダとアシェンだった。

 

「ふ、二人とも、どうしたんですか?」

「どうしたもこうしたもありません! あなたを探していたんです!」

「まだ、時間はあります! 皆が来る前に準備をしますよ!」

 

 ガシッと、オランピアの片手をそれぞれが掴み、彼女を引っ張る。

 

「え? あ、あの、準備はもう済みましたけど……」

「いいえ! その服装ではダメです! オランピアさんも戦闘服に着替えないといけません!」

「シズナさんだけじゃなく、セリスさんもあんな格好をするなんて、ここで差を広げるわけにはいかないわ!」

「あ、あんな格好?」

「とにかく、行きますよ! 準備はツァオに頼んでおきましたから!」

「オランピアさんに似合うものを私たちでしっかり選びますからね!」

「え、ちょっと待っ、え~~~~!」

 

 そのまま二人に引きずられていくオランピア。その様子を兄妹二人は唖然と眺めることしかできなかった。

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