英雄伝説外伝 金の軌跡   作:魔ギア

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第七十七話 イシュガル山脈

 突如、龍來を襲った灼熱の猛暑。事態の早期解決のために動いたエドたちは宿のエントランスに集合していた。

 

「って、おい!」

 

 いつも着ていた黒いコートを脱ぎ捨て、白いワイシャツに袖を肘上まで捲り上げた格好でエドは、エントランスで集まったオランピアたちに指を指す。

 

「お前らも何でそんな格好をしてるんだよ!」

 

 集まった女性二人の装いはいつものワンピースや法衣ではなく、シズナと同じ水着姿をしていた。

 

「仕方ねぇだろ。礼装は作るって言ったけど、こんな短時間に人数分のを用意するとなると、簡単なものしか作れないんだよ。暑さは少し収まるけど、いつもの格好で戦えるまでは落ちねぇんだ。だから、この格好で来たんだよ」

「だからって、何でお前らも水着姿になってんだよ!」

 

 セリスが身に纏っているのは腰にオレンジのパレオをつけた赤いビキニ。彼女の鍛えられた健康的な柔肌が大胆に曝け出され、彼女の真紅の髪も相まって、とても様になっていた。

 一方、オランピアが着ているのは、白と黄色のフリルがついた可愛らしい水着。汚れを知らない彼女の白い肌は露出され、幼い容姿にはそぐわない艶麗さが出ていた。

 

「つーか、オランピア。お前、いつの間に水着なんて買ったんだ?」

「ち、違います! これは、シーダ殿下たちから借りたもので。む、無理矢理、着せられて……、う、うぅぅ……」

 

 エドに見られるのが恥ずかしいのか、顔を下にして、そのまま縮こまるオランピア。

 思い出すのは、着替え終わった時に親指を立ててエールを送った、二人のお嬢様。

 最終的には了承したが、やはり、意識している男性に見せるのは、まだ恥ずかしいようだ。

 

「まぁ、まぁ、いいじゃないか。今の状況じゃ、これが一番戦いやすいし、君にとってもいい目の保養になるだろう?」

「お前も人のことは言えないからな!」

 

 振り向いた先で堂々と胸を張るのは、サミュエルの依頼でエドと共に行動することになった《斑鳩》の猟兵、シズナ。彼女は少し顔を赤らめているオランピアたちとは違い、恥ずかしげなく満面な笑みで言い張った。それを見たエドは諦め、深く肩を落とす。

 

「ま、そう言うな。ここは割り切れ。女のわがままを聞くのも男の務めってやつだ」

「えぇ。それに今までの姫の行動に比べれば、この程度など、まだまだ優しい方だ」

 

 そんなエドを慰めようと、彼の肩にそれぞれ置く二人の男性。

 一人は《不動》のジン。彼は上半身のみ裸になった姿をしており、彼の強靱で大きな肉体は、彼が積み上げてきた功夫が目に見えてわかる。

 そして、もう一人は《斑鳩》の忍、クロガネ。覆面を脱ぎ、シズナが薦めたみっしぃの仮面を被った忍は、過去にあったシズナのわがままを思い出しながら、エドを慰めていた。

 

「ま、とりあえず、こいつを」

 

 セリスは全員に札のようなものを配り始める。札には不可思議な紋様のようなものが刻まれており、うっすらと光っていた。

 

「外部の暑さを軽減する札だ。さっきも言ったとおり、簡単なものだから軽減って言ってもほんの少しだ。この事態が長引けば、この礼装も意味がなくなっちまう」

「早期解決は必須だな。……タイムリミットは?」

「博士の話じゃ、今から三時間くらいで宿の機械がぶっ壊れるって話だ。だから、その間にケリをつけなきゃならねぇ」

「うむ。わかりやすくていいね」

「源泉までのルートはいくつかある。その中で、最短のルートを辿って行く」

「源泉地に早く着き、原因を突き止めて、一刻も早くこれを対処するってところか」

 

 エドは一度、言葉を区切り、オランピアたち一人一人に目を配る。

 

「今、じっちゃんや博士たちがこの街のために尽力している。皆のためにも俺たちは絶対に失敗しちゃならねぇ」

 

 エドの言葉に全員が力強く頷く。それらを確認したエドは頷き返し、身体をエントランス入り口へと向ける。

 

「それじゃあ、行くぞ!」

「はい!」

「オウ!」

「いこうか」

「承知」

「さてと、行きますかね」

 

 揺るがない覚悟と決意を持って、エドたちは《イシュガル山脈》へと向かうのだった。

 

 

 ~~~~~

 

 

 《イシュガル山脈》へと向かったエドたちを待ち受けていたのは、視界を覆い尽くす白い湯気。

 高度が高いこの場所は気温が平地よりも低くなっているが、龍來に負けないくらいの煙が広がり、先の景色を阻む。

 

「あっ!」

「危ねぇ!」

 

 足を崩して、地面に転がりそうなオランピアを後ろにいたエドが咄嗟に彼女の腕を掴む。

 

「大丈夫か?」

「は、はい。大丈夫です」

 

 事故とはいえ、彼に腕を掴まれたことに少し顔を赤くするオランピア。

 だが、煙があまりに深く、エドから彼女の様子を覗うことができず、彼女のシルエットしか見えない。

 

「くそっ、全然、前が見えねぇ」

「あぁ。視界が封じられた上に山にいるっていうのにこの暑さだ。これだと辿り着く前に俺たちがやられるかもしれん」

 

 予想以上の湯気の量と濃さに焦りを見出すセリスとジン。

 視界を封じられれば、自分たちがどの方向に進んでいるのかもわからず、さらには、この暑さで集中力が削ぎ落とされ、正常な判断が難しい。

 最悪、辿り着くことなく、山道で倒れる可能性がある。

 

「ま、この暑さのおかげか、魔獣も奴らの刺客も出ることはできないみたいだ。それだけは不幸中の幸いってところだな」

「ふむ……、でも、それって少しおかしくないかな?」

 

 シズナが手を顎につけて考える素振りを見せる。その姿にエドたちの視線がシズナに集まった。

 

「《庭園》は君とそこのお嬢ちゃんを始末するために、今回のような事件を引き起こしたんだろう? でも、この状況じゃ、暗殺どころか、戦うこともできないんだよ。どうやって、君たちを始末するのさ」

「それは……、宿の中でこっそり殺すとか?」

「あの宿にはエド以外にも、《獅子》殿に《不動》、公国の護衛官や《黒月》だっているんだよ? これだけの強者がいる中で暗殺をやろうなんて、余程の自信家か愚か者だと、私は評するね」

「つまり、《庭園》は俺たちの暗殺は二の次で、別の目的のために今回の騒動を起こした?」

 

 エドの指摘にシズナは同意する。

 暗殺以外の目的。かつて、レグラムでアリオッチと対峙した際、彼らは暗殺の他に悪魔をこの世に呼び起こすのを目的として動いていた。

 悪魔を呼ぶのが主目的だとしても、それを理由に暗殺を後回しにするとは思えない。《庭園》の不可思議な行動にエドとオランピアは疑念を抱くのだった。

 

「暗殺を後回しにする理由……。それっていったい何でしょうか?」

「それを今ここで考えても仕方ないだろう。まずは目的地の源泉地に辿り着くことが重要だ」

 

 オランピアが目的を考えようとしたが、ジンが話を止めて再び歩き出す。どのみち、このままだと、二の次であるエドたちの始末が完遂される。それを防ぐためにも、今は一分、一秒、無駄にすることができない。

 

「まずは目印になるものを探す。その後、それを目印に目的地への道を検討して先に進む」

「了解。って、こんな山奥に目印なんてあるのか?」

「あるだろうが、この湯気の濃さじゃ、見えるものも見えねぇからな」

 

 エドたちはあらためて、周囲を見渡す。

 どこ見ても、見えるのは白一色の深い湯気。これでは目印を見つけるのは不可能だ。

 

「なんだ。簡単な話じゃないか」

 

 そんな陽気な声で語る少女、シズナはエドたちの視線を無視して、距離を取る。

 

「シズナさん?」

「今どこにいるのかわからない。でも、調べようにもこの湯気が邪魔で調べられない。なら、この湯気をどかせばわかるってことだよね?」

 

 シズナはその場で腰を落とし、鞘に入れた太刀の柄に手をかける。

 その様子に誰もが首を傾げる中、エドとクロガネは彼女が何をしようとしていることを察する。

 

「いくよ………………」

「おい、バカ! やめろっ!」

「皆の者、飛ばされぬよう伏せるのだ!」

 

 クロガネの言葉にジンは咄嗟に地面に膝をつける。

 だが、オランピアとセリスは対応が遅れてしまい、膝を着く前にシズナは剣を抜いた。

 

「――斬っ!!」

 

 神速の抜刀。そこから放たれる暴風のような剣圧。

 放たれた真空の刃は空気を切り裂き、周辺の湯気を押しのける。

 周囲の煙が一気に消え去り、辺りの景色が見え始める。だが、湯気がすぐに集まっていき、景色は再び、湯気の中へと隠れていった。

 

「うん。一瞬だったけど、ここがどこなのか、だいたいわかったよ」

 

 シズナは満足そうに笑みを作って、抜いた剣を鞘に収める。

 剣圧が収まり、危機が去ったのを確認したジンは膝を上げる。

 

「ふぅ~~。ったく、凄まじい剣圧だったな。もはや中伝ってレベルじゃねぇぞ」

「えぇ。姫はすでに至っておる。エドワード殿がお尋ね者になってから、彼の力になろうと、毎日、研鑽を積んできたのでござる」

「ちょっと、クロガネ~。そういうこと、言わないでくれる」

 

 不貞腐れた顔でクロガネを見つめるシズナの姿にジンは軽く笑ってしまう。先程までの雰囲気とはまるで違う。どこにでもいる普通の女の子だ。

 

「っ~~、おい、大丈夫か、チビ助」

「は、はい。何とか」

 

 一方、対応が遅れていたはずのオランピアたちはその場で膝を着いたまま、息を整えていた。

 オランピアの様子を確認したセリスは周囲を見やり、目の色を変える。

 

「おい、エドはどこにいるんだ?」

「え?」

 

 オランピアはすぐに顔を上げて、辺りを見回す。

 ジン、シズナ、クロガネ、セリス、そして、自分。

 彼の姿がどこにもなかった。

 

「エ、エドさん! どこに行ったんですか!」

「おい! マジでいねぇぞ! どうなってんだ!」

 

 エドの姿がなくなり、焦りを隠せないオランピアたちは、即座に立ち上がり周辺を探索する。

 

「……姫」

「あ~~、うん。やっちゃったね」

 

 エドがいなくなったことにクロガネはそっとシズナの方に視線を向ける。

 その視線に耐えきれなかったのか、シズナはそっとクロガネから目線を逸らす。

 

「おい、まさかと思うが……」

「えぇ。エドワード殿がいなくなり、対応に遅れていたあの二人が残っていると考えると、おそらく……」

「彼女たちを庇って、かわりに吹き飛ばされちゃったかもね~」

 

 吹き飛ばした張本人は手を頭の後ろに持っていき、暢気な声で笑うのだった。

 

 一方、吹き飛ばされたエドはというと、

 

「あ、危ねぇ~」

 

 岩壁に張り付き、下に落ちないよう必死にこらえていた。

 下を見ると足場はなく、落ちれば一巻の終わりだろう。

 

「あの野郎! 少しは加減ってものを知れってんだ!」

 

 ライバルであるシズナの突拍子な行動にエドは文句をつける。少しは成長して落ち着きを持ったと思っていたエドだったが、その期待が見事に打ち砕かれた。

 

「いや、公女たちを人質にする時点で察するべきだったな」

 

 自分の甘さにため息をつくエドだったが、すぐに顔を上げて上へと登り始める。

 

「しっかし、あいつ。まさか、あそこまで腕を上げていたなんてな……。ありゃあ、至ってるな」

 

 自分のこんな目にあわせたシズナに対して、エドは恨み辛みを言いながらも、彼女の技に深い感心を示していた。

 

「よっと……。さて、これからどうしたものか」

 

 何とか上の足場まで登ってきたエドは、周囲を見ながら頭をかく。

 辺りは煙一色で景色が見えず、シズナに吹き飛ばされたことでどこにいるのかもわからない。

 さらに自分には制限時間がある。手をこまねいていれば、命の危機になる。

 

「だが、向かう先は決まっている」

 

 目指すは今回の騒動の原因と思われる源泉地。そこに行けば、必然的にオランピアたちとも合流できる。

 エドは《魔眼》を開いて上を見上げる。

 高くそびえ立つ山の姿を確認したエドは山壁に近づき、そこに手をかける。

 

「とにかく、高いところに行けば、源泉地に着くはずだ。行きますかね」

 

 そう言ったエドは身体を壁に貼り付けて、出っ張った岩に足をかけて、再び登り始めるのだった。

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