シズナのやらかしによってエドと離ればなれになってしまったオランピア一行。
吹き飛ばされた彼を探しに行くのかと思いきや、一行は予定を変えずに源泉地へと向かっていた。
「あの、やっぱり戻りませんか?」
そんな一同の足を止めて、エドを探そうと提案するオランピア。
その提案にシズナは振り返って答える。
「ダメ。このまま、目的地まで目指すよ。今の私たちには時間がないんだ。一分一秒、無駄にはできないんだよ」
「ですが! もしも、エドさんに何かあったら!」
「そこは心配ないさ。彼ならばこの程度の障害、簡単に乗り越えられるさ」
シズナは確信しているかのように強く断言する。その強気な姿勢にオランピアは困惑する。
「彼の実力は他ならぬライバルである私が一番よく知っている。だから断言できる。彼はあの程度じゃ死なないし、今も目的地に向かって、行動してるってね」
《剣仙》の下で共に修行をし、互いに高みへと目指した同門にしてライバル。彼が彼女に負けぬよう強くなっていったのと同じように、彼女もまた彼を追い抜こうと必死に強くなった。
だから、わかる。ライバルである彼がこの程度でくたばってしまうような脆弱な男ではないということを。彼ならば、どんな状況でも諦めずに動いているはずだと。
「彼はおそらく、目的地である源泉地に向かっている。そこに行けば、必ず私たちと合流できるからね。ならば、私たちもこのまま目的地に向かうまでさ。わかったかな、お嬢ちゃん」
「は、はぁ……」
まだ納得できていないのか、少し曖昧な感じで返事をするオランピア。
その様子を見守っていたセリスはシズナから視線を外し、前を見る。
「なぁ、本当にこの道で合ってんのか? 煙で周りが見えないから、全然わっかんねぇけど」
「それに関しては問題ござらん。姫が煙を吹き飛ばしてくれたおかげで、我々の現在地を把握できた。この道を進めば、源泉地まであと少しでござる」
「あんたらを連れてきて正解だったな。俺たちだけじゃ、ここまでスムーズには進めなかっただろうぜ」
ジンは《斑鳩》の実力に舌を巻くと同時に、その頼もしさに信頼を置くようになる。
本来、遊撃士であるジンと猟兵団である《斑鳩》は商売敵ではあるが、両者ともそこら辺は特に気にしていないようだった。
「ねぇ、一つ聞いていいかな?」
「? 何ですか?」
「君はエドのどういうところが好きになったんだい?」
「……え!」
シズナの隣で歩いているオランピアは顔を赤くする。顔は見えなかったが、その反応だけで答えを言っているようなものだ。
「な、な、な……、何でそんなことを」
「いや~、ちょっと気になっちゃってね。私と会った時もデートしていたみたいだし。エントランスで見たけど、首に付けたあったチョーカーもその時には付けていなかったからね」
オランピアはそっと自分の首に手を添える。
そこに付いていたのは、エドがプレゼントしてくれた星の刺繡が入ったチョーカー。
「それ、彼からのプレゼントだろう? こんな時でも肌身離さずに身につけるなんて、相当、彼のことを想っているんだね」
「そ、それは……」
何を答えればいいのか、顔を俯かせてしまうオランピア。
シズナは特に気にする様子もなく、話を続ける。
「君たちはクロスベルで出会って、そこからリベール、帝国、ノルド、そしてここまで来た。まだ、半年も経っていないけど、たくさんのことを経験してきたんだね」
「ど、どうして、私たちのことを?」
「私たちは猟兵であると同時に忍びだからね。情報を手に入れるのは、得意分野なのさ。それで、いったい、いつから彼のことを好きになったんだい」
純粋な眼差しで見つめてくるシズナ。その様子は見えないが、好奇心を隠せない視線をオランピアは肌で感じ、彼女から目を逸らしてしまう。
「……最初は彼が好きだという気持ちはわかりませんでした」
「あら、そうなの?」
「はい。彼の隣にいるとすごく温かくて、彼と一緒にいる時間がすごく心地の良い時間でした。その時に抱いたこの気持ちが何で、どういうものなのか、あの時はわかりませんでした」
「でも、今は違うんだね」
「はい。ノルドで出会ったある人に教えてもらいました。遠くへ行ってしまった彼を想うあの人の姿が、その答えを教えてくれました」
思い出すのは、最後の一瞬まで彼の心に寄り添った少女の後ろ姿。
彼の手を握り、彼を想いながら、涙を流して歌うその姿は、とても儚く、とても美しいものだった。
「私は彼が、エドさんが大好きです。あの人のために何かをしてあげたい。あの人とこれからも一緒にいたい。それが今の私の気持ちです」
「……そうか。彼が君のことをどう思っているのか、何となくわかったよ」
シズナは納得したかのように頷く。これは自分が余計な茶々入れをする必要はないようだ。
「でも、彼を堕とすのは結構、大変だよ。女性とお付き合いしたことがあるってのに、いまだに女心をわかっていないからね。それに後ろの彼女にもまだ未練があるようだしね」
最後の部分は後ろにいる元彼女に聞こえないよう、オランピアの耳にそっと囁く。
その言葉に、オランピアは後ろでこちらを訝しげに見ているセリスをチラッと見る。
「それは……、頑張って振り向かせて見せます」
「ふふふ……、いい心がけだ。それじゃあ、私が知っている彼の秘密を教えて上げよう。たぶん、彼女も知らないと思うから」
「えっと、いいんですか?」
「もちろんさ。本当は戦う口実として集めた脅し材料なんだけど。もう、何個か使っちゃっているからね。それだけでも教えよう」
「お、お願いします!」
その後、オランピアとシズナは周りに聞こえないよう、エドの秘密の暴露会を始めた。
その様子を後ろから見ていたセリスは襲撃などに備えて、周りを警戒しているが、気になるのか、チラチラとオランピアたちの方に視線を向ける。
「あいつら、今の状況をわかってるのかねぇ」
「もしもの時は、我々で対応しよう。もっとも、姫にそのような心配はござらんと思うが……」
そして、さらにその後ろで女性三人の様子に呆れてしまうジン。隣で歩いているクロガネも少し、呆れた様子だったが、シズナに何度も無理回されたからか、もう慣れた態度であった。
~~~~~
「……ここか」
山壁を登り続け、シズナたちよりも先に源泉地へと辿り着いたエド。
これまで通ってきた道よりも湿気と気温が高く、礼装を持っているにもか関わらず、背中に大量の汗が出ており、白のシャツが背中にくっついていた。
「あれか。今回の《古代遺物》は」
エドが最初に目にしたのは源泉である水の溜まり場所に突き刺さった禍々しい一本の巨大な刃の欠片。よく見ると、刺された水はマグマのように赤く染まっており、熱気の量が今までとは段違いに強かった。
「あれを壊せば、今回の事件は解決だな」
「そう易々とできると思っているのか?」
上から突如聞こえた声にエドは咄嗟に後ろに跳ぶ。
ドンッ、と重い音が鳴ると同時に、先程エドが立っていた地面が陥没した。
何もない空間で重いものに押しつぶされる現象。エドはその光景に見覚えがあった。
そして、先程の声の主は……
「《皇帝》。お前が今回の相手か?」
「あぁ。リベール以来だな、《黒金の剣聖》」
上空を視線を上げてエドの視界に入ったのは、黄金の鎧と兜、そして左右の手に杖と宝珠を持って、こちらを見下ろす男。四つの《古代遺物》を身につけた《庭園》の幹部、《皇帝》だった。
「オランピアは一緒ではないのか? それとも役に立たないと判断して、どこかに捨ててきたか?」
「部下を駒としか見ないお前と一緒にするな。ちょっとしたトラブルではぐれただけだ。あいつらももうすぐここに来る。そしたら、六対一だ。今回は大人しく帰った方がいいんじゃないか?」
「抜かせ。我、一人だと誰が決めた。もちろん、用意はしてあるさ」
《皇帝》は懐からナイフを取り出し、それを欠片に向かって投げる。
欠片に接触したナイフは甲高い音を周りに響かせると同時に、上空に弾かれる。すると、弾かれたナイフがひとりでに形を崩していき、やがて塵のように消えていった。
一方で自身の周辺に膜のようなものを張っていた欠片はそれに呼応するかのように、全身を赤く光らせる。
「っ! 何だ」
「攻撃されたと判断したのだ。そら、出てくるぞ」
刀身を中心に赤い陣のようなものが現れる。
陣の中から禍々しいオーラが溢れ出し、何かが出てくる。
「……悪魔か」
「あぁ。貴様一人でこいつの相手は務まるかな?」
陣の中から出てくる一柱の悪魔。
その姿はクロスベルで出会った悪魔、《暴虐》のロストルムに似ていたが、部分的に異なる部分があった。
ロストルムの身体は赤みがかった紫だったが、目の前の悪魔は生気を感じさせない青白い身体だった。
手に持っているのは、二本の槌ではなく、一本の巨大な斧。
その姿をエドは悪魔の正体を見抜く。《暴虐》のロストルムと同じ七十七の悪魔の一柱にして、煉獄を守る門番。
「深淵》のアスタルテか!」
顔を歪ませたエドはすぐさま剣を抜き、アスタルテに接近。
《魔眼》を開き、悪魔に向かって全力の一振りを放つ。
「天牙!」
極大の斬撃がアスタルテに向かう。
アスタルテはその場から動かず、何かを呟く。
すると、鏡のようなものがアスタルテの前に張られる。
斬撃はアスタルテに当たることなく、鏡に激突する。
だが、斬撃は鏡を破壊することなく、勢いをそのままにエドの方へと戻っていった。
「ちっ!」
エドは咄嗟に横に跳び、斬撃を躱す。斬撃は後ろの大岩に直撃し、岩が粉砕する。
「反射か……、厄介な術を持ち出しやがって」
一撃で決められなかったことにエドは本気で悔しがる。
アスタルテは恐るべき禁呪を使う魔導の使い手。
先程の反射の他にも、多種多様の魔術を扱うことができる。
おそらく、今、龍來を襲う灼熱の猛暑を引き起こしている刃の欠片は、アスタルテが持つ斧の一欠片なのだろう。
長引けば、こちらが不利になる。
「貴様の相手はそいつだけではないぞ」
《皇帝》はアスタルテの近くに浮かび、エドを見下ろす。アスタルテは《皇帝》が近くにいるというのに彼を襲うような素振りを見せなかった。
「……二対一か」
「不思議か? 我が襲われないことが」
《皇帝》は杖を持つ手を前にかざす。彼の手首には銀のリングがついており、リングは眩い光を放っていた。
「この感じ……、悪魔の気配?」
「そうだ。装着した者に悪魔のオーラを纏わせる代物だ。教団の儀式の過程で生まれた副産物だよ」
「そんなものが……」
「この悪魔は我を同胞と見ている。我が襲われないのはそれが理由だ」
「まさかと思うが、この暑さに耐えられるのも、そいつのおかげか」
「鋭いな。あぁ、悪魔は高位次元の存在。その存在が放つオーラを応用すれば、周辺の暑さを遮断することなど造作もない」
「そうか。ならば、そのリングを壊せばいいんだな」
「ふん。できるのか? 貴様ごときに」
「できるさ。お前こそ、諦めて逃げたらどうだ? リベールのように手も足も出ずに無様に逃げたくないのならな」
「……貴様っ」
《皇帝》は青筋を浮かべてエドを睨みつけるが、すぐに落ち着きを取り戻して口角を上げる。
「ふんっ、貴様も物好きな男だ。奴のためにそこまでする理由がわからないな」
「奴? ……まさか、オランピアのことか?」
「あぁ。あの娘のために、戦う理由が貴様にはあるのか? 我には到底、理解できんな」
「お前に理解してもらわなくて結構だ。俺はあいつを守るって決めたんだ。……殺らせねぇぞ」
「守る? 貴様が? 奴を? ふ、フハハハハハ!! 貴様、まさか知らないのか!」
突如として笑い出す《皇帝》。その様子をエドは訝しげに睨む。
「ククク……、知らないのなら教えてやろう。奴は……」
「雷切」
エドの神速の抜刀が《皇帝》を襲う。だが、アスタルテがあらかじめ張っていた結界に防がれ、刃が止まる。
エドは弾かれる勢いに合わせて上に飛ぶ。空中で一回転したエドは剣を上段に構えて、結界に向かって振り下ろす。
キィンッ!
結界を容易く斬り裂いたエドはそのまま《皇帝》に刃を振るう。
《皇帝》は正面に重力場を生み出し、エドに放つ。
重力場ごと斬ろうとするエドだったが、剣が触れた瞬間、後ろに吹き飛ばされる。
目を丸くするエドだったが、すぐさま吹き飛ばされた身体を捻り、地面に着地する。
「貴様、まさか……」
「……」
「は、ハハハハハ!! 貴様、知っているのか! 知ってて、彼女を守っているのか! これは傑作だ! とんだ喜劇があったものだ!」
高笑いする《皇帝》を睨みつけ、もう一度、踏み込もうとするエドだったが、アスタルテが襲われない前に立つ。
「エドさん!」
「くそっ、もう始まってんのか!」
膠着が続く中、はぐれていたオランピアたちが源泉地にたどり着く。
《皇帝》の姿に一瞬、目を開くオランピアだったが、近くにいるアスタルテに視線を向ける。
「……悪魔」
「あの姿……、《深淵》のアスタルテか」
「へぇ、あれが悪魔。……いいね。斬りがいがあるよ」
アスタルテの姿にシズナはニヤッと笑いながら剣を抜く。
「姫。目的を忘れぬように」
「わかってるよ。あの欠片がこの暑さの原因だろう。でも、まずはあの悪魔を倒さないと壊れないと思うよ」
「ど、どうしてそう思うんですか?」
「う~~ん。勘かな?」
「え、えぇ~」
シズナの予想外の答えに唖然としてしまうオランピア。
「シズナの言う通りだ! お前達は悪魔の相手を頼む!」
「エド! お前はどうすんだ!」
「俺は……、この男をやる!」
エドは《皇帝》から目を離さずに声を上げる。
《皇帝》は切羽詰まったエドの姿に笑いを隠せずにいた。
「フフフ、ほら、オランピアが来たぞ。どうする?」
「決まってるだろう。お前を斬る。それだけだ」
二人の間から伝わる張り詰めた空気にオランピアは戸惑いを覚える。
「……エドさん?」
「ボーとするな、チビ助! 今は目の前の悪魔に集中しろ!」
「っはい!」
「来るぞ!」
悪魔が雄叫びを上げ、オランピアたちに襲う。
その様子を横目で確認したエドは《皇帝》に向かって、切っ先を向ける。
「これで一対一だ。今度は逃がさねぇぞ」
「ハッ! やれるものならやってみるがいい!」
地面に杖を強く叩く。すると、叩かれた場所から亀裂が走り、地面が割れる。
砕かれた地面は大きな岩となって、《皇帝》の周辺を回る。
エドは剣を両手に持ち直して、《皇帝》へと向かって行った。