七耀暦1201年 クロスベル自治州 ローゼンベルク工房 3月19日
外では既に朝日が登り、一日が始まる中、窓がない工房の中で工房長ヨルグと、来客者エドとオランピアが一同に集っていた。
「待たせたな。ようやく完成したぞ」
ヨルグの口角が少し上がっていた。
「なんだか、嬉しそうだな。おやっさん」
「まぁの。久々に腕が鳴ったわい。それと、おやっさんはやめい」
どうやら彼なりに満足できる作品に出来上がったらしい。
「こいつは期待できそうだな。な、オランピア」
「そ、そうですね」
オランピアは顔を赤くして下に俯いたまま答えていた。
「どうした? 朝からそんな調子だが、どっか悪いのか?」
エドはオランピアに近づき、彼女の顔色を窺い始めた。
「な、何でもありません! すごく元気です! はい!」
至近距離に近づいてきたエドの顔を見て、もとから赤かった顔がさらに赤くなる。声が少し裏返り、あたふたしながらも自分は問題ないことを強く主張した。
オランピアは今日の朝のことを思い出していた。昨日の夜、眠ることができず、エドの膝を枕にしてそのまま眠ってしまった。
昨日の疲れがなくなりスッキリした朝を迎えたが、顔を上げると不思議そうな表情でこちらを見下ろしているエドと顔があった。
そのまま少し長い沈黙が続き、ぼんやりとしていた頭の中を整理し始めたオランピアは、ようやく自分の状況に気づき、ひどく狼狽した。
出会ってまだ二日の男性に許可も取らないで勝手に膝枕をしてしまった。いくら信頼できる人とはいえ、大胆な行動をとってしまったことに気づいてしまい急に恥ずかしくなってしまったのだ。
その後、エドは特に何も言及しずに朝食を摂り、武器が完成するまで待っていたが、オランピアは朝のことが頭から離れず、ずっとこの調子だ。
「ゴホン! おぬしら、そんな所で突っ立てないで儂に付いてこい」
「あ、すまない、おやっさん」
「は、はい!」
ヨルグはオランピアの心情を察したのか、話題を変えて付いてくるように促した。
「これがおぬしが頼んだ、この子の武器じゃ」
付いて行った先には、二日前にエドが破壊した天使型人形イシュタンティが立っていた。
肩と股関節、翼の付け根には銀色のフレームのようなものが取り付いており、エドによって斬られた翼は元に戻っていた。頭も修復されていたが、頭部には銀色の小さな翼が付いていた。
「おやっさん、これが完成品か?」
「うむ。小娘、ちょっと来い」
「はい」
ヨルグはオランピアを呼んで、自身の懐に手を伸ばした。
「ほれ、こいつを持っとれ」
懐から取り出したのは、金色に輝く懐中時計だった。ヨルグは懐中時計をオランピアに手渡した。
「? これは……戦術オーブメント?」
渡されたオランピアは懐中時計を観察し、その正体に気づいた。
ヨルグがオランピアに渡したのは、《エプスタイン財団》が開発した導力機械の一種である《第四世代戦術オーブメント》だった。
「うむ。裏ルートから入手した未登録のオーブメントじゃ。今回のために少し手を加えた」
エドはヨルグの説明を耳に入れながら、オランピアの横に立ち、手渡されたオーブメントをじっくり見ていた。
「ん? ここに嵌め込んであるクオーツ、従来のものじゃないな」
エドはオーブメントに嵌め込んである六つのクオーツを確認し、普段使っているクオーツとは違うことに気づいた。
戦術オーブメントに取り付けるクオーツは七耀石の破片であるセピスから作られている。ゆえに、クオーツの色は七耀石と同じく、茶、青、赤、緑、黒、金、銀の七種類しかない。
だが、ヨルグが改造したオーブメントに嵌め込んでいるクオーツの色はまるで穢れを知らないような真っ白なクオーツだった。
「そのクオーツは、この人形を動かすために作った特殊なクオーツじゃ。それと……」
ヨルグは近くにあった布に包まれた細長いものをオランピアに渡す。
オランピアは布をめくり、中身を見た。それはエドが持っているものよりサイズが小さい太刀が鞘に収まっていた。
「これは……?」
「小太刀だな」
オランピアの横から覗き見たエドがそう呟く。
「おやっさん。この
「うむ。この人形を動かすために儂が作った」
エドは小太刀の持ち手である柄に違和感を感じ、ヨルグに尋ねた。
ヨルグは頷き、近くにある観測機器へと向かった。観測機で何かを設定しながらオランピアに声をかける。
「小娘。オーブメントの使い方は分かっとるな」
「はい」
「うむ、ではまずアーツを発動するのと同じようにオーブメントを起動するのじゃ」
オランピアはヨルグに指示に従い、オーブメントを起動するため集中し目を閉じた。
「ドライブ開始」
オランピアを中心に青い波動が広がり始める。
すると、イシュタンティの頭部にある銀色の翼が光り出した。
沈黙していたイシュタンティが動き出し、翼を広げ始める。
やがて、オランピアの波動が徐々に収まり、閉じていた目を開ける。
「……イシュタンティ」
「おやっさん、これって……」
目の前で起きたことに驚きの表情をする二人を見て、ヨルグは珍しく自慢げに説明し始めた。
「白のクオーツはこの人形の中にいれた装置と繋がっておる。導力を送ることでそれぞれの装置が反応し、動き出すという仕組みじゃ」
「このクオーツの一つ一つが人形のパーツ一つ一つと繋がってるのか」
人形のパーツは胴体、翼、両腕、両足の計六つ。そして、オーブメントに取り付いているクオーツも六つ。
理屈は分かったが、ここまでの技術を一人で作り上げたヨルグの腕にエドは舌を巻いていた。
「じゃが、あくまで動かすことができるだけでクオーツを通して、指示を送ることはできぬ。そのための柄じゃ」
ヨルグは観測機の操作を終え、オランピアに指示を出した。
「小娘、イシュタンティに指示を送ってみろ」
「えっと、どうやって」
「その柄にオーブメントと同じように導力を送るのじゃ。後はおまえさんが今までやっていたようにやればよい」
オランピアはイシュタンティと向き合う。長い沈黙がその場を支配し、やがてオランピアは口を開き指示を出した。
「……来て」
すると、イシュタンティは独りでに動き始め、オランピアに近づいてきた。オランピアの正面まで移動したイシュタンティはその場で止まり、オランピアを見下ろしていた。
「……乗せて」
イシュタンティは腕を横にして、その場で姿勢を低くした。オランピアは差し出された腕に乗った。
すると、指示を出していないにもかかわらず、まるで乗ったのを確認したかのように、イシュタンティは低くした姿勢を元に戻し立ち上がった。
「すごいな」
人間と遜色ない動きをするイシュタンティを見て、エドは感嘆の声を上げた。
その後、オランピアはイシュタンティに指示を出し続け、動作の確認をしていた。緊張していた顔立ちは徐々に崩れ、楽しそうに空を飛び回っていた。
エドの隣にいるヨルグはオランピアとイシュタンティを目を細くしながら、じっくり観察していた。
「……指示が出てから、動き始めるまで、〇.四秒。想定内じゃな」
ヨルグはイシュタンティの動きを確認し、前に出た。
「もうよいぞ。実験は終了じゃ」
「あ、はい!」
楽しんでいたオランピアはすぐにイシュタンティに指示を出して下降し始めた。
イシュタンティの腕から飛び降り着地したが、少しバランスを崩した。前に倒れそうになったオランピアをエドが前に出て支えた。
「大丈夫か」
「は、はい。ありがとうございます」
オランピアはエドに抱き着いている状態になっていることに気付き、少し顔を赤らめすぐに彼から離れた。
「うむ、どうやら動かすことは問題なさそうじゃな」
ヨルグはオランピアの様子を見て、ほっと息を吐いた。
「かつて、儂が開発していたゴルディアス級の接続実験では、操縦者の神経を直接繋げることで人間と変わりない動作を実現するシステムを作り上げたが、操縦者の負担が大きいゆえに開発は頓挫した」
(ゴルディアス級……、確かあの子は《パテル・マテル》って呼んでいたな……)
エドは一度だけ会った
「そこで、人形を動かす装置とそれに接続するための必要なクオーツ。最後に人形に指示を出す柄を使うことで、操縦者の負担を軽減したのじゃ。さすがに当初のように神経を直接繋げておらんから人間と同じように動くことはまだ出来ぬがな」
ヨルグはどこか残念そうな表情を浮かべていたがすぐにいつもの仏頂面に戻った。
「おやっさん。一つ聞いていいか?」
「なんじゃ」
「おやっさんの話だと、イシュタンティに指示を出すものだが、柄にした意味はあったのか?」
「おぬしの聞いた話を考えると小娘の武器がこの人形だけじゃまずいと思ってな。たまたま奥に閉まっていた小太刀を護身用の武器にしようと考えたのじゃ」
ヨルグはエドの疑問によどみなく答えた。
「やり方はお前さんが教えろ。一応、その資格はあるんじゃろう」
「それはそうだが……」
ヨルグはエドの態度を無視して、近くにあったものをテーブルに置いた。
「これは……?」
「人形はこの中に入れておけ。そのまま連れて行くのは目立つじゃろう」
ヨルグはイシュタンティを入れるためのリュックをチャックを開けたままテーブルに置いた。
「特殊な金属を使って作りあげた特注品じゃ。多少の衝撃にも耐えうるじゃろう」
「ヨルグさん。これだとサイズが……」
人間サイズのイシュタンティに対して、リュックはどこにでもあるサイズだった。とてもイシュタンティを入れることはできない。
「安心せい。人形は分裂可能でな。柄に指示を出せば分裂する」
オランピアはヨルグの言葉を信じ、イシュタンティが分裂するイメージをしながら柄に導力を送る。
すると、イシュタンティが分裂しリュックの中に綺麗に収まり、リュックのチャックが自動で閉じた。
「再び導力を送れば、リュックが自動で開き、イシュタンティはまた一つになる」
オランピアはヨルグの説明が聞こえていなかったのか心ここにあらずの状態になっていた。
「……おやっさん、一ついいか」
「だから、おやっさんはやめい。んで、何じゃ?」
「これ、おやっさんが作ったのか」
「そうじゃが」
「……マジで?」
エドは耳を疑い、聞き返してしまった。
リュックを手作りしたことも驚いてはいるが、問題はそこではない。
ヨルグ・ローゼンベルクのことを知っている者がいれば自分と同じ反応をすると確信していた。
「本当に、おやっさんが?」
「しつこい。何か問題があるのか」
「いや、リュックを作ってくれたのは感謝するけどよ……」
エドはチャックが閉じたリュックを見ながら頬を引きつらせていた。
「なんで、みっしぃ?」
そう、ヨルグが作ったリュックはみっしぃの顔をモデルにしたものだった。八の字をした眉毛がそのゆるさを強調していた。ほとんど工房内に閉じこもっていて世俗とあまり関わらないヨルグがこんなファンシーな物を作ったなどとても信じられないのだ。
「何じゃ? 最近の子供はこういうのが好きなんじゃろう」
「いや、確かにそうかもしれないけどよ!?」
みっしぃは《クロスベル自治州》のご当地キャラであり、その人気は隣国の《エレボニア帝国》と《カルバード共和国》にも響き渡る。
おそらく世界に一つしかないであろうこのみっしぃリュックを持っていれば嫌でも目立つ。
特にここクロスベルでは。
「おやっさん、さすがにこれは目立っちまうよ。もっと普通のにしてくれないか」
エドはヨルグに別のリュックを作ることを頼み込んだ。ヨルグは黙ったまま首を横に向けた。
エドはヨルグが向いた所に振り向くとオランピアが目を輝かせながら、みっしぃリュックをじっと見ていたのだ。
しばらくするとオランピアはエドに振り向いた。
「エドさん、これとてもかわいいです」
「あぁ」
「これがいいです」
「ハァ!?」
どうやらオランピアはみっしぃが気に入ったらしい。
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ヨルグに別れを告げて、工房の外に出た二人は出発の準備をしていた。
「さて、お前の武器は何とか調達できたし、次はどこへ行こうか」
当初の目的を果たしたエドは次の目的地をどこにするのか考えていた。
「エドさん」
「ん? どうした」
「私、アルモニカ村に行きたいです」
「アルモニカ村に?」
考え込んでいたエドの横から、ヨルグが作ってくれたみっしぃリュックを背負ったオランピアが口を出した。
「アルモニカ村はとても綺麗な村だと、街の人達の会話で聞いて見てみたいと思ったのです。だめですか?」
オランピアはどこか不安そうな目でエドを見つめていた。
「いや、ダメじゃねぇよ。特にどこへ行くのか決めていなかったし。行こうか、アルモニカ村に」
「……はい!」
エドが賛同したことにオランピアは笑顔を浮かべた。
「そんじゃ、行くか。今の時間帯ならバスで街に戻れるだろう」
エドは次の目的地に向け、山を降りようとする。
「……エドさん!」
オランピアは大きな声でエドを呼び止めた。
エドは突然大きな声で呼ばれたことに少し驚き、オランピアの方に顔を向ける。
「私はまだ分かりません。昨日エドさんが言っていた"守る力"というのが何なのか……」
オランピアは昨日から悩んでいたことをエドに告げた。
「心をなくして、人を殺すことしか知らない私がどうやって守ればいいのか分かりません」
最初は一人で考えるつもりだった。
助けてくれた彼にこれ以上迷惑をかけたくない。
罪を犯した自分は誰かを頼ることなどしてはいけないと。
「だから、教えてください。この旅で。私に"守る力"とはどういうものなのかを」
だが、ヨルグの言葉で気づいた。自分はまだ小さくて何も知らない子供なのだと。
何も知らない今じゃ答えを見つけることなどできないのだと。
だから頼ろう。彼からたくさんのことを教えてもらって、学んで、そこから考えよう。
"守る力"とは何なのか。
自分なりの罪の償い方は何なのか。
そして、"生きる"とはどういうことなのかを。
「分かった。任せておけ」
エドはオランピアの意思に応えるかのように、首を縦に振った。
ストーリー構成は何とかできているのですが……
文章作りがとても難しい!
次回、第9話「アルモニカ村」
お楽しみください!