英雄伝説外伝 金の軌跡   作:魔ギア

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第八十四話 敗戦後

 カルバード共和国最東端、龍來。

 日暮れが落ちていき、辺りの景色が徐々に暗くなっていく街。

 その街の一角にある唯一の温泉宿《碧山楼》。そのとある一室は今、重苦しい空気が漂っていた。

 

「そうか。引き続き捜索を頼む」

「ハッ!」

 

 真っ直ぐな姿勢で敬礼をする軍人は、慌てずに、だけど颯爽とした足取りで部屋から立ち去る。

 軍からの報告を聞いたカルバード共和国大統領、サミュエル・ロックスミスはその内容に顔を顰めて、ため息をつく。

 その様子を鋭い眼光で見ていた、《黒月》の長老、ギエン・ルウは遠慮なしにサミュエルに尋ねる。

 

「彼らの行方はまだ掴めないのか?」

「うむ。駐在している軍を展開して捜索を行っているが、まだ見つからない。シェリド殿下、そちらの方は?」

「我らエルザイムの方でも全力で彼らを探しているが、こちらも手がかりはまったく掴めていない。正直、お手上げと言ってもいい」

 

 サミュエルの隣で、腕を組んでいるエルザイム公国の公太子、シェリド・アスヴァールは浮かない顔つきで唸っていた。

 現在、その一室にはサミュエル、ギエン、シェリドの他にA級遊撃士ジン・ヴァセック、そして七耀教会神父グンター・バルクホルンといった各勢力の重鎮たちが一同に集っていた。

 彼らは今、行方不明となっているエドとオランピアの捜索を行っているが、手がかりが見つからず、捜索は難航していた。

 

「エドたちの捜索はひとまず、部下たちに任せるとしましょう。今は奴らの対策を考えなくてはならない」

 

 そんな不穏な空気が流れる中、グンターが話を進めようと促す。

 

「確かにそうだな。まず気になったのは、あの夜、《庭園》がどのように侵入してきたのかということだな」

「昨日の事件の後、我々《黒月》は奴らが街に残っていないか、捜索をしたが、その姿は一人もいなかったと報告がある。少なくとも、夕方まではこの街にはいなかっただろう」

「とすると、《庭園》は宿の中か、街の外のどちらかで待機をしていたということですか?」

 

 彼らがまず議題として上げたのは、《庭園》の潜入方法だった。

 《皇帝》が引き起こした事件の後、次の襲撃に備え、彼らは万全の警備態勢で《庭園》を警戒していた。

 

「おそらく、両方だろう。中にいる者がオランピアを捕らえ、外で待機していた者がそれを回収したのだろう」

「言い訳に聞こえてしまうが、我々は宿に避難していた者たちの所在などを全て確認していた。住民と宿泊客のリストもらって確認をしたから漏れはなかったと断言しよう」

「軍の方も外からの侵入を警戒していたが、事件が発覚するまでの間、何者かが街の外をうろついていた痕跡はなかったそうだ」

「つまり、《庭園》は俺たちの警戒網を全て躱して、事を為したってことですかな?」

「それだけではない。あの時、オランピアが彼らに連れ去られるところをエドがたまたま目撃したから、今回のことが発覚した。もし、エドが気づかなかったら、我々は朝まで彼女が誘拐されたことに気づかなかっただろう」

 

 グンターの言葉に全員が沈黙してしまう。

 油断はしていなかった。警備も万全だった。

 だが、《庭園》はそれを鼻で笑うかのように、軽々と躱していき、見事、オランピアの誘拐に成功してみせたのだ。

 

「ふむ……、獅子殿、この状況、なんか似てやしませんか?」

「似ている、というと?」

「二年前にエドが犯人に仕立て上げられた二つの事件にですよ」

 

 ジンの発言にグンターは瞠目する。内容が気になったのか、他の人たちも話を止め、ジンを見る。

 

「二つの事件は共にあいつだけ目撃されていて、それ以外の人物が目撃されたという話がない」

「つまり、《庭園》はエド以外の人物を見つからないようにしたように、今回は自分たちが見つからないように何かをした、ということか」

「えぇ。まぁ、憶測ですから、断言はできませんが……」

「それについての議論は別の機会にしよう。問題はこれからどうするのかということだ」

「エドワード君は行方不明。オランピア君は《庭園》に囚われ、今、どこにいるのか不明。さらにはどこに向かったのかもわからない。完全に手詰まりの状態だな」

 

 全員がこれからどうするのかを考えるが、これといった案が浮かばない。

 手がかりや情報がまったくないのだ。

 地図もなしに広大な砂漠からオアシス見つけるのと同じように、ゼムリアという巨大な大陸から二人の人間を探し出すなど、不可能に近い。

 仮に見つけることができたとしても、それまでにどれくらいの時間がかかるのか。

 それまでに二人が無事である保証もない。

 誰もがそう思い悩み考え込んでいたその時――、

 

 トン、トン

 

「閣下。今、よろしいでしょうか」

 

 突然、ドアのノックが部屋に響き渡る。

 話が途切れ、誰もがドアに視線を送る。

 

「入るがいい」

「はっ、失礼いたします」

 

 ドアを開け、中に入ってきたのは、先程、報告に来たのとは別のカルバード軍の兵士だった。

 

「どうした? 何か異常でもあったのか?」

 

 入り口前で警備をしていた兵士は一度、全員を見渡し、はっきりとした口調で報告する。

 

「閣下と皆様にお会いしたいという方がいらっしゃいました。何でも、エドワード・スヴェルトとオランピア・エルピスの詳細を知っていると」

『?!』

 

 兵士からの報告に一同が瞠目する。

 今、手がかりを持っていないサミュエルたちにとっては吉報とも言うべきものだろう。

 

「……誰からだ?」

 

 しかし、サミュエルは慎重な姿勢を崩さない。

 このタイミングで来たことに警戒心を抱くサミュエルたち。情報源を聞き出そうと全員が兵士を凝視する。

 

「私だよ」

 

 兵士が口を開こうとした瞬間、閉じていたドアが強く開いた。

 兵士はドアに吹き飛ばされ、ジンが彼を受け止める。

 

「あら、何か当たった?」

「姫、入るのなら、まずはノックをするものです」

 

 そう言って中に入ってきたのは、腰に太刀を添えた少女と黒装束と仮面をつけた黒ずくめの男。

 

「君は……」

「昨日ぶりだね、閣下」

「皆様、突然の訪問、失礼いたします」

 

 銀の髪を揺らす少女、シズナ・レム・ミスルギと、その従者、クロガネが無作法に堂々と入ってきた。

 

 

 ~~~~~

 

 

 グンターたちが会議をしている中、そことは違う別の一室では――、

 

「…………」

 

 トントントンと腕を組みながら、赤髪の少女は同じ場所を何度も回り続けていた。

 星杯騎士団《守護騎士》セリス・オルテシア。

 二十歳でありながら童顔と言われるほどのその可愛らしい顔は、今は険しい表情で眉を潜ませており、苛立ちを隠せずにいた。

 その様子を椅子に座りながら見ていた一人の男がため息をつく。

 

「セリスさん、少しは落ち着いてください」

「……うるせぇ! これが落ち着いていられるかよ!」

 

 エドよりも少し若い薄い水色の髪をした青年、星杯騎士団の《守護騎士》リオン・バルタザールは慰めるように言うが、その発言は逆に彼女の心に火をつけてしまったようだ。

 

「軍や遊撃士が一日中、探し回ってるっていうのに、いまだにあいつを見つけられていねぇんだぞ! どう落ち着けっていうんだ!」

「だからとって、あなたがそう苛立ったところで彼がひょっこり現れるわけではありません。今、私たちがすることは身体をしっかり休めることだと、先生もおっしゃっていたでしょう?」

 

 セリスとリオンは昨夜、《庭園の主》との戦闘で負傷し、その身体を休めるようにとグンターから厳命されていたのだ。

 深夜の戦いがまだ治っていないのか、二人の身体には治療した痕が残っており、その姿はとても痛々しいものだった。

 グンターも同じく、いや二人以上に傷を負っていたのだが、彼は教会の代表として会議に参加しているため、ここにはいない。

 

「今、先生がこれからのことを他の皆様と話し合っています。その結果が来るまで、ここで待つことしか我々にはできません」

「わかってる。わかってるよ、けどよ……」

 

 セリスは先程の苛立ちが消え、今度は悲しげな表情で顔を俯かせる。

 彼女が思い浮かべるのは、二年間、会うことができなかった最愛の彼。

 強くなって、今度こそ彼を助けると誓ったのに、それを守れなかったことに彼女は自責の念を感じていた。

 

 ドンッ、ドンッ

 

「セリス、リオン。今、いいか」

「っ! 先生」

「どうぞ、お入りください」

 

 ドアを開いて中に入ってきたのは、彼らの師、グンターだった。

 

「先生! あの、エドは?!」

「落ち着くのだ、セリス。順を追って説明する」

 

 興奮するセリスを落ち着かせて、テーブルにある椅子に腰掛けて、彼女たちと向き合う。

 

「まず、エドに関してのことだが、結論から言うと彼は無事だ」

「ほ、本当ですか?!」

「うむ。どうやら、川に流されていたところを、ある御仁が助けてくれたそうだ。今は安静にしておるそうだ。案ずるな」

「そ、そうか……!」

 

 力んでいた身体が一気に脱力し、ベッドの上にへたり込むセリス。その表情は嬉しさを隠しけれず、口元がほころんでいた。

 それを横目にリオンはグンターに問いかける。

 

「……先生。その情報源はどこから?」

「シズナ嬢だ。どうやら夕暮れ時にその連絡が届いてな。おかげで《庭園》の今後の行動がわかった」

 

 それからグンターはシズナからもらった情報をセリスたちと共有する。

 

「新月の日!」

「そうだ。次の新月の日。《庭園》はオランピアを生け贄に何らかの儀式を行うようだ。奴らが彼女を殺さずに生かして捕らえたのは、そういう理由だそうだ」

「なるほど。少なくとも、その新月の日までは彼女は生きている、ということでいいですね」

 

 リオンは顎に手をそえながら、手に入れた情報を整理する。

 

「先生、それであいつらの行き先はわかったのか?」

「いや、残念ながら、そこまではわからなかった。次の新月まで、もはや一週間もない。それまでにその場所を突き止め、儀式を止めなくてはならん。セリス、リオン、我々は一度、教会本部に戻る」

「え、な、何でだよ?!」

 

 セリスはグンターの方針を聞き、思わず立ち上がる。

 彼女としてはエドが無事であることを確認したいのが本音だ。

 だから、グンターがエどのことを放っておいて、法国に戻ることに異議を唱えたのだ。

 

「セリス。我々が今すべきことは、一刻も早く奴らを見つけることだ。オランビアの安否はもちろん、奴らが行うという儀式も止めなくてはならん」

「先生は《庭園》が執り行おうとしている儀式に何か心当たりでもあるのですか?」

「いや、それについてはまったく見当はつかぬが、推測はできる。奴らが動き出した時期と合わせたかのように霊脈が乱れ始めたこと。そして、各地で奴らが悪魔を顕現させていたこと。もしかしたら、全てはこの儀式を行うための前準備だったのかもしれん」

「法国に戻るのは、その儀式を調べるためですか?」

「そうだ。悪魔が絡んでいるのなら、教会が保管している書物に書かれているかもしれん。内容からして、おそらく外典にあたるだろうが、調べる価値はある」

「確かに。その儀式を調べれば、そこから居場所を特定することができるかもしれませんね」

「うむ。今、命の危機に瀕しているのはどちらかというとオランピアの方だ。まずは彼女の救出を最優先にする。おそらく、エドも彼女を助けるために儀式の場所に来るだろう。ならば我々は万全の準備を整えて彼女を助けるのだ。わかったか、セリス」

「……わかった」

 

 納得はしているがまだ不満があるのか、少し拗ねたようにグンターから目を反らすセリス。

 だが、すぐに彼女は両手で自身の頬を叩いて、気持ちを切り替える。

 

(こんなところでウジウジしたって仕方ねぇだろ!)

「……そんじゃあ、アタシは先に戻ってるから、先生たちも遅れるなよ」

「フフフ……、わかった。すぐに向かう」

 

 満足したように頷いたセリスはそのまま部屋を出て行く。あまりの劇的な変化にリオンは彼女の後ろ姿に少し呆れていた。

 

「まったく、彼のこととなると、すぐこれですから」

「だが、元気になってなによりだ。それでは我々も行くとしよう」

「そうですね。早く行かないと、セリスさんにまた何か言われそうですし」

 

 そう言ってリオンはグンターの共に部屋を後にし、自身が所有するメルカバへと戻るのであった。

 

 

 ~~~~~

 

 

 グンターたちがシズナから情報をもらう前。

 朝日が昇り、暗くなっていた景色が明るくなる時間。

 

「ぐ……」

 

 何かに身体を預けて倒れていた青年、エドは意識を取り戻す。

 

「ここはいったい……」

 

 朦朧とする意識の中、木にもたれていた身体をゆっくりと起こす。

 状況を確認するべくうっすらと開く目を動かす。

 周囲にあるのは、空までそびえ立つ群竹。

 傘のように上で広がっている竹の葉は風でゆらゆらと揺れる。

 時々、隙間から顔を出す太陽の光はエドの顔を差し込み、その意識を呼び起こそうとする。

 

「やっと、起きたのか」

 

 突如、後ろから来た呼び声に即座にその場を立ち上がる。

 剣を持っていないエドは拳を構えて、声の主を視界に捉える。

 

「あ、あなたは!」

 

 驚嘆の声を出して、目を丸くするエド。予想もしなかった人物に言葉を失う。

 少し細身の体型をし、前屈みの態勢でこちらを見てくる老人。

 だが、その身体は枯れた枝のように脆く見えず、むしろ鍛え抜かれた剣のような強靭さが伝わってくる。

 両手を後ろに回して、どこか呆れたような視線を向ける老人はエドに声をかけた。

 

「あまり動くでない。まだ傷は癒えておらぬからな」

「ユン……老師っ!!」

 

 エド、シズナ、カシウス、そしてアリオスと名だたる剣聖を育て上げた者。

 剣の世界で知らぬ者はいない八葉一刀流の開祖。

 《剣仙》ユン・カーファイがそこに立っていた。




後一ヶ月で一年。ここまで来ちゃいました。
時間がいつもよりもあっという間だったなぁ~。
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