英雄伝説外伝 金の軌跡   作:魔ギア

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第八十六話 双子

 一日が過ぎ、《庭園》に誘拐されたオランピアは、一人静かに朝食を摂っていた。

 目の前にあるのは、大きめのパンと一杯の水。

 パンを口にするオランピアは、味付けのない固い食感に苦戦しながらも完食するのだった。

 

「よく呑気に食べられるな」

 

 その様子を横から見ていた双子の兄は、同じ固いパンを食べながら、どこか呆れた表情でオランピアを見つめていた。

 その隣に座る妹の方も、兄と同じような視線を時々向けてくる。

 

「えっと……、お腹が空いていたから、つい……」

「ついって」

 

 もはや変なものを見るような目でこちらを見つめてくる二人にオランピアは思わず目を逸らしてしまう。

 如何に絶体絶命の状態に陥っているとはいえ、減るものは減るのだ。

 

「毒が入っているとか、疑わなかったのかよ」

「少し思いましたが、それはないと思いました」

「なんでだよ?」

「そんなことをするくらいなら、誘拐なんてしずに最初から殺せばいいだけの話ですから」

 

 思い出すのは先日のこと。

 自分をとある儀式の生け贄として使うといったメルキオル。

 周りを弄るだけ弄りまわり、自分勝手に好き放題に動いている彼だが、あれでも無駄なことを嫌う性格をしている。

 それは《庭園》の前身であった《月光木馬團》としての教育なのか、それとも彼の元々の性格なのかはわからない。

 だが、こんな回りくどいことをするような男ではないと、幹部時代から彼を見ていたオランピアはそう断言する。

 

「あいつのこと、よく知ってるんだな」

 

 メルキオルのことを言っていると理解した兄の顔は少し強ばっていた。よく見ると妹の方も、身体を震わせていた。

 

「なになに? もしかして、僕の話をしていた?」

 

 扉から聞こえてきた声に三人は固まる。

 確認しようと扉に顔を向ける前に、メルキオルが部屋の中へと入ってきた。

 

「……メルキオル」

「おっはよ~~、オランピア♪ 昨日はぐっすり眠れたかな?」

 

 あいかわらずのニヤけた面でオランピアの顔を覗き込むメルキオルだったが、答えたくないのか、オランピアはそっと目線を横にする。

 

「冷たいな~~。少しは話し相手になってくれてもいいでしょ。こっちは結構、暇なんだよ」

 

 まるで駄々をごねる子供のようにオランピアに絡んでくるメルキオル。

 彼女の背いている顔の正面に移るが、また顔を逸らされる。

 移って、逸らされ、また移っては、逸らされる。

 それを何度も繰り返していき、最初にやめたのはメルキオルの方だった。

 

「ちぇ、つまらないな~~」

 

 メルキオルは少し不貞腐れた声でオランピアから離れる。その様子を離れた場所から見物していた双子は驚愕の表情を見せる。

 

「あいつ、簡単にやり過ごしやがった」

「すごい」

 

 自分たちの上司を無視する彼女の態度だけでなく、上司の方から根を上げるなど二人は予想していなかった。

 そんな二人の会話が耳に届いたのか、メルキオルは視線を二人に向ける。

 双子を見ていた視線は再びオランピアに戻し、また、双子を見る。

 それを交互に繰り返したメルキオルは何を思いついたか、楽しそうな表情で双子に近づく。

 

「そういや君たち、車上でアリオッチを援護するようにって言ったけど、全然、役に立たなかったね」

「っ! あの時、あの王子が邪魔したから……」

「……私たちなりに精一杯頑張った」

「うんうん。一生懸命、頑張ることはいいことだよ。……だけど、それで成功しなかったら意味ないよ」

 

 双子の前に現れた赤い刃。

 懐から取り出したナイフを双子に向けるメルキオルは口を三日月のようなに口角を上げる。

 

「失敗は失敗だから、お仕置きはしなくちゃね」

「っ!!」

「ひっ……」

 

 メルキオルに殺気をぶつけられて、お互いに抱きしめ合って萎縮してしまう双子。

 その二人に向かって、メルキオルはナイフを少しずつ近づいていく。

 

「やめてください! メルキオル!」

 

 すると、横から怒声が飛び込む。

 眉間をしかめ、こちらを睨みつけるオランピアがその場から立ち上がった。

 

「やっと返事してくれたね、オランピア」

「私と話したいために、その子たちを傷つけるのはやめてください。私とあなたの間にその子たちは何の関係もありません!」

「確かにそうだね。でも、これは教育なんだよ。仕事に失敗したらどうなるか、身体に実際に刻んであげないと」

 

 オランピアに顔を向けていたメルキオルは、再び怯えている二人に顔を戻す。

 

「止めたいなら、力ずくで止めてみせなよ。今の君にできるならね」

 

 今、オランピアの手元には、武器である小太刀とオーブメントはない。

 オーブメントがなければ、彼女の力は年相応のものと変わりない。

 文字通り、無力な少女に成り下がったオランピアには何もできないと、メルキオルはたかをくくった。

 

「やめなさい!」

 

 オランピアは足を蹴って、拳を握る。

 メルキオルは肝心なことを見落としていた。

 確かに今のオランピアは、年相応の力しかない。

 だが、そんな彼女を鍛えたのは、武の頂点である剣聖だったということを。

 

「破甲拳!」

「ぐふっ!!」

 

 少女の小さな拳はメルキオルの頬を深く抉る。

 予想外の一撃をもらったメルキオルは吹き飛ばされ、床に強く叩きつけられた。

 

「大丈夫!」

「あ、あぁ」

 

 オランピアは双子に近寄り、怪我がないかと顔を近づける。

 兄は気が抜けたような返事をしながら、吹き飛ばされたメルキオルの方に目が釘付けになっていた。妹も同じように目を丸くしながら凝視していた。

 

「イタタタタ……、いや、まさか君の拳がこんなに重いなんてね……」

 

 仰向けに倒れていたメルキオルは上半身を起こす。

 唇を噛んだか、口端から血が少し流れていた。

 

「ビンタよりも拳の方がいいって言ったのは、早計だったかな」

「止めてみろと言ったので、言葉通りに止めてみせました」

「その子たちを助けるメリットが君にあるの? その子たちのせいで自分がこんな目にあっているってわかってんの?」

 

 メルキオルの言葉に双子は顔を下に向ける。一方でオランピアは何も言わずに沈黙する。

 彼の言っていることは間違ってはいない。

 後ろにいる二人に騙せれて、今、自分がここにいるという事実に変わりはない。

 

「関係ありません」

 

 だが、オランピアは退かなかった。

 目の前にいる狂人から二人を守るように立ち上がる。

 

「目の前で怖がっている人を、助けを求めている人を見過ごすことはできません。たとえ、それが自分を貶めた相手であっても!」

 

 思い出すのは、エドと初めて出会ったクロスベルの湖畔。

 自分を殺しにきた目の前の狂人から守ってくれた大切な人。

 少し前までお互いに死闘を繰り広げたというのに彼は自分を助けてくれた。

 彼ならばきっと、あの時と同じように、怖がっている二人を見過ごしたりはしない。

 

「へぇ……」

 

 毅然とした佇まいでこちらを睨んでくるオランピアを見て、メルキオルは感心するように声を漏らす。

 彼女と同じく、彼もクロスベルでのことを思い出していた。

 

「ククク……、随分と彼の影響を受けてるね。それで、これからどうするの?」

「私が相手になります。この子たちを傷つけるというのなら、私を倒してからにしてください!」

「アハッ! 面白いね!!」

 

 拳闘の構えをとって鋭い目つきをメルキオルに向けるオランピア。

 対して、ナイフを彼女に向けてニヤッと不敵な笑みをこぼすメルキオル。

 うっすらと漏れ出す殺気にオランピアの手に汗染みる。

 勝てるとは思えない。だけど絶対に退けない。

 両拳をさらに強く握りしめて、彼の出方を探り続ける。

 互いに睨み合いが続き、時間だけが過ぎていく中、突然、メルキオルがナイフを下ろした。

 

「わかった。お仕置きはお預けにするよ」

 

 ナイフを懐に戻して、ドアの方に足を運ぶ。

 

「ボスからは君を傷つけないようにって言われているからね。しょうがないから、君がいる間はその子たちには何もしないようにするよ」

 

 ドアの前でこちらに振り返る。

 

「それじゃあ、仲良くね。バイバ~イ♪」

 

 それを最後に彼は部屋から立ち去った。

 

「…………はぁ」

 

 オランピアは溜め込んでいた空気を吐きながら、その場に座り込む。

 彼が立ち去ったことで、緊張感が一気に抜け落ちたのだ。

 

「……なぁ、アンタ」

 

 そんな彼女に兄はおそるおそる声をかける。

 

「? どうしたの?」

「なんで俺たちを助けたんだよ」

 

 兄は先程までのオランピアの行動が信じられなかったのだ。

 まさか、自分を騙した相手を助けようなどとは思ってもいなかったのだろう。

 

「さっきも言ったはずだよ。見過ごせなかったって」

「でもボクたちはあんたの誘拐に手を貸したんだぞ」

「メルキオルに言われて仕方なくでしょ? あなたたちの意思でやったわけじゃない。だから、あなたたちが思い悩むことはないわ」

 

 オランピアは二人に近づき、震える手を自分の手を添える。

 二人の手を両手で包み込み、優しい笑みを二人に向ける。

 

「そういえば、自己紹介がまだだったね。私はオランピア。オランピア・エルピス。あなたたちの名前は?」

 

 双子の兄妹は一瞬、きょとんとした表情を浮かべながら、オランピアを見る。

 自分たちに向けてくる笑みに二人は思わず顔をそっぽ向いてしまう。

 どこか恥ずかしそうにしている二人をオランピアはじっと待つ。

 やがて、観念したのか二人は彼女に顔を向けて、自分たちの名前を告げる。

 

「イクスだ」

「……ヨルダ」

「イクスにヨルダ。うん、よろしくね」

 

 オランピアは震えが止まった二人の手を離して、彼らの頭に手を置いて撫で始める。

 突然のことに顔を赤らめる二人だったが、頭から伝わってくる温もりに、二人は黙って受け入れるのであった。

 

 

 ~~~~~

 

 

 龍來付近に溢れる森の中。

 風の音だけに包まれていた、のどかな場所は、その静寂を崩され荒れ果てていた。

 

「紅葉切り!!」

 

 エドは自身が最も得意とする斬撃を放つ。

 振るわれた剣は空気をも斬り裂き、正面に立つユンに近づいていく。

 

「甘い」

 

 だが、そんな高速の斬撃を、ユンは木刀で上に逸らす。

 標的を見失った斬撃はユンの後ろに並び立つ木々を次々と切断し、けたたましい音を立てながら倒れていく。

 

「まだまだ心に迷いがあるの」

「クソッ!」

 

 エドは悪態をつきながらも、再び攻めに入る。

 剣に炎を纏わせ、頭目掛けて下に振り下ろす。

 しかし、ユンは木刀を構えることなく、ただ身体を横に逸らすだけ。

 空振りになった剣は切り返して、今度は上に振り上げる。

 だが、それも予測していたのか、上半身を後ろに傾かせて、また躱す。

 

「っ!」

 

 痺れを切らし、エドは一旦距離を置く。

 手に持っていた剣を納刀し、居合いの構えを取る。

 放つのは高速を越えた神速の一閃。

 躱される前に、刃をぶつける。

 

「雷き……」

「甘いといっておる」

 

 剣を抜こうとしたその時、距離を取って離れていたはずのユンが柄に足をかけ、剣を鞘に押し戻す。

 必殺の一撃を簡単に防がれてしまい、エドは軽く放心する。

 

「ほい」

「ゴホッ!」

 

 隙を見せたエドにユンは容赦なく、木刀を脇腹に叩きつける。

 剣聖を越えた剣仙の一撃。病み上がりのエドには重すぎる一撃だった。

 

「ガハッ!」

 

 本日、何度目かわからない、仰向けで地面に叩きつけられたエド。

 脇腹を押さえまがら何とか立ち上がろうとするが、足がおぼついて、上手く立ち上がれない。

 

「お主に剣を教えたのは儂じゃぞ。八葉一刀流で儂に勝つなど、普段のお主ならわかるじゃろう」

 

 エドは苦い顔をするが、反論ができない。

 ユンの言う通り、八葉一刀流を作り上げたのは他でもない彼だ。

 剣の術理も動きも自分以上に知っている彼に八葉一刀流で勝つなど無理な話だ。

 

「言ったはずじゃ。お主に必要なのは休息じゃと。身体を癒やし、己の心と向き合う覚悟を持て。でなければ、儂に一太刀を与えるなど一生無理じゃ」

 

 ユンは踵を返してその場から去る。

 徐々に離れていく師の後ろ姿を見て、エドは立ち上がるのをやめ、そのまま寝転がる。

 上を見れば、太陽が厚い雲に覆われており、景色が少しずつ暗くなっていく。

 

「心と向き合え、か……」

 

 ユンの言葉を口にするエドの表情はどこか上の空だった。

 昨日の師とのやりとりを思い出しながら、自分の心情を整理するエド。

 彼が考えているのは、自分がオランピアをどう思っているのか、ということだ。

 

 《古代遺物》で心を奪われた少女。

 《庭園》の暗殺者として、罪のない人たちを殺し続けた過去を持っていた。

 心を取り戻した彼女は、その罪と向き合いながら、自分の命を狙う元同輩たちと戦う覚悟を決めた。

 束の間の休息では、母から受け継いだという舞を楽しく踊り、その地でできた友人たちと笑い合いながら談笑をする。そんな年相応の一面を持っていた。

 自分にも因縁があるとはいえ、《庭園》から狙われている彼女を命がけで守るのは、ひとえに彼女に幸せになってほしいから。

 死にたいと言っていた彼女が生きていて良かったと心から思えるようになってほしい。

 だから、師が言っていたことは何かの間違いだ。

 自分が彼女の死を望んでいるなど――

 

 

『ごめんね……』

 

 

「っっ!!!」

 

 瞬間、エドの思考が停止する。

 まるでそこから先は考えさせないと彼の本能が止めに入ったのだ。

 

「どうすりゃいいんだよ」

 

 もはや誤魔化せない。

 生きてほしいと思っているのと同時に、どこかで死んでほしいと思っている自分がいる。

 矛盾した二つの感情が激しくぶつかり合う感覚が彼を襲う。

 向き合えと師は言っていたが、エドはそれを拒んでいた。

 どうして向き合わないのか、何が彼を拒絶しているのか。

 それはまだ、本人もわからずにいた。

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