《庭園》によって飛行艇に閉じ込められているオランピアは、穏やかな笑みを浮かべながら目の前にいる双子の兄妹、イクスとヨルダの側に寄り添っていた。
彼女と談笑している二人の顔にも笑みが浮かんでおり、誘拐をしたことなど忘れているみたいだった。
「これがリベールであった出来事かな」
「学園祭か。うまいもんがたくさん売ってたのか?」
「うん。アイスやケーキといったデザートや、肉饅っていう東方の料理なんかも出ていたの」
「ケーキ……。食べてみたいな……」
オランピアは今までの旅での思い出を二人に話していた。
「おいしいものだけじゃないよ。友達と一緒にゲームで楽しんだり、こんなふうに思い出話に花を咲かせたりして、嫌なことが全部吹き飛ばしちゃうくらい、すごく楽しかったの」
過酷ともいうべき環境にいたからか、二人はオランピアの話に夢中になっており、今か今かと次の話に期待を膨らませていた。
「次は……、きゃっ!」
レグラムでの話をしようと次の話題に移ろうとしたオランピアだったが、機体が突然、大きく揺れ出し、話が遮られる。
イクスたちも突然のことにバランスを崩すが、オランピアが二人に近づき、転ばないように支える。
「落ち着いて! じっと耐えて、お互いに支え合って!」
「お、おう! ヨルダ、しっかり掴んどけよ!」
「そっちこそ」
イクスたちはお互いに肩を組み、空いた手をオランピアの後ろに回す。
オランピアは二人を覆い被さるように身体を縮める。
二人の背中から伝わる震える感触にオランピアはさらに強く抱きしめる。
大きかった揺れは、やがて少しずつ収まっていく。
揺れが止まったのを確認した三人はホッと息をこぼし、お互いに身を離す。
「大丈夫だった?」
「うん、大丈夫」
「このくらい、問題ねぇよ」
大事がないのか、二人に声をかけるオランピア。イクスたちには特に怪我はなく、返事もはっきりしており、安心感を覚える。
「さっきの揺れはいったい……」
気を取り直したオランピアは先程の揺れについて考える。
今は飛行艇に乗って、空を飛んでいる。だから、地震の揺れである可能性はまずない。
襲撃の可能性も考えたが、何かしらの戦闘音が一切聞こえなかったから、その可能性もかぎりなく低い。
別の可能性を考えて、思考を巡らせる中、突然ドアが開いた。
「やっほー、仲良くやってるかな、三人とも」
「メルキオル!」
悠々と部屋に入ってきたメルキオルを睨み、オランピアはイクスたちの前に立つ。
「うんうん。いい感じで友情を育んでいるね。それがあと少ししか続かないのにさ」
「さっきの揺れは何ですか? いったい、ここに何しに来たんですか?」
「慌てない、慌てない。順を追って説明するから、リラックスしなよ」
「あなた相手にそんなことできません」
メルキオルの性格を知っているオランピアは警戒心を解けずにいた。いつでも飛び込めるように腰を低くして、拳を強く握る。
「まったく、信用ないねぇ。ま、いいか。さっきのは着地の際の揺れだよ。目的地に到着したからね」
「っ!」
「そして、僕がここに来たのは、君を迎えるためだよ。オランピア」
メルキオルはオランピアの正面に立ち、緊張と警戒で固まった彼女の顔をじっと覗く。
「それじゃあ、外に出ようか。君たちも一緒に来るんだよ」
オランピアの後ろで縮こまるイクスたちにメルキオルは冷たい視線を送る。
二人はその視線に震えるが、オランピアが二人の手を優しく握りしめる。
「大丈夫。大丈夫だから」
口ではそう言っているが、彼女自身も震えているのが、手から伝わってくる。
怖いのを我慢して自分たちを気遣っている。その姿にイクスたちも恐怖を飲み込んで、ぐっと堪える。
「メルキオル、案内してください。……ただし、この子たちに妙なことはしないでください」
「いいよ。それじゃあ、どうぞこちらに」
メルキオルは目的地へと案内するために部屋から出て行った。それに続いてオランピアはイクスたちを引き連れて、部屋から出て行くのであった。
~~~~~
七耀教会の総本山、アルテリア法国。
龍來に滞在していたグンターたちは《庭園》に連れ去られたオランピアの行方を捜すため、一時帰国していた。
「これもはずれか……」
ため息をつくグンターは手に持っていた本を棚に戻して、今度は隣の本に手を伸ばす。
「リオン、そっちはどうだ?」
「だめですね。今のところ、それらしい記述は見つかりません」
机に積み重なった本の山に囲まれたセリスは、顔に手をつけながら開いている本に目を通していた。
声をかけられたリオンを立ち読みし、手がかりがないか真剣に読み込んでいた。
三人がいるのはアルテリア法国に存在する大図書館。
一般の人はおろか、星杯騎士の《守護騎士》でも簡単に入ることができない地下図書室。
そこには教会が固く禁じた外典といった書物が多く保管されていた。
「ふーむ。やはり闇雲に探すのは少し無理がありますね」
「副長」
そんなリオンの前を通り過ぎ、読み終えたのか本をテーブルに置いた男性は、顎に手を当てる。
星杯騎士団副長、トマス・ライサンダー。
彼がかけている眼鏡が導力灯の光に反射し、その表情を窺うことはできない。だが、口元はきつく締まっており、一瞬見えた眼光は非常に鋭いものになっていた。
「次の新月までの時間も残りわずか。移動時間も考えると、ここにある書物全てを目に通すのは不可能でしょう」
「じゃあ、どうするんだよ。こっちは手がかりも何もねぇんだぞ。ヒントなしでどうやって当たりの物を探しあてるんだよ」
苛つきを隠せないセリスは不機嫌な形相で上司であるトマスを睨みつける。
それに気づくトマスであったが、特に注意するような素振りは見せずに何かを考え始める。
「手がかりがない、とおっしゃいましたが、まったくないというわけでもありません」
「何だと?」
「それはどういう意味だ、副長殿」
意味深に呟くトマスに調べていたグンターの手も止まる。
トマスは三人に注目されている中、落ち着いた表情で自身の推論を語り出す。
「《庭園》の者は誘拐したオランピアという少女を儀式の生け贄として使う。確か、そう言ってたんですね」
「うむ。ユン殿がエドから聞いた話だとそういうことになっている」
「なぜ、その少女を生け贄の供物にしたのか。そこがポイントです」
「……生け贄になる人物が彼女以外にいないということですか?」
「そうです。本来、儀式や生け贄というのは何かしらの条件があるものです。無垢なる魂、一族の純血、何かの契約者といった人物をある場所、ある時期に捧げることが重要なのです。適当な時期に供物を捧げても意味はありません。そんなことで成り立つというのならば、今頃、大陸各地では無差別に儀式が偶発的に発生していますから」
「……私たちは、新月の日に行われると時期を観点に儀式を調査し、場所を特定しようとしている」
「そうです。ですから、今度は供物、すなわち、誘拐されたオランピアという少女を観点に調べれば、何かヒントが得られるはずです」
そうトマスは話を一旦区切り、セリスの方に視線を移す。
「オルテシア卿。あなたたち三人の中でその子のことを詳しく知っているのは君だけです。彼女についての情報をできる限り、教えていただけますか?」
「え?! そ、そうだな……」
いきなりの指名にセリスは強ばるが、すぐに切り替えて龍來で過ごした彼女との日々を振り返る。
「……白髪に赤い眼の小娘で、趣味かなんかで舞を嗜んでいたな」
「舞?」
「おう。エドが言うには巫女舞っていう舞らしいぜ」
「ふむ、巫女、か……」
巫女という単語に反応したのはグンターだった。
「先生、ご存じなのですか?」
「うむ。巫女とは簡単に言えば、東方のシスターというべき存在だな。昔、神社という女神を祀った社があり、そこに神事に奉仕していた存在のことだ」
「聞いたことがありませんね。今はもう存在していないのですか?」
「あぁ。記録では大崩壊前後まで存在していたようだが、それ以降、彼女たちが何かしらの活躍をしたというものはない。いつの間にか表舞台から姿を消してしまったのだ」
「大崩壊前後……。範囲がだいぶ絞られましたね。オルテシア卿、他には?」
「他? 他に印象的だったのは、やっぱり天使を連れてっていたことだな」
「天使ですって?」
トマスは目を見開き、セリスを食い入るように見つめる。
天使とは女神の遣い。教会とも決して無縁の存在ではないため、トマスが驚くのも無理はない。
「何でも、故郷に奉っていた人形型の《古代遺物》らしいぜ。チビ助はそいつに感情を奪われて、エドと会うまで、ずっと暗殺家業に勤めていたそうだ」
「なるほど。あのような小さな子が暗殺を何年も続けられていたのはそれが理由ですか」
一瞥しただけではあるが、龍來でオランピアと出会ったリオンは、まだ幼い彼女がかつて暗殺者であったことに疑問を抱いていたようだ。
「巫女……、天使……それに……」
「副長殿」
だが、トマスは話を聞いていないのか、深く考え込んでいた。
ブツブツと何かを呟く彼の様子をグンターは気にかけるが、反応がない。
彼の表情はいつになく険しく、雰囲気も重苦しいものになっていた。
「……《庭園》はこれまで、エド君たちとの戦いで『七十七の悪魔』を顕現させたんですよね」
「あぁ。アタシも龍來で実際にやり合ったからな」
「霊脈が乱れだしたのも、彼がクロスベルにいた時ですから、まったく無関係ではないでしょう」
「おそらく、悪魔を呼び起こすために、《庭園》が何らかの手段で乱したのだろう。それで副長殿。それが今回の件と何か関係があるのか?」
グンターの問いかけにとうとうトマスは沈黙してしまう。
急に黙り込んだ彼の姿に見守っていた三人は息を飲み、その反応を待つ。
「……………………まさかっ!!」
トマスは顔を青ざめ、そそくさと早足でその場から離れた。
突然の彼の共変に驚くグンターたちだが、すぐに彼の後を追う。
地下図書館の奥の奥へと歩みを止めないトマス。
周囲の明かりが少しずつ失われていき、やがて彼の手に持つ明かりのみになってしまった。
「なぁ、ここまで奥に入ったことあったか?」
「いえ、ありません。先生はどうですか?」
「いや、教会に勤めて、何十年も経つがここまで奥に入ったことはない」
最年長のグンターすら知らない、地下図書館の最奥域。
トマスの異様な反応に誰も踏み入ったことがない場所。
誰もが緊張感を隠せない中、ついに最奥域に辿り着く。
「……扉?」
そこにあったのは一つの扉。
鉄製だと思われる黒い扉は、まるで拒絶するかのように禍々しい雰囲気を放っていた。
「副長。この扉は?」
「……私がまだ新米の頃。《匣》の力を私的に使い、この地下図書館に何度も踏み入れては禁書である書物を密かに読み漁っていました」
トマスは当時のことを思い出しているようだが、その顔は決して穏やかなものではなかった。
星杯騎士団の副長であるトマスは《匣》と呼ばれる異能の力を持っている。
禁書マニアとして知られているトマスは当時、この《匣》の力を使って、この地下図書館に何度も足を運んでいたそうだ。
「あの日、いつものようにここに忍び込んだ私はそこである一冊の本を偶然見つけました。好奇心旺盛だった私は、浅ましくもその本を読んでしまったのです」
「そいつには何て書かれていたんだ?」
セリスがおそるおそる内容を聞き出そうとするが、トマスは首を横に振る。
「残念ながら所々、記憶が抜け落ちていて、あまり覚えていません。気づいた時には私はベッドの上にいました。後から聞いた話ですと、先代総長が発狂して混乱していた私を見つけ、気絶させた後に医療施設に連れて行ったそうです」
明かりが一つしかない中でもトマスの顔が少しずつ重苦しくなっているのがわかる。
「この扉の向こうにあるのが、正にその一冊の本。教会が絶対に触れてはならない認定し、封印された外典が存在しています。本来、この扉の中を入るには、《典礼省》と《封聖省》のトップ二人、さらには法王猊下の三人から許可をもらわなければ入ることができません」
教会のトップ三人全員の許可がなければ閲覧できない禁書。
そんなものがあったことなど知らなかったセリスたちは息が詰まりそうな顔でトマスを見つめていた。
「先程の話から許可がなければ入れないようですが……」
「そうです。ですが、今から申請しても返答には一週間はかかるでしょう」
「はぁ! 一週間もかかるのか!」
「それほどまでに重要なものということか」
「えぇ。私の中に残っている記憶のかけら。もしも、その内容が正しければ、そんな猶予はありません」
トマスの背中に白い紋様が浮かび上がる。両手を前に出し、その間から小さな匣のようなものが現れる。
「《匣》の力で中に入ります」
「お、おい副長! そいつは!」
「えぇ。処罰は免れないでしょう。全責任は私が負いますので、皆さん準備を!」
断固たる決意を見せトマスが作った匣は徐々に光を強くする。
全員が腹を決めて、中に入ろうとしたその時――、
「その必要はない」
四人に待ったをかける声が後ろから届いた。
その声に全員が後ろに振り向き、その人物を見る。
「な! アンタは!」
「総長!」
不敵な笑みを崩さない佇まいと、威厳を感じさせる風格。
星杯騎士団総長、アイン・セルナートが立っていた。
「トマス。お前がここにいる理由だが……」
「アイン総長。今は一刻猶予もありません。責任は後ほど私が取ります。ですからここは……」
「最後まで話を聞け。言っただろう。その必要はないと」
アインは懐からジャリンという音をたてて何かを取り出す。
だいぶ年期が入った黒みがかった銀の鍵だった。
「それは?」
「その扉の鍵だ。中に入るぞ」
アインはトマスを押しのけ、扉の鍵穴に鍵を通す。
「総長殿。なぜ、その鍵を」
「話はだいたい聞いている。それで私もトマスと同じことを思い浮かんでしまってな。無断で借りてきた」
「む、無断って……」
「猊下や枢機卿のジジィどもには後で説明する。今はそんな時間すら惜しいからな」
ガチャンという重い音が静かな部屋に広がる。
扉のノブに手をかけたアインは鷹のような鋭い目つきで後ろから付いてくるセリスたちに振り向く。
「それでは入るぞ。全員、気をしっかり持てよ」
それを合図にドアを開けて、アインたちは部屋の中に入っていった。
「……ここは」
リオンが近くに会った松明に火をつけて、部屋を照らす。
周りのものは古ぼけており、中には折れているものがちらほら見かけた。
ホコリもだいぶたまっており、何十年もの間、誰も立ち寄っていないことがわかる。
そんな中で、中心地に置いてある一つのテーブルに鎮座する一冊の本。
周りとは違い、その本はまるで新品のように傷んでいる様子がまったくなかった。
「これで二回目になりますが、相変わらず恐ろしいですね」
「総長、まさかあれが?」
「そうだ。教会設立からずっと封印されていた禁忌の書。名をつけることすら許されなかった『名もなき外典』だ」
~~~~~
教会でアインたちがとある書物に目を向いている中、オランピアはメルキオルの後ろに付いていき、外に出ようとしていた。
「それじゃあ、外に出るけど、準備はいいかな?」
「えぇ。問題ありません」
オランピアの両手にはイクスとヨルダ、離れないようにとそれぞれの手が強く握られていた。
「フフフ……、きっと驚くと思うけどね」
「? それはいったいどういう……」
「それじゃあ、開きま~~す」
オランピアの声を無視し、飛行艇の扉を開けるメルキオル。
久方ぶりの陽の光が地面を反射し、うっすら目を細めるオランピア。
少しずつ光に慣れていった彼女は、イクスたちを連れながら外に出る。
「…………え」
外の光景を一瞥したオランピアは言葉を失う。
広がるのは廃墟となった小さな村。
人や動物が住んでいる気配はなく、地面には雑草が生い茂っており、年単位で放置されているのは明らかだった。
「ここ、は……」
オランピアはこの村のことを知っていた。
つらいこと、苦しいこと、そして、楽しいことなどがたくさんあった思い出の地。
忘れることができないかつての光景を思い出した彼女の目には無意識に一滴の雫が落ちていた。
「おやおや、驚愕よりも感動の方が強かったみたいだね」
オランピアの様子を横で見ていたメルキオルは彼女の前に立つ。
「ようこそ! いや、君の場合は『おかえりなさい』っていうが正しいか」
両腕を大きく広げ、歓迎の笑みを浮かべたメルキオルは高らかに告げる。
「おかえりなさい、オランピア。君の故郷にして、最後の地、《エデン村》へ!」