ブゥゥーーーー…………
エンジン音が鳴り響き、時々上下に揺れ動く導力バスの中で、オランピアは窓の外で広がっている景色を眺めていた。マインツ山道と比べ緑が多く、暖かくなり始めたからか花が咲いており、自然が溢れていた。
オランピアは次々と通り過ぎていく景色から目を逸らすことができず、浮かべていた表情はとても無邪気なものだった。
一方、エドは腕を膝の上に置いたまま沈黙し、若干の汗を掻きながら椅子に深く座っていた。街に入る前にかけた眼鏡で顔の様子はわからないが、少しやつれているのだけはわかった。
「エドさん、大丈夫ですか?」
「ん……あぁ、大丈夫だ」
あきらかに疲れた表情をしていたエドは心配させないためか、僅かに笑みを浮かべて答えた。
なぜ、彼がこんなにも疲れているのか、それはクロスベルでトラブルが起きたからだ。
ヨルグが作ったこの世に一つしかない、みっしぃリュック。それをかけながら街を歩いていたが、エドが予想した通りたくさんの子供達が一斉に集まって来た。
どこで買ったのかとか、もっと見せてくれとか、持たせてくれなど子供達がみっしぃリュックから目が離せず、囲まれたオランピアは、その場であたふたしていた。
まぁ、この程度なら適当にあしらえば問題はなかった。問題は子供達の中で一際やべぇ奴が紛れ込んでいたことだ。
見た目はまだ十歳にもいっていない小さな子供。赤い髪をした活発そうな女の子だ。外見はどちらかと言えば可愛らしかったが、彼女の第一声がそれをぶち壊した。
「あーるぴーじーくらいたくないなら、それよこせ」
逃げた。
ただ逃げた。
にがトマトマンの如く。シャイニングポムの如く。
エドは子供達に囲まれていたオランピアを抱え、すぐにその場から離脱した。
考えてみてほしい。
十歳にもいっていない女の子が、交換してではなく、よこせと言ってきた。
しかも、拒否したら、
逃げたって誰も文句は言わないだろう。
その後、なぜかわからぬが、女の子に先回りされてはまた逃げるを繰り返していき、二人はアルモニカ村行きのバスに無事乗り込むことができた。
「みっしぃだからって、あそこまでするか普通……」
スモークグレネード、スタングレネード、サバイバルナイフ、挙句の果てには二丁導力銃(違法改造)。
先回りするたびに持っているものがグレードアップしていく様を見たエドはあの少女には二度会いたくないと思った。次会ったら、本当にRPGを持ってくるだろうとエドは確信した。
「エドさん。大丈夫ですよ。あの子、このバスには乗っていませんから、もう追ってはこないですよ」
「……あぁ、そうだな」
オランピアも少女のヤバさを感じており安心させるようにエドを励ましていた。
エドは乗車した時にどこかに紛れ込んでいないか細かくチェックした。
バスに乗って数分。何も起こらなかったことでもう大丈夫だとエドはようやくほっとするのだった。
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クロスベル市から発車してからしばらくして、バスはアルモニカ村に到着した。バスから乗客が次々と降りていき、エドとオランピアもまたバスから降りてきた。
オランピアは村を見渡す。村の中心には大きな河が流れており、草木が生い茂っていた。所々に花が咲いた木がそびえ立っており、正に自然と共に生きてきた村だった。
「……いい匂い」
オランピアは村に入ってから、鼻先に漂ってくる甘い香りにうっとりしていた。
「オランピア」
「! は、はい!」
横からきたエドの呼び声にビクッとした。
「宿を取りに行くぞ」
「あ、わかりました」
オランピアは名残惜しそうに村の景色を眺めていた。その様子にエドは苦笑いする。
「観光は宿を取った後でいくらでも付き合ってやる」
「! はい!」
オランピアは元気よく返事をし、エドの後を付いて行った。
二人は宿をとるためにアルモニカ村にある宿酒場《トネリコ亭》に入った。中には観光客が多く集っておりとても繁盛していた。
「現在、残っている部屋は四人部屋が一つだけですが、よろしいでしょうか?」
「ああ。それで問題ない」
エドはすぐに宿をとり、荷物を置くため部屋へと足を運んだ。
「この部屋だ」
部屋のドアを開き中に入った。
入ってすぐ目に入ったのは、テーブルマットが敷かれている木製の丸いテーブルだった。その上には花が入った花瓶が置かれていた。
部屋の奥には四つのベットがあり、屋根にはフラワーバスケットがいくつか吊り下げられていた。
「すごくおしゃれな部屋ですね」
オランピアは部屋の内装に感心しながら、部屋全体を見渡していた。
エドは荷物を置き、壁にかかった時計で時間を確認した後、オランピアの方に顔を向ける。
「それじゃ、観光に行くとするか」
「はい!」
待ってましたと言わんばかりに、はきはきとした声で返事をするオランピア。みっしぃリュックを背負いながら、ドアの前で待機していた。
「フッ、そうはしゃぐな。時間はいっぱいあるん……」
『あぁーーー! 違う!! これじゃダメよ!!』
突如、隣の部屋からヒステリックな声が壁越しに響き渡った。
二人同時にギョッとしながら隣の部屋がある壁を見つめていた。
『やっぱり、これだけじゃ足りないわ。何かがあれば完璧だっていうのに……』
その後、声がブツブツと徐々に小さくなっていき、やがて聞こえなくなった。
「お隣の人、何だか大変そうですね……」
「まぁ……、今は考え込んでいるみたいだし、そっとしておこう」
エドはそう結論付け、オランピアと共に外へと向かった。
(しかし、さっきの声……、どっかで聞いたことがあるような……)
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宿酒場のドアが開き、オランピアは軽快な足取りで外へと出ていった。
街とは違い、緑が溢れている村を見るのが楽しみで胸が躍っていたのだ。
「それで、まずはどこから行く」
オランピアの後をついてきたエドはどこへ向かうのかを尋ねた。
オランピアはこの村に着いてから疑問に思っていたことをエドに質問した。
「エドさん、この村に着いてからなのですが、この匂いは何でしょうか?」
バスに降りた際に感じ取った甘い香りが気になっていたようだ。
「あぁ、これは
「蜂蜜ですか?」
「そうだ。この村の蜂蜜は特産品でな。品質が良くて、外国でも売られているくらいだ」
「へぇ~」
オランピアは蜂蜜の香りを堪能しながら、村のあちこちを見渡していた。
「ちなみに言うとな、お前が飲んだ俺のココアにも使っているんだ」
「え、そうなのですか」
あぁ、とエドは頷きながら肯定した。
あの時の甘い香りと心が救われるような温かさを感じさせたココア。
(……また飲んでみたいなあ)
そんなことを思うオランピアを見ていたエドは村の奥側へと顔を向ける。
「確か、村長宅の隣に蜜蜂の巣箱があったはずだが、見に行くか?」
「はい!」
目的地が決まり、早速、二人は村長宅へと足を運んだ。
向かう途中、周りから賑やかな声が聞こえてきた。
右を見れば子供たちが楽しそうに鬼ごっこをしていた。
左を見れば若い女性達が立ち話に花を咲かせていた。
「あ!」
村長宅前にある長い階段を上り切った時、オランピアは何かを見つけ、目的地とは逆の方向に走って行った。エドはオランピアの後をゆっくりと追いかける。
「……綺麗」
オランピアの視線の先には、紫色の花が視界一面に広がっていたのだ。向こう側に見える山の麓まであるのではないかというくらい花畑が咲き誇っていた。
「こんなに大きな花畑、初めて見ました」
オランピアは感嘆な声を上げながら広大に広がる花畑から目が離せなかった。
「レンゲ畑だ。アルモニカ村の観光スポットの一つだな」
エドもオランピアに近づきながら、花畑を眺める。
「この村の蜂蜜はここに咲いているレンゲから採取しているんだ」
視線を下ろすと、何人かの男性が巣箱を台車に乗せて、花畑の中に入っていくのを見かけた。
「この時期だと、蜂蜜を取るために巣箱に移す時期だな」
「そうなんですか……」
オランピアはエドの内容を興味深く聞いていた。
「巣箱を見に行くか?」
「はい。見たいです」
その後、目的地の蜂蜜の巣箱を見学し、見終わった後は雑貨屋へ行って、買い物を楽しんだ。
村にいる子供達や同じ観光目的で来ている人達とも軽く交流したりと充実した観光時間を過ごしていた。
(楽しい……)
観光を始めて数時間、昨日に続けて数年ぶりに心から感じることができた気持ちを胸に抱きながら、オランピアは観光を楽しんでいた。
(こんなに楽しいって思ったのは、お母さんに舞を教えてくれた時以来だったかな……)
昨日はあまり思い出すことができなかった、楽しかった思い出。
オランピアは目を閉じ、故郷の村で母と一緒に舞の練習をしていた日々を思い出していた。
覚えるのは大変だったが覚えるたびに褒めてくれる母と、頭を撫でてくれる父。
両親と一緒に過ごした時間はとても楽しい日々だった。
(上達するたびに、二人の前で踊って……)
チャリン、チャリン、チャリン
両親が一緒に見ている中、オランピアは手に持った鈴が付いた棒を手に持ち、鈴を鳴らしながら踊った。
まるで波を描くように手をゆうゆらと動かす。
一挙動するたびに棒についてある鈴を鳴らす。
足は小刻みに、滑るように動き、その場でゆっくり回る。
その踊りは周りを魅了してしまうほど神秘的で美しかった。
そして、手を大きく広げた後、まるで女神に祈りを捧げるかのように両手で棒を顔の前で握り合わせ、鈴を鳴らしてその場で膝をついた。
パチ、パチ、パチ、パチ
(踊り終わったら、お父さんとお母さんはいつも拍手してくれて……)
パチ、パチ、パチ、パチ
「え……」
オランピアは閉じていた目を開いた。目の前に広がってたのは、たくさんの人達が自分に向けて拍手を送っている姿だった。
「いいぞー! お嬢ちゃん!」
「とても綺麗だったよー!」
「ねーちゃん、すげー!」
「わたしにもおしえてー!」
次々と出て来る称賛にオランピアは徐々に顔を赤くなった。どうやら知らないうちに無意識で踊っていたようだ。
たくさんの人達に自分の踊りを見せるのが初めてだったオランピアは恥ずかしくなり、オロオロし始める。
オランピアはエドに助けを求め、辺りを見渡す。探すのにそこまで時間はかからなかった。
観客の隅っこでオランピアのことを見ていた。姿を確認したオランピアは走り出し、エドの手を掴んでその場から離れた。
エドは驚き、バランスを少し崩しながらもオランピアに引かれていった。
やがて、トネリコ亭の前で足を止めたオランピアは、その場で息を整えてエドに振り返った。
「どうして止めてくれなかったのですか!」
オランピアは顔を赤くし、少し涙目になってエドを睨んだ。
「いや、お前……すごく楽しそうに踊っていたからよ」
いきなり踊りだした時は、どうしたのだと驚いた。
だが、彼女の顔はとても穏やかで淀みない動きで踊っていた。
彼女の舞を見て、一人また一人と足を止め、踊り終わるまで静かに見ていた。
止めるのはもったいないなとエドは思ったのだ。
「綺麗な舞だったな。みんな夢中になっていたぞ」
「あ……ありがとう……ございます」
オランピアは赤くした顔を隠し、ぽつりと呟いた。
「どうする? まだ観光するか」
日は傾いていたが、まだ夕飯には時間があった。
「いえ、今日はもういいです」
村の真ん中で踊ったからか、恥ずかしくなったオランピアはそそくさに宿の中に入った。
「えぇ~! もう宿がうまっているんですか?!」
宿に入ると、大きな声が響き渡った。何事かと声がした方に二人は目を向けた。
「はい。申し訳ありませんが、本日は満席となっております」
「そんなぁ~」
受付の前で、二人組の若い女性達が立っていた。
一人は、紫色の短髪に白い鉢巻を巻いた活発そうな女性。
もう一人は、長い銀髪を下ろし、グリーンのベレー帽を被った清楚な女性。
「どうしようか、エオリア」
「そうね……」
どうやら、宿をとろうとしていたが、満席でとることができず立ち往生しているようだ。
そういえば俺達が最後だったな、とエドはそんなこと考えながら、気の毒そうに二人組を見ていた。
一方、オランピアは何かを考え込んでおり、その後、二人組の元に駆け込んでいった。
「あの……」
「? 君は?」
「あら、可愛い子ね。どうしたの?」
オランピアは二人に声をかけた。二人はオランピアに気づき、エオリアと呼ばれた女性はその場で屈んで、オランピアと目を合わせた。
エドはその様子に嫌な予感がした。
だが、止める前に、
「よかったら、私達のところで泊まりませんか?」
~~~~~~~~~~~~~~
外は暗くなり、夕食の時間に入ったトネリコ亭の一階では多くの声で賑わっていた。
その中に円形のテーブルで一人の男性が三人の女性と一緒に食事をしていた。
「改めて、宿の件ありがとう。私は遊撃士協会クロスベル支部所属のリン。こっちは相棒の……」
鉢巻を巻いた女性――リンはエドに頭を下げて、隣に座る相棒に目配せする。
「エオリアです。リンと同じく準遊撃士をしています」
ベレー帽の女性――エオリアは二人に、特にオランピアの方を見て微笑みながら挨拶をした。
「えっと、オランピアといいます」
オリンピアはエオリアの笑みに押されながらも挨拶を返した。
「エドだ。お礼を言うなら、俺じゃなく彼女に言ってやってくれ」
あの後、オランピアの提案でエド達の部屋にリンとエオリアが泊まるという形で話がまとまった。
エド達がとった部屋は四人部屋なので、特に問題はなかった。
「そうだね。ありがとうね」
「ありがとう、オランピアちゃん」
「は、はい……」
エオリアの笑顔に少し下がるオランピア。
「あ~、ごめんね。エオリアは可愛いものに目がないから」
「ちょ、ちょっとリン! ち、違うのよ、オランピアちゃん」
必死に弁明をするエオリアだが、彼女の笑顔に少し恐怖を覚えるオランピア。
「あ~それにしても、準遊撃士ということは、まだ見習いか?」
空気が悪くなるのを肌で感じたエドは、話題を変える。
「うん、そうだね」
「二ヶ月前になったばかりです」
遊撃士は認定試験合格後、見習いの「準遊撃士」から始まる。
そこから実績を積み重ねていき、「正遊撃士」へと昇格する。
「しかし、ツイていなかったな。俺らが何も言わなきゃ、街に戻らなくちゃいけなかったんじゃないのか?」
自分達が最後の席をとったことは言わないエドだった。
「そうだね。予約とかできればよかったんだけど……」
「この村はまだ導力ネットワークが通っていませんからね」
「二年前にクロスベル市で導入された導力ネットワーク。あれのおかげで、長距離での電話以外にもメールといった電話以外の連絡手段ができるようになったが、まだこの村まできていないのか」
「はい。本来は前日に予約をするのですけど……」
「昨日、不可解な事件が起きたんだよ。見習いの私達も駆り出されてね。それで予約が取れずに当日になっちゃったってわけ」
「不可解な事件ですか?」
オランピアは準遊撃士二人の話に思い当たるものがなく聞き返した。
「うん。昨日の早朝、ウルスラ間道はずれの湖畔で爆発音が聞こえたんだよ」
「先輩達の話だと、達人同士の戦いがあったのではないかという話です」
思い当たるところがありすぎた。
オランピアはそっとエドに視線を送った。当人のエドは黙ったまま二人の話を聞いていた。
「それ以外にも、一昨日は運搬車が襲撃にあったり、湿地帯から巨大な光の柱がでたりして、不可解なことがたくさん起きて時間がなかったのよ」
「お二人は何か心当たりはありませんか?」
「……シリマセン」
思い当たるものばかりで、つい棒読みになるオランピア。
「知らん」
自分達はまったく関係ないのだと何食わぬ顔で断言するエド。
「そうですか……」
「期待に応えられず、すまないな」
変わらぬ表情で語るエドにオランピアは冷や汗をかいた。
「そんなことより、そろそろ食おうぜ」
「そうだね」
「いただきましょうか」
「は、はい」
その後、四人は軽く談笑しながら、夕食を楽しんだのであった。
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音がなくなり、辺りが静まり返った深夜。
アルモニカ村のはずれにある岩で作られた古い砦の上に一人の巨大な影が立っていた。影はその場で立ち尽くし、天に昇っている月を眺めていた。
「いい月だねえ」
影はそんなことを呟きながら懐から何かを取り出した。
「そんじゃあ、始めるとしますか」
すると取り出したものは怪しげな紫色の光を放ち、周りへと広がっていった。
「さて、これで準備はOKだ」
影は村の方に視線を向き、ニヤついた。
「俺からの最初のゲームだ。楽しませてもらうぜ。オランピア」
独自設定② リンとエオリアの遊撃士のランク
零の軌跡の3年前。
年齢もわからない。(自分が調べたところ)
二十歳越えには見えない。
というわけで、準遊撃士という設定にしました。
次回、第10話「襲撃」
お楽しみください!