英雄伝説外伝 金の軌跡   作:魔ギア

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第九十三話 さようなら

 《劫炎》のマクバーン。

 彼の実力は《鋼の聖女》にも匹敵するとまで言われ、《結社》最強の執行者と評価されている。彼は聖女以上に武が優れているというわけではない。だが、彼には聖女にはない力を持っていた。

 

「焼き尽くせ!」

 

 彼の手から放たれる赤黒い炎。大火力の炎は周囲の自然を飲み込みながら、《庭園の主》に迫る。

 

「ふっ!」

 

 《庭園の主》は上へと跳び、炎は彼の下を通り過ぎる。着地したと同時に膝を大きく曲げる。瞬間、弾丸のように飛んだ《庭園の主》はマクバーンとの距離を一気に詰める。跳んでくる彼を視界に捉えたマクバーンはニヤッと笑った。

 

 ――業っ!

 

 二人の間に高熱の炎が壁となって立ちふさがる。炎に触れた植物は一瞬で燃え尽き、灰となった。

 

「ぐっ!」

 

 《庭園の主》の腕が炎に飲まれる。唸りながらも咄嗟に腕を引き、《庭園の主》はすぐに後ろに引き返した。距離を取った《庭園の主》は、自分の腕を見る。黒いグローブはすでになくなり、さらけ出された手には煙が立っていた。

 

「これでは迂闊に近づけないな」

 

 今も燃え続ける赤黒い炎。その向こう側にいるであろう怪物の存在に《庭園の主》は重苦しく呟く。

 

「おいおい、この程度か?」

 

 その時、炎の向こう側から声が響く。まさかと思いながら、《庭園の主》は炎を凝視する。

 

「レーヴェの阿呆を圧倒したっていうのは、俺の勘違いだったのか?」

 

 炎の中からマクバーンが苛立った声で姿を現す。炎をバックに金の眼光を見開いてこちらを睨みつける。

 その姿はまさしく……。

 

「なるほど、たしかに魔人という名にふさわしいな」

 

 《火焔魔人》

 

 マクバーンは《鋼の聖女》のような圧倒的な武の力はない。だが、彼にはその武を補える程の異能の力を持っていた。

 アーツを使っているわけでもない。《古代遺物》を使っているわけでもない。彼はただ念じれば、炎を瞬時に放つことができる。

 炎を纏い、全てを焼き尽くす劫火の魔人。まさに人の皮を被った怪物だった。

 

「君は残念そうに言っているが、これに関しては単に相性が悪いだけだよ」

「あぁ?」

 

 訝しげに首を傾げるマクバーンを無視して、《庭園の主》は話を続ける。

 

「私の力は君や聖女殿のような外れた者には効果がないんだよ。《剣帝》や《剣聖》は君たちとは違って、理の内にいる者。そういった者にしか通じないんだよ」

「なんだそりゃぁ。じゃあ、あれか? レーヴェを倒したその力は俺には使えねぇってことか? ったく、一気に白けちまったぜ」

 

 マクバーンはゆっくりと片手を上げる。手から炎が点火し、徐々に大きくなっていく。

 

「期待外れだ。肉も残さずに一瞬で消してやる」

「残念だが、そうはさせん」

 

 《庭園の主》は身体を落として、手を腰に添える。

 

「もうすぐ彼も来る。こんなところで時間はかけてはいられないのだよ」

「あぁ?」

「少し本気でいく、ということだよ」

 

 《庭園の主》は腰に添えていた手を振り抜いた。

 

「ガッ!」

 

 炎が弾け飛んだ。

 肩から走った激痛。そして、肉を裂く音。ふと、自身の肩を見ると、深い切り傷ができており、そこから血が吹き出していた。

 

「ふむ。久しぶりだから手元が狂ったか」

 

 《庭園の主》は振り抜いた手を目に置く。

 そこには金色に輝く剣が握られており、その剣は神々しい光を放っていた。

 

「ッ! テメェ」

「君は最初に言ったな。自分と同類であると。確かにそうだ。私は君と同じく混ざりものだ。だが……」

 

 《庭園の主》は俯きながらマクバーンにゆっくりと近寄る。

 

「せいぜい五十年程度だろう。年期が違うのだよ。君と私では」

「年期?」

「あぁ。私と渡り合いたいのなら……」

 

 距離を半分まで詰めて、剣を振り上げる。

 

「せめて()()以上は生きるんだな」

「クッ!」

 

 マクバーンは咄嗟に後ろに跳ぶ。

 すると、金の剣閃がマクバーンの服を引き裂いた。

 《庭園の主》は一瞬で距離を縮めた。剣をすぐに切り返して、追撃を与える。

 

「シャァッ!!」

 

 マクバーンは炎の壁を作り、行き道を塞ぐ。

 しかし、剣を振るっただけで、壁は簡単に斬り裂かれ、そのままマクバーンを斬り落とす。

 

 

 ――ガキンッ!!

 

 

「っ?!」

 

 音を立てて剣が止まる。何かが割りこみ、剣の軌道が止められてしまった。

 

「……ハハハハハ!! 悪くねぇじゃねぇか!」

 

 どこから取り出したのか、マクバーンの手には赤い異質な剣が握られていた。

 

「前言撤回だ。楽しくなってきたぜ!」

 

 マクバーンは自身の剣――アングバールに炎を注ぎ込む。

 剣に灯った炎は徐々にその勢いを激しくし、やがて赤かった炎は黒く変貌する。

 

「さっきも言ったはずだ。時間はかけられないとな」

「つれねぇことを言うんじゃねぇよ! もっともっと楽しませろ!!」

 

 両者の闘気が一気に膨れ上がる。強烈な殺気をぶつけながら両者は剣を激しくぶつけあうのだった。

 

 

 ~~~~~

 

 

 一方、草原地帯では、

 

「吹き飛びな!」

 ルトガーは大きく跳び、アリオッチに向かってバスターグレイブを振り下ろした。

 

「させるかよ!」

 

 アリオッチは正面から振り下ろされる大剣に向かって斧槍を叩きつける。

 

 

 ――ガァン!!

 

 

 得物同士が激しくぶつかる。あまりの衝突に周りで戦っていた者たちが、その余波で次々と吹き飛ばされていく。

 

「おら、どうした! テメエの実力はこんなもんか?!」

「ハッ! 安心しな。ようやく身体が温まったところだからよ!」

「そうか。そいつは安心したぜ!」

 

 互いに凶暴な笑みを浮かべながら得物を何度もぶつかりあう。もはや二人は周りのことなど見えていなかった。ただ目の前にいる獲物との戦いを心から楽しんでいた。

 

「うぅぅ……」

 

 オランピアは押し寄せる風圧に耐えながら、俯いた状態で佇んでいた。下手に動けば、自分も戦いの余波に巻き込まれてしまう。周囲は猟兵たちが《庭園》の刺客たちと死闘を繰り広げており、抜け出せそうな場所が見当たらない。猟兵たちは敵がオランピアの下に行かないように、彼女を囲いながら防衛していた。それを知らないオランピアは戦場の真ん中に取り残されてしまい、戦いが終わるのをただ待つことしかできなかった。

 

 

 ――ドォオン!!

 

 

「! なに?!」

 

 耳に入った突然の爆音にオランピアは顔を上げる。

 村がある方に広がる赤い光と黒い煙。

 それが何なのか理解したのと同時に再び爆発が起きた。その後も連続で音が続き、少しずつに自分たちの方に近づいてくる。

 

「おっと!」

「ふん!」

 

 すると、二人の男が村の方から現れた。

 爆発を躱し続けていたのか、地に足を着いたワジは緊張がとれたかのか息を整える。その隣に立つアッパスはずれたサングラスをかけ直していた。

 

「よっと!」

 

 二人に遅れて、もう一人の男が出てきた。

 身体には火傷の痕を残っており、ワジたちを強く睨みつけるメルキオル。ふとオランピアの存在に気づくと、ギラついた笑みを彼女に見せる。

 

「待ちなさい!」

 

 緊張感が増す中、今度は反対側から声が届く。

 森の中から迸る紫電や火球が上空に向かって飛んでいく。目をこらすと、そこには岩石を盾にしながら、こちらに向かってくる《皇帝》の姿があった。

 

「野郎! 仲間と合流するつもりか!」

「ト、トヴァルさん!」

「ん? おぉ、オランピア、無事だったか!」

 

 森の中から出てきた男女二人組に、オランピアは男の方、トヴァルの姿を見るなり、声を上げる。それに反応したトヴァルもオランピアの姿を見て、安堵の表情を見せる。

 

「トヴァル。もしかして、あの子が?」

「あぁ。保護対象者のオランピアだ」

「そう。どうやら、無事だったみたいね。それに……」

 

 サラはオランピアの姿を一度確認した後、別の方に視線を向ける。アリオッチと打ち合いをしていたルトガーが距離を取り、サラたちの近くに着地する。

 

「やっぱり、あなたが最初に見つけていたのね」

「ん? その声はサラの嬢ちゃんか。久しぶりじゃねぇか」

 

 サラの存在に気づいたルトガーは笑みを見せるが、アリオッチから視線を離すことはなかった。

 

「アリオッチ。何をもたついている」

「いや、わりぃな。相手さんが相当のやり手でな。ついつい楽しくなっちまった」

「《猟兵王》……。彼もこの地に来ていたなんてね」

 

 一方で《庭園》の三幹部は一カ所に集まる。

 その隙にワジもルトガーたちと合流する。

 

「やぁ。君たちが遊撃士からの使い?」

「えぇ。そうよ」

「俺は猟兵だが、目的は同じだ。そういうお前さんらは教会の人間か」

「うん。まぁね」

「ワジ。目的の少女は無事に保護できた。後はここから脱出するだけだ」

「となると、問題なのはあの三人か」

 

 ルトガーたちはこちらに殺気を向けてくるメルキオルたちに警戒を強める。

 

「全員が《古代遺物》持ち。ここは七耀教会が受け持つ」

「そんじゃあ、俺とサラはオランピアを連れて脱出だな。一応、逃走経路は確保している」

「俺たちはフォローに入るぜ。隊を迎撃と撤退の二つに分ける」

 

 即興にもかかわらず、全員がすぐに役割を取り決め、行動に移す。

 

「そんじゃあ、続きを始めようか」

「ふふふ。まさか、猟兵と肩を並べる日がくるなんてね」

「ワジ、油断はするなよ」

 

 ルトガー、ワジ、アッパスは《庭園》の三幹部の足止め。その周りにはゼノが率いる第一小隊と《庭園》の刺客たち。

 

「トヴァル。先行は任せるわよ」

「了解。オランピア、遅れずに付いて来いよ」

「はい!」

 

 サラ、トヴァルがオランピアと共に戦線を離脱。周りにはレオが率いる第二小隊が隊列を組んでいた。

 

「それじゃあ、こっちから行くぞぉおお!!」

 

 ルトガーが先陣を切り、戦闘が再開する。

 

 爆裂、突風、衝撃。

 戦場が火と煙で覆い包まれ、徐々に激しさを増していく。

 

 一方で、サラたちはオランピアを引き連れて、その場から離れていた。先頭からトヴァル、オランピア、サラという順に草原から離れる。

 トヴァルとサラの存在感に自然と笑みをこぼしてしまうオランピア。

 これで助かる。またエドに会える。そんな想いが膨れ上がり、先程まであった切羽詰まった緊張感が少しずつ薄れていった。

 

「残念だが、それは叶わぬ願いだ」

 

 しかし、落ち着いていた緊張感は再び跳ね上がった。声がした後ろの方に振り向くオランピア。そこにいたのはサラではなく、黒コートを纏いフードを深く被った見覚えのある姿。

 

「《庭園の主》!」

 

 その正体に気づいたオランピアは思わず声を上げる。《庭園の主》はオランピアとサラの間に入る形で突如、現れた。

 サラはすぐさま、剣を抜く。ゼロ距離からの一閃。雷を纏った高速の一撃が《庭園の主》に向かう。

 

()()()()()()

「な!」

 

 サラの目が大きく開く。刃が当たらないように《庭園の主》が指二本でサラの剣を挟み、その軌道を止めたのだ。

 一瞬、固まってしまったが、サラはすぐに対応する。今度は反対側に持った銃を向ける。だが、引き金を引く前にサラの手ごと、銃を掴む。

 

「この! 離しなさい!」

「サラ!」

 

 トヴァルは《庭園の主》の背後を取り、スタンロッドを振り下ろす。しかし、《庭園の主》はサラを見たまま、片足を後ろに振り上げる。

 

「ガッ!」

 

 トヴァルの顎に《庭園の主》の踵がめり込む。トヴァルの身体が上に飛ばされる。その様子を確認しないまま、《庭園の主》は後ろに振り上げた足を勢いよく前に打つ。

 

「カハッ!」

 

 強力な膝蹴りがサラの腹を打ち抜いた。膝を着いてしまうサラに《庭園の主》は拳を振り上げる。

 

「撃て!」

 

 フォローに回っていた西風の旅団の援護射撃。レオのかけ声に猟兵たちは一斉に銃弾を発射する。《庭園の主》はサラを突き飛ばし、後退しながら銃撃の嵐を躱し続ける。

 

「ウォオオオオオオオ!!」

 

 その隙を狙ってレオは《庭園の主》に突っ込んでいく。腕に取り付いたマシンガンドレッドを大きく振りかぶり、その圧倒的質量を《庭園の主》にぶつける。

 

「……ふっ」

 

 武器が当たろうとした瞬間、《庭園の主》はレオの武器に手を乗せて、腕の力だけで身体を上に持ち上げた。

 

「なにっ?!」

 

 アクロバティックな身のこなしに思わず、瞠目してしまうレオに《庭園の主》は足を振り下ろした。

 

「ガッッ!!」

 

 頭上からの踵落とし。脳天を直撃したレオはそのまま地面に叩きつけられた。地面に着地し、動かなくなったレオを確認した後、《庭園の主》は残った猟兵たちに突撃する。

 

「う、撃て!」

 

 敗北したレオの姿に動揺する猟兵たちだったが、すぐに切り替えて迎撃を開始する。正面から来る銃弾の嵐に《庭園の主》は右、左と身体をひねらせながら、距離を縮める。

 

「っ! 迎え撃て!」

 

 銃弾が効かないと判断し、武器を取り替えて、一斉に襲いかかった。

 

「ガッ!」

「ギャッ!」

「グハッ!」

 

 だが、《庭園の主》はたった一人で最強の猟兵団を圧倒する。

 裏拳、肘打ち、回し蹴り。

 一人、また一人と猟兵が次々と倒れていく。焦らず、事務的に処理していく《庭園の主》の姿にオランピアは思わず、足を後ろに引いてしまう。

 

 ――ぼすっ

 

 後ろにいた何かにぶつかるオランピア。おそるおそる後ろに振り向く。

 

「やれやれ、手間をかけさせる」

 

 先程まで猟兵と戦っていた《庭園の主》がそこに立っていた。オランピアは慌てて前に視線を戻す。そこには呻きながら、地面にぐったりと倒れた猟兵たちの姿があり、壊滅状態に陥っていた。

 

「さて……」

「くっ!」

 

 オランピアは《庭園の主》と距離を取りながら、小太刀を抜く。しかし、先程までの惨劇を見ていたからか、小太刀を握る手はひどく震えていた。

 

「安心したまえ、オランピア。君をこの場で殺すことはない」

「……生け贄として必要だから、ですか」

「まぁ、そうだね。だから、君を連れ戻しにきたのだよ」

「私がこのまま素直に連れ去られるとでも思っているのですか」

「思っていないさ。でなければ、最初からこんなことにはなっていないからね」

 

 肩を落としながら、ため息をつく《庭園の主》。

 

「……だが、結果は変わらない。君の未来は決まっている」

「まだ、決まっていません! エドさんが、皆が私を助けてくれます。そして、私も生きることを諦めません! 生き抜いてみせます。絶対に、絶対に諦めません!」

 

 震えていたオランピアの手はいつの間にか止まっていた。

 彼女の心を支えているのは、大好きな人と共に生きる未来。その想いがある限り、彼女は決して折れることはない。

 

「なるほど。君にとって、エドワード・スヴェルトはそれほどまでの存在なのか」

 

 自分に向けてくる決意が籠もった強い視線に《庭園の主》は感心の声をあげる。

 

「だが、その様子だと君はまだ知らない。いや、思い出していないのか」

「何の話ですか?」

「君と彼の関係だよ。君たちはクロスベルのあの日よりもずっと以前に一度、会っているのだよ」

「私と……エドさん、が?」

 

 《庭園の主》の思わぬ発言にオランピアは目を丸くする。だが、驚愕と同時に彼女の心がひどくざわめく。

 

 聞くな。聞いてはならない。耳を傾けるな。

 

 そんな幻聴が何度も彼女の耳に囁く。

 

「君が彼と会ったのは、三年前。その時、君は…………」

 

 風の音が《庭園の主》の言葉をかき消す。周りの者は彼が何を言っているのか、聞き取れない。しかし、彼と正面で対峙していたオランピアだけは、はっきりと聞こえていた。

 

「……ということだよ」

「…………」

 

 語り終えた《庭園の主》。それに対して、オランピアは反応を示さない。その時――、

 

「アカシック・アーム!!」

 

 禍々しい人外の腕を振るうワジが《庭園の主》の後ろに跳びこむ。しかし、《庭園の主》はワジの方に視線を向けないまま、その腕をひらりと躱し、距離を取る。

 

「ふぅ、大丈夫かい、レディ?」

 

 ワジはオランピアの隣に立ち、彼女の様子を気にかける。すると、遅れてやってきたアッパスは拳を構えて、前を見据える。

 

「ワジ! 敵から目を逸らすな!」

「わかってるよ。でも彼、襲ってくる様子がないみたいだ」

 

 ワジは《庭園の主》の様子を窺いながら、そう呟く。ワジの言うとおり、彼は構えをとらずに、ただこちらをじっと見つめていた。

 

「無事か!」

 

 今度は野太い声が近づいてくる。ワジたちの前に降り立ったルトガーは周囲に倒れている団員たちを一瞥し、その目を鋭くする。

 

「テメェ……。やってくれるじゃねぇか」

 

 飄々とした雰囲気が消え、ドスのきいた声を上げる《猟兵王》。彼の身体から黒い闘気が炎のようにゆらゆらと溢れ出す。

 

「っと、ようやく合流できたぜ」

「ボス、助太刀するよ」

「……ふん」

 

 双方の睨み合いが続く中、《庭園の主》の下にも人が集まる。ルトガーたちと交戦していたメルキオルたちが《庭園の主》と合流する。

 

「ごほっ! ごほっ! ったく、やってくれるわね!」

 

 ちょうどその頃、《庭園の主》に重い一撃をくらったサラが身体を起こす。まだダメージが残っているのか、剣を杖代わりにして立ち上がる。

 

「嬢ちゃん。無理しないで休んでいろ」

「そういうわけにはいかないのよ。遊撃士としてね!」

「あぁ、その通りだ」

 

 サラに呼応するように吹き飛ばされたトヴァルが後ろから戻ってきた。

 

「民間人を守る遊撃士が猟兵や教会よりも先に倒れるなんて、メンツが立たねぇだろ」

「そういうこと!」

「ふっ、ったく、最近の若ぇ奴らは立派だねぇ」

 

 そう言ってルトガーは武器の銃口を《庭園の主》に向ける。

 

「さて、想定外の敵が現れたが、これからどうする?」

「相手はジンさんも簡単に打ち倒した相手よ。他の幹部たちと一緒だと、ちょっとこっちの戦力が足りないわね」

「戦力の件だけど、今、うちの総長が他のメンバーを連れて、こっちに来ているみたいだよ」

「総長って……、アインか! そいつは朗報だな」

「となると、援軍が来るまで時間を稼ぐしかねぇみてぇだな」

「えぇ。時間を稼ぎながら、この子を……」

 

 サラの言葉が途切れる。後ろに振り向き、オランピアの姿を確認しようとしたが、その目を丸くして固まってしまう。

 

「……ねぇ、あの子はどこ行ったの?」

 

 サラの言葉に全員が気づく。オランピアの姿がいつの間にか消えていたことを。その様子に《庭園の主》は薄ら笑いを浮かべていた。

 

 

 ~~~~~

 

 

「はぁっ……、はぁっ……、はぁっ……」

 

 森の中を全力で走る少女。

 戦場にいたオランピアは全員が見ていない隙にその場から離脱していた。限界などとうに越えており、時々、胸から痛みが走ってくる。それでも、彼女は足を止めずに、そのまま走り続けた。

 

「はぁ……、私……、私はっ!」

 

 その表情はとても歪んでいた。顔を真っ青に染めていたその顔には、先程までの強い覚悟は微塵も見られなかった。

 

「はぁ……、はぁ……」

 

 森を抜けたオランピアは足を止める。そこに広がるのは、懐かしき場所。古びた祭壇のようなものが立っており、周囲には焼け焦げた痕などがいくつもあった。

 

 忘れるはずもない。ここは母がいつも踊っていた場所。母の舞に憧れた、私の原点。

 

 オランピアは祭壇の段上をゆっくりと上る。母が踊った舞台に足を踏み入れ、周囲を見渡す。そして、彼女が最後に視界に入れたのは、真っ黒な大きな穴。

 

「あそこ、なら……」

 

 そんな呟きと共にオランピアは穴に向かって足を進める。底が見えない穴を真下から覗き込むオランピアは、その場にじっと留まる。そして、一歩、前に踏み出そうとする。

 

「オランピア!!」

「…………え」

 

 しかし、その足は懐かしい声に止められる。その声にオランピアの頭は真っ白になる。おそるおそる後ろを振り向き、声の主を確認する。その人物は、オランピアが予想したとおりの人だった。

 

「エド……さん……」

 

 いつも着こなしていた黒いコートはボロボロになっており、コートと同じく黒い髪も手入れされておらず、ボサボサになっていた。だが、見間違えるはずがない。その姿はオランピアが会いたいとずっと焦がれ続けた、大好きな彼の姿だった。

 

「オランピア……、はぁ……、はぁ……、やっと、見つけたぞ」

 

 全力で走ってきたのか、手に膝を着いて懸命に息を整えるエド。少し落ち着き、膝から手を離した彼は、オランピアの姿を再度見て、ほっと一息する。

 

「無事だったんだな。……よかった」

 

 オランピアの無事に安堵するエドはそのまま、彼女に近づく。

 

「心配をかけさせちまったな。だが、もう大丈夫だ。ここから早く抜け出して……」

「来ないで!!」

 

 近づいてくるエドにオランピアは大声を上げる。その声にあるのは強い、強い拒絶。どこか様子がおかしいことに遅まきながら気づいたエドは、歩みを止め、じっとオランピアを見つめる。

 

「オランピア?」

「来ないで……、来ないで、ください」

「……なにか、あったのか?」

「私は……、私はあなたと、一緒に行けません」

 

 会いたかったとか、どうやって来たのかとか。言いたいこと、聞きたいことがいっぱいあった。でも、そんなことはもうどうでもよかった。

 彼との再会をきっかけに、彼女の我慢が崩壊した。目に涙をこぼしながら、ゆっくりと語り出す。

 

「私は最初から、あなたの隣にいる資格なんてなかった。私はこの気持ちを抱くことを許されちゃいけなかった」

「オランピア?」

「私は忘れていました。忘れちゃいけなかったことを、私は思い出すことすらできなかったっ!」

「どうしたんだ? まさか、あいつらに何か……」

「私はっ!!」

 

 エドが心配そうに声をかけるが、オランピアの声がそれを遮る。今にも崩れてしまいそう彼女の顔。涙が溢れた瞳を見せながら、彼女は残酷な真実を告げる。

 

「私は…………、

 

 

 

 

 

 

 

 あなたのお母さんを殺したんです!!!」

 

 少女の告白がエドの耳に響く。その言葉にエドは目を大きくするのだった。

 

「私は、あなたにそんな風に優しくしてもらう資格も、守ってもらう資格もなかったんです。あなたのお母さんを……、大切な人を殺した私には……」

「オランピア、そいつは……」

 

 エドは落ち着かせようと声をかけたその時、オランピアの足が後ろに下がる。彼女の後ろにあるのは、底が見えない大きな穴。それを見たエドは顔色を変え、オランピアに向かって手を伸ばす。

 

「……さようなら」

 

 オランピアは目を瞑り、身を任せて、穴へと落ちる。

 

 エドの手は、彼女を掴むことはなかった。

 

「っ!! オランピアーーーーーー!!!」

 

 エドは躊躇いなく、大穴に飛び込んだ。身体を真っ直ぐに伸ばして、落ちる速度を速めるエド。顔に直撃する空気の壁など気にせずに、エドは目を大きく開く。

 

「! オランピア!!」

 

 そして、見つけた。

 今も落ち続ける少女の姿を確認できたエドはもう一度、彼女に手を伸ばす。二人の距離が少しずつ縮まり、エドの手はオランピアの手を掴んだ。

 

 瞬間、二人は白い光に包まれた。

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