英雄伝説外伝 金の軌跡   作:魔ギア

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第九十五話 願い

 漂白したかのような何もない白い世界で異なる二つの黒が激しい剣戟を繰り広げていた。

 

「シャァアアア!!」

 

 一つは黄金の眼を除き全身が黒一色のサターンと名乗る悪魔。

 

「ハァアアア!!」

 

 そして、もう一つはサターンと同じ黄金の眼を持った黒のコートと髪を揺らす青年、エド。

 二つの黒は縦横無尽に動き回り、白の世界を塗りつぶしていく。

 

 ――斬!!

 

 サターンの刃がエドの刃に斬られる。すると、斬られた刃に黒い靄が集まり、気づけば斬られた刃は元に戻っていた。

 

「すごいね! これでもう三十回目だ。 でも、少し斬りすぎじゃない」

 

 子供のようにはしゃぐサターンは黄金の眼を鋭くする。どうしてかわからないが、自分の刃がバターのように簡単に斬られてしまうのだ。

 

「だったら大人しく斬られろ。お前を倒して、元の世界に帰る」

「アハハ! おかしなことを言うね。君は私の器なんだよ。その身体は私のものになるんだ。だから、君が元の世界に戻ることなんてないんだよ!」

 

 サターンの身体が泥のように崩れ出す。崩れた身体は影となって地面を這えずり、エドの周囲に広がる。

 エドは剣を鞘に収め、腰を落とす。

 四方を囲んだ影。すると、影から無数の手が一斉に噴き出す。手はエドの頭上へと昇っていき、真下で佇むエドに向かって落ちていく。エドの身体を貫こうと無数の腕が刃に変貌する。

 

 ――キンッ!

 

 抜かれた一閃。

 エドが放った抜刀は向かってくる刃を全て斬り落とした。

 しかし、まだ終わっていなかった。今度は前後左右と全方向から刃が一斉にエドに襲い掛かる。

 

「遅い」

 

 向かってきた刃が宙を舞う。

 《魔眼》によってスローモーションで向かってくる刃をエドは一つ一つ、冷静に対処する。勢いを落とさずにエドを襲う刃はことごとく彼に斬り落とされる。

 

(しつこいな~~。いい加減、あきてきちゃったよ)

 

 興が冷めたのか、サターンは影からエドの様子を面倒臭そうに覗き込む。

 

(あれは、折れないね。本気でここから出ようって考えてる)

 

 自分と同じ黄金の瞳。その瞳の奥で燃え続ける闘志にサターンは懐かしさを覚える。

 

 自分が封印される前。愚かにも自分を倒そうと戦いに挑んだ男。あの時も、あの男は決して折れることはなかった。女神の加護が効かないと理解してもなお、彼は諦めずに立ち向かってきた。あの男の姿と彼の姿がひどく重なって見える。

 

(どうしたものかね~~)

 

 サターンは攻撃の手を緩めずに周囲を見渡す。この状況を変える一手。黄金の眼を右から左へと動かし、それを探し出す。

 

(……あった♪)

 

 そして、それはすぐに見つかった。今もなお、エドの後ろ姿を虚ろな目で呆然と眺めているオランピアの姿が。

 サターンはエドを無視して、オランピアに向かって刃を突き立てる。

 近づいてくる刃に気づいたオランピアだったが、その場から逃げようとはしないでそっと瞼を閉じる。

 

「させるか!」

 

 オランピアの前にエドが立つ。刃の嵐から脱出したエドはオランピアに駆け寄り、彼女を襲おうとした刃を斬り伏せた。

 

「アハッ! み~つけた!」

 

 エドの行動に何かを確信したのか、サターンの声が弾む。

 

「テメェ、オランピアを狙いやがったな」

「君が意外としぶとかったからね。別の手でいこうって思ったんだよ。……それにしても、どうして、その子を守るのかな? その子、君の母親を殺したんだよ? 憎くないの?」

 

 サターンはエドの行動が理解できないのか、訝しげに見つめてくる。そんなサターンの言葉にオランピアは顔を俯かせる。

 

「お前には関係のないことだ。……ただ一つだけ、言えることがあるとするなら」

 

 エドは剣を構える。その黄金の眼をサターンに睨みつけながら。

 

「この子は何があっても守ってみせる。テメェにオランピアは殺させねぇ!」

 

 覇気の籠った声が響く。彼の言葉にオランピアは俯いていた顔をゆっくりと上げる。

 

「ふ~ん。人間って不思議だよね。……それじゃあ、守ってみなよ」

 

 エドたちを囲っていた影から何かが出て来る。影から盛り上がった"それ"は形を変えていき、黒い人型の魔物に変貌する。手には剣や槍といった武器のようなものが持っており、さながら黒の軍勢だ。

 それを見たエドは小さく舌打ちしながらも、周囲を警戒する。その様子にサターンは眼を三日月のように細める。

 

「……いけ」

 

 合図と共に、黒の軍勢が一斉にエドへと襲いかかった。

 

 

 ~~~~~

 

 

 一方、地上の方では、

 

「オメガ・エクレール!!」

 

 紫電の雷光が地面を走る。

 地面を抉る雷は、迫り来る刺客たちを巻き込みながら真っ直ぐ突き進む。

 

「オラァアアアア!!」

 

 雷が向かった先。斧槍を両手に構えたアリオッチが勢いよく前に振り下ろす。地割れのように抉りながら進む衝撃波が雷と激突する。両者は爆音を鳴らしながら、ぶつかり合い、相殺する。

 

「ヒュッ!」

 

 その隙。アリオッチの背後を取った小さな影。フィーは手に持ったガンソードを逆手に持ち、アリオッチの首の後ろに目掛けて振り下ろす。

 

「甘いぜ」

 

 ガシッ! と音を立てて攻撃を止めるアリオッチ。攻撃を止められたフィーは腕を掴まれ、アリオッチにぶら下がる。

 

「フィーを放しな!」

 

 掴んだ腕に向かって、三本のナイフが飛んでくる。

 ナイフはアリオッチの腕を正確無比に捉え、三本全てが彼の腕に突き刺さった。

 かすかに弱まった圧力。フィーはその隙を見逃さずに、掴まれていない手に持ったガンソードを、アリオッチに向けて弾丸を放つ。

 

「グッ!」

 

 掴んでいた腕を放してしまうアリオッチ。それに乗じて、フィーは一度、距離を取った。

 

「フィー!」

「うん。アイーダ、助かった」

 

 フィーの下にアイーダが駆け寄り、反対方向からはサラが近づいてくる。

 

「悪くなかったぜ、嬢ちゃん。その年でそれだけの判断ができれば上々だ」

 

 一方、銃弾をもろにくらったアリオッチだったが、何事もなかったかのように平然と立ち上がる。身体からは淡い緑のオーラが溢れており、負っていた彼の傷が次第に塞がっていく。

 

「チッ! 不死身か、こいつは……」

「報告にあった《古代遺物》の力ね。ちょっとの傷じゃ、すぐに再生されるみたい」

「ん。ちょっと、ピンチかな」

 

 傷が癒えていく姿に悪態をつく三人。対するアリオッチはニヤッと笑みをこぼす。

 

「《猟兵王》もよかったが、アンタらのような別嬪さんと殺し合うのも悪くねぇな」

「余裕かましやがって!」

「生憎とあんたみたいな、むさいおっさんはお断りよ」

 

 大人二人はそう言い返し、残ったフィーは無言のまま銃口をアリオッチに向ける。

 

「ウォオオオオオオ!!」

「おっと!」

 

 サラたちが睨み合っている中、《庭園の主》に気絶させられたレオニダスが復帰し、メルキオルと対峙していた。レオニダスの豪腕を軽々と躱し、同時に懐を漁り、爆弾を手に持つ。

 

「レオ!」

「っ!」

 

 後ろでライフルを構えていたゼノの合図にレオニダスは瞬時に下がる。

 

「くらいな!」

 

 ガンッ! とメルキオルに目掛けて発砲。

 メルキオルは咄嗟に横飛びしながら、手に持ったナイフをゼノに向かってぶん投げた。

 

「うぉおお!」

 

 反応が少し遅れてしまったか、ゼノの頬にナイフが掠めた。

 ナイフはブーメランのように旋回していき、メルキオルの手に戻った。

 

「くそっ、器用なまねをしてくれる」

「あぁ」

 

 頬から流れる血を拭いながら、そう吐き捨てるゼノにレオニダスは小さく頷く。

 メルキオルのトリッキーな動きに翻弄されながらも、二人は息の合った連携で何とか食い下がっている。

 

「ふぅ~、さすがに連隊長クラス二人は厳しいかな」

 

 疲れたように息を吐く姿とは裏腹に、楽しそうに笑みを崩さないメルキオル。そんな三人の近くでは、

 

「デッドリーヘブン!!」

 

 空中に飛んでいる《皇帝》に向かって、連続の足蹴りを放つワジ。

 杖を盾にするも、さすがに全て受け止めきれず、《皇帝》は地面に落とされる。

 

「……ふん」

 

 だが、地面すれすれのところで落下速度が落ちていき、《皇帝》は危うげなく地面へと着地する。そんな彼に向かって、アッパスは鬼気迫る勢いで、拳を構える。

 

「壁よ!」

 

 《皇帝》は杖で地面を強く叩く。すると、地面が突起し、彼の前に巨大な岩壁が作られる。

 だが、アッパスはそのまま接近。強く握りしめた拳を後ろに引き、岩壁に向かって叩きつける。

 

「ハァッ!!」

 

 ドンッ! と一撃で岩を粉砕。粉砕した岩は石礫となって《皇帝》を襲う。

 

「返すぞ」

 

 石礫が《皇帝》の前で制止する。すると石礫はその場で半回転して、今度はアッパスに向かって飛んでいった。

 

「させるかよ!」

 

 声と共にアッパスの周囲に四面体の結界が張られる。石礫は結界にことごとく弾かれ、アッパスに届くことはなかった。

 

「ちっ! やはり、速いな」

 

 忌々しげにアッパスの後ろでスタンロッドを突き出すトヴァルを睨む《皇帝》。アッパスは一度、距離を取り、空から落ちてくるワジが軽やかに地面に着地する。

 

「すごいね。さすが、総長に気に入られることはあるね」

「あいつのことを出すんじゃねぇって」

 

 ワジのからかいにトヴァルは叱咤するが、二人の視線は《皇帝》から決して逸らさなかった。

 

 《庭園》の三幹部、そして、その周囲で西風の猟兵たちと応戦している刺客たち。

 どこもかしこも激しい戦闘が繰り広げている中、時々、その戦況の行方を見守っている中央では――、

 

「フン!!」

 

 バスターグレイブを《庭園の主》に向かって叩きつけるルトガー。当たれば一溜まりもないその一撃を《庭園の主》は紙一重で横に躱す。

 

「フッ!!」

 

 そのまま懐に潜り込んだ《庭園の主》はルトガーの腹に目掛けて、連打を放つ。腹から伝わってくる重い衝撃にルトガーは声を唸らせるが、すぐに武器を水平にして横に振り回す。

 《庭園の主》は攻撃をやめ、後ろに跳ぶ。ルトガーの攻撃は空振り、空気の音だけが寂しく鳴る。

 

「ふ~。こいつは厄介だな」

「結構、本気でやったのだが、思っていたよりもタフだな」

 

 腹を押さえながらも二足で立ち続けるルトガー姿に《庭園の主》は感心するように声を漏らす。

 

「だが、君では私には勝てないよ」

「そうだな。お前さんは俺たちの動きを完璧に見切ってやがる。俺たちがどう動くのかを寸分たがわずに読んでいやがる。……まるで未来でも見えているかのようだ」

 

 冗談のように言っているにもかかわらず、ルトガーはまるでそれが正解だと言わんばかりに《庭園の主》を見つめる。

 フードを被っており、その顔を拝めることはできないが、《庭園の主》は沈黙していた。

 

「おもしろい考察だ。だが、仮にそれが本当だとしたらどうする? 君の攻撃が私に当たることはないということになるが」

「ククク……、やりようはいくらだってある。こちとら何十年も猟兵生活をしてるんだ。策なんかいくらでも作り出せる」

「……おもしろい」

 

 《庭園の主》は腰を落として、右手を後ろに引く。それに対して、ルトガーは武器を上段に構えて迎え撃つ。

 

「では、その策とやら見せてもらおうか」

 

 強く地面を蹴る《庭園の主》。勢いが強かったのか、蹴られた地面が抉られる。

 猛スピードで近づいてくる《庭園の主》に向かって、ルトガーは脳天目掛けて全力で振り下ろした。

 

 

 ――ドォオオオオオオン!!

 

 

 爆音と共に二人の姿が土埃に包まれる。

 そして――、

 

 

 ――ドコッ!

 

 

 土埃の中から鈍い音が響く。辺りが急に静まり、土埃が徐々に薄くなっていく。

 

「ゴホッ」

 

 ルトガーの胸に拳を打った《庭園の主》。

 打たれたルトガーはその拳に身体を預け、前乗りに倒れる。

 

「だ、団長ォオオオオオオオ!!」

「嘘でしょ……、あの《猟兵王》がっ!」

 

 戦いながら、その行く末を見守っていたサラたちは目の前の光景に固まってしまう。

 

 《猟兵王》の敗北。

 

 その光景は誰もがその事実を理解させるものだった。

 

「これが結末だ。視えていたがね」

 

 心臓が止まったのを確認した《庭園の主》はそっとルトガーから離れようと腕を引っ込める。だが――、

 

 

 ――ガシッ!!

 

 

「なっ……」

「ゴホッ、ゴホッ……、ようやく捕まえたぜ」

 

 引っ込めようとした腕が巨大な手に掴まれる。自分の腕を掴んでいる人物に《庭園の主》は信じられないとばかりに声を震わせる。

 

「《猟兵王》っ!!」

 

 《庭園の主》の腕を掴んだのは、口端から血を流しながら不敵な笑みを浮かべるルトガーだった。

 

「バカなっ、確かに心臓は止まっていたはずだ」

「言っただろう。こちとら何十年も猟兵をやってんだ。心臓が止まるなんて、一度や二度じゃねぇんだよ」

 

 ふらつきながらも腕をしっかりと捕まえるルトガーは反対側の手を強く握りしめる。

 

「お返しにまずは一発!!」

 

 ――ドゴッ!

 

「ゴホッ!」

 

 ルトガーの拳が《庭園の主》の顔を抉る。後ろに倒れようとした《庭園の主》の身体をルトガーは腕を引っ張って、自分の方に寄せ付ける。

 

「ほら、もういっちょ!!」

 

 ――ドゴッ!

 

「ガハッ!」

 

 今度は腹に一撃。あまりの重さに《庭園の主》の口から血が飛び出る。

 

「未来が見えていたらこんな展開にはならなかったはずだ」

 

 ルトガーは先程、自分で言ったこと撤回する。

 もしも、ルトガーの心臓が吹き返すのがあらかじめわかっていたら、捕まることなんてなかったはずだからだ。

 

「テメェの力が未来を見ることじゃねぇみたいだが、こんな風に捕まっちまえば、躱すことなんかできねぇだろ!」

 

 ルトガーは捕まえたまま、《庭園の主》を殴り続ける。

 一撃一撃がどれも重く、身体が後ろに飛ばされるが、ルトガーが掴んだ腕を引っ張って強引に戻す。

 

「調子に……乗るなっ!!」

 

 迫る拳を紙一重に躱し、顔面に向かって殴り返した。

 怯むルトガーだったが、笑みを浮かべながら殴り返した。

 

「「オォオオオオオオオ!!!」」

 

 休むことのない拳の応酬。

 周囲に飛び血が散らばるが、二人はそのまま殴り合いを続ける。

 

「ハハッ! どちらが先にぶっ倒れるか、我慢勝負だな!!」

「まったく、君といい、《劫炎》の彼といい、今日は視えないことばかりだな!」

 

 戦いはさらに激化する。その頭上を通り過ぎる金色の閃光に誰も気づくことなく。

 

 

 ~~~~~

 

 

 あれからどれだけ経ったか。

 目の前で始まった戦いを自分はただ見ていることしかできなかった。

 

「はぁ……、はぁ……、はぁ……」

 

 大きく息を切らして、片膝を着く彼の後ろ姿をただ見つめることしかできなかった。

 

「ほらほら、次いくよ! 休んでる暇なんてある?!」

 

 黒の軍勢がエドに襲い掛かる。エドはすぐに立ち上がり、軍勢の中に入る。

 

「ハァッ!」

 

 剣を持った魔物を一太刀。隙を狙って槍を持った魔物が背後から迫る。

 だが、エドは身体を横にずらして槍を躱す。そして、そのまま身体を捻らせて、また一太刀。

 落ち着いて襲い来る魔物たちを対処するエド。すると、エドが突然、群れから抜け出した。

 向かった先にいるのはオランピア。エドはオランピアに向かって走り、そのまま上を飛び越える。

 

「ゼァア!」

 

 オランピアの背後にいた魔物を頭から両断。エドは刃を斬り返し、背後に隠れていた魔物を断ち切る。

 

「よくやるね。でも、いつまで守っていられるのかな!!」

 

 サターンは指示を出す。魔物たちをエドとオランピアを囲い込む。

 

「狙うのは、女の方だよ。男は女を殺した後だ」

 

 そう。魔物たちはエドではなく、オランピアを狙っていた。

 前後左右とあらゆる方向から狙ってくる魔物からエドはオランピアを守っていたのだ。

 右に行っては、今度は左に。正面に行けば、今度は逆方向からと、エドは休むことなく駆け回る。

 

「ぐぅ!」

 

 だが、永遠に走り回れば、当然、体力にも限界がくる。

 反応が遅れたエドは背中を斬られる。痛みに耐えるエドは後ろに振り返り、一撃で葬る。

 

「もう……やめて……」

 

 徐々に傷ついていくエドの姿にオランピアは、弱々しく声を漏らす。

 

「はぁ……、はぁ……、オォオオオ!!」

 

 息を荒げながらも、エドは戦い続ける。その度に傷つき、身体が赤く染まっていく。

 

「もうやめてください! エドさん!」

 

 とうとう耐えきれなかったオランピアは声を張り上げる。堪えきれない涙を地面に落としながら、エドの背中に呼びかける。

 

「私を守っても意味なんてありません。もう、私に構わないでください!」

 

 オランピアの拒絶に対し、エドは何も答えない。迫ってくる魔物を蹴散らしながら、オランピアを守り続ける。

 

「っ! どうしてなんですか! どうして、私を守るんですか?! 私はあなたの大切な人を、それ以外にもたくさんの人を殺した悪人なんです! 生きたところで何の意味もない、ただの人殺しなんです!」

 

 走馬灯のように過去が次々と思い出す。

 エデン村の人たちの死。襲ってきた人たちの死。罪のなき者たちの死。そして、エドの母の死。

 思い出すのは、今までに自分が手にかけた人たちの死の姿。その死体がひとりでに動き、自分に対しての恨みつらみを何度も囁いてくる。

 

「私がいなくなれば、私が殺した人たちの遺族たちは、憎しみから解き放たれます。私が死ねば、全部、解決するんです。ですから、私をこのまま逝かせてください!」

「できるわけがねぇだろうが!!」

 

 エドが初めて声を荒げる。その視線は魔物たちに向けながらも、彼はオランピアに語り掛ける。

 

「一人で勝手に決めつけてんじゃねぇ! 最初に言っただろうが! お前がやるべきことは生きることだ。生きてどう償えばいいのか考えろ。死にたいなんて言ってんじゃねぇってな!」

「生きてどうするんですか! 生きたって私を許してくれる人なんていません! それだったら、いっそのこと、このまま……」

「逃げるな! オランピア!」

 

 剣に炎を灯し、周囲の魔物を焼き尽くす。その炎を背にエドはオランピアと向き合う。

 

「死んで逃げようなんてするな! 死んで償おうなんて、俺は許さねぇぞ!」

「私が死ねば、あなたのお母さんも報われます。あなたも前に進むことができます。だからっ!」

「それじゃあ、意味がないんだ!!」

「っ!」

 

 ここ一番の声にオランピアの声が詰まる。そんな様子に目もくれないでエドは魔物に剣を振るう。

 

「俺はお前に生きてほしいんだ! 俺にとって、お前はもう大切な人の一人なんだ!」

「あ……、え……」

「俺だけじゃねぇ! イリアさん、クローゼ、デュバリィ、ローゼリアさん。お前に生きてほしいと願う奴は他にもたくさんいる! だから生きろ、オランピア!」

 

 炎を抜けて、後ろから迫る魔物をエドは振り払う。次々と襲ってくる魔物にエドは怯まずに立ち向かう。

 

「これからどうやって償えばいいのか。お前がこれからどんな人生を歩んでいけばいいのか。悩み事があったら聞いてやる! 手伝ってやる! そして、その時が来た時、『精一杯生きたんだ』って、『生きててよかった』って言えるようになってほしいんだ! だから……」

 

 剣を大きく振るい、魔物を一斉に押し返す。息を整え、大きく息を吸い、

 

「生きてくれ!! オランピア!!」

 

 再び、魔物の軍勢に飛び込んでいった。

 剣戟が遠くから聞こえる中、オランピアは顔を俯かせる。

 

「生きて、いいんですか?」

 

 縋りつくようにオランピアは小さく呟く。

 

「私は、本当に生きていていいんですか?」

 

 暗い闇に取り残された少女は一筋の光を見出す。

 今にも消えてしまいそうな小さな光。だが、オランピアはその光から目を逸らせずにいた。

 

「ぐぅ……!」

「! エドさん!」

 

 限界が訪れたのか、エドはとうとう膝を着いてしまう。オランピアは立ち上がり、彼の側に駆け寄る。

 

「フフフ……、これで終わりだね。中々、楽しめたよ」

 

 その様子を上から見物していたサターンは魔物を新たに生み出す。

 

「それじゃあ、バイバイ♪」

「くっ!」

 

 オランピアはエドを守ろうと彼に覆い被さる。魔物たちは一斉に、二人に向かって飛び掛かった。

 そして――、

 

 

 ――パリィイイイイイインン!!

 

 

 白い空間に亀裂が走る。亀裂を突き破り何かが降りてきた。

 黄金の閃光はエドたちに向かい、周りの魔物たちを一掃した。

 

「な、なんだ?!」

「あ……」

 

 突然の光にサターンが声を上げる中、オランピアは降り立ったその存在に目を丸くする。

 

「イシュタンティ……」

 

 そこにいたのは、翼を広げて、こちらを見据えるイシュタンティの姿があった。

 オランピアはイシュタンティを呼びだしたりはしていない。戦術オーブメントを使っても、呼び出すことはできないはずだ。ましてや、動くこともできないはずだ。

 

「バカな……、抜け殻が勝手に動いたっていうのか?! そんなことが?!」

 

 動揺するサターンをよそにイシュタンティは静かにオランピアに近づく。イシュタンティは彼女を見下ろす。何かを待っているかのように彼女をじっと見つめていた。

 オランピアはその光景に昔の事を思い出す。

 そう、あの運命の日。生贄として、イシュタンティの前に立ったあの日に。

 

「私は……」

 

 あぁ。これはダメだ。彼の、天使様のせいなのだろう。今、本当に、強烈に思ってしまった。

 

「……生き、たい!」

 

 抑えていた感情が爆発した。

 

「生きたい! 生きたいよ! 死にたくない! 終わりたくない! エドさんと、皆とこれからもずっと一緒にいたいよ!」

 

 そう、それが少女の噓偽りのないむき出しの本音だった。

 

 多くの罪を背負い、普通の人として生きることが許されないオランピアは心のどこかで、そんなことは望んではならないと諦めていた。自分にそんな資格はない。そんなことを願ってはならない。もし、死ねと言われれば、自分は死ななくてはならないと、自分の想いをずっと塞ぎこんでいた。

 

 だが――、

 

 彼は生きろと言った。

 誰よりも大好きな彼が母の仇である自分に生きてくれと言ってくれた。

 

 だから、もしも、それが許されるのなら……

 

「私は生きたい」

 

 オランピアはそっと、イシュタンティに手を伸ばす。イシュタンティもそれに応じて、手を伸ばした。

 

「皆と一緒に生きる明日がほしい」

 

 オランピアは願う。あの時とは違う。突発的に生まれた願いではない。心から本当に望む願いを。

 

 オランピアとイシュタンティの手が繋がった。

 

 契約はここに果たされた。

 白い光が二人を中心に広がっていく。

 エドを、魔物を、そして、サターンをも包み込んでいった。

 

 

 ~~~~~

 

 

 スドォオオオオオオオオオン!!

 

『っ!?』

 

 天に昇る光の柱に誰もが動きを止めた。

 死闘を続けていたルトガーたちと《庭園》は夜の闇を消し去る白い光に目を奪われる。

 

「なんだありゃっ!!」

「なんという霊圧だ」

 

 トヴァルやアッパスはその光に動揺と混乱が走る。

 

「アハッ! 上手くいったのかな!」

「作戦終了か……」

 

 メルキオルたち《庭園》は儀式が上手くいったのだと舞い上がる。

 

「いや……これは……」

 

 ルトガーを引き離して、一旦、離脱していた《庭園の主》はその光に唖然する。

 光は徐々に収まっていき、やがて消えていった。だが、どれだけ経っても何も起こらず、時間だけが過ぎていった。

 

「ん?」

 

 全員が固まる中、アリオッチは暗い夜空を見上げる。

 一つの流れ星が流れていた。その流れ星は徐々に加速して行き、こちらに向かってきた。

 

「離れろ!」

 

 アリオッチの声に、その場にいた者たちは流れ星の存在にようやく気付く。

 全員がその場から離れた瞬間、流れ星が地面に降り立った。

 

「あれは……」

 

 落ちた衝撃で砂塵が舞う。

 砂塵が薄れ、そこから一つの影が現れる。

 

「エドか!」

 

 影の正体にトヴァルはいち早く、気がつく。

 切り傷などでボロボロになっている黒いコート。

 だが、その身に傷は一つもなく、ゆっくりとその場から立ち上がる。

 

「なっ! あれは!」

 

 《庭園の主》はエドの後ろにいる存在に気づき、目を大きく見開く。

 

「オランピア?」

 

 エドの後ろにゆっくりと降り立つオランピア。だが、その姿はあまりにも違っていた。

 純白に包まれた美しき衣。背中には穢れのない六翼の白い翼。頭上には金色に輝く輪っかが浮かんでいた。

 

「……天使?」

 

 その姿はまさしく、女神に仕えし天使の姿。そのあまりの美しく、神々しい姿に誰もが言葉を失っていた。

 

「……オランピア」

「はい」

 

 エドは剣を抜いて《魔眼》を開く。オランピアも小太刀を抜く。すると小太刀に光が集まり、やがて一本の白い剣に変わる。

 

「行くぞ!」

「はい!」

 

 二人は剣を構え、《庭園》を見据える。その目に迷いはない。

 

 必ず生きる。

 

 そんな断固たる想いがその目には宿っていた。

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