神速の一閃が男の身体を吹き飛ばす。空中に投げ飛ばされた《庭園の主》は受け身を取ることができず、煙を立てながら地面に叩きつけられた。
一方で、会心の一撃を与えることができたエドは地面に降り立ち、《庭園の主》が落ちた場所を睨みつける。
「エド!」
その様子を見ていたトヴァルたちがエドに近づく。戦いながらエドたちの一部始終を見ていた彼らはタイミングを見計らって、エドたちと合流する。
「やったみたいだな」
「いえ、まだです。この程度、終わるような奴じゃない」
エドはいまだ倒れている《庭園の主》がいる場所から目を離さない。彼は草原の茂みが邪魔となっており、その姿が見えない。《魔眼》を使って、その姿を捉えているが、一瞬でも目を離せば、見失ってしまう恐れがある。
「ぐっ、うぅぅ」
《庭園の主》が声を唸らして起き上がる。さすがにダメージが残っているのか、動きが少しぎこちない。彼は曝け出された顔を俯かせながら上半身を起こす。
「! おい、あいつ」
「フードが取れてるね」
「ハン、ようやく面を拝められるってわけだ」
先程のエドの一撃で、《庭園の主》の深く被っていたフードが剥ぎ取られ、彼の顔が晒される。フードがなくなっているのに気づいたのか、《庭園の主》は顔に手で隠して、ゆっくりと立ち上がった。
「まさか、これほどとはな。あれから二年。随分と成長したものだな」
顔を隠していた手をどかし、その素顔をエドたちに見せる。
肩まで届くほどの金髪の髪にキュッと締まった顔つきをした好青年。目つきは鋭かったが、恐ろしいというよりも勇ましいという雰囲気が強い印象だった。
「あれが《庭園の主》?」
「うそでしょ。いくら何でも若すぎない?」
トヴァルとサラは《庭園の主》の正体に驚きを隠せずにいた。
若い。顔つきからしてエドと同じ十代後半。おそらく、まだ二十もいっていない年頃なのだろう。組織のリーダーにしてはあまりにも若すぎるのだ。
「……やっぱり、そうなんだな」
一方でエドは顔を歪ませていた。彼の目はどこか見覚えのある黒い眼差しに集中していた。
「エド!!」
その時、エドたちの背後から女性の声が聞こえた。その声に聞き覚えがあったオランピアは咄嗟に後ろに振り向いた。
「セリスさん!」
そこにいたのは、赤い髪を揺らしながら背に大剣型の法剣を背負ったセリスの姿があった。その後ろからはグンター、リオン、そして、見知らぬ緑髪の女性が付いてきた。
「げっ、アイン!」
トヴァルは緑髪の女性の顔を見るなり、そんな声を出してしまう。緑髪の女性、アインはトヴァルの顔を見て、ニヤッと口端を上げる。
「久しぶりだな、トビー。元気にしてたか」
「だぁ~~! その名前で呼ぶんじゃねぇよ!!」
悪戯っぽく笑うアインの姿にトヴァルは背筋が凍る。久しぶりの旧友との再会に笑みを隠せないアインは彼から目を逸らして、懐かしい後ろ姿を見つめる。
「そして、お前も久しぶりだ、エド」
「お師匠さん……」
弟子の壮健に笑みをこぼすが、すぐにその視線を《庭園の主》へと向ける。
「あれが《庭園の主》か?」
「……はい」
「思っていたより若ぇな」
セリスはエドの隣に立ち、《庭園の主》を睨みながら大剣を構える。
「外見からして、まだ十代後半といったところですかね」
「そうだね。もっとむさ苦しいおじさんかと思ったよ」
リオンとワジはトヴァルたちと同様に《庭園の主》の若さに少し目を見開いていた。
「……アッパス?」
そこでワジは隣に立つアッパスの様子に違和感を覚えた。サングラスで隠れているが、その目は大きく開いており、見て分かるほど動揺していた。
「まさか……、いや、そんなはずが……」
「アッパス、どうしたのさ」
あまりの変化にワジはアッパスに声をかける。そんな中、グンターが前に立ち、その目は《庭園の主》の姿を捉えていた。
「お主は……」
「先生?」
「もしや、お知り合いなのですか?」
グンターの様子にセリスとリオンが反応する。それに対して、エドが二人に声をかけた。
「お前らもよく見てみろ。どこかで見覚えがあるだろう」
「え?」
「我々も知っているのですか?」
「少なくとも、教会の人間で知らない奴はいない。なんせ、二年前の事件に深く関わりがある人だからな」
「二年前……、エドが犯人に仕立て上げられた事件のことか?」
「そうだ」
セリスたちは《庭園の主》の顔をじっと見つめる。それに対して、《庭園の主》は黙って彼女たちを見つめ返す。その雰囲気と顔立ちにセリスはある人物と重ねてしまった。
「……シモン先生?」
「シモンというと、二年前の被害者であるシモン・グレラス枢機卿ですか?」
「あぁ。施設にいた頃は日曜学校の先生として、アタシとエドに学を教えてくれた人だ。その人にすごく似ている」
「……似ているというレベルではない」
「? 先生」
震えるグンターの声にセリスたちは反応する。グンターは汗をかきながら、《庭園の主》の顔を注意深く観察していた。
「あの姿には見覚えがある。シモンが私の下を訪ねて、《崑崙流》の門弟に入ったあの時の姿に瓜二つだ!」
「そ、それって……」
「シモンに血縁はいないと聞く。だが、赤の他人でここまでそっくりなのもまずありえん。……お主、まさかシモンなのか?」
荒唐無稽な問いに沈黙が走る。誰もがその問いに対する解を今か今かと待ち続ける。
――パチ、パチ、パチ
静寂を破ったのは、小さな拍手。《庭園の主》は手を叩きながら、口端を少し上げていた。
「さすがは師父。見事な慧眼だ」
「なっ、本当にシモン先生だっていうのか?!」
「そうだよ、セリス君。私は君がよく知っているシモン・グレラスだ。大きく成長したね」
「これはどういうことだ、シモン枢機卿」
動揺するセリスを余所にアインが鋭い目つきで《庭園の主》――シモンを睨みつける。彼女から放たれる威圧をシモンは軽く流す。
「アイン総長。質問があまりにも抽象的だよ。まぁ、聞きたいことはわかる。なぜ、私が生きているのかということだろう」
「そうだ。二年前、私は貴様の死体を確認した。あれは偽物ではなく、間違いなく本物だった。もし、貴様が本物の枢機卿だというのなら、我々が見たあれは何だというのだ?」
「その問いに対する答えを教えてやっても構わないが、私よりも適格な者がいるだろう」
「なに?」
「エド君。君ならわかるのではないか? 先程から黙っているが、君も私の正体に薄々、感づいていたのだろう?」
「……そうですね」
エドは重々しく首を縦に振る。
「二年前。俺を犯人に仕立て上げた冤罪事件。あの時、現場にいたのは俺とあなただけだった。第三者が介入した形跡などなく、誰もが俺が犯人であると疑わなかった。だが、当然、俺はそんなことはやっていない。じゃあ、誰が被害者を殺したのか? もう一度、言うが、あの場にいたのは俺とシモン先生だけだった。そして、俺は先生を殺していない。そうすると、考えられるのは残ったもう一人の方になる」
「それは、つまり……」
「そう。先生を殺したのは先生自身。……あれは先生の自殺だったんだ」
「じ、自殺!?」
導いた結論に息を飲む一同。
「あの人は元々、死人だったんだ。おそらく、じっちゃんと出会った、そのずっと以前も前から」
「アリオッチ同様、不死者だったってことか?」
「はい。不死者だから、心臓を貫かれても死なないって確信していたんでしょうね」
「不死者という特性を利用して、エドを犯人に仕立て上げたってことか」
エドたちの間で物議をかましている中、シモンの下にメルキオルたちが集まる。
「とうとうバレちゃったね、ボス」
「まぁ、いつかはバレるものだよ。今更、気にしても仕方がない」
「呑気にそんなことを言っている場合か。この後、どうするつもりだ」
「復活には失敗したが、門は開かれた。少し修正は必要だが、手はある」
「そうかい。それで今後の予定は?」
「撤退する。その後、準備を整い次第、次の手を打つ」
「そんなことをさせると思っているのか?」
シモンたちの話を聞いていたエドたちが武器を向ける。それに対して、武器を取るメルキオルたちだが、シモンが彼らを制止して前に立つ。
「別にこのまま続けてもいいが、そんなことをしている暇はあるのかな?」
「どういうことだ?」
「さっきも言った。門は開かれたと。今頃、世界はとんでもないことが起きているぞ」
「なに?」
――グゥオオオオオオオオオ!!
突然の雄叫びに全員の顔を強ばる。肌が急激な寒気を感じ、重々しい空気が漂い出す。
「何が起きたの?!」
「さっきの叫びは……」
「エドさん、これはいったい……」
エドは《魔眼》を通して、周囲を探索する。
空の上。地平線の先。そして、地面の下。見るもの全てを見終えたエドはこの異様な事態の原因に気づく。
「悪魔だ。今、この周辺だけども、複数の悪魔が確認できた」
「数は?」
「確認できただけで、七、八体。しかも、中には俺が遭遇した七十七の悪魔もいた」
「おいおい。いったい、どこから湧いて来やがったんだ?!」
「霊脈が異常なほどに活発している。この地だけじゃない。おそらく、ゼムリア大陸全土がほぼ異界と化していやがる」
「その通りだ」
エドが状況を説明する中、それを肯定するシモンに全員が注目する。
「かの悪魔の封印が解かれ、門が開かれた。これにより大陸全土を巡っている霊脈が汚染され、数多くの悪魔が地上へと顕現した。ある外典では今の現象を『汎魔化』というようだ」
「『汎魔化』……」
「我々とここで殺し合うのはいいが、その間に悪魔たちが人や街を襲いに向かうぞ。まずは被害を抑えることを優先した方がいいのではないのかね?」
「シモン! お主、なぜこのようなことを?!」
グンターは切羽詰まる顔でシモンを問いただす。長年、師弟の間柄として、深く交流を持っていたグンターとシモン。弟子の凶行に怒りを覚えるのと同時に、なぜ、このようなことをするのかという疑問が拭いきれなかった。
「師父よ。あなたは最後まで、私の心を理解することができなかったようですね」
「なに?」
「私には目的がある。たとえ、世界を混沌に落としても、為さなければならないことがあるんですよ」
シモンは一度、目を閉じてゆっくりと開く。闇のように深い黒い瞳は、光り輝く黄金の眼に変色していた。
「そいつは……《魔眼》?!」
その眼の正体にエドは一番に気づく。その様子にシモンは微笑みを浮かべながらお辞儀をする。
「それではさらばだ。遊撃士、猟兵、七耀教会」
シモンは一同を順番に視線を送り、最後にエドとオランピアを見る。
「そして、オランピア、エド君」
「「っ……」」
「次が最後の戦いだ。これに勝てば、君たちは晴れて自由の身になる。全てをかけて挑んでくるがいい」
「それじゃあね~~♪」
「楽しみにして、待ってるぜ」
「精々、最後の余生を楽しむんだな」
それを最後にシモンたちはその場から消えた。移動した気配も、痕跡もない。まるで最初からその場にいなかったかのように、綺麗に消えていった。
「セリス、リオン! 教会本部と連絡を取れ! 状況は我々が想像していたものよりも最悪のものだ。すぐに事態を把握して、即時、対策を取る必要がある」
「お、おう!」
「総長と先生はどうするのですか?」
「我々はここに残る。シモンの手がかりがまだ残っているかもしれないからな」
「サラ、俺たちも」
「えぇ。レマン総本部にこのことを伝えないといけないわね」
教会陣営と遊撃士陣営がこれからのことを話し合うのを余所にルトガーたち猟兵はその場から立ち去ろうとする。
「それじゃあ、俺たちは帰らせてもらうぜ」
「あ、ルトガーさん!」
帰ろうとするルトガーをオランピアが呼び止める。
「ん? おぉ、そうだったな。アイーダ、ガキどもは?」
「あぁ。今、こっちに向かっているところだ。そろそろ……」
「お姉ちゃん!!」
オランピアに向かって、小さな影が突撃する。オランピアはそれを優しく受け止めて、包み込む。
「……ヨルダ」
「バカ……、心配した」
「ごめんね。でも、もう大丈夫だから」
背中をさすられ、オランピアの胸に顔を埋めるヨルダ。かすかに聞こえるすすり泣きはきっと気のせいではないのだろう。オランピアはヨルダから視線を離し、離れたところで見ているイクスと目が合う。
「イクス」
「だ、抱きつかねぇからな!」
顔を赤くしてそっぽ向く初々しい姿についつい微笑んでしまうオランピアだった。
「さて、これで依頼は完了だな。お前ら、撤収するぞ!」
『了解!』
「あぁ、少し待て、《猟兵王》」
今度こそ立ち去ろうとしたその時、アインがルトガーを呼び止める。意外な人物に声をかけられたからか、ルトガーは少し目を丸くする。
「すまないが、少しだけここに残ってくれないか? お前と少し話がある」
「……美人からのお誘いとあっちゃあ、断れねぇな」
そんな二人の対話を遠くから眺めていたエドは、先程まで対峙していたシモンのことを考える。
「シモン先生……。あんたは……」
「エド」
考えが没頭する中、背後から声をかけてくる女の声。少し低めの冷めた声にエドはおそるおそる振り返る。そこには下から覗き込む感じで睨んでくるセリスの姿があった。
「セ、セリスさん? なにか怒ってる?」
「あぁ?」
「な、なんでもないです」
彼女の態度に思わず、後ろに引いてしまうエド。しかし、そんなエドの腕をセリスは掴み、逆に自分の方へと引き寄せた。
「バカッ! 心配したんだぞ!」
「……わりぃ」
強く抱きしめ、上擦った声をこぼす彼女の姿に、エドは黙って抱きつかれるのだった。
「なにをしているんですか!?」
しかし、そんな二人の間に入って、割り込む者が出てきた。いつの間にか天使の姿を解除して、普段のワンピース姿をしたオランピアだった。
「……セリスさん。なにエドさんに抱きついているんですか?」
「あぁ? なんか文句でもあんのか? アタシとエドは付き合ってるんだ。別にどうしようがテメェには関係ねぇだろ」
「"元"恋人ですよね。今は付き合っていないのだから、そんな話は通りませんよ」
「んだと、クソチビ」
「私はまだ十二なのでチビなのは当たり前です。……そういえばセリスさんは二十歳でしたね。すみません。二十歳とは思えないほど"チビ"だったので、すっかり忘れていました」
「あぁ!?」
「いや、お前ら、落ち着けって。ていうか、なんでお前ら、二人ともそんな喧嘩腰なんだよ!」
一触即発の二人の間をエドが割って入り、仲裁する。だが、二人は彼を無視して、互いに睨みを効かせる。
「お前ら、そのくらいにしておけ」
そこにルトガーとの会談を終えたアインが入ってきた。
「先程、大体の方針が決まった。全員、私のメルカバに乗れ。内容はそこで説明する」
「わかりました」
「それとエド。お前は会議前にやることがある」
「やること?」
何かあったかとエドは頭を悩ませるが、アインはため息をついて、鼻を摘まむ。
「シャワーを浴びてこい。貴様、臭うぞ」
「え?」
予想外の返答にエドは思わず、聞き返す。言われて気づいたのか、睨み合いをしていたオランピアたちもエドから距離を取り始める。
「そ、そういえば、老師と山に籠もっていたから、水浴びなんてしていなかったな」
「まずは身体を洗ってこい。さすがに会議中にこの臭いは正直、キツいんだ」
「は、はい」
ぎゅぅううううううう
どこか気の抜けた音。エドは自分のお腹をさすり、もう一つ気づく。
「そういや、飯も食わずに来てたんだった」
「…………ぷっ」
彼の一声をきっかけにアインの笑い声が木霊する。
それにつられて周りも笑い出し、エドもついつい笑ってしまう。
その様子を見ながら、同じく笑うオランピアも。
(……私、ここにいてもいいんだ)
自分にはそんな資格はないと思っていた。
生きてはならない、死ぬべきだと思っていた。
でも、彼が生きろと言ってくれた。
母を殺した自分に生きろと。
(ありがとう、エドさん)
朝日が昇る。夜の闇が終わり、朝の光がオランピアたちを照らす。
その光は、オランピアの想いを祝福するかのように優しく、そして暖かく彼女を包んでいくのだった。
誤字・脱字の報告いつもありがとうございます!
感想・評価の方もお待ちしております!
次回はついに最終章!
エドとオランピアの旅の行く末を見守ってください!