グンターに呼びだされてメルカバの工房へと足を運ぶエド。中に入ると、同じくグンターに呼ばれていたオランピアが先に到着しており、彼女の相棒――イシュタンティと向き合う形で時間を潰していた。
「あ、エドさん」
エドが来たことに気づいたオランピアは彼の元へと駆け寄る。そんな彼女の後ろに付くようにイシュタンティもゆっくりと近づいてきた。
「早かったな」
「はい。ちょうど、休憩スペースの方にいましたので」
「そうか。……ところで、じっちゃんは?」
「渡したいものを持ってくるといって、工房から出て行きました」
どうやら、グンターは格納庫へと足を運び、荷物を取りに行ったようだ。
「しかし、このタイミングで渡したいものか……」
「生還したプレゼント、とかでしょうか?」
「そんなわけねぇだろう。もし、そうなら、どんだけ脳天気なんだ」
ただでさえ世界の危機だというのに、その状況でお祝いをするなど、いくら年を取っているとはいえ、まだ痴呆は始まっていないグンターがそんなことをするはずないと断言するエド。渡したいものとはいったい何なのかと、二人で予想しあう中、件のグンターが大きな箱を抱えて、工房に入ってきた。
「二人とも、待たせたようだな」
「じっちゃん」
「それが私たちに渡したいものですか」
「そうだ。しばし待て」
荷物の箱を工房のデスクに下ろし、箱の中から綺麗に包まれた袋を取り出した。
「こいつは……服か?」
「うむ。この度の決戦に向けて、お前たち用に新調したものだ」
袋にしっかりと包まれていた服を取り出して、眉を潜めながら観察するエドたちをよそにグンターが説明を続ける。
「お主らも知ってるとおり、現在は《汎魔化》によって霊脈を通じて、大陸中が汚染されておる。今の地上は人間が活動するには少し支障をきたしてしまう。長く滞在すれば身体に害を為してしまう程にな」
「それを防ぐ為の法衣ってことか。それにしても、こいつは……」
エドは自分用の法衣を見つめながら、物思いに耽っていた。
白と黒をベースにした法衣。動きやすい繊維で作られており、エドが普段着ているコートよりも動きやすいものだった。だが、エドが注目したのは法衣のデザインだった。
「気づいたか。それはお主の祖父、オーバが着ていた法衣と同デザインのものだ」
「おじいちゃんの……」
「お主が一人前になった時の贈り物として用意していたものだ。こんな形で贈ることになって残念ではあるが」
「いや。ありがとな、じっちゃん。ところでオランピアの方は……」
エドは沈黙して自分に用意された服を見つめているオランピアに視線を移す。彼女もまた、エドと同じくどこか物思いに耽こみながら、その服をじっと見つめていた。
白と赤をベースにした服。東方の和服をイメージするデザインはシンプルながらもどこか神聖な雰囲気を醸し出していた。
「これは、巫女服……ですか?」
「巫女服?」
「はい。昔、お母さんがこれを着て、舞をしているところを何度も見たことがあります。グンターさん、これをいったいどこで……」
「エデン村だ。廃村の中で爆発された家を見つけてな。そこを調べた時に見つけたのだ」
「え?」
思わず目を丸くしてしまうオランピア。
《庭園》が村を退却した後、グンターとアインは村に残り、《庭園》に関する手がかりを探していた。その道中にある廃村の中で爆発された家。そこは紛れもなく、オランピアが暮らしていたエルピス邸だった。
「爆発した痕跡がまだ新しかったから、念のために調査をしていたのだ。なにか心当たりはあるか?」
「私の家です。人質にされていた時はそこに監禁されていました。爆発は脱出の際に仕方なく……」
「そうだったのか。実はあの家には地下に通じる隠し階段があってな。それはそこから取ってきたものだ」
「ち、地下ですか?」
自分の家に地下通路があるなど、誰が予想できるか。オランピアはついついグンターを凝視してしまう。
「そこにはその服だけでなく、いくつかの文献、いや日記が保存されていた」
「日記? 誰の?」
「書かれていた時期は《大崩壊》前後。おそらく、オランピアの先祖にあたる者だろう。そこには舞のことや魔王のことなど、数多く記されていた」
「舞というと……」
「オランピアが踊っているあの舞か」
オランピアが母から受け継いだという巫女舞。父から途切れることなく継承して欲しいと願われ、母のように踊りたいと願い、受け継いだもの。その舞が《大崩壊》から今にかけて約千年ものの間、決して途切れることなく続いていたことに驚きを隠せなかった。
「封印された魔王の目覚めを静めるために誕生し、それから千年の間、子孫に脈々と受け継がれてきた。それだけ長く続いていたのなら、彼女の舞に悪魔を弱体化させる力を持っていてもおかしくはない」
「? どういうことだよ」
「長く伝えられたものにはそれ相応の力が込められているのだ。それは形ある物だけにこだわらず、芸術や文化といった形のないものにも込められる。千年にも続く、巫女たちの想念がその舞に込められているのだ。その想念が悪魔を清め、力を弱体化させているのだろう」
「それだけ聞くと、オランピアの舞は《古代遺物》といっても差し支えない代物だな」
「うむ。言うなれば芸術型の《古代遺物》といったところだな。そのようなものを今まで見たことも聞いたこともないから、私もかなり驚いている」
意外なところで自分が踊る舞の歴史を知ったオランピアは目を丸くする。同時に父との話を思い出す。
「お父さんは、この舞は必ず途切れずに継承して欲しいと言われました。もしかして、お父さんは知っていたのでしょうか?」
「いずれ、サターンを復活させようとしている者が現れるってことをか? 考えられなくもないが、シモン先生がそんなヘマをする人とは思えないな」
死んだと思われていた二年前から今日まで。彼がどこかで活動していた痕跡は何もなかった。また、過去の歴史を遡っても、彼が存在したという証拠はどこにもない。表に出ないようにシモンは徹底的に自らの存在を隠していたのだ。
「私もそう思う。日記にもシモンらしき人物が書かれた記録はなかった」
「それほどまでにあの魔王を警戒していたんだろうな。なんせ、女神でさえあいつを止められなかったって話だ。せっかく封印したのに解放されちまったら、今度こそ世界が終わっちまうからな」
エドは自分用の法衣を受け取った後、工房へ出ようと踵を返す。
「エドさん、どちらに?」
「こいつに着替えて、少し動いてくる。明後日の決戦に差し支えないようにな。お前はどうするんだ?」
「私はこの後、アインさんに呼ばれていますので、そちらに向かいます」
「お師匠さんに?」
「はい。イシュタンティと私の身体を調べるため、とのことです」
「あぁ、そういうことか」
先の戦いでオランピアは《古代遺物》であるイシュタンティと融合するという前代未聞の荒技を成し遂げた。それゆえに何かしらの異常がないのか、と聖杯騎士の《守護騎士》であるアインとセリスが二人がかりで調べることになった。
「オランピア。お師匠さんには失礼のないようにするんだぞ。あの人は怒らせると手に負えないからな」
「そうなんですか?」
「あぁ。あの人は人の皮を被った怪物だ。まだ十歳もいっていないガキを地獄にたたき落とした鬼畜な人だからな」
アインがいないことをいいことにエドは彼女から受けた仕打ちを愚痴り出す。思い出すのは、幼少の頃に受けた地獄という名の修練の日々。
「龍來で見たあの大滝に俺は一時間以上も打たれてな。おかげで一週間以上もベッドの上にいたよ。他にも魔獣がいる森に放り投げてよ。聞いたら、酒を飲みながら、その様子を見ていたって話だ。もはや人間の所業とは思えねぇぜ」
「あ……」
今までの鬱憤を晴らすかのように愚痴い続けるエドを余所に、オランピアは何かに気づいたのか、思わず声を上げる。しかし、エドはそれに気づかず、そのまま話を続ける。
「だから、オランピア。お師匠さんと付き合うなら気をつけろよ。あの人は子供だろうが、大人だろうが一切、容赦しない人だからな。命が惜しいんなら、あの人に余計なことは言うな。機嫌を損なわないように慎重に付き合うことを勧めるぞ」
「あ、あの……、エドさん」
「ん? どうした?」
「興味深い話だな。いったい誰のことを言っているのだ?」
ビクッと、エドの身体が強ばった。額から滝のような汗が急に流れだし、ブリキのようにゆっくりと首を動かしながら、背後に立つ人物へと視線を向ける。
「お……、お師匠さん……」
そこには誰もが魅了する慈悲深き笑みを見せるアインが仁王立ちでエドを見下ろしていた。
慈悲深き笑み? ふざけるな。エドにはその笑みが煉獄へと誘う死神の導きにしか見えなかった。
「オランピアを迎えに来たのだが、その前に少しやることができたな。オランピア、先に行っててくれ。私は野暮用がすんだら、すぐに行こう」
「お、お師匠さん? とてもお忙しそうなので、俺なんかに構わなくても……」
「そうつまらんことを言うな。折角、再会したんだ。エデン村ではいろいろあって後回しにしていたが、貴様がこの二年間でどれだけ成長したのか、直々に見てやる。……覚悟はいいな?」
「っっ!!」
ブンッ! と音を立てたアインの腕がエドへと迫る。手をこれでもかと大きく開けて、その勢いはエドを握りつぶす気が満々だった。そして、同じタイミングでエドが勃然と姿を消した。捕まれば一巻の終わり。手加減抜きの全力の脱走だった。エドは持てる力のすべてを使って、アインの背後へと移動し、そのまま工房から出ていった。
「フフフ……、私から逃げられると思うなよ」
先程までの笑みはどこに消えたのか。優しかった笑顔は獲物を狩りに行く肉食獣のものへと凶変していた。あまりのギャップと恐ろしさにオランピアはその場で縮こまってしまう。そんなオランピアの様子など目もくれずに、アインは工房から出て行くのであった。
……数分後。男の絶叫がメルカバ中に広がった。それが何を意味しているのかわからぬ者は首を傾げ、察した者は男の無事を祈りながらも、聞こえぬふりをして自分たちの作業に戻るのであった。