夜の過ごし方を探して 作:ナナシ
瑞希が『Untitled』を見つけてきた翌日。わたしたちは
山盛りのポテトをみんなで囲みつつ、改めてまふゆと対面して良くも悪くも変化がないことに少しばかり安堵する。
「……で、なんでこれからセカイに向かうって言うのにポテトを頼んでるのよ」
「えー、だってボクが一番乗りだったしみんなこんなに早いとは思ってなかったんだもん」
「あ、アハハ……。まぁ食べてからセカイに行こうよ」
「……」
未だに湯気を立てるポテト。瑞希は猫舌だから食べ始めるまでには少し時間がかかる。
流石に待ち続けていると時間がかかってしまう。絵名がポテトをひょいと食べだしたのを皮切りにわたしとまふゆもポテトを摘まむ。
……今朝は色々と考えていたこともあってご飯を食べ忘れてしまったからか、普段よりもおいしく感じる。
それに、一つ食べてみると意外と止まらない。絵名もまふゆもパクパクと食べ続けている。
「え、ちょ、みんなちょっと食べすぎじゃない? ボクの分が無くなっちゃうんだけど……?」
「……ごめん、思ってたよりお腹空いてたみたい」
謝りはすれど手は止まらず。今ならポテトそのものにでもなれそうな曲を作れる気が――!!
「あ、食べきっちゃったわね」
「……じゃあ、セカイに行こう」
「ボクのポテト……」
絵名たちの言葉を聞いて正気を取り戻す。ちゃんとお腹いっぱいになったからか、体が少し重い気がする。
それはともかくとして、三人で嘆き続ける瑞希のスマートフォンを覗き込む。そこにある『Untitled』に手を伸ばして――
いつもセカイに入るときに感じる妙な浮遊感が明けた後に広がっているのはどこまでも無機質な"誰もいないセカイ"だった。
ほんの少しの光が差し込むだけで薄暗い、折れた鉄塔と謎のオブジェクトくらいしかないセカイ。
「……ほんとにそっくりね」
「だから言ったでしょ、"誰もいないセカイ"だったって」
絵名が思わずといった様子で呟いた声に瑞希がどこか得意げに答える。
確かにこれはそっくりだ。本当に、本当によく似ている。
「…………ちがう」
はっきりとそう口にしたまふゆの言葉を私もそうだねと肯定する。これは見た目が似ているだけで全くの別物だ。
これは"誰もいないセカイ"じゃない。もっと異質で、もっと軽薄で。もっと、もっと……歪んだ、別のセカイ。
「あ……そういえば、"誰もいないセカイ"で流れてる音楽も聞こえてこないわね」
「……やっぱりミクたちも本当に見当たらないし、やっぱり別のセカイだったんだ」
全員がこのセカイと"誰もいないセカイ"の相違点を認識したその時だった。
――パキリ
静かにそんな音が鳴って、セカイにヒビが走る。
絵名と瑞希が息を呑む音がした。周囲を観察をしようとしている間に、ヒビはどんどんと大きくなっていく。
まふゆは何も言わず、何の行動も起こさずにヒビを眺めている。ついにヒビが繋がって穴が開き始めた。
瑞希が慌てているし、絵名は絵名でなんだかわたわたとしている。……多分、大丈夫だとは思うけど。
パキン、と硬質な音を残して最後の一欠片が砕けた。
後に残されたのは文字通りに"何もない"空間だけ。
上も下も、右も左も……少しの光もないセカイ。そんな場所に私たちだけが取り残されていた。
「……なに、これ。光もないのに、ボクたちだけ見えてる……?」
「物理法則どうなってるのよ……。なんで人の姿だけちゃんと見えるの」
セカイは、想いが形作られたもの。つまりこのセカイは、さしずめ"何もないセカイ"と言うことになるのだろうか。
だとしたらそれはとても、と思考を回したところだった。
パチパチ、と乾いた拍手の音が響く。音のほうを向いてみればそこには酷くくすんだ色合いのバーチャルシンガー……初音ミクが立っていた。
人間らしく薄っすらと笑いを携えて、セカイの真実を見破ったわたしたちを祝福しているように手をたたいている。
「やぁやぁ人間サマ。よくぞ先入観を見失ってくれたね」
手を止めて、うやうやしくミクが一礼する。……"誰もいないセカイ"のミクと違って、随分と人間らしい動作だ。
「ねぇ、このセカイって――」
「おっと、質問は多々あるだろうけど少々口を閉ざしていてほしい」
瑞希の言葉に重ねてミクがそう言った途端、瑞希が急に口を閉じて何も言わなくなる。
絵名も何か言いたげな様子ではあるが、口を開くことはしていない。――口を開くことができていない?
まふゆはいつも通り何もなさげな目でミクを眺めているだけで、私も試しに口を開こうとするがうまく動いてくれない。
……最初のころ、"誰もいないセカイ"ではミクに触れられることでセカイから追い出された。それと同じようなものなのだろうか?
「さて人間サマ。ようこそ、"鏡のセカイ"へ」
――まぁもっとも、主は"強欲なセカイ"と呼称しましたが。
このセカイのミクは、ゆるりと笑ってそう口にした。
Tips
"鏡のセカイの初音ミク"
くすんだ色合いが特徴の初音ミク。
その言動はとても人間らしいものであることが多い。