夜の過ごし方を探して 作:ナナシ
「さて人間サマ。ようこそ、"鏡のセカイ"へ」
そう口にしたミクは、わたしたちに静かに微笑んでいる。
このなにもないセカイがどうして"鏡"なのかだとか、主と呼ばれるのは誰なのかだとか。聞きたいことばかりが浮かび上がれど口は開かず。
質問権も得られないまま少しばかり時間だけが過ぎていった。ミクはそんな様子を首をかしげて不思議そうに見ている。
「……あ、忘れてた」
そんな気の抜けた一言と共に"今なら喋れるよ"と告げられる。
絵名が口を閉ざすことを強要したくせに忘れるなんて、と憤っているがミクは我関せずと言うべきか変わらず薄っすらと笑っている。
「絵名、うるさい」
「まふゆもこんな理不尽を平然と受け入れてるんじゃ――」
収まりきらない矛先がまふゆに向こうとしたときに、ミクが仕方なさげに指を鳴らすと再び絵名の口が閉ざされる。
……なんというか、本当にこのミクは"誰もいないセカイ"のミクと同じバーチャルシンガーなのだろうか。本当に比べてみるととても人間らしい。
「で、今なら質問していいよってこと?」
「答えられる範囲でなら答えるとも。……あ、でも他人なんだし先に自己紹介してよね?」
瑞希の質問にミクが答える。どうやら、今は質問タイムでいいみたいだ。
……一度相談しつつ聞くことを決めたいが、絵名はいまだに興奮状態だし解放されるのはだいぶ後になりそう。各々質問した方がいいだろう。
「じゃあまずボクから質問。あ、暁山瑞希でーす。それで、"鏡のセカイ"ってどういうこと?」
「言葉通りに、望みを映すセカイ。だから"鏡"」
セカイが望みを映すのは、普通ではないのだろうか? 主の本当の想いがセカイを形作るのだから、当然主の望みを映すのがセカイのはずだ。
……少なくとも、"誰もいないセカイ"はまふゆの願いや想いを反映して変わっている。
「……朝比奈まふゆ。映すのは、誰の望み?」
「へぇ、いい質問だね。"誰のものでも映し出す"よ」
ミクの回答にまふゆの顔がほんの少し、驚いたように変わる。……かくいうわたしも、驚いているのだが。
そんなわたしたちを置いて瑞希がそれなら、と言ってファミレスで食べ損ねたポテトを望んで、目の前にテーブルとある程度冷めたポテトが現れる。
……本当に、異質だ。
「次、わたし。えっと、宵崎奏。このセカイは……一人の想いでできてる?」
「その通り。このセカイの主はただ一人だよ」
"じゃなきゃキミたちは入れないし、鏡になんてなれないさ"とミクが付け加える。
道理ではある。複数人の想いが重なって生まれるセカイは、他の誰かを許容できないし……。誰かの望みを映す鏡になるには、きっと一人じゃないといけない。
でも……セカイは本当の想いが形作られた場所だ。そんなセカイが赤の他人の、軽い望みで変わるなんて……。
「ふむ、まぁここまで来たら順番がいいよね」
パチン、と指が鳴る。きっと絵名が喋れるようになったんだろう。
絵名もさすがにうるさくし過ぎて黙らされると困るのか、少し落ち着いている。
「じゃあ私ね。東雲絵名よ。……このセカイの主は誰なの?」
あ、とわたしと瑞希が声を上げる。
そういえばそこを聞くのを忘れていた。確かにこの場にはわたしたちとミク以外誰もいないし、聞いておいた方がよかったかもしれない。
……絵名がいてよかった。
「主の紹介、か……」
これまでちゃんと質問に答えていたミクが初めて答えを渋る。言いたくないことがあるのだろうか……?
少し、無言の時間が流れる。ミクは悩むように顎に手を添えてうんうんと唸っている。
「……別に言いたくないなら良いわよ。どうせ名前だけ聞いても仕方ないでしょうし」
「うーん……いや、紹介するのが難しい人でね。どうしたものかと」
「私の気遣いは別ベクトルでしたかそうですか……」
絵名がいっそ呆れたように額に手を当てる。……なんというか、このセカイのミクが絵名と相性がそんなに良くないのかもしれない。
少し待つとミクはいい言葉が見つかったのか、見つからなかったのかはわからないが悩ませていた手を止めてこちらをまっすぐ見つめる。
まだすこし迷いの見える目は、明確な答えではないということを伝えてくる。
「強いて言えば……自由人、かな」
ようやく、絞り出すように出てきたのはそんな言葉。
その言葉を受けてわたしたちはこのセカイを見まわすが、しかしやはりどこにも自由らしい要素はないように思える。
「その人の名前は?」
「
まふゆの口から出た追加質問にミクがノータイムで答える。答えがはっきりとした質問には、結構早く答えてくれるらしい。
さて、次の質問はどうしようかと悩ませたところでミクが唐突に口を開く。
「あー……。人間サマ、申し訳ないが質問はここまでだね」
どうして、などと言う余地もなくミクは矢継ぎ早に言葉を重ねていく。
「主に会いたいのなら、そのポテトを売ってる店で張り込むといい。きっとわかるさ」
"グッドラック"と、最後にそれだけ言い残されてわたしたちはほんの少しの浮遊感に目をつむる。浮遊感が収まってから目を開いてみればそこはセカイに入ったその場所。
追い出された、のだろうか。だが、それにしては"誰もいないセカイ"のようにミクに触られることもなかった。
「なんなのよ、まったく……」
質問タイムを急に打ち切ってそのまま追い出されたからか、絵名は理不尽に少し燻っているようだ。
瑞希はそんな絵名をからかっている。……ポテトの恨みも、あるのかもしれない。
言い争いに発展するのではないかとヒヤヒヤしているとまふゆがポツリと今入ったセカイの名前を呟いた。どうかしたの、と名前を呼ぶ。
「……あのセカイは、異常だった」
「そりゃ、光がないのに人が見えるなんておかしかったけど……」
まふゆの言葉に答えたのは絵名だ。確かに暗闇の中で人だけが見えるなんてなんだか不思議な感覚だった。
けれどまふゆが言いたいのはそこではない気がする。
「瑞希が願ったポテトが出てきたことだよね、まふゆ」
「そう」
「え? でも望みを映すセカイなんだからそれが普通なんじゃないの?」
わたしの確認にまふゆが静かに肯首し、瑞希が疑問を投げかける。
たしかに"望みを映すセカイ"なのだから、それでいいのかもしれない。けれどまずもって前提が違うのだ。
「一人の想いでできたセカイが、赤の他人の表面だけの望みで変わるわけがない」
「うん、本当の想いっていうくらいなのに"ポテトを食べたい"って誰かが言ったからそれ出てくるのはおかしいと思う」
まふゆとわたしの言葉に瑞希と絵名がハッとした様子を見せる。
あのセカイは、セカイとしての前提を外れたものだった。それが何よりもおかしいんだ。
「……奏、明日はどうするの」
おずおずと絵名が尋ねるけれど、答えはもう決まっている。わたしは、みんなを救う曲を作らなきゃいけない。
今目の前に明らかに異質なセカイを抱えた人がいるってわかったんだ。だったら、やることは決まってる。
「明日またこのファミレスに集合しよう。夜部さんって人に会ってみないと」
みんなに確認を取れば全員から問題ないとの返答。よかったと安心をしながら、明日に備えるために今日は解散することになった。
また明日、今度は夜部さんを交えて話し合いができれば何か救うためのきっかけがわかるかもしれない。
「やぁ、主。今回もまた随分と待たされたよ」
「……来たのか」
「ああ、人間サマなら確かに来たとも。面白い願いを持っていたよ」
「…………」