夜の過ごし方を探して 作:ナナシ
「"強欲なセカイ"へ、ごあんなーい」
そんな軽い言葉と一緒に押し付けられたまばゆい光が目を焼いて、明ける。
目を開いて飛び込んでくるのは酷く拙い描かれ方をしたセカイだった。前にこのセカイに来たときは様子が違う……違い過ぎる。
「なによ、これ……」
絵に人一倍のこだわりのある絵名が思わずといった様子で呟く。
前に来たときはどこまでも色のないセカイだった。それだというのに今はどうだ。前に来た時の黒すら通り越すようなあの色はどこにも見当たらない。
赤、青、緑……光の三原色といわれるそれがまばらに混ざり合っている。規則性はなく、明度も彩度もメチャクチャとしか言いようがない。
それでも、人の姿だけはちゃんと見えている。
見ているだけで目が痛くなりそうなセカイのに、人の姿だけはハッキリ、クッキリと見えている。それがまたおかしさを強調する。
「……」
わたしたちをこのセカイに連れてきた張本人は変わらず剣呑な目を向けているだけで、何も言いはしない。
何か言った方がいいのか、と言葉を探そうとしたところだった。
パ、と。虚空から目の前にこのセカイのミクが現れる。
「――やあ人間サマ。随分とお早い再開だね」
そんな言葉と共にいつか見た表情のまま、くすんだ色合いのミクが一礼する。その所作に警戒心みたいなものは感じられない。ただ何も思わず、ミクはそこにいる。
「……役者は揃った」
夜部さんがここにきてようやく口を開いた。重々しい口調で告げられるその言葉と共にセカイが黒に近づく。
瑞希が呆けた声を上げる。絵名が息を呑む。セカイは確かに変わるが、こんなにも顕著な変わり方をするなんてやっぱり異常だ。
「えっと、夜部くんは、ボクたちに何をする気なの……?」
瑞希からの質問。それを受けて夜部さんは静かに口を開く。
――セカイが青に近づく。
「今から君たちを拒絶する。まずはキミだ、東雲絵名」
ひどく冷たい声だった。温度とか感情の一切を感じないような声。冷静というよりも、冷酷。そんな声で否定が紡がれるのだと言う。
そんな声を向けられた絵名が体を強張らせる。けれど絵名は一歩も引くことなく夜部さんを睨みつける。やれるものならやってみろ、という反抗心があった。
「こんなことに時間を割く余裕があるのか? 才能がないのなら、他の何を置いても努力にこそ時間を費やすべきだろう」
"描けなければ価値なんてなくなるぞ"と付け加えられた言葉は確かに致命的だった。
誰にも認められないことを恐れる絵名からすれば、価値を失うことは耐えがたい苦痛になる。ハッキリと、そして冷たく告げられるそれは絵名を蝕む。
次、と静かに呟かれて瑞希に目が向く。
――セカイが緑に近づく。
「暁山瑞希」
さら、と。優し気な笑顔と声へ変わった。さっきまでの冷酷さなんて微塵も感じられず、どこまでも優しく、甘い声がした。
「な、に……」
「キミは、キミらしく居たいんだろう? なんでわざわざ迷っているんだい?」
"信用、しきれないんだね"と続いた言葉。それを受けて瑞希が酷く狼狽する。
自分らしくありたい。それは瑞希がそう言っていたことだったと思う。なのにそれが瑞希を苦しめている。否定しようとして開いた口が、閉じる。……わたしは、それを知らない。
次、と言わんばかりにまふゆに目が向けられる。
――セカイが黄色に近づく。
「朝比奈まふゆ。このセカイは真逆なんだよ。だからキミを救う曲の助けにはなれないかなぁ?」
今度は明るい声音だった。どこか楽し気な声がまふゆの目的を否定する。まふゆの表情は変わらないが、静かに口を開いた。
セカイの色は、変わらない。
「……中途半端」
その言葉を受けて夜部さんはへらりと笑っていた。まるでなんてことないように笑って、受け流そうとして……。
でも結局、受け流すことはできなかったのかまふゆと同じように一言だけ返答があった。
「ヒトモドキ」
多分、前にミクにやられたみたいに動けなくされていたんだと思う。体はあまり動かなかった。それでも、と精一杯口を開こうとする。
ミクが呆れたようにかぶりを振って、わたしの口が開く。みんなに突きつけられた否定を、わたしが否定しようと息を吸って。
――セカイが赤に近づく。
「自分も救えないくせに、誰かが救えるはずないだろう! 宵崎奏!」
苛烈に……あるいは、感情的に飛んできたその言葉に息が詰まった。ひゅう、と喉から吸った空気が抜けていく。
違う、違う。わたしは救わなきゃいけないんだ。みんなを救う曲を作らなきゃいけない。けれど今こうして救わなきゃいけない相手にどこまでも感情的に否定を突き付けられている。
思考回路から余裕が無くなって、目を閉じる。
わたしは、わたしは……。
ぐるぐると回る考えを抱えて、それでもと目を開ける。けれど、目を開いた先にあるのはお父さんから音楽を奪ったあの日で。
見たくないと叫んでも、目を閉じてもどうしてか目の前にあるものは変わらなくて。鋭利な現実がわたしに突き刺さって、セカイがすべてを拒絶する白に染まる。
たまらずに目を閉じたはいいが次に目を開いたその場所はあのセカイではなくて、夜部さんもまた影も形もなくなっていた。
「いつになく容赦がないね、主」
「……救いなんて、いらないんだよ」
「ああ成程。あてられたんだね」