夜の過ごし方を探して 作:ナナシ
わたしたちが開き直った翌日。結局特にあの後具体的な何かが思いつくことはなかったわたしはお父さんのお見舞いに来ていた。
普段からさほど定期的と言えるほどではなかったけれど、昨日開き直ったからか今日はここに来るべきだと思ったから。
「…………」
わたしが開き直ったからお父さんに何か変化があるわけではないけど、確かにわたしの心境は変わっている。
……わたしが、お父さんから音楽を奪った。だからわたしは、聞いた人を救える音楽を作らなきゃいけない。それが、お父さんとの約束だから。
今のままのわたしなら、独りではできない。けど、今のわたしにはニーゴのみんながいる。だからきっと大丈夫。独りじゃないから。
「また来るね、お父さん」
返事のない病室を後にして来た道を歩く。これまで止まっていた作業分を取り戻すためにも今日は頑張らないといけない。
頑張ろう、と柄にもなく気合を入れなおした時だった。
ガタンと大きな音がちょうど通りすぎようとした部屋から聞こえてきた。次いで、はっきりと聞き取ることはできないが怒号らしき声も。
聞き耳を立てるまでもなく聞こえてくる声は二種類。男性と女性が誰かに怒鳴っているらしい。さすがに急だったからびっくりしたが、しかし看護師さんも大変だと思いながらも足早に通り過ぎようとする。
ガラガラとキャスターを鳴らしてちょうど怒鳴り声が聞こえていた部屋の扉が開く。
思わず目を向けてみればそこにいたのは最初に見た薄っすらとした笑顔の夜部さんだった。
「あ……」
「――宵崎奏?」
スッと、夜部さんの顔から表情が消える。しかし未だに部屋の中からの怒声は途切れておらず、扉が開いたことでよりクリアになったその声が廊下に響く。
"何でお前が死ななかったんだ、ヒトデナシ"と。静かな廊下に響いたその声を聞いて夜部さんは静かに扉を閉める。
「……え、と。あの」
何か言った方がいいかと言葉を探す。けれど気の利いた言葉なんてわたしの辞書には載ってなくて、意味のない単語と作ろうとしていた曲のメロディだけが頭の中をグルグルと回る。
そんなわたしを見かねたのかため息を一つ零した夜部さんが"ついて来なよ"の一言と共に歩き出す。
流石にこの空気の中じゃ帰ることができなくて、わたしは夜部さんの背中を追いかける。チラと見たさっき閉じられた扉の横には確かに「夜部」のネームプレートが掲げられていた。
ところ変わって、病院にほど近い公園。ベンチにわたしと夜部さんが二人で並んで腰かける。
わたしも夜部さんも無言のまま数分が過ぎたころだった。
「……いやぁ、急にあんなの聞かせちゃってごめんね」
"驚いたでしょ"と夜部さんがどこかにこやかにわたしに言う。これまでに見た夜部さんとはまた違う姿に驚くけれど、"鏡のセカイ"での変化に比べればまだ変化は極端ではない。
「声、大きかったから……」
「アハハ、やっぱり怒ってるとどうしてもねぇ」
どうして、と続けようとした言葉は夜部さんの言葉で上書きされた。笑いながら夜部さんは頭を搔いている。
ずっと薄っすらと浮かべた笑顔を崩さない夜部さんは、まるで病室前で言われた言葉なんて気にしていないみたいな様子だ。
けどその言動のすべてが薄い。あのセカイで否定されたときみたいな重みが……真に迫る様子がない。
「――で、何が知りたい?」
ズ、と。夜部さんの雰囲気が重苦しいものへ変化する。変わらず薄らと笑顔を浮かべてこそいるが、逆に言えばさっきまでの夜部さんとの共通点はそれしかなかった。
果たして本当に聞いてもいいのかと悩む。けれどこのことを知らなければきっと夜部さんを救うことができない。
「何が、あったのか。聞かせてほしい」
夜部さんがわたしの目を見る。夕焼けのような色合いのその瞳の中に、わたしが映っている。
やがて何かを察したのか、諦めたように夜部さんが顔を空へと向けた。どこまでも広がる青空を何の感慨もなく眺めて、そして話が始まった。
「自分にはさ、妹が居たんだ。
その言葉から始まった妹さんの話は、あのセカイで見たものとはまた違う、優しい声音でもって紡がれた。
曰く、
曰く、願いの多くは誰かを想ってのものだった。
曰く、必ずその大きな"願望"を"叶える"という約束をした。
「それで――去年、交通事故で救急搬送された。最後に自分に一つだけ望みを残して……」
「……そっ、か」
語る夜部さんは、変わらず薄い笑顔を浮かべていた。けれど、まるでそれ以外の表現を知らないみたいに変わらない表情とは違って、どこまでも泣きそうな声だった。
"笑っていてほしかったんだそうだ"、と託された望みを語る夜部さんは、努めて明るい声を出していた。
"だから笑った"と己の行動を顧みるその声は、酷く明るい声だった。
「……それで、人の死を受けて笑うような奴は、"ヒトデナシ"なんだそうだ」
「それ、は……」
何の事情も知らなければ、確かにそうだと肯定できたかもしれない。けれど、望みを叶えようとする様を聞いていた以上その言葉を肯定することはできなかった。
「えっと、事情を説明するとか……」
「必要ない」
どうにか絞り出した言葉は悩む時間すらなく否定された。どうして、と問う。
何となく見えてきたはずの夜部さんの姿が、また遠のいた気がした。
「確かにあの二人は今思い悩んでる。けど、人はどうせ勝手に前を向いて歩きだす」
"宵崎奏、キミもそうだろ"と続いた言葉。確かにわたしは突き付けられた否定を開き直ってこうして進むことにした。
けれど、その言葉は……勝手に前を向いて歩く、なんて。それは。
「言ったろ、真逆だって」
「……そうだね、確かに真逆だ」
それはまるで、わたしの想いとは真逆の想いだった。
誰かを救う曲を作りたいとわたしは願う。夜部さんは、人は勝手に救われると思っている。
「人を救うなんて、カミサマにでもならなきゃ無理だろうよ」
「……カミサマ、か」
上を向いていた顔を静かに自分の手に向けた夜部さんが、わたしの想いをそう評価する。
"じゃ、話し終わったから"と言ってベンチから立ち上がり、歩き始める。その小さくなっていく背中は、見上げるべきはずなのに酷く小さく見えた。
「……本当に、真逆」
呟いた言葉は、誰にだって聞かれることはなく空に消えていった。
「……主?」
「自分、相当参ってるらしい」
「どうとでもなるって言い腐ってる癖に」
「……そうだな、そうだよな」