夜の過ごし方を探して 作:ナナシ
覚悟を定めた翌日、わたしたちは揃って"鏡のセカイ"へと繋がる『Untitled』を再生した。
いつもの浮遊感の後で見えたセカイは最初の時と変わらず光のないセカイで、虚空から現れたミクが手を打ち鳴らしながらわたしたちを歓迎する。
「やぁやぁ人間サマ。今日はまた要件なんてものがあるのかい?」
「うん。夜部さんはいる?」
わたしの質問に対してミクは"今は居ない"とシンプルな回答を返してくれる。
それを聞いてわたしたちはこのセカイで待つことをミクに伝える。しかしいざ実際にこうして待つとなると暇になる。
いつ来るのかもわからない相手を待つのはこんな気持ちなのかとなんとなく"誰もいないセカイ"にいるバーチャルシンガーのことを考えたその時だった。
「それで、キミたちは何をしに来たのかな? このセカイに根を下ろすものとして聞いておきたくてね」
いつもの薄っすらとした笑みを浮かべてミクがそうわたしたちに質問する。
……その答えはもう決まっている。
「夜部さんを救いに来たんだよ」
「おや、それはそれは。……人の身でありながら人を救わんと、なるほど」
みんなで導き出したその答えにミクは"なるほど"と繰り返しながらしきりに頷く。どことなく楽し気な雰囲気はまるで娯楽を目の前にした人間のようだった。
そして少しした後でミクの瞳がわたしたちを捕える。ジッと、ただジッと見つめられて、その小さな口がわたしたちの否定を口にする。
「主は、救いなんて欲してないけれど?」
「欲してるかどうかじゃないわよ。私たちの自己満足なんだから」
ミクの否定に、絵名が力強く答える。ミクはなるほどと一つ頷いた。
「それが主を好転させるとは限らないけれど、それでもなお行動するのかい?」
「だとしてもだよ。それに、その時はまたアプローチを変えるよ」
ミクの質問に、瑞希が確かに答える。ミクは感心したように一つ頷いた。
「主への救いは、キミたちに与えるものは何もないよ?」
「……別にいい」
ミクの確認に、まふゆが静かに答える。ミクは何も言わずに一つ頷いた。
「未だに切り捨てるべきかを迷っている以上、主は救われないよ」
「それなら、救われる気にするだけだよ」
ミクの断言を、わたしが否定する。ミクは何も言わなかった。
そうして言いたいことを言い終えたのか、ミクは静かに肩をすくめる。まるで聞き分けのない子供を前にしたような動きだった。
「しょうがないな……。主、多分帰らないよ」
「――まぁ、だろうな」
ミクが虚空へとむけて言葉を投げかける。確かに響いたその言葉に答えるように、ミクの背から夜部さんが姿を現した。
そうして、セカイがメチャクチャな色に染まる。いつか見た時と同じ、無秩序な色だ。
「……その感じだと、話したんだな。宵崎奏」
「うん。わたしだけだと、アイデアは浮かばなかったから」
"そうか"という簡素な返答。向けられた瞳は、何も写そうとはしていなかった。
現実をただそういうものとしか考えていない目だった。そこには何の考えも、何の思いもない。多分わたしたちのアイデアを見ようとしてるんだと思う。
だから、ぶつける。わたしたちのアイデアを。
「夜部さん、好きに話してよ」
「――――は?」
夜部さんは確かにそう呆けた声を上げた。
どういうことかとしきりに頭を悩ませているようで、セカイの色が目まぐるしく変わっている。
「そういう反応になるよね、そりゃ」
「まぁ、こういう時にこっちが受け身になることなんて中々ないものね」
瑞希と絵名が夜部さんの反応を見て軽く笑う。わたしも釣られて笑いそうになりつつ、まふゆの名前を呼ぶ。
この行動に出た大部分はまふゆが言った言葉がヒントになっていた。
「……中途半端すぎて、よくわからないから」
「え、あぁ。そういえばアンタは気づいてたんだったな」
言葉足らずなきらいのあるまふゆの説明に夜部さんが納得を示す。まぁ、話し合いの結果としてはこうだ。
「結局何もわからないから、存分に語ってもらおう――」
"そういう訳だな"と絞められた言葉は確かにわたしたちの目的を看破していた。
わたしは夜部さんに過去の話を聞いた。けれどそれはあくまで過去の話だ。今現在どうなっているのかがわからない。現状がわからないから、救い方なんてわかるわけがない。
だから、聞く。わたしたちが前に進むときにも使った開き直りだ。わたしたちは何も知らない。だから知ればいい。知った後でまた考えようっていう、開き直り。
そこに行きついた夜部さんが大きく笑う。セカイの色が変わることはなく、ただただ笑う。
よく見れば隣でミクも一緒になって笑っている。とても純粋な笑い方だ。
「なるほど、なるほど。過去を乗り越えるでもなく、切り捨てるでもなく……。いっそ開き直ってしまうのか」
「いやはや人間サマは素晴らしいな、そんなことを思いつくなんて」
ミクと夜部さんが軽く意見を交わしながらも笑っている。ケタケタと、まるで友人と笑って過ごすような気楽さで笑う。
「え、と……?」
「これ、どういう状況なの……?」
「いや、ボクに聞かれても困るよ」
「…………」
唐突なその反応に思わずわたしたちが呆けてしまう。けれどそんなわたしたちを差し置いて二人は本当に和やかに会話を続けていた。
そんな雰囲気が変わったのは本当に唐突だった。
「自分はさ、迷ってるんだ」
そう言って唐突に切り出された夜部さんの想いは、わたしたちただの他人が口を出すべき問題じゃなかった。
かつての想い、それを咎める現在。どちらを取るかという二択。
過去に交わした約束を切り捨てて反故にするか、どうしようもない今を受け入れるか。そんな二択。
わたしたちに現実を突きつけることでどうなるのかを見ようとしていた、と夜部さんは言ってのけた。
……どうやら、わたしたちは想定外の動きをしたらしい。そう認識しようとした束の間だった。
「――で、それだけじゃないんだろう?」
「そうだね、感じられる願いはまだ残ってる」
ジッと、夜部さんとミクの二人にそろってわたしだけに目を向けられる。
……確かに考えていたことはある。けれどその考えはあくまでできたらいいな程度の考えだったのだけれど……。
「えっと……。もし、何も見つからなかったら。その時は、わたしたちのサークルで一緒に歩きながら考えて欲しいって、思ってた」
「なるほどね。でも主は音楽関係なんてほとんど何もできないよ」
ミクに告げられたその言葉には純粋に驚いた。セカイにいる以上、てっきりなにかしら音楽に関するものは持ち合わせていると思っていたから。
……ちょっと、どうしようか。スケジュール管理とかならお願いできるかもしれないけど、さすがにそこまでするような規模でもないし……。
「誘った側が迷うなよ……」
そう口にする夜部さんは和やかに笑っていた。これまでのどことなく演技感のある薄っすらとした笑いではない、本当の笑顔。
"現実を見せるためにも、返答は歌で"という言葉を受けたセカイから椅子とマイクが吐き出される。
夜部さんがマイクを握り、現れた椅子にわたしたちが腰をかける。ミクは一人でわたしたちの近くに立っていた。
「……過去を受け入れるでもなく、打ち捨てるでもなく、か」
改めて繰り返されたその言葉を聞いてから、イントロがどこからともなく流れ始める。この曲は、わたしも聞いたことがある曲だ。
ネットに投降されていた楽曲の一つ。歌っていたのは確か初音ミクたちバーチャルシンガーの後続として生み出された、緑色の髪をした人間味のある声をした少女。
歌うのは、どうしようもない現実。与えられる理想を拒絶する、人の歌。
『ぶつかって、逃げ込んで、僕は。いつしかここに立ってた』
セカイの色が変わる、変わる、変わる。
歌に合わせて、セカイが鮮やかに色を変えていく。無秩序だったはずの色が、曲に合わせて姿を変える。
『これぐらいじゃ、届かないこと』
理想を現実が否定する。その歌を歌う目の前にいる彼は、どこまでも直情的に歌っていく。
『――わかっていたのに』
セカイにいるからなのか、このセカイ特有なのかはわからないがダイレクトに込められた想いが伝わってくる。
『敗北の少年 現実を謳え』
どうしようもなく理想に届くことはなく。されど、与えられることを良しとせず。どこまでだって泥臭く生きる人間の想い。
確かに歌い切られたそれは技術自体は大したことはないだろう。だが、伝わる。どこまでも想いが伝わってくる。
……改めて言葉にする必要はなかった。
「……せっかく、誘ったのに」
「ごめん。でも、自分はまだ悩んでる。答えを出せてない。だから答えをいつか出すためにも、キミたちのことは見続けることにするよ」
"それまでは、歌詞の通り泥臭く生きるさ"そう言って彼は笑みを零す。
……多分、夜部さんが出す結論は受け入れることだと思う。優しすぎて捨てきれないだろうから。けれどそれはあくまでわたしの考え。口に出すことはしない。
けれど、好転したのは確かなんだろう。セカイの色は前ほど目に刺さるようなものではなくなっている。
そのことを確認して、そして今はそれ以上に事態が発展しないことが分かったから、自然とこの場は解散することになった。
「あの状況で断るなんて大した度胸ね……」
「アハハ、自覚はあるから大丈夫だよ、東雲絵名」
「本当の想い、ボクたちみんなで楽しみにしてるね」
「うん、その時は勿論聞いてもらおうかな」
「……参考には、ならなかったと思う」
「だろうね、朝比奈まふゆ。自分は選ぶだけだから」
みんなが思い思いの言葉を夜部さんにかけて、夜部さんがそれに答える。
……わたしが、言うべきことは何だろう。
「悩まなくていいよ、宵崎奏」
「……じゃあ、また」
「ああ。……そうだね、良き旅路を」
手を振って告げられたその言葉。旅路、か。確かに人生を旅と称するのはよくある表現だったと思う。
ミクもまた、わたしたちに手を振って"グッドラック"と激励してくれる。それを受け入れて、今度はわたしたちの番だと、そう感じて。
そうしてわたしたちは、『Untitled』の再生を止めた。
「……主、いいのかな? あの4人は酷く依存しあっていけど」
ミクが自分に向けて非難するような目を向ける。確かにこれまでの自分なら何かと手を焼こうとした……というか、既に実行に移しているだろう。最細の願いの対象は、自分に関わる人間全員だったから。
「いい。あれは多分下手に触れたらその時点で崩れる」
思い描くのはあの個性的な色をしていた、さっきまでこのセカイにいた4人。互いに依存しあった、歪な4人。その繋がりは決して綺麗な円とは言えないのだろう。
「――それでも、人は強いんだからどうとでもなるさ」
「自由だね、全く……」
確かなヒントは得られた。微かにではあるが、道筋は見えた。そう自覚して、自分は再生させていた文字化けを起こした音楽ファイルの再生を止める。
『夜の過ごし方を探して』 Fin.