それでは本編へ
ホームルームが終わって時間が経ち、一限目の終了後の休み時間。
「ああ〜疲れた〜」
一夏が机に突っ伏しながら、とてもだらしない声を上げていた。
千冬さんがいないからまだ良いもの、いたらまた出席簿アタックを喰らっていたことになっただろう。
「まだ一限目だよ……って言いたいけど、確かに難しいよね」
一夏の後ろの席に座っていたヒロは、板書したノートを見やりながら苦笑気味に言った。
ここ、IS学園は当たり前のことながらIS関連のことを学ぶのだが、その授業内容の大体が入学前に渡される必読基礎教材の内容をある程度知っていること前提なのである。
そして一夏は先ほどの授業で、古い電話帳だと間違えて捨てたと言って出席簿アタックとともに再発行後1週間で覚えるという罰を科されてしまった。
ちなみにヒロに関してだが、束からみっちり丸一日かけて叩き込まれていたのでどんな問題を出されても答えられる自信がある。
そんな風に和気藹々と話しているところで、誰かに話しかけられた。
「少しいいか?」
その声にヒロと一夏が振り向くと、そこには黒髪のポニーテールの少女が立っていた。
少々目つきがきついが、それを補って余りある美少女。
まさに大和撫子の言葉が当てはまるだろう美貌であり、プロポーションのほうも出るところはしっかりと出ていて抜群だった。
「箒……なのか? 久しぶりだな!」
一夏が口にした名前で、ヒロはある少女のことを思い出した。
【篠ノ之箒】。篠ノ之道場の娘で、天災こと束さんの妹だ。
当時、一夏と箒とヒロの三人でよく遊んでいたのだ。
残念ながら小学四年生の時、束さんがISを開発してしまったことをきっかけに、箒が転校したことで三人とも離れ離れになってしまい関わりはなくなってしまったのだ。
「久しぶりだな。一夏、ヒロ」
箒は昔と変わらない口調でヒロたちの名を呼ぶ。
「箒も元気そうでよかったよ。あ、あと剣道の全国大会優勝おめでとう」
「あ、ヒロ! それ、俺が言おうと思っていたのに……」
箒に祝いの言葉を送ると、一夏も会話に入ってくる。
「な、なんでそんなことを知っているのだ」
「いや、普通に新聞で載っていたのを見たけど」
「俺は弾からメールを送られて知った」
ヒロと一夏が答えると、箒は「そ、そうか」とちょっと恥ずかしそうにする。
その反応を見て変わらないなと思っていると、箒が気を取り直すように話を変える。
「ところでヒロ、一夏を借りてもいいだろうか?」
「うん、構わないよ」
快く返答すると、箒は一夏の手を取って立ち上がらせて教室を出た。
きっと積もる話もあるのだろう。
一夏は気づいていないようだが、箒は小学校の頃から彼に惚れていた。
それこそ、一目でわかってしまうほどの巨大な矢印なのだ。
けれど悲しいかな。その思いは、超天元突破朴念仁の一夏はそれに気づいていない。
彼女の恋愛が叶うことを祈るばかりである。
さて、一夏と箒を二人きりにさせるまではよかった。だが次の問題が発生してしまった。
先ほどまで一夏と分断していた興味が、ヒロに一局集中している。
なるほど……これは確かにいいものではないな。
よし、こういう時は本でも読んで気を紛らわそう。
「ちょっとよろしくて?」
ポケットにしまっていた読みかけの本に手をかけようとした時、金髪縦ロールというTHEお嬢様みたいな少女が話しかけてきた。
彼を見つめるその青い瞳は敵意に近いもので満ちていた。
「片空……ヒロさんであっておりますわよね?」
「う、うん。そういう君は、セシリア・オルコットさんだよね。イギリスの代表候補生の」
「ええ、その通りですわ」
ヒロの返答にセシリアは満足げに頷く。
代表候補生、文字通り国を代表するIS操縦者の代表する国家代表……その候補である。
その実力はお墨付きで、その大半が専用機を持つ者である。
「【もう一人】の方はどうにも気が抜けてる感じでしたが、あなたとは多少、知的な会話ができそうで何よりですわ」
どこかトゲのある言い方に、俺は眉をひそめた。
人を馬鹿にする人間はあまり好きではないが、一度反応してしまったからには無視する訳にはいかないだろう。
「それで、俺に何か用があるのかな」
「いえ、此れと言って用があった訳でなく、ただ改めてご挨拶しようかと思いまして」
「そうか、わざわざありがとう」
「お気になさらず、これも貴族の務めですから」
彼女と会話していて分かったことがある。
それは、彼女のプライドが人一倍高いことである。
彼女自身も言っていたが、恐らく家が貴族の系譜なのであろう。
それは自信に繋がり、今の彼女の原動力となっているのは間違いない。それにしては度を過ぎているような気はするが。
今は問題こそ起こしていないようだが、一応気をつけておいたほうが良さそうだ。
そうやってセシリアという人物像を見定めていると、二限目の開始を知らせるチャイムが鳴った。
「それでは失礼します。ああ……それと」
そういって軽くスカートを摘まんで一礼して、自分の席に戻ろうとして足を止めて振り返った。
「そのISの待機状態のカチューシャ、すごくお似合いですわよ」
「え、ああ、うん。ありがとう。これから一年間よろしくね、オルコットさん」
礼を言うと、セシリアはなぜかむすっとした顔を浮かべたかと思ったら早歩きで席に向かっていった。
「どうかしたのか?」
それと入れ替わるように教室に戻ってきた一夏が聞いてきた。
「いや、お嬢様に挨拶されただけだよ」
「そうか。新しい友達を作ることも大事だもんな」
先ほどの会話を見ていなかった一夏は能天気に答えた。
数分後、千冬さんと真那先生が入ってきた。
そういえば……セシリアと話していたせいでちゃんと休めなかったな。
どこか物惜しい気持ちをぐっと堪え、目の前に腕を組んでいる千冬さんへと目を向ける。
「それでは近々行われる【クラス対抗戦】に出場する【クラス代表】を決める。自薦他薦は問わない、誰かいないか?」
千冬の言葉に一斉にクラスメイト達が手を挙げ、目一杯の力を込めて口々に言う。
「織斑くんを推薦します!」
「私もそれに賛成です!!」
「え? 俺!?」
名前を出されると思っていなかったのか、一夏は素っ頓狂な声を出した。
この時点で嫌な予感がしていたが、その予感はすぐに実現してしまった。
「私は片空くんを推薦します! 理由は彼が可愛いからです」
「バカ! 性癖を全開にしてるんじゃないわよ! あ、私も片空くんに一票で」
うん、そうだろうね。そうなると思っていたよ。
辞退したいのは山々だが、きっと千冬さんはそれを許してくれないだろう。
「ま、待ってくれよ。俺はそんなことは────────」
「お前に拒否権はない」
そしてそれを証明するかのように一夏は慌てて席を立って抗議するが、千冬さんはとても冷ややかな声を出して一蹴する。
「ふむ、織斑と片空か。他に推薦したいものがいるか」
まずい、このままではクラス代表になるのは一夏か、ヒロだ。
そして二人は、対してISの操縦経験をあまりしてきていない。
そんな状態でどちらかが代表になった場合、その先に待っているのは公衆の面前で恥を晒すことだ。
一夏は思考がフリーズ状態で共闘は無理だろう。
さてどうしたものかと悩んでいると、
「納得がいきませんわ!」
バンッ! と机を叩き、セシリアが立ち上がる。
「このクラス唯一の代表候補生であるわたくしではなく、なぜ彼等を代表にしなければならないのですか!?」
「自薦他薦は問わないといったはずだ。それではオルコットも含め3人か……そうだな、3人で総当り戦を行い、もっとも勝った数が多い者がクラス代表、でどうだ?」
千冬がクラス代表を決める方法を提示すると、セシリアは鼻を鳴らした。
「それでは結果は目に見えています。なんならお二人同時にかかってきてもよろしいのですわよ。所詮、男の……それも日本の実力なんてたかが知れていますし」
「おいおい……随分と舐めたことを言ってくるじゃないか。イギリスだって、そこまでお国自慢も多くないだろ。料理なんかじゃ英国料理は世界一まずい料理何年一位だよ」
声高々に勝利を確信し暴言を吐いたセシリアに、一夏が食って掛かる。
「あっ、あなたは私の祖国を侮辱しますのっ!?」
「先に侮辱したのはそっちだろ! 何言ってんだよっ!」
「っ、許しません……決闘を申し込みますっ!!」
「ああ、いいぜ!」
売り言葉に買い言葉。セシリアと一夏は互いにヒートアップさせ、二人の間でジリジリと火花を散らしていた。
流石にこれ以上は問題になると思い、オルコットと一夏の間に割って入って制す。
「一夏、流石に落ち着きなよ。オルコットさんも」
「ヒロ……だけど……!」
「一夏、俺と君は大げさに言えば全世界の男性の代表みたいな者なんだ。あまり大きな問題を起こすのは政治的にも良くない。オルコットさんも、君はイギリスの代表候補生でしょ。君の発言は自国の言葉なんだ。あまり国辱的な発言は控えたほうがいい」
「うっ、それは……!」
ヒロの冷静な指摘に、セシリアが言葉を詰める。
代表候補生はその名前にある通り国の代表の候補、彼女らの発言には相当な責任を伴い最悪外交問題になりかねないからだ。
それでも少し悔しいのか、セシリアは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべていた。
しばらくの静寂の後、千冬は小さくため息をついてクラス全体に言葉を掛ける。
「……やれやれ、結局は勝負ということで話はまとまったな? なら1週間後、第2アリーナを使用してクラス代表を決める。それでいいな?」
「「「「はい!」」」
次回『彼女の涙』