トレーナーとは頭を使い、体力を使う仕事だ。
レースメニューを考え、ダンスやボイスレッスンをする。ライブ関係のレッスンは他の人に任せることがあるけども。
でも今の私が強い筋肉痛に悩まされているのは、昨日カレンと一緒にダートコースを走るという運動をしてしまったからだ。
32歳にもなると、筋肉が固くなり体力もなくなる。それには男も女も関係ない。
いや、女のほうが疲れやすいかもしれない。
男と違って身だしなみに気を遣い、生理がある時なんかは生きるのに毎回絶望するから。
髪のケアをするのは面倒なため、肩に少しかかるぐらいの黒髪セミロング。普段からジャージですっぴんという女を捨てている私。
背は162㎝とぼちぼち高いから、化粧をしていないとそれが強調されてしまうけど。
そんな楽なスタイルで、倒れているのはトレーナー室の中。
その部屋にある3人掛けのソファーで小柄な体を横にして仰向けにしている。
ぼぅっとしていると、開けた窓から夏が近づいてくる柔らかい風と共にトレセン学園のチャイム音が入ってきて、少ししてトレーニングをするウマ娘の声が聞こえてくる。
聞こえ始めたと同時にトレーナー室の声が開き、私の担当ウマ娘であるカレンが入ってきた。
「やっほー、お姉ちゃん。元気してる?」
「……アルコールが欲しい」
「お酒に逃げちゃうと、男の人も逃げちゃうよ?」
「私にはカレンがいるからいい……」
元気なカレンに疲れた声を向けて顔をあげると、困ったように笑顔を浮かべて半袖のトレセン学園制服を着て手にはバッグを持っているカレンがやってきた。
灰色の明るい髪色、左耳に赤いリボンがついた耳カバー付きの黒いカチューシャ。
小悪魔的、と言いたくなる笑みや行動、言葉。それらがリアルとSNS上でとても人気があるのが私の教え子。
今年で3年目となり、出会った時のように身だしなみやだらけた姿を見せれるほど信頼できている。
カレンのほうはいつもきっちりしているけど。1度だらけてしまうと、いい表情の自分になれないからと。
「また仕事を押し付けられちゃった?」
「んー、昨日カレンと走ったから」
「ごめんね? でも私はお姉ちゃんと走れて嬉しかったよ?」
「この魔性の女め」
私の頭のすぐ隣に座ってきたカレンの顔に手を伸ばし、いつでも私が喜ぶことを言ってくれるカレンが可愛く、照れ隠しでほっぺたをツンツンする。
カレンは私にされるがままになり、私がつつくのをやめるまで何もしないでくれていた。
と、言ってもつつくのは10秒で終わった。
筋肉痛に耐えながらやるのは腕が痛いから。あぁ、若さが欲しい。若さがあれば、すっぴんでもお肌を気にしないでいられるのに。
あ、でも前にそんなことを言ったらカレンにあきれた表情をされるから、言葉にはしないようにしている。
若くても普段からケアをしていないと若さがあってもダメになると言われたから。
「今日は練習をお休みにして、お姉ちゃんを癒してもいい?」
「癒す?」
「そうっ! ほら、これ!」
カレンは持っていたバッグから取り出したのは、耳かきの道具である白い綿棒が入っている円柱のケース。
「お姉ちゃんが横になっているし、このまま私の膝枕で優しくしてあげる」
「32歳にもなって耳かきをしてもらうのは恥ずかしいんだけど?」
「いつもジャージですっぴんな人が言っても説得力はないと思うんだけど、私のお姉ちゃん?」
カレンは小さくため息をつきながら、私の頭を自身の膝へと乗せてくる。
私はカレンの言葉に心が痛み、動くことができなくてされるがままになった。
トレーニングはあとでやることにして、今だけはカレンの優しさに甘えることにしよう。
カレンの張りがある太ももに乗った頭は、人肌のぬくもりと太もものやわらかい感触。それとほんのりと甘い香りがして心が落ち着いてくる。
これは気分が落ち着くなぁと思ったのは一瞬だけ。近い距離でカレンと見つめあい、さらには私と同じぐらいの大きくもなく小さくもない胸が見えた。
同性でありながら、なぜかドキドキとして、カレンはこんなにかわいい子だっけかと思ってしまう。
「顔、横向きにして欲しいなぁ。耳かきのやり方を勉強したけど、カレン、正面からできなくて」
「あ、ごめんね」
困っているカレンに私は慌ててカレンの体を見ない、反対側へと顔を横へと向ける。
「最初は左耳からね。動かないでねー?」
耳に入った綿棒は、しょりしょり、といった音と感触で耳の入り口を撫でるようにしてきた。
時々私の耳から綿棒を外し、ティッシュで耳垢を拭いては続けてくる。
次第に入り口から奥へと行き、変わっていく感触が気持ちよくなっていく。
すりすりと耳の内側をこすり、耳の壁をなぞるようにしてくる。
「お姉ちゃん、普段から耳かきしてるの?」
「え、してるけど。そんなに汚かった?」
「その逆! 普段から女を捨ててズボラなのになんで耳かきしてるの!? カレンがお姉ちゃんに癒しをあげられないじゃない!」
それは大きな声で、けれど、耳が痛くならない程度の声で怒鳴ってくる。
だけど、それは理不尽というもの。いかに女を捨てている私といえど、カレンの天使のような声を聞くために耳かきは適度にやっている。
そのことについて言おうと思ったけど、怒ったカレンはあまり見ることなく、こういうカレンの声もいいなと何も言わない。
カレンは唸り声をあげながら耳掃除をする手を止めると「お姉ちゃんを癒すにはどうすれば……」と小さい声でつぶやくように言った。
私はカレンが私のことを想ってくれるだけで癒される。そう、いつも言っているけどカレンはいつも不満そうにしていた。
何かしてあげたいのに、お姉ちゃんのためにできない自分にいらだつと。
でもカレンはそれほど頑張って変わらなくてもいい。
休みには私と一緒にデートをしてリフレッシュさせてくれるし、今どきの若い子の情報を知るのは楽しいから。
カレンといるだけで私は毎日が楽しい。カレンさえいるなら、男なんていらず、結婚なんてしなくてもいいとも。
最も、カレンが学園を卒業したら1人になった私は寂しくて恋人を作りたくなるだろうけど。
そうして私がカレンのことを考えていると、急に姿勢を前向きにする。
それによって私の横顔にあたるのはカレンの胸。
制服とブラ越しに感じる、柔らかくて暖かさがあるそれは胸だと認識した瞬間にすごく恥ずかしい。
まるで子供のような気分。いえ、年下のお姉ちゃんを持ったかのように感じて。
「えーと……カレン?」
「自慢だけど、カレンの胸はいいものだと思うの」
さっきよりも近い距離で聞こえ、耳元でささやくのはずるいと思う。
近いからこそ言葉のひとつひとつに快感があり、気持ちよすぎて体が震えてしまう。
「うん、カレンの胸はすごいから離れて欲しいな」
「えー、お姉ちゃんのためにしてあげ―――ははーん?」
早口で言う私に、カレンは何かに気づいたのか吐息を感じられるほどにより近づいてくる。
「恥ずかしがるお姉ちゃんかわいい♪ いつもカレンのために頑張ってくれてありがとねっ」
うおおおお!! 耳がくすぐったい! 息遣いの音が気持ちいい! この、男女問わず惚れさせてくれる小悪魔め!
小さく体を震わせて耐えていると、続けてカレンが私を褒めてくる。
その攻勢に耐え、息も絶え絶えになってしまう。
「さて、次は反対側の耳を掃除するよ?」
「もうトレーニングしない?」
「嫌でーす。ほら、早く反対になって」
カレンの嬉しそうな声に逃げられないとあきらめた私は、渋々体を反対側へ向け同時に頭も。
右の耳も左と同じ流れで掃除をしてくれる。
さきほどと同じぐらい気持ちいいけど、すぐ私の目の前にはカレンのスカートがある。
同性愛者ではないけど、これほどカレンに近づき、カレンの甘い匂いを感じ、カレンの暖かい体温を実感しているとドキドキする。
イケメンなフジキセキ、ミスターシービー、シリウスシンボリとは違う惚れる成分がカレンにはある。
毎回耳掃除をしてもらったら、カレンのことしか考えられなくなるなぁとぼぅっとした頭でいると、いつのまにか左耳の掃除が終わっていた。
「これで終わったの、カレン」
「まだだよ? だから動かないで」
起き上がろうとしたけど、言われるまま元に戻す。
カレンに言われたからそうしたけど、もう終わったと思うんだけど。
「いい子、いい子」
そう言いながらカレンが優しく頭を撫でてくれる。
特にケアをしていない私の髪を手で梳くように。
私自身が壊れ物かと思ってしまうほどに優しく。
「あの、カレン」
「なぁに?」
「なんで私は撫でられてるの?」
「だってお姉ちゃんを撫でることなんてあまりないから。今ならちょうどいいかなって」
「子供にされる見たいで恥ずかしいんだけど」
「でも落ち着くでしょ?」
私はなんでも知っているよ、と思うほどに優しく慈愛に満ちた声に反抗する気はなくなってしまった。
だから私はもう素直になる。
「落ち着く……」
「お姉ちゃんはいつも頑張っているんだから、時々はこうしてカレンに甘えて欲しいなぁ」
「でも私は大人で、トレーナーだから」
「大人でも疲れる時は疲れるでしょ? ほら、ちょっとでいいから寝て? 30分経ったあとに起こすから」
カレンの優しい言葉に私は何も言えず、今はただただ甘えて優しさに包まれていたい。
そう思った瞬間に強烈な眠気が来て、普段の精神的な疲れと昨日の肉体的な疲れから目を閉じてしまう。
私の全部をカレンに優しくされながら。
だから起きたときはカレンのためにもっと頑張ろうと落ちていく意識の中でそんなことを思った。