ズボラなお姉ちゃんと世話焼きカレン   作:あーふぁ

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3.カレンの上目遣いとおねだりは一流のような

 8月の時期になると、トレセン学園の生徒数は普段より結構減る。

 それは7月から夏合宿で遠くへ行っている子やトレーナーとそれを補助する人たちにプラスして、短いまたは長い休みを取る子がいるからだ。

 夏は重賞のレースも少なくなる。カレンの場合は7月にレースをし、8月もやることから合宿には行っていない。

 合宿先だと精神が疲れるし、夏の学園は人が少ないから普段の練習よりも効率がよくなるということもあって。

 

 そんな夏を送っているけど、カレンは月末にG3のレースがある。

 レースは近いけれど練習しっぱなしは精神によくないということで、カレンがいつ休みたいかを聞いて今日は休みになった。

 日曜日の今日を選んだのは、アドマイヤベガという同期の子とケーキをたくさん食べに行くからとのこと。カレンが言うにはデートとのことらしいが、相手と甘い雰囲気は見たことがないので一方通行な感情だろう。

 デートの内容を聞いて若いっていいなとうらやましく思ってしまう。

 私がケーキをたくさん食べたら、日頃の運動量が足りないためにお腹がすぐにだるんだるんになってしまう。

 

 そう思いながら、私はうるさく鳴くセミの声を聞き、夏の暑い日差しに照らされながら指導をする。

 担当ではないけど今年入学した、カレンと相性のいい中等部1年の子を。

 時々教官の補助として手伝っているけど、その中でも情熱的に訴えてきたから1人を中心に練習を見てあげている。

 日焼けを気にして、日焼け止めを顔や首に塗ってから上下ともジャージでいるから汗がだくだくだ。

 朝の6時から始まり、何度か休憩を挟みながら昼で指導は終わった。

 カレンとは違って体は成長途上だから怪我をしないよう気をつけたけど、新しい子を指導するのは新鮮な気分と学園に貢献しているという実感があって嬉しくなる。

 午後からは頼まれたものや急ぎの仕事はなく、のんびりとできる。

 

 汗をだらだらと流している私は、むんわりと熱気のこもるトレーナー室に戻って冷房のスイッチを入れる

 本来なら冷房はずっとつけっぱなしにしていたいけど、電気代は各トレーナーが支払うため、適切につけないとお財布が痛い。

 電気代が経費で落ちてくれれば最高なのに、と残念に思いながら冷蔵庫から2Lのスポーツ飲料に直接口をつけて飲む。

 そうしてから汗で濡れたジャージの上を脱ぎ、用意していた灰色のタンクトップを着る。

 

 その後は食堂に行って食べる気分でもないから部屋が冷えるまで外で作業をすることにした。

 作業とはカレンがウマスタでやっているプレゼント企画の景品を作ること。

 定期的にプレゼントするものとして選んでいるのはシューズに使っている蹄鉄だ。

 蹄鉄は消耗品でだいたい45日に1回ぐらいは新しいのに交換する。交換したあと、捨てるだけの蹄鉄がもったいないと思った私はそれをサビ取りした後に塗装してプレゼントするのを提案した。

 カレンも自身に関連するものをプレゼントしたがっていたため、これには喜んでくれた。

 蹄鉄は私やカレンがペンキで塗装をし、それにカレンのサインを入れてプレゼント品に。

 

 他にも蹄鉄とセットでサイン色紙やカレンの気分でコスメがついたりも。

 この企画は結構な好評で、非常に多くのファンが抽選1名の枠に応募してくれている。

 そんなプレゼントを作るために机の引き出しからカレンの使用済み蹄鉄2個と錆止めに使うスプレー、ペンキの代わりに長期のサビ止めとなるグリスとシャツの端切れを手にもつ。それと新聞紙も忘れずに。

 お昼時ですっかり静かになったコース周辺。

 その静かさが寂しくなり、カレンに会いたくなる。

 でも私は大人の女。そういう感情は我慢しつつ、カレンのために頑張ろうと大きく息をついて心を落ち着ける。

 

 トレーナー室の影になっている草地の上に座って壁に背を預けると、手に持っていた荷物を置く。

 作業をする前にポケットから出したのは髪留めのゴムで、髪が汚れないようセミロングの髪型をまんなかポニーテールへと変える。

 準備が整ったあと、スプレーを蹄鉄に吹きかけてから端切れで拭いていく。

 さびを取るだけなら紙やすりでゴリゴリと削ればいいけど、そうすると見た目が悪くなり、細かい傷がついてしまう。

 ペンキで塗るなら、分厚い膜ができて気にならないけど、今回のはグリスだ。

 乾燥すれば透明になるため、ちょっとの傷でも大変気になってしまう。

 せっかくカレンの蹄鉄をカレンのファンへとプレゼントするんだから、最高の見た目でもらって欲しい。

 時間をかけ丁寧にサビを取っていると、遠くから「お姉ちゃぁぁぁぁぁん!」と力強く叫ぶ声が聞こえる。

 

 その声の主は、反射的にわかる。

 学園に来るために制服を着て、手にはトートバッグを持っているカレンだ。

 そう、私のかわいい担当ウマ娘のカレンチャンである! 

 それはどれくらい可愛いかと言うと、聞いていると思わず笑みが浮ぶほどかわいらしい声。

 草原に咲く1輪の百合のような美しさがありながらも、見ているほうが元気になるぐらい明るい子。

 それがカレンチャンである!

 

 でも疲れていたことと、作業に集中していたこともあって体の反応は遅れてしまう。

 その間に叫んでいるカレンの声はすぐに近づいてきて、しっかりとカレンの姿を目で見た瞬間にはぶつかる寸前で。

 私の胸へと飛び込んできた。手に持っていた物は無事に手放すことができたものの、カレンの勢いで押し倒されてしまった。

 幸いにも全速力ではなく、時速20kmぐらいの速度だったため怪我はなかったものの。

 

 私の胸にカレンの顔が埋もれているんですが?

 カレンはかわいくて、私もときめくこともあるけど。まぁ、そのときめきは今なんだけどね。

 担当ウマ娘でありながら、アイドルを応援するかのような、そう、つまりは推しとして見ることもできる女の子である。

 そんな子が私に包まれているのを見て、それプラス胸に顔を突っ込まれている感触が恥ずかしくて、いやや、それよりも汗くさい匂いをカレンに嗅がせるわけには!

 混乱した頭で私はカレンを胸の上からどかそうとするも、カレンは私の背中に手を回して動こうとしてない。

 

「私は汗くさいからどいて!」

「んー、いつも嗅いでいるから大丈夫だよ?」

「そっちは慣れてもこっちが慣れていないってば!! ってかいつも嗅いでいるって何!?」

 

 私の匂いなんてどこで嗅いでいるか聞きたくもあるがそれよりもカレンのことが先だ。

 カレンからはシトラスな香水の香りがし、汗が流れていた私は匂いで汚してしまう気がして罪悪感がある。

 カレンが私の胸で深呼吸してくるのでカレンからすれば悪くないのはいいけど。

 いや、よくない。他の人から見れば、なんか変態なプレイをさせていると思われるでしょーがっ!

 

 私の匂いを嗅ぐのに集中しているためか、背中に回してきた手は段々と力がなくなってきたので汚れた手以外の部分を振るに使ってポイッと横に転がしてから起き上がる。

 転がしたカレンはすぐに起き上がると、私を恨みがましくにらんでくる。

 

「今日は遊びに行くんじゃなかったの?」

「そう、そうなの! 聞いてよお姉ちゃん! アヤベさんとケーキ食べにお店へ行ったんだけど臨時休業だったの!」

「それは運が悪かったねぇ」

「でしょう!? それで他のとこへ行こうとしたらアヤベさんが帰るって言ったから一緒に帰ってきたの!!」

「……アドマイヤベガのこと、強引に連れだしたりした?」

「あはっ♪」

 

 笑顔で誤魔化したカレンにジト目で見つめ、ため息をつく。

 そうまでしてお出かけしたかった気持ちはわかった。その後に付き合ってくれないのはアドマイヤベガがそういう気分だったっていうだけだと思う。

 あの子はカレンに強くお願いされると、よく付き合ってくれるから。

 

「それで時間が空いたから私のとこに?」

「そう! お昼なのに作業している様子だとまだ食べてないでしょ? だからカレンがお昼ご飯を作ってきたの!」

「カレンの手作りなんて素敵ね」

「でしょう? こういうのは一番のファンであるお姉ちゃん限定なんだからね?」

 

 肩が触れそうになるほどの近くに移動してきたカレンは持っていたバッグからラップに包まれたサンドウィッチを取り出す。

 でも今の私は食べることができない。それは作業途中で手が汚れている。

 それにもう少しでサビ止めを終え、そうしてからグリスを塗るところ。途中で切り上げるよりは最後までやり遂げたい。

 

「終わったらもらうね」

「あと何分くらい?」

「15分以内」

「んー……あ、そうだ! カレンが食べさせてあげる!」

 

 ラップをはずし、あざやかな黄色の卵入りサンドウィッチを私へと押し付けてくる。

 

「ほら、あーんして?」

 

 楽しそうに私の口元へ近づけ、そんなことを言ってくる。

 そう言われると私は素直に口を開けた

 抵抗したところでカレンは無理矢理食べさせてくるし。

 私はカレンに食べさせてもらいながら作業を続けていく。

 

「これ、今度のプレゼントでしょ? 色は塗らないの?」

「本来の色のままで欲しいってコメントがあったからグリスにしたの。塗ってからしばらく放置しておかないときつい匂いが取れないから送るのは3週間ほどあとになるけどね」

「そんなに間が空くなら他のプレゼント企画をやらない?」

「カレンのサイン色紙でも送る?」

「ううん。もっといいのがあるよ!」

 

 すっごく楽し気に言う言葉に私は手を止め、でも口だけはサンドウィッチを食べながらカレンの方へと向く。

 私のじとっとした目を気にすることなく、カレンは私と目を合わせたまま言う。

 

「お姉ちゃんグッズ!」

 

 すぐに嫌がろうとするも、食べ物が入った今、苦情を言うこともできない。

 まさかこうなることを見越して私に餌付けを!?

 

「きちんとお化粧をして、かわいい服やかっこいい服を着た写真がいいよね!」

「私的にはウマ娘限定になるけど、練習動画をもらって私がコメントするだけでいいと思うんだけど」

「えー、それだとお姉ちゃんの顔が写らないよ」

「カレンのアカウントなんだから、トレーナーの私が顔を出すのも変だと思う」

「そうかなぁ。みんな気にしないと思うけど」

「よく私に綺麗な服を着せようとしてるけどなんでなの?」

 

 不満そうなカレンに私がそういうと、再びサンドウィッチを食べさせてくる。

 

「カレンが見たいだけだよ? お姉ちゃんはお化粧をする時はスーツ姿しかないから、他の姿を自慢したいの」

 

「合コンに行くときの写真は―――」

「それは嫌! 男の人に見せる服だなんて! お姉ちゃんはカレンだけに綺麗な姿を見せればいいと思うの!」

「あのね、カレン。それだと私はカレンが卒業するまで男の人に縁がなくなるんだけど」

「卒業したときは私と一緒に暮らせばいいと思うの。ほら、そうすれば寂しくない!」

 

 私が結婚したい理由のひとつとして、家に帰っても1人で過ごす時間が寂しいというのがある。

 それは恋人でもいいけど、結婚式や書類で相手を束縛して逃げられなくして確実に私の隣にいてもらいたい。

 恋愛感情よりも、将来の不安から結婚したいという気持ちは離婚率が高そうな気もするけれど。

 カレンと同棲した場合は色々と振り回され、私が健康的でズボラになれない生活なのは簡単に想像できてしまう。

 

「カレンはすぐに結婚しそうだよねぇ」

「そう? 早い結婚って自由な時間が少ないから遅くなってもいいと考えているよ?」

「若いからそう思えるの。私みたいに歳を取ればそうは思わないって」

「そんなものかなぁ~」

「そんなもん、そんなもん」

 

 と、ここで会話が終わり、私は作業を再開する。

 カレンはそんな私の手元を興味深そうに見て感心の声をあげる。

 サビ取りを終えたあとは、端切れにグリスをたっぷりとつけて蹄鉄にたくさん塗りたくっていく。

 

「ね、お姉ちゃん」

「なぁに?」

「もうすぐキーンランドカップがあるでしょ? それに勝ったらおしゃれな服を着て欲しいんだけど」

「ウマスタにアップする?」

「うん。あ、服のコーディネートはキングさんが協力してくれるからから安心して?」

 

 あの一流にこだわるキングヘイローに承諾をもらっているとは。

 そこまでして私に着せたいのか。そういう情熱は、普段ズボラでおしゃれな服を着ないからだろうか。

 今だってジャージにタンクトップという、見て楽しくはない服装だし。

 まぁ、カレンのやる気が出るなら今回はいいかな。

 

「…………勝ったらね」

「ずいぶん長い沈黙だったね、お姉ちゃん」

 

 カレンには勝って欲しいという気落ちと、勝ったらおしゃれしなきゃいけないのかと複雑な気持ちだからこその沈黙。

 こうならないように、他のトレーナーから担当ウマ娘のご機嫌を取る方法やなだめる方法を強く聞いて置こうと決めた。

 カレンとのつながりで知り合いになった人や私と気が合いそうな人たちと。

 この話が終わったあと、予定がない午後はカレンと近くでデートをすることになった。

 いったん家に帰るのは面倒だったため、トレーナー室に置いてあるスーツ姿でだけど。

 せっかくの休日デートなのに、とカレンは不満だったが突然の予定で準備はできないと言ってなだめた。

 

 後日、カレンはG3のキーンランドカップレースに勝った。

 これで今までと合わせて脅威の4連勝。勝ったのはとても嬉しい。でもそれはその日だけだった。

 レースが終わった翌日。

 学園の授業が終わった放課後に、私はカレンとキングヘイローに連れられて服を買うことに。

 カレンが買ってあげると言ってくれたけど、私は自分の服ぐらい自分で買うと言った。

 でもひどくショックを受けたカレンは、その場で力なくへたへたとかわいらしく座り込んだ。

 そして、その姿勢のままで「カレンのプレゼントを受け取ってくれないの?」と涙目で訴えてきたから受け入れるしかない。

 

 買ってもらった服はその日のうちに着てと言われ、トレーナー室に戻るとカレンとふたりきりで撮影会が。

 カレンがやけにハイテンションなのでキングヘイローに助けてもらおうとしたけど、彼女は気づくといなくなっていた。

 ……こういう時のカレンは押しがすごく強い。

 買った服は1着だけなのに、着崩したバージョンも撮られた。

 

「いいよ、お姉ちゃん! ちょっとえっちっぽくて最高にいい!!」

「こういう感じは似合わないと思うけどなぁ」

「何を言っているのお姉ちゃん! 普段スーツでしか表に出てこない人が着崩しているのはギャップ萌えなんだよ!? 最高なんだって!!」

 

 情熱が強すぎるカレンはスマホを使って色々な角度で写真を大量に取る。

 この日は門限ぎりぎりまで一緒にいて、どの写真を投稿するかをふたりで話し合った。

 そう、特に私のえっちな感じの写真だけは出回ってはならない。

 私のきりっとした、世間に通っているかっこいい印象はなくなるだろうし、間違いなく同僚やウマ娘の子たちからからかわれるに違いないから!

 

 翌日、カレンとキングヘイローのふたりが選んだ夏服を着て化粧をばっちりやった私の写真を4枚ほどウマスタで投稿すると、スーツやジャージ以外の姿は初めてだからか好意的な評価だった。

 カレンが言ったようにギャップ差があってよかったらしい。

 それはよかった。

 だけどね、カレン。人気があったからって水着姿を撮ろうというのはダメだと思うの。私のゆるんだお腹を全国公開する気なの?

 G1を勝ったらどうかって?

 ……それでもダメだからね!?

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