呼吸を整え、ゴーグルを耳にかける。ゴーグルを下ろして目を覆い、表示された指示のままにボタンをカチカチと押し込む。目の前に置かれたシルヴィーを見て、もう一度深呼吸。
私の意識は、データの中へと吸い込まれる。
「……3日しか経ってないのに、久しぶりな気がする」
この3日間は正直、生きた心地がしなかったというか、妙にふわふわとしていた。でも、ビリーヴに会いたいって思いだけでなんとか繋ぎ止めていた。
「ビリーヴ……」
会いたい。今すぐ会って、ビリーヴのこと思いっきり抱き締めたい。ひとりにさせてごめんね……って、謝りたい。
そう思っていたら、無意識のうちに駆け出していた。行先はまだわからない、でも確実にどこかへ。ビリーヴがいるところへ。
「はっ……はっ……! ビリーヴ……!!」
息が上がっているような気がした。GBNでは疲れを感じないはずなのに。それだけ必死だということに気付いていたのか気付いていなかったのかは、わからない。
フォースネストには、いなかった。誰も。セントラルディメンションにもいなかったし、だったらもうあそこしか…………!
「…………いない?」
ビリーヴが生まれた場所。私とビリーヴが、最初に出会った場所。そこに来てみたがビリーヴはいなかった。木々が囲む小さな自然の庭園、色がわからなくなるほどに輝く太陽、そしてそれを引き立たせる深く青い空。どこまでも懐かしい景色だ。
「…………、ダメだ、ダメだ、考えるな……!」
一瞬、最悪の予想が再び頭をよぎった。違う、そんなわけない。いるはずだ。いるはずなんだ。この心の中は、強くビリーヴを求めてる。思いの力は絶対にビリーヴへと導いてくれる。
私はもう一度走り出した。
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もう、どれくらい経ったかわからない。
どこに行く気も起きなくて、でもセントラルディメンションはなんとなく居づらくて、ずっとテラスの端の方で、時偶流れてくる水のようなものを拭ってうずくまっていた。
「ひうっ、ああ……ぅ……」
なんだか今日は騒がしい。人が、ダイバーのみんなが来てるのかな。レイメイも、その中にいるのかな。
「…………レイメイ……」
一言、その名を呼んでしまえば。また視界が滲んで、またどんどん溢れてくる。寂しさが込み上げてきて、全身があの温もりを求めてやまない。
レイメイが、このGBNに戻ってきたのかもしれない。でも、あれからずっと会えなかった。もしかしたら、わたしとレイメイは離れ離れになるように誰かに呪いをかけられてしまったんじゃないか、と。
『レイメイ、呪いってなに?』
『呪い? んー…………人が人を縛り付けるもの、かな』
『ふーん、じゃあ、わたしがレイメイを愛してるのも、呪い?』
『そう、なるのかな。呪ってくれてありがとね』
『っ……、うん!』
『愛』という呪いは、そんなものに上書きされてしまったのだろうか。それは、それは嫌だ。嫌だ嫌だ、そんなの絶対に。レイメイと離れ離れなんて、そんなの、そんな──
「ビリーヴ!!」
「ッ……!?」
どこからか、どこかから聞こえた声。
間違えるはずない。あれは、あの声は。
気付いたら、誰にも見えない端の所から飛び出して、テラスの方に出ていた。そして目の前には…………。
「レイ、メイ…………」
「…………ビリーヴ」
燃えるように輝く髪、芯の通った瞳、ブカブカの緑色の上着。その姿は、間違いなくレイメイそのものだった。
「…………久しぶり」
色んなものを飲み込んで、微笑みかけるレイメイに、わたしは迷わず抱き着いた。
「レイメイっ!!」
「うおっ!」
「レイメイ、レイメイ……! ほんとにレイメイなの……?」
「うん。ビリーヴ、ほんとのほんとに久しぶり」
「寂しかった……寂しかったよぉ…………!!」
「私も、私もっ……寂しかった……!」
「止まんないの、目から出てくるこれっ……レイメイのこと想えば想うほど、止まんなくなって…………!」
「うんっ、私も涙……止まんないや……」
なみだ、涙。
やっと知れた。やっと、やっと、やっとレイメイに会えた。教えてもらった。
レイメイ、レイメイ、もう離さない。離したくない。例えどんな人に引き剥がされそうになっても、絶対にこの手を離さない。
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「はぁ、リアルでもGBNでも泣いてしまうとは……」
「”泣く”っていうの、わたし初めて」
落ち着いた後、涙についてレイメイに色々教えてもらった。涙を流すことを『泣く』といって、悲しいって気持ちや嬉しいって気持ちが強くなると出てくることがあるらしい。
「感情の高まり…………っていうので、人は泣いたりするのかな」
「かもね」
「……わたし、ずっと泣いてた。レイメイに会えなくて、レイメイどころか、他に誰もいなくて。何回かわたし以外のELダイバーが来たんだけど、その人も不安がってた。ずっと独りで、怖かった…………」
「うん。私も、怖かった。ビリーヴと会えなくなるなんて思ってもなかったし、それに何より…………ビリーヴが、消えてなくなっちゃってるんじゃないかって、そう思うと震えが止まらなかった。でも、会えた。生きててくれてありがとう、ビリーヴ」
「…………わたしも、ありがとう。レイメイ」
GBNはアクセスが集中したことでサーバーに強い負荷がかかり、限界に達してしまったらしい。それで全てのアクセス元を絶って強制的にシステムを停止、その後復旧メンテナンスを3日間行ってようやく今日、復帰したらしい。よくわからなかったけど、わたしとレイメイ達は3日間切り離されていたみたいだ。
「……それで、なんだけどさ」
「ん?」
「か、カスミがさ。ビリーヴに1つ提案があるって言ってきてさ」
「うん」
「そ、その…………ビリーヴ。リアルに、行ってみない?」
「ッ…………!」
レイメイから言い出された提案、それはリアルに行くこと。
リアルに、レイメイ達の世界に、行くこと。
「その、お母さんの説得…………出来たから。なんというか、話してみれば意外とあっさり行ったというか…………」
「行っても、いいの?」
「う、うん! リアルでもビリーヴがいてくれたらその、いいな〜って…………うわー語彙力な……」
「いいんだ……行っても、いいんだ」
レイメイは、毎日ここに来てくれた。だけどそれは朝からだったり、夜だったり。来るのが遅い日は、すっごく寂しかった。だから来たときの嬉しさはより強いものなんだけど。だけど、レイメイがいないのは嫌。この3日間で、それを痛感した。だから。
「行くよ。リアルに、行きたい」
「っ……、ビリーヴ」
わたしはすごく嬉しい。だって、毎日ずっと、レイメイと一緒だから。
それなのに、レイメイはどこか、複雑そう。
「…………ビリーヴはさ、気にならないの? 今まで、こういう話されなかったの」
「気になったけど、リアルで色々あるんだろうなーって、思ってたよ。コネコだって月曜日から金曜日はずーっと夜から来てたし、来ない日だってあったから」
「……うん、そうだね」
レイメイは、何か言いたげだった。でも、それを躊躇っているみたい。
「…………レイメイは私に、来て欲しいけど、来て欲しくないんだね」
「……あ、いや違うの! そ、その、リアルは危険がいっぱいで! GBNとは全然違ってて、理不尽なことだってたくさん──」
「レイメイと離れ離れになること以上のことなんて、ないよ」
「え……?」
GBNに取り残されて、レイメイの声が聞けなくて、ずっと頭の中でレイメイのことを考えて、その度に泣いて、理解した。わたしにはレイメイがいないと、わたしはだめだめなんだって。でも、レイメイと一緒なら、レイメイを支えていけるほど強くなれる。
「どんなに辛くても、苦しくても、レイメイと一緒なら耐えられる。越えられる。でもわたし、レイメイがいないと何にもできないから。だから、レイメイがいなくなる以上の理不尽なんて、ないんだよ」
「ビリーヴ……」
「だから、一緒に乗り越えたい。レイメイがリアルで苦しんでることも、全部」
「…………私も、ビリーヴがいないと全然ダメなの。学校、ホントは行ってたけど行きたくなくて……それは、私が学校で何にも出来なかったからで。お父さんに影響されて続けてるガンプラも、お母さんからしたら死んだお父さんを引きずってるみたいに見えるらしくて…………」
「お父さんって……?」
「お母さんと同じで、私を生んでくれた人。ガンプラが大好きで、私は好き勝手にガンプラを作ってバトルに駆り出してたお父さんに影響されて、ガンプラを好きになったんだ」
「……そうなんだね。シルヴィーが愛されてるのは、そういうことだったんだ」
「うん。お父さんは、事故で亡くなって、二度と会えなくなったんだ。あの時は凄く泣いたし、しばらく引きずってたし、ガンプラからも、お父さんを思い出すからってちょっと離れちゃってた。今は、GBNでこうしていられてるわけなんだけど」
「大切な人と、二度と会えなくなって、だからわたしのこと凄く心配してくれてたんだ」
「……ビリーヴまでいなくなったら、私どうなってたんだろ。フォース抜けちゃってたかな……もしかしたら、一生ガンプラを作らなくなってたかもしれない」
レイメイは、大切な人を1度失って、わたしも失ってしまうかもしれないって…………ずっと怖かったんだろう。わたしは、その思いを知ることは出来ないけど、レイメイがこんなに苦しんでるのは嫌だ。レイメイと会えなくなることと、同じくらい。
「……わたしが、リアルに行って、レイメイと一緒にいる。お父さんの分も、ずっと」
「ビリーヴ…………」
「ガンプラ作るの、手伝う。それに話し相手にもなるし、わたしすっごく頑張るよ」
「……ふふっ、ビリーヴにお父さんの代わりは務まらないよ。ビリーヴはビリーヴ、私の大好きなひと」
「そのつもりだよ。レイメイ」
「それにビリーヴ、リアルだとこんなちっちゃくなっちゃうし」
「え、そうなの!?」
レイメイが手を使ってサイズを表す。どうやら手のひらに乗るくらい小さくなってしまうみたいだ。
「ガンプラもリアルだとこんだけ。もう一回り小さいかな……ビリーヴの身体はHGより大きいぐらいのサイズ感にするつもりだし」
「わたし、ガンプラになるの?」
「うん。GBNの前にGPDってのがあって、リアルのガンプラを使ってバトルするの。その技術を使ってビリーヴをリアルでも動けるようにするんだ。ガンプラの身体でね」
「そうなんだ……」
リアルでもガンプラバトルって出来るんだ……。でもそうなると、リアルのシルヴィーは壊れちゃうのかな。
「まぁでも! 例えガンプラでもリアルと遜色ないように気合い入れて作るから!」
「う、うん! それにしてもレイメイの作った身体で、わたし動くんだ…………ちょっと、はずかしい、かも」
「へ?」
…………はずかしい、じゃないな。じゃあどう言えばいいんだろう。嬉しい?
「な、なんというか…………フクザツ」
「え、もしかして私が作るの嫌……?」
「やじゃないよ! でもでも、うー……」
何が引っかかるのかわかんないけどとにかくフクザツなの〜!!
(顔真っ赤にしてるビリーヴかわいい!!!!!)
「あはは……私こういうの作るの初めてだし、違和感があるなら言ってよ。かなり心苦しいけど色々削ったりするから……」
「け、けずる…………」
「絶対痛いだろうけど絶対成功させるから! 麻酔みたいなのあれば寝てるうちにやれるんだけど……」
レイメイと話していくうちに、さっきまであんなに泣いていたとは思えないくらいわたし達は笑い合っていた。それでひとしきり話した後、レイメイが問いかけてきた。
「……本当に、リアルに行きたい?」
「うん。行きたいよ」
「お父さんみたいに、誰も予期できないような事故で、死んじゃうかもなんだよ?」
「死ぬことがとてつもなく悲しいっていうのはわかるけど、でも、レイメイが守ってくれるんでしょ」
「…………」
「だから、わたしもレイメイのこと守りたい。だから行くの。わたしガンプラだから、もしものときはガンビットで助けてあげるよ?」
「そんな物騒なの人に向けちゃダメだから……」
「冗談だよ」
まぁ、レイメイを苦しめる相手だったらその限りでもないけど。
「…………ほんとに、危険なんだよ。口では言えても、本当に私がずっと守ってあげられる保証はできないし」
「それでも、レイメイのために頑張れる」
「……不安なんだよ、本当に」
「うん。怖いって思ってるんでしょ? でも、って無責任には言えないけど、わたしは絶対レイメイと一緒にいる。この思いは、何よりも揺らがないよ」
「…………ホントにもう、ビリーヴは強いなぁ……」
例えどんな苦悩が待っていても、今回よりももっと辛い出来事が起きたとしても、わたし達なら乗り越えられる。絶対、絶対に。
「さて、いい加減制作開始しないとなぁ」
「かわいく作ってね?」
「もちろん!」
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「飯綱ヒカリ……集会で集まったのは横浜の瀬谷区…………」
想像よりずっと近い場所だった。とはいえ、自宅が同じ市内にあるのは少し危険だ。俺の自宅が奴らに割れてイチカが巻き込まれるみたいなのは流石に御免蒙る。
復旧後、デスマーチを潜り抜けたスタッフを見送りながらアカウントの名簿を確認した。が、しかし。ダイバーネーム:スタルというプレイヤーのうち、フェイクデカールを使用した者のアカウントは確認できなかった。どうやらあの後アカ消ししてトンズラこいたらしい。一部のフェイクデカール使用者、スタルの側近と思しき連中もだ。
お陰で捜査は泥沼、手がかりはあの女から引き出した名前と集会場所だけ。
(ま、本名や芸名なわけねぇよな。偽名、もしくは他の誰かの名前をカモフラージュに使ったか)
肉壁にしても個人情報バラされるのは流石にあんまりな扱いだな。多分そいつアもカ消してるだろうし、それにダミーアバターを使用したゲストプレイヤーの線もある。どっちにしろ、GBNからはもう奴らは追えない。
「はぁ、しゃーねぇな。警察に頭下げに行くか……」
こうなったらもう横浜市近辺の『飯綱ヒカリ』を片っ端から探すしかない。
警察から許しを貰わないといけないから、少しのプライドはその辺のホームレスにでも食わせてやるか。
さぁ、国家ぐるみのストーキングの始まりだ。
次回、ビリーヴ、リアルの空を飛ぶ!
chapter2もそろそろ終盤戦!