GBNは、本当に多くの人で賑わっている。
セントラル・ディメンションに集まる大量の人々を見ながら、わたしはそう感じた。あまりにも多くて、なんだか目が回りそうだ。
そんなわたしは今、ある人を待っている。わたしの果てなき知りたい欲を満たしてくれる人、レイメイだ。
レイメイは基本的に毎日来てくれるが、何時に来るかは意外とバラバラで、遅い日があるとすごく寂しい。だから、そんなときは周りに目を、耳を傾ける。ダイバー達が放つ言葉の中は、まだわたしが知らないことばかり。聞いていった中で印象に残った言葉をレイメイに問いかける。そうやってわたしの知りたい欲を満たしていく。
これが、今のわたしの『にっか』というものだ。
「今日なにやるー?」
「レイドやろうぜー」
「レイドなぁ。今日やってんのはシャンブロだっけ? トリントン襲撃のやつ」
「シャンブロかぁ。そういやオレ、昨日の晩メシ伊勢海老だったわ」
「うわうらやま!」
「いせえび…………」
いせえびとはなんだろうか。ばんめし? というやつなのか、わからない。
知りたい。
よし、今日レイメイに会ったら最初はいせえびについて聞こう。他には何を聞こうか…………。
「いいだろ嬢ちゃん? 公式のよりよっぽどタメになるぜ?」
「いやぁ、せめて公式ミッションクリアしてからの方が……」
「あんな退屈なのやめなって! それよりこっちの方が手応えあるよ、習うより慣れろって言うだろ?」
気になる言葉を探していると、小さい女の人と大きい男の人がなにか揉めているような場面を見つけた。
…………あの大きい方の人、この前倒したジンクスの人の横にいた気がする。もう何日か前のことで忘れちゃったけど。
気付かれないよう、こっそり近づく。男の人の方は根気強く話しかけているが、女の人はずっと困ってるような顔をしていた。ようやく話が聞こえる距離まで近付いたけど、知らない言葉ばかりで会話についていけない。
ええい、もう行ってしまおう。
「な、なに話してるの?」
「あ? ……お、お前は、あのときの女と一緒にいたガキ!?」
『がき』ってわたしのこと? どういう意味?
気になる。
『がき』って言葉についても後でレイメイに聞こう。
「た、助けてなのです! この人さっきからずっと変な勧誘してきて……」
「変な勧誘? それってなに?」
わたしが問いかけると、女の人はわたしの方に寄って青い板を見せてきた。
「このミッションを受けろってうるさいのです…………。私、こういう勧誘は受けないって死んだおばあちゃんのお墓に誓っているのです! だから受けない! なのです!」
男の人に対してそう高らかに宣言した。けど…………さっきから、言葉の最後に「なのです」とか、「のです」がつくのが気になってならない。どうしてそんな喋り方しているのだろうか。
男の人はさっきの宣言に少し後ずさりするが、それでも勧誘とやらをやめなかった。
「で、でも! このミッションは連戦タイプのミッションで敵を倒す度に上達の実感が────」
「敵の強さは易しくないだろ、ヴァルガなんだから」
そう誰かが男の人の後ろから話しかけてきた。この声は、間違いない。
「レイメイ!」
「げっ! あのときの女!」
「反応が真逆なのです……?」
「おはよう! レイメイ!」
「ビリーヴちゃんおっはよ〜…………で。お前はアニキくんシバかれたのにしぶといねぇ〜」
わたしにあいさつしたのも束の間、レイメイは男の人に目を向けた。目をじとっとしたものに変えながら。
「ぐっ……あ、アニキを倒した相手でも構うかよ!」
「それ、買い手の前で言っちゃっていいの? 『私はあなたを騙そうとしてました』って言ってるようなもんじゃない?」
「あっ……!」
そう指摘された瞬間、男の人はしまった、とばかりに苦い表情をした。と同時に、わたしの隣にいる女の人の顔がレイメイと同じようなものになった。
「やっぱりそうだったのです…………」
「……う、うるせぇ! お前なんか俺のトールギスで……!」
「へぇ、君のアニキくんどんなやられ方したっけ?」
「は……?」
「いやぁあんまりにも弱かったからさぁ、どうやって倒したか忘れちゃった。どんなだったっけ……? ビットで炙ったんだっけぇ……」
「ぐっ……」
「あの試合見てたでしょ? どんなだったか、覚えてる?」
相手を挑発するように、逆撫でするように、放たれる言葉にどんどんと男の人はたじたじになっていく。
「お、覚えてろよ! クソッ!」
ついに耐えきれなくなった男の人が格好つかない走りで逃げていった。
レイメイは強い。あのときもそうだったし、わたしが困っているときにすごく頼りになる。
こういう気持ちを何と言うのか、わたしはまだ知らない。だけどいつか知ったとき、レイメイには1番に言いたい。そう思った。
「あ、ありがとう……なのです」
「ん。善良な初心者ダイバーを地に叩き落とす輩は排除しないとねぇ…………私もスッキリしたからいいよ。ところで…………」
「……? なんなのです?」
「その語尾は一体……?」
わたしも気になっていたことをレイメイの方から切り出した。流石のレイメイも、この喋り方の意図はわからなかったみたいだ。
「あぁ、ただのキャラ付けなので気にしないでいいのです」
「きゃらづけ…………」
「キャラ付け……?」
レイメイが訳のわからないかのような顔をしている対面、わたしもまた訳がわからなかった。きゃらづけ、ってなに? それも気になるけど、どうしてわざわざそのきゃらづけとやらをしているのかが全くわからない。知りたい…………のかもしれない。
「私、『コネコ』なのです! 小さい頃からアニメが大好きで、アニメみたいな可愛い女の子になるためにGBNを始めたのです!」
「お、おう。そりゃ大層なことで…………」
「説明されてもわからない……」
そもそもあにめってなに。知らないものを知ろうとしたら、また新しい知らないものが出てくるのはよくあることだ。これをマトリョーシカと言うのをついこの前、レイメイに教えてもらったのを覚えている。この女の人……いや、コネコ。この人、すごく気になる。
「でも、始めて早々あんなのに絡まれるなんて……ツイてないのです」
「それはご愁傷様……大人数のMMOなんだしこういうこともあるよ。辛いことなんてその倍の楽しいことで上書きしちゃおう!」
「うん、そうなのです! ありがとうなのです!」
「うんうん! うん…………」
声高らかに言う言葉の裏に何か黒いものがあるのは、なんとなくだけどわかった。レイメイは、たまに自分を痛めるような、いわゆる『自虐』というものに走る物言いをしたりする。その言葉の最後が遅くなったり、掠れるようになるのがそれの証拠だ。
そういうレイメイを見るのは、胸が痛い。締め付けられるように、その痛みが、まるでわたしのものであるかのように反響する。レイメイの痛みは、わたしの痛み。痛いのが好きなんて人は、滅多にいないだろう。だから、わたしはレイメイが自虐をしているのが好きじゃなかった。レイメイは笑顔が眩しくて、わたしはレイメイの笑顔が大好きだから、レイメイには笑顔でいてほしい。多分、こういうのは、『身勝手』だとか、『ワガママ』だとか言うのだろう。
「レイメイ……」
「ん、どした〜ビリーヴちゃん? コネコちゃんに私とられて寂しくなった?」
わたしの呼びかけに応じて、レイメイがすぐにわたしの方へ駆け寄って来てくれた。
「そうじゃなくて、その……レイメイ、苦しそうだったから」
「苦しそう……なのです?」
レイメイの様子からはそうとは感じられなかったのか、コネコが反響して口に出す。
「うーん…………ビリーヴちゃん鋭いな。私はね、過去にすっっっごく嫌なことが何度も起きたの」
「すっっっごく?」
「そう、すっっっごく。だから今もそういうの消えないんだよね…………たまに思い出して、辛いな苦しいなって、そうなっちゃう」
「うん……」
「ビリーヴちゃんといると楽しいよ。これは本当。だからビリーヴちゃんが全部上書きしてね? 私の辛い事、苦しい事、全部全部。お願い?」
「……わかった。辛いの苦しいの、全部わたしでうわがきする」
「うん、ありがと」
わたしばかりよくしてもらうんじゃない。レイメイだって嫌なこともあるんだ。だからそういう時は、わたしがよくする。それがいつも教えてもらってるわたしからの、精いっぱいの恩返し。
レイメイが辛さの残る表情から、優しい笑顔になるのに釣られたのか、わたしの顔もまた、綻んでいた。
「あのぉ…………2人のイチャイチャを見せつけられるこっちの身にもなってほしいのです」
「おぉう!? ごめん完全に2人の世界に入ってた!」
「…………?」
あぁ、そういえば。レイメイとの会話に夢中でコネコのことを完全に忘れていた。コネコはさっきのレイメイともまた違うじとっとした目線でこっちを見ている。まるで構ってくれなくて寂しがっているかのように。実際そうだけど。
「まぁコネコ的には美味しかったのでいいのです! それよりも……チュートリアルミッションの受け方を教えて欲しいのです……」
「あぁね。楽々ラクチンだから教えてしんぜよう。まずはメニュー開いて……」
レイメイがコネコに説明しているのを見ながら考える。わたしはどうして、知らないものがこんなに多いのか。
レイメイによると、どうやら生まれたばかりELダイバーは人によって知識量に差があるらしく、わたしのように何も知らない人もいれば、生まれた時点である程度知識がある人もいるそうだ。それにはレイメイ達ダイバー、一人一人のガンプラへの想いが起因しているという説があると言っていたけど、レイメイも曖昧でよくわからないそうだった。とにかく、わたしは何も知らない方になる。
でもこれで良かった気はする。もしある程度の情報が予めあったら、この果てなき知りたい欲を満たすために危ないこともやっていたかもしれない。そういう意味では、わたしの方に知識が無くて良かった気もする。無いからこそ、こういうレイメイにとっての常識で欲を満たすことが出来ているのだから。
結論に至ったところで、自分の目の前に青い板が出現した。
「…………?」
「ビリーヴちゃん、フレンドなろうって」
「フレンド…………?」
「私ともなってたでしょ? フレンドになれば何時でも何処でもやり取り可能! 好きなタイミングで話しかけられるよ!」
別に、コネコとの会話は自分にとって実りがあったのかは分からないけど、フレンドというものになって欲しいとレイメイがお願いしてくれてるんだから、きっといいことに違いない。
「うん。わかった……でも、どうすればいいかわかんない……」
「あぁ、下の方に四角が2つあるでしょ?」
「うん。あるよ」
「その右側を押したらフレンド申請を承認したってことになるから、どうぞ」
「わかった」
レイメイに言われるがままにやったら、青い板が新しく増えた。その板には変な模様が散りばめられていて、この模様はいわゆる文字というものだ。しかし、わたしはこの文字がどういう意味なのかさっぱりわからない。文字についてもレイメイに聞いた方がいいかな…………。
「あ、フレンド増えたのです! 嬉しいのです!」
「うんうん、わかんないこととか聞きたいことあったらチャットでお願いね」
「わかったのです! では、さらばなのです!」
別れの言葉を述べてから、コネコはセントラルの中心に向かった。わたしと『ふれんど』になれて嬉しいみたいだった。
ところで、フレンドってなんだろう。
「レイメイ、フレンドって?」
「今日の質問コーナーね。フレンドっていうのはまぁ親しみを持って接する仲のこと。……あ、親しみわかんない?」
その問いかけに、わたしは首を横に振って応じる。親しみ……というのは、好印象を持っているという意味なのだろう。多分。
「そか。それでフレンド同士はチャットっていうので離れていても会話ができるんだ。文字が使える前提だから、ビリーヴちゃんには難しいけど」
「そっか……」
チャットというのも気になっていたけど、文字が使えないとチャットも使えないのは少し残念だ。
「……チャット使うために文字覚える? 私が手取り足取り教えてあげるよ? チャット使えればいつでも教えてあげられるし」
その提案に対して、わたしは半分の了承と半分の拒否を覚えた。なぜなら、わたしはチャットという文字だけのやり取りじゃなくて、レイメイには直接会って教えてほしいのだ。
セントラル・ディメンションでレイメイを待って、その間に知りたいことを探して、レイメイが来たらそれを教えてもらう。それが今のわたしの生き方。
「……文字は教えてほしいけど、チャットはいいや。レイメイと直接お話したいから」
「ッ……! そ、そっか」
理由も含めて自分の思いを伝えると、なぜだかレイメイは、その顔を真っ赤にして見るからにびっくり、というような表情になった。口元もなぜか隠している。
「ん、レイメイ? なんで赤くなってるの?」
「ご、ごめん…………それは答えられないというか……」
「教えて教えて!」
「うぅ…………こんなの羞恥プレイだろ……!」
それはできないとばかりに固く閉じられた口をこじ開けるようにレイメイの腕にしがみつく。
対してレイメイは、渋々ながらも口を開け、わたしに答えた。
「……あのね、ビリーヴちゃんって真っ直ぐ言うけど。真っ直ぐな言葉は良くも悪くも人の心に大きく響くんだよ。だからことばは時折濁すっていうか、色々誤魔化して言うのも大事。万が一にも傷付けちゃったら、ビリーヴちゃんも悲しいでしょ?」
「……それは、レイメイが傷ついたってこと……?」
傷つくということは、なんとなく嫌なことなんだとわかる。それはとても悲しいし、辛い。レイメイに嫌な思いをさせたなら謝りたい。わたしがそうしたのなら、なおさらだ。
「あぁいや、傷ついたというかあの……ただ恥ずかしいと言いますか? えぇっと…………とにかくまぁ、傷ついては無いから安心して?」
「よ、よかった……」
簡単に事実だけ述べられてひどく安心した。
安心したところで、知りたいものの中から1番気になるものをわたしの中から探し出す。1番は…………これかな。
「ねぇ、レイメイ」
「ん? 今度はどした?」
「わたし、『ヴァルガ』って何か知りたい」
ヴァルガ、さっきレイメイが男の人に対して言っていた言葉だ。それを聞いたレイメイは、これまた驚いたような顔にしていた。
「…………マジで?」
「うん」
「マジかぁ…………」
今度は赤くなるというより、青くなった感じだ。そしてレイメイは、どこか諦めたような顔でこう言った。
「ビリーヴちゃん……ハードコアディメンション:ヴァルガ、行ってみる?」
まだ知らないことばかりだけど、語尾だけは変だった。
次回、かの世紀末、ヴァルガに突入!
コネコちゃんのガンプラは別の機会に
キャラ設定:
コネコ/
アニメ大好きな初心者ダイバー。
可愛い女の子になるためにGBNを始めた。
用紙は金髪のウルフカットに猫耳、黒ノースリーブの上に白パーカー、ショートパンツにスパッツと、ラフな格好ながらスポーティーなスタイル。