もやもや。
「カスミ、ここのパーツなんだけど……」
「あぁ、膝関節ね……」
もやもや。
「ビリーヴはどんな感じがいい?」
「レイメイが作ってくれるならなんでもいいけど、あんまり大きく曲がるよりはGBNのままがいいな」
「わかった。動かしやすさ重視ね」
もやもや、もやもや…………!
「だぁー!!! カスミさん最近あの2人のことばっかで全然構ってくれないのですー!!」
「荒れるねぇ」
「そりゃ荒れるのです!」
今の私は阿修羅すら凌駕する程に怒ってるのです!!
「まぁ大丈夫。あいつにはあの2人の間に挟まるような真似をしたら刺すって言ってあるから」
「ヒェッ……」
カグラ先輩目が据わってる…………笑ってるようで全然笑ってない……!
「と、とにかく不安なのです! こうも放置されると……!」
「うんうん、その寂しさから毎晩シーツを汚すように──」
「軽率に下ネタ言うのはやめて欲しいのです」
「あっ、サセン…………」
全く、私はこんなに真剣に考えているのに。カグラ先輩、もしかしてカスミさん達男性と一緒にいすぎて感性がそっち寄りになってるのです……?
「……で、ですよコネコちゃん」
「はいなのですじゃないのです」
「いや軽い気持ちで言ったのは謝るから……」
「再発防止に務める意思は行動で示すのが1番だと思うのです」
「はい…………。それでだね、カスミに構ってもらうには強くアプローチをかける必要があるわけですが」
「うむうむ」
「言っておこう、カスミはおっっっそろしいくらいの…………童貞なのだ」
「いやそれくらいわかってるのです」
だってちょっと刺激した程度であの慌てぶり、確実に異性にあそこまで距離を詰められたことの無い反応だったし。
「そう。だがだからといって軽率なハニートラップが効くような相手でも無し! あいつだって伊達に出会い目的のリスナーを日々撃退してるわけじゃないんだよ!」
「ほぉ……。出会い目的のリスナーについてもっと詳しく」
やっぱりカスミさんって一部の女性ダイバーからいけない視線で見られているような気が…………。
「まぁそれはいいとして……。ズバリ! カスミに構ってもらうためには……」
「ゴクリ……」
「……カスミを不安にさせること!! これが1番だね!」
「不安にさせる……のです?」
「前にも言ったでしょ? あいつは人との繋がりに執着している傾向がある! つまりコネコちゃんがポツリと一言、縁が切れる前兆のようなことを言った瞬間、やつはシェパードや柴犬の如き勢いで飛びついてくるに違いない!!」
「おぉ!!」
あの一見余裕ぶってるイケメンスパダリ男子が慌てふためいて私に飛びかかる…………そんなのラブコメとして最高の展開なのです!!
「…………あれ? それ私体格差で負ける気が……」
「気合いでカバー! まぁホントに飛びついてくるとかじゃないし! 多分!」
「なにやら不穏な物言いなのです……」
まぁいい、この人は最初に会ってから何かと適当なことを言ってくる節があるし。いちいち相手にしてたらキリがない。
こういうのは思い立ったが吉日! 真っ直ぐ突っ込み当たって砕けろ! なのです!
と息巻いてから数時間、ようやく相談が終わって暇を持て余しているカスミさんの隣に座る。
「あ、コネコ」
「…………最近、随分と仲良いのです」
「違うよ。キャラクターモデルのノウハウを持ってるのはこの中でオレだけだから」
「だとしても……そうやってばかりいると、愛想尽きちゃうのです」
よし、我ながら最高の文句! これならカスミさんも冷静さをなくして……!
「……コネコがいいならそれで、いいけど」
「…………は?」
え? 予想と全然違う。諦め早すぎない? ちょ、ちょっと。少しは食い下がってよ。な、なんで? なんでそんなあっさり受け入れちゃうのです?
「どうせオレといても将来ロクな事にならないし。例え今の壁が崩せても、その先にあるもので全部めちゃくちゃになる」
「ちょ、ちょっとカスミさん?」
「コネコは、もっと自由に伸び伸びと、ネコらしく生きていくのがいいから。オレなんかに縛られるくらいなら、それで──」
「ま、待ってくださいなのです!!」
カスミさん、なんか今日は変だ。妙に弱々しいし、淡白だし、謙遜することはあってもプライドは絶対だったのに。
何より、有志連合戦の時に感じた『胸の奥にある気迫』が感じられない。
「ど、どうしてそんなこと言うのです!? ただの冗談っていうか、からかい目的だったじゃないですか! なんでそんな本気に……!」
「こ、コネコ」
「カスミさんらしくないのです! もっと慌てふためいて、私に飛びかかるぐらいっ……! なんでそう簡単に引き下がるのです!!」
「だ、だって……」
「『だって』なんなのです!? 返事を保留にしてるからここまで言われる謂れは無いとでも言うつもりなんですか! 私がどれだけあなたのこと想ってるかも知らずに!!」
「違う、オレは……」
あー、もう。なんでこうなった? 私、カスミさんにこんなこと言うつもりなんてなかったのに。
「オレは、元よりそのつもりだったから」
「……は? 元よりそのつもりって……」
「コネコが余計苦しむ前にコネコの前から去るつもりだった。コネコが抱えてた問題全部オレが受け持って、オレが解決するつもりだった」
「ど、どうして……」
「オレが疫病神だからだよ。有志連合戦だって、あんな結果になったし」
「いやっ、それはカスミさんが直接的原因じゃ……!」
「だとしても、オレがいた事実は残ってる! 昔からオレの周りは不幸なことばかり起こってきた! オレが原因でも、そうじゃなくても!! そのジンクスがある限り、オレは不幸にならなくていい人間を泣かせることになる。だから、泣き出す前に逃げるしかない。これは、オレなりの人との付き合い方なんだよ……! 薄情者だって、臆病だって構わない。オレの大切な人が不幸になるくらいなら、オレが──ッ!!」
感情を剥き出しにして語るカスミさんに馬乗りになり、ビンタを食らわせる。心苦しいけど、仕方ない。
「カスミさんのバカ!! さっきから言ってることブレブレなのです!! 人と一緒にいたいだけど自分と一緒だと不幸になるだからその前に離れるってそれ誰も得にならないのです!!!」
「損するよりはマシだ!」
「人は得を欲する生き物なのです! 私は少し損をしてでもあなたとの時間っていう得が欲しい! なのにあなたは、それを自分勝手に捨てるって言う! 返事保留にしてたのもそういう事だったんですか!!」
「……そうだよ! 踏み込み過ぎて破滅するくらいなら、返事を保留にしてある程度の距離を取ったまま──」
「そこが矛盾してるのです!! 結局、離れたいのか離れたくないのかハッキリしてない!」
まるで人格がバラバラみたいに言ってることが違う。でも一貫していることは、人と付き合うことを極端に怯えていること。だったら、複雑な心のパズルを組み立てていくしかない!
「ホントに不安なのです! カスミさんいつもは口数少ないから何考えてるかわかんないし、かと思えば誰よりも周りを見渡してる。こんなこと言いたくないけどっ、カスミさんは不気味なのです……!」
「不気味……?」
「だけど、そんなあなたが私は好きなのです。ゆらゆらと、摩天楼みたいな……でもその中にあるものはひとつも変わっていないあなたが。カスミさんの言うことは全部合理的で、間違ってないから。だからハッキリさせたい。どっちが本心なのか、どっちが本当のカスミさんなのか! 今、言ってください!!」
「…………無理」
「言って!」
「無理だって」
「無理じゃないのです!」
怯えてるのはわかってる。だから、私から手を差し伸ばして、私が望んでるって、怖くないって教える。それが、今私ができる精一杯だから。
それに、知りたい。この人の、この人の本当の心が。
「…………笑わない、なら」
「笑いません。例え脈ナシでも、受け入れるのです」
ちょっと、嘘ついてしまった。
カスミさんはしばらく下を見つめてから、やがて決心しきれないかのように目を逸らしながら口を開いた。
「…………適当にそれらしいこと言ってれば誤魔化せるかなって思ってました。すいません」
「…………はい?」
あれ、思ってたのと違う?
「え、普通に保留引き伸ばしたかっただけだったのです? じ、じゃあ、保留の理由って……」
「世間の目があるからですね、ハイ」
「えぇ…………?」
拍子抜けどころではない、え? 世間の目って、え?
そしてカスミさんは、真っ赤にした顔を見せないように手で覆ってから続けた
「…………普通に、一目惚れでした」
「え、そうだったのです!? 全然そんな感じじゃなかったんですけど……!」
「昔から本心隠すのは得意だったんで……」
まるで余裕ぶってて紅茶結構飲むなぁ喉乾いてたのかなぁぐらいにしか思わなかったけど、あれ平常心保つのに必死だったってだけ!?
「正直に言うと、婚約者って形でいられるのは嬉しかった。一人暮らしとかマジで鬱ルート一直線だし動物苦手だからペット飼えないし」
(あ、OKな家ではあるのですね……)
「だから心を許せる相手が欲しかったっていうか…………シンプルに甘えたかった!」
「甘えたかったぁ!?」
今までのカスミさんからは考えられないような発言出てきたのです!?
「でもさぁダメじゃん大人が未成年によしよしされるのは!! 完全にそういうアレのそういうプレイじゃん!! というか付き合うのもぶっちゃけアウトだし、恋のABCとか以ての外! だけどいい感じに誤魔化せば世間体気にせず距離近くなれるかなぁって思って完全に下心丸出しで今までやってきましたはいすみませんでした!!」
「い、いや謝られてもどうも言えないのです…………」
まさか今までの態度全部フリだったなんて……。いや、考えればおかしいことはあった。たまに口調荒くなったり、アノマロ先輩達には意外と強めに当たってたのに、私に対してだけはなんかやけに優しくて、口調も意識的に柔らかくしてた。ちょっと他人行儀だなぁと思ったら、有志連合戦は本性晒して私と連携取ってたし。
下心丸出しだったと聞いて落胆はしないけど……なんか今までのイメージが音を立てて崩れたような、そんな気がする。でも人付き合いに怯えてるのは変わらない。やっぱりわからないぞこの人。
「じゃあ、さっき言ってたことも全部嘘だったのです?」
「いや、オレの周りがやけに不幸なのは本当だよ。でも大学時代にそれは結論付けてる」
「え……」
「オレの周りにいるようなやつって、大概ロクでも無い人生送ってきたやつだって気付いたんだよ。大学で完全に浮き始めた頃から」
「か、悲しい気づきだ……!」
「思えばオレもカグラもアノマロもよく生きてんなってぐらい酷い人生だったから……。お陰で親父からは『ませ過ぎ』とか言われるし」
「お父さんのこと『親父』って呼んでるのです……!?」
見た目によらずワイルドな……!
「…………で、結局どうなのです? 付き合いたいのか、そうじゃないのか」
「うーん、付き合えるならGガン最終回サブタイトルなわけなんだけども……」
「その比喩表現が通じる相手でよかったですね……」
『希望の未来へレディゴー』ってわけなんだろうけど、私がGガン知らなかったら確実に伝わらなかった。まぁあれはネタバレタイトルとしても人気だったからよかったけど……。
「……今のところは、やっぱ無理。学校とかあるから家に連れ込むのもアレだし……デートも人目につくし」
「そう、なのですね……」
「だから、コネコが18歳になったら付き合おう。一応成人年齢だし文句も言わんでしょ」
「18歳……で結婚とかは?」
「進路を潰すような真似はしないし、ちゃんとお付き合いしてからがいい」
あ、いいんだ…………。
「それに、コネコの親の件もある。決着つけてからじゃないと後味悪いよ」
「確かに……」
この人は本当、私のことをよく考えてくれてるんだ。
なんかすっごく、愛おしい。
「あの、すみませんなのです。色々怒鳴っちゃって」
「ううん、オレにも非はあるわけだし。あんな誤魔化し方じゃ怒るのも仕方ない」
「…………」
「でもちょっと傷付いた」
「はい?」
「好きな人に怒られるって…………存外傷つくんだなって」
「す、すみませ──」
「謝らないでいいよ。代わりにその……ですね…………」
カスミさんが何かを言いかけようとして言い淀み、しばらくしてから、私に抱き着いてきた。
…………え!?
「え!? あ、ちょ……」
「あー、オキトキシンが分泌されていく〜……」
「その感想が出てくるのカスミさんだけなのです……」
「貴重なご意見、もうちょっと聞いてたら?」
「…………わかったのです」
いつもは見られないアングル、カスミさんが私を見上げて「少しだけ抱き締めて欲しい」という要求を目でしてくる。私はそれに応えるように、カスミさんの首元に腕を回した。
「どれくらい、なのです?」
「さぁ」
「満足するまでですね、わかったのです」
────────────────────
そして、後日。
「ついに完成した!! ビリーヴの……モビルドール!!」
「おぉー!! クロートさんと同じくらいの完成度…………ってあれ? 衣服が布製なのです……?」
「軟質パーツじゃないの? 軟質だとしても加工ムズいなんてもんじゃないけど……」
「ふっふっふ……聞いて驚け! なんとこの服は脱がせて別の服にすることが可能!」
「リ○ちゃん?」
「さらには可動範囲もリアルに沿うよう生地はできるだけ薄いものを!」
「よく形に出来てるのです……」
「さらにはガンプラよりも一回り大きいサイズでしっかりとした感触! 何より脱がした後のボディは現実の身体をほとんど完全再現した完全なる素肌! GBNではできなかったあんなことやこんなことも……」
などと解説していると、ネコとクロート両名とも酷く青ざめて私を見ていた。
「……な、なに? どしたの?」
「引くわぁ〜……」
「引くのです……」
「え、なんで!?」
「情熱のかけ方が変態のそれ」
「夜のことも考えて作ったとか最低過ぎるのです」
「いや、なんか違くない!? これビリーヴの身体だからね!?」
「だからだよ」
なんでみんなドン引きしてるの? 私は真剣にビリーヴの身体を作ろうと努力したんですけど?
「というか、サルベージってガンダムベースでするんだね」
「確かに、てっきり専用の場所があるものかと」
「日々ログインアウトしてる場所だしな。パイプが強いんだろ」
「なるほど……」
「昔はサルベージの危険性は高くて、もしELダイバーが生まれてもリアルに行くのは投身自殺ぐらい危険なことだった。でも今は成功率も上がって行きたいやつは気軽に行けるようになった」
「そこはエンジニアの頑張り所、なのですね!」
店内スタッフの指示に従って、専用のデバイスの上にモビルドールを置く。
「あとはGBNの方でサルベージの成功を待つだけです」
「成功率って、どのくらいですか?」
「98.9%、雷に打たれない限りは安心です」
天気は快晴だ。雷なんて落ちるはずがないだろう。
「……うわ、最悪……」
「カスミさんどうしたのです?」
「雨降るってさ。結構激しめで雷雨の可能性もあるとか……」
「今日傘持ってきてないのです……買ってこないと」
後ろで不吉な話するのやめてくれない!?
サルベージには数時間かかる。天気も淀んできて、ネコが傘を買ってこなければその辺りは危なかった。
「プラネットコーティング完了」
「データ受信、ガンプラに転送します」
「そろそろっぽいな」
……緊張してきた。最初になんて言おうかな……、おはよう? こんにちは? それともようこそ?
うがー、どうすれば…………。
「肩の力抜くのです」
「ネコ……」
「GBNで会ったときみたいに気軽に行った方がビリーヴ先輩も安心だと思うのです」
「……それもそうだ、ありがと。ネコ」
「これぐらいお易い御用、なのです!」
最初にかける言葉とか、そういうのは事前に考えるものじゃない。会ったときに、自然と出てくるものだ。ビリーヴと、リアルで出会う。それだけで満足だ。あとは流れに任せて、私らしくすればいい。
「もしもし…………え? それ本当ですか?」
「クロートさんどうしたのです?」
「いやちょっと……すいません、後でかけます」
クロートが誰かと電話しているみたいだった。敬語を使っているからアノマロ達とは違う……一体誰だろうか。
「データ転送、完了しました」
「ッ……!」
来た、来たんだ。ビリーヴが。
ここに、リアルの世界に。
プラモデルとしてどこか無機的であったモビルドールが有機的な稼動を始め、二度瞬きして目の前を私を見つめる。
ビリーヴだ。
「…………ビリーヴ、どう? リアルは。リアルの、私は」
服とかわかんなくていつものパーカースタイルだけど、私らしくていいよね。髪はほとんど弄ってないし、色が若干暗いけど、流石にわかるはず。
ビリーヴは、小さい頭を動かして周りを見渡している。私のことを一番に見たとはいえ、やっぱり周りの景色が気になるんだろう。クロートの方、スタッフの方、真後ろ、色んなところを見遣ってから、一言。
「あなた、だれ?」
周囲が一斉に凍り付く。
私の頭からサーっと、血の引いていく感覚がし始める。
「………………え?」
ビリーヴが何の問題もなく来るのは最高の結果だ。対して、1.1%を引いてビリーヴが消滅してしまうのは最悪の結果だ。じゃあ、これは? この結果はどうだ。
ビリーヴが私のことや、みんなのことを忘れる。この結果は、一体なんなのだろうか。
絶望から芽吹いた希望は、新たな絶望により摘まれていく。
機体解説
モビルドールビリーヴ
ミナがビリーヴのためにビルドした、リアルでのビリーヴの身体。
機体としての性能はお世辞にも高いとは言えないが、その分リアルでの生活をより”リアル”に行うためのカスタムがされている。人間の素肌に値する素体に布製の服を着せることでリアルに衣服を再現し、その上着せ替えも可能。髪は毛束一つ一つを細かくスクラッチし、ビリーヴのサラサラな髪を完全再現している。
この確実に何処かで方向性を間違えた仕様はあのクロートをして「変態のそれ」と言わしめ、その完成度を讃えるほど。母には最新のマスコットロボのベータテストに当選して、家族の一員となると説明されている。
また、リアルでの生活を行なう為の最適化が行われているため、他のモビルドールよりも稼動時間は高く、1日ぶっ通しで稼動することもできる。
まさしくミナのビリーヴに対する愛の結晶といえるが、結果は…………。