人はなぜ愛を欲しがるのか。
愛はなぜ求められるのか。
正直答えなんてどうでもいい、愛とは人の欲求そのものであり、人格であり、心なのである。
なんて哲学的なことを考えてみるが愛なんて要はただ煩悩、地位とか誇りとか全てかなぐり捨てた欲望だ。
「………………」
「イチカちゃん、遊びに行こう!」
目の前にいるのは水無月カグラさん。私の兄の友達で、私にとっては姉のような人だ。
記憶を失い、右も左もわからず苦悩していた私に、この人は手を差し伸べてくれた。寄り添ってくれた。2年も眠っていた私にとってリハビリは辛くて、当たり前に動くことすらままならない私は何度も挫けそうになった。でもこの人はそんな私を何度も何度も励ましてくれた。慰めてくれた。「大丈夫」「泣いて頑張れる人はいい人だよ」「あたしも辛かったからすごくわかる」「イチカちゃんは偉い」と、何度も。何度も。
私がこの人から聞いた言葉で1番好きなのは、『辛いという字に1本線を足すと幸せになる。不幸と幸福は隣り合わせ』という言葉だ。映画の受け売りだと本人は笑っていたが、とてもいい言葉だと思う。兄から聞かされていた彼女の事情を考えると、その言葉の重みは計り知れなかった。
だから、彼女に惹かれていくのは自然なことだった。
「……えっと、私これから合コンがあって」
「そうなの? じゃああたしも連れてって!」
「え…………」
彼女のこういうところを欠点だとは思わない。むしろ素敵なところだと思う。でも、人を困らせるのは必至だった。
この、なんていうか…………神出鬼没というか天真爛漫というか、うん。とにかくカグラさんという人は危なっかしい面が目立つのであった。
「というか、なんでイチカちゃんが合コンに? 法学部なんて念仏みたいに憲法唱えてるメガネ共の集団でしょ、そんなことする勇気ないって」
「法学部に対する偏見が……! 少なくともお兄ちゃんはそんな感じじゃなかったですよ!」
「そらあいつがおかしいだけだ。長年あたしやクロートと競り合ってきた分勉強力がカンストしてて秒で暗記しちゃうだけだから」
なんて笑顔で容赦ない言葉をかけるカグラさんからは、兄との永い関係を感じられた。確か16年だっけ、そんなにカグラさんと一緒にいるなんて羨ましいな。私も記憶を失う前を含めれば同じくらいらしいけど。
「……学部の人じゃなくてラボの人達です。心理学を学ぶ人達ってみんな何かがおかしいんですよ」
「うん、イチカちゃんも大概だね」
「それにカグラさん教師だから、そういうのって良くないんじゃ…………」
「あー、髪染めちゃってるしもうよくない?」
「いや、振り切れちゃダメです」
心の奥底で有名なテニスプレイヤーが諦めるなと叫んでいる。ちょっと黙って欲しい。
「そ、それにカグラさんはわざわざそんなとこ行かなくてもいい人と巡り会えると思います、し…………」
例えば私とか。
「うーん、やぁ異性交友には興味無いなぁ。それよりあたしはイチカちゃんと遊んだ方が楽しいし!」
胸が暖かくなった。今日の私の体はなにやら忙しない。
「ッ……、そ、そうですか…………」
「にしし。イチカちゃんは? 合コンとあたしどっちを取るのかな?」
「あ、重い女みたいだこれ」とカグラさんが付け足す。
どっち…………? いやどっちって、そりゃカグラさんの方を取りたいけど、ラボの人達との関係を悪化させたくはない。
でも…………合コンはやっぱり嫌だ。好きな人がもう目の前にいるのに、わざわざそんな所に行く必要なんて──
「嫌なら適当に嘘つけばいいじゃん」
「え?」
「人間が他の生物と一線を画す要素、それは多彩な嘘をつけることだよ。態度も、言葉も、嘘をついてどうとでも誤魔化せる。そういう武器は、積極的に使っていくべきだ」
「積極的に、嘘を…………」
「だってー、受験の面接も同じようなものでしょ? 真実を嘘で伝える特殊な時間、イチカちゃんはお高い名門大学に1発合格したんだしいけるって!」
「………………」
少しだけ唖然としてしまった。
でもすぐにスマホを取り出して、ラボの同級生とのチャットにショートメッセージを送る。「急用ができたから今日は来れない」と。
「…………よくできました」
「子供扱い、しないでください」
「ごめんごめん! 仕事の癖ですなぁ」
くすくす笑うカグラさんは、まるで天使のように美しく、可愛らしかった。
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遊びに行くことって、友達の間では非常にありふれたことだと思う。
じゃあその相手が好きな人だったら? そのありふれたことを好きな人とするのだったら?
それはもうただのデートだよ。ドキドキだよ。今か今かと”そういうこと”されるんじゃないかって気が気じゃないよ。
そして、デートスポットにラーメン店を指定する私はただの大馬鹿者だ。ムードって、何?
「イチカちゃんほんと好きだよね〜、ラーメン」
「はい。美味しいし食べやすいし色んな種類あって、自炊する時もいくらでもアレンジしようがあるから助かってるんです」
「はー! 毎日イチカちゃんの手料理食べられるアマネは幸せもんだなー! その席譲ってくんないかなー!」
私でよければ毎日味噌汁でもなんでも作ってあげますけど…………とは言えなかった。このヘタレ、私のヘタレ。
「流石に毎日じゃないですよ。お兄ちゃん仕事で帰らない日もよくあるし」
「だねー。前言撤回、やっぱ社会人は幸せにはなれない」
「就職控えてる大学生の横で言うことですか……?」
「大事なのは理想と現実どっちを多く取るかですよ。あたしは理想7、現実3って感じで教職就いたし」
「へー…………」
「やりたいことを叶えたい、でも現実はそうはいかない、そういう齟齬と上手く付き合っていくのが社会人の本当の仕事なのさ」
あまり実感は持てない。私は2年間寝たきりで、そこから5年間はリハビリと勉強に費やしてきたから、自分と向き合っていく時間があまり取れなかったからかもしれない。
………………そういえばこの人、まだ社会人一年目だよね? なんでこんなに達観してるの?
「大将はどうですかね〜?」
「んあ? 俺ぁ親父の店継いだだけでさぁ。でもまあ、数年やってきて今嬢ちゃん達にうめぇもん食わせられてんで、やってきて良かったとは思っとるよぉ!」
「理想と現実の齟齬と、上手く付き合っていく…………か。カグラさんの言葉は、いつも私に勇気をくれますね」
その言葉を言った瞬間、カグラさんの目が少し大きく見開き、その後口元を隠すようにそっぽを向いた。
「……そういうこと正面向かって言われると照れるなぁ」
「本音を褒められるとこそばゆくなりますもんね」
「ねー」
今日はいい日だ。ラボの人達を裏切るようなことをしてしまったけど、おかげでカグラさんと楽しく過ごせたし、これからの私に必要な言葉も得られた。
(私は、カグラさんに与えられてばっかりだなぁ)
劣等感があるとかじゃない。でもそこはかとなく悔しい気がした。
私は、カグラさんに何も返せていない。
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ラーメン店に行って、デパートに行って……そうやっていたら、いつの間にか夜になっていた。
時間も忘れるくらい楽しい日だった。だけど、真っ黒な空に浮かぶ月が、非情にも一日の終わりを告げていた。
(イルミネーション、綺麗だな……)
11月も半ば、周りは一気にクリスマス気分だ。先行して取り付けられたイルミネーションがキラキラと道を照らしている。
「なーんか、ドラマチックだね」
「ふぇっあ、そ、そうですね……!」
不意にそんなことを言われたので言葉が詰まってしまった。辛うじて返せはしたけど、ここからどうすれば…………!
「辺りはカップルで賑わってるねー。あ、あそこの2人ハグしてる。道端なのによくやるねー」
「は、はぐ」
「あたし達もしちゃう? まぁこんなとこでするのは恥ずかしいけど」
「ふぇえあ!?」
やばいやばいやばい。焦点が定まらない。
待って、ほんとに待って。今日のカグラさん、なんでこんな、こんな…………!
「っ!?」
冷静さを失っているうちに、カグラさんが私の手を握ってきた。しかも指と指を絡ませるようにして────ってこれ恋人繋ぎ!?
「あっ、あの、これ」
「実際するのは恥ずかしいよね、これ」
そのまま引き寄せられるように、カグラさんの顔が目の前に迫ってくる。大好きな人の顔が、目いっぱいに。
「カグラ、さ……」
「…………嫌だったら言ってね」
「え?──ッ!?」
口の呼吸が止まった気がした。
少し斜めに、向こうの景色が見える。
私は、カグラさんにキスを、されていた。
「────抵抗しないんだ」
「ぁえ、えと……え…………?」
「……もしかして、意識飛んでた……?」
「とんで、ました…………」
「………………マジか、」
カグラさんは恥ずかしさのあまり手で顔を覆い、天を仰いだ。
「めっっちゃ勇気出したのに実感ゼロかー、そっかー……」
「あ……いや! 全部飛んでたとかじゃなくて段々と感覚が蘇ってきたというかなんというか」
必死にフォローしようとするが、本当に意識がふんわりとしていたのでどう話せばいいかわからなくなって止まってしまった。
「……その、なんでキス、したんですか」
「……………………言わなきゃダメ?」
「い、言ってほしい……ので」
カグラさんは俯いてしばらく固まったように動かなかったが、次第に顔を上げて躊躇いながら、理由を告げる。
「…………好き、だからですよ。えっと、イチカちゃんが」
「そ、そうなんですか」
「ずっと好き。でもなんというか勇気出なくて、5年も燻らせてたわけでして」
「な、長いですね」
「長いね」
「じ、じゃあ聞きますけど、どうして私のこと、す、す、好き……なんですか……?」
質問してから踏み込み具合に自分を責めた。
「……………………………………全部」
「え?」
「全部好き! セミロングな髪も整った顔も、優しいところも結構俗っぽいところも全部!! それにあたしがイチカちゃんのこと好きになった最大の理由って、イチカちゃんだからね!?」
「えぇ!?」
「記憶失った時はさ、そりゃショックだったよ? でも同時にちょっと怒ってたんだよね。『勝手に好きにさせといて何忘れてんだ』って。あんまこういうこと言っちゃダメなんだろうけど恋人に対してあまりにも酷い仕打ちじゃない? ねえ?」
「あ、えとすいませ──」
…………ん? え、今恋人って…………、
「……って、私達恋人だったんですか!!?」
「そうだよ!! というかイチカちゃんが先に告白してきたんだし、夜もイチカちゃんが上だったんだから!!」
「そうなんですか!?」
「いつか仕返ししてやろうあたしが気持ちよくしてあげようとか思ってたのにあの事故だよおかげで1人で満足に触れなかったよもう!!」
一通り溜まっていた鬱憤を吐き出したのか、カグラさんが方を上下させてゼーハーと息をしている。
まさか、私達が恋人だったなんて。いや、正直そう思うことは何度かあった。だってカグラさんは他人の私に対してあまりにも優しかったから。もしかして記憶失う前はお付き合いしてたのでは? って思うのは必然だった。けど、まさかのまさか本当だったとは思っていなかったわけで。
「…………なんか色々、すみません。私が記憶喪失になっちゃったせいで、カグラさんのこと苦しめちゃって」
「大丈夫だよ、イチカちゃんは何も悪くないし。それになんだかんだ今までの日々も楽しかったからね」
「でも、かつての恋人から他人みたいに扱われるなんてそんなの……」
「自分のことなのによく言うね」
「うっ……。だ、だからこそ! そ、その…………」
言え、言うんだ私。
だって今ここで言えば勝ち確、それに今までの恩を返せる絶好のチャンスだ。私も好きですって言え!!
「うーん、やり直したい…………ってこと?」
「………………はぇ?」
先、越された………………!!?
「だったらあたし、お断りだよ。そういう理由で付き合うのはなんだかイチカちゃんに良くない」
「そ、そっか……」
「それにあたしは相思相愛じゃないと付き合わない主義なんです。初恋が無残に砕かれてから、好きになった相手は自分を好きにさせようってスタンスに切り替わったから」
「…………初恋、私じゃないんですね」
「うん。いや、イチカちゃんの場合は逆だけどね?」
それにしても、そうか。カグラさんはやっぱり優しい。私が後々苦しくならないように考えてくれている。
でも、それは杞憂だ。だって私は、カグラさんのことが。
「……………………好き、ですよ」
「へ?」
「好きです、カグラさんのこと。優しくて、美人で、こんなにいい人が私のために尽くしてくれるなんて今後一切ないだろうって、だから…………! だから、だから…………」
だか、ら………………!
「…………ぷっ、あはははは!」
「な、なんで笑うんですかっ!?」
「いや、そこまで啖呵切って最後の最後で失速しちゃうのがすっごく可愛くて!」
「か、かわ…………!?」
「……あー、マジか。あたしこんな子に2回も告白されちゃったのか。幸せすぎんでしょー…………」
な、なんか最後の最後まで1本取られた気がしてならない…………!
どうか、なにか反撃しないと!
「し、幸せにしますよ!! これからもずっと、これまで以上に!」
「…………じゃあ、一緒の墓に入ろうね」
「は、はい!! …………え、いやえっ!!? そ、それってけっこ──」
「絶対やってやるからね。左手の薬指のサイズ、誰にも教えてあげないから」
「い、いつの間に、測って」
「さぁ、いつでしょう?」
「………………計りましたね」
「うん、イッポン!!」
…………どうやらこの人にはしばらく叶いそうにないらしい。
「あ、もう夜遅いしホテル行く?」
「あ、はい……………………はい?」
「近くにあるのは……あら、お子様には見せられないやつだ」
「え、ちょ」
「ま、仕方ないよね。行こ、イチカちゃん!」
「あ、あの私! まだ心の準備が……!」
「受付終わっちゃうよ! すぐ行こう!」
そう言って天使のような笑みを浮かべるカグラさんが、今度は小悪魔のように見えた。
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翌日。
ホテルでのツーショットと、カグラからのメッセージを見て、アマネは…………。
『いえーい!お兄ちゃんみってる〜?これから君の妹と同衾しちゃいまーす!』
「…………あいつら、まだ付き合ってなかったのかよ」
2人のヘタレ具合に、驚愕と呆れを隠せないでいた。
アマネさん、2人の距離近すぎて付き合ってると思ってたらしいです
次回はなんとかガンプラ要素が復活するかも…………?
chapter.2完結!この段階で一番好きなキャラクターは?
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レイメイ/紅月ミナ
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ビリーヴ
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コネコ/小南ネコ
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カスミ/霧雨クロート
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カグラ
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アノマロカリス