有志連合戦までもう間もなくの頃。
完成した対フェイクデカール用公式ツール『アンチドート』を、ELダイバーのビリーヴが使用することが決定した。
決め手は本人が名乗り出たこととその理由、そしてチャンピオンからの推薦があったことで、運営は「できれば我々が使用したいが、本人がやりたいと言うのであれば」とのことで、相変わらずの無頓着な運営だと感じた。
イチカがオマケで作ったシェキナーとかいう武器を見ながら考える。
ビリーヴがそういう役を買うのはわかっていた。が、正直俺は反対している。
「ガキに背負わすもんじゃねぇだろうが……」
チートの蔓延は運営が責任を取って対処に当たるべきだ。間違ってもユーザーに丸投げするなんてことは有り得ない。ELダイバーもそのユーザーの1人かは言うまでもなく、連中は機械が作ったプログラムじゃない心を持った生命体だ。マスダイバー共のバグって意見はあながち間違いでもないが、生命の神秘を押し広げる半ば益虫のような存在だろう。
だがそもそも、生後数ヶ月の赤ん坊に世界の命運を握らせる事自体がナンセンスだ。そしてそれを承認するのもどうかしている。どいつもこいつもあの女には妙に甘い。
不満は絶えないが時は進む。
夜、仕事を終え事務所から出た口に、俺よりも一回りほど体格の大きい男と対面する。赤シャツに黒コート、金のネックレスと金色に染めた髪、サングラス、ゴテゴテの指輪、そして人を殴る前準備のような体勢と面。
スタルはもう少し器量のあってわかりづらい人間を雇った方がいいと思った。
「よぉ、兄ちゃん。俺らとちょっとお話しようか?」
「……いいぜ。何の話だよ?」
この体つき、首の傾き、体勢、距離からして、まずは右の腕を振り上げる。
そして次にそれを真っ直ぐ俺の顔面に突き出してくる。そこまでわかれば、自分の顔の前に手を出せば済む。
「ッ……!?」
そして受け止めた直後に男の手首を持ち、もう一方の腕の前腕で鎖骨の辺りを抑えながら体の向きを変え、傾ける。
「うおっ!!」
全体重をかけて相手を倒す。上半身だけ起こして、頭の横を押さえつけて相手の腕を引っ張る。
「いっ、いででででで!!」
「ヤクザがヤンキーのノリで喧嘩ふっかけてんじゃねぇよ!! 腕引きちぎっぞッ!!!」
「ぐえああああ!!」
充分痛めつけて、警察が来たところで拘束を解く。
とりあえず事情を話して正当防衛と認められたので、事無きを得て帰ることが出来た。
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後日、12月23日。
第4次有志連合戦の前日。俺はシェキナーの慣らし運転をやっていた。
他のメンバーの特訓も終わり、カグラが持ち出した馬鹿みたいなサイズの機体との戦闘も終え、フォースネストは今から円陣でも組むかのようなやる気に満ち溢れていた。
俺は正直複雑だった。
この戦いでGBNの命運が決まるかと言えば、そうではない。
運営は有志連合戦終了後、その勝敗に関わらず緊急メンテナンスによる強制ログアウトを決行し、その隙に修正パッチを適用してフェイクデカールを完全に根絶させる。いわばこれは激を飛ばした奴らを消化する戦い、運営にとっては本当に無益な戦いであると言える。
だが、ユーザーにとっては違う。
間違いなく、この戦いに己の全てを賭けるだろう。
レイメイはGBNに居場所を見出し、リアルへと復帰した今でももうひとつの居場所として居座りたいはずだ。ビリーヴにとっちゃ故郷だし、コネコに関してはリアルで溜め込んだストレスをここで吐き出しているようなものだ。
こういう連中はそこら中にいる。ELダイバーを含めてだ。
だから、俺も全力で応える必要がある。
「アノマロカリス?」
「あ?」
「ちょっと強ばってる気がしたから」
「いつもそんなだろ」
「じゃあなんでいつもそんななの」
「………………」
ビリーヴが微妙な顔付きで俺を見てくる。
周りから見ても俺は常に不機嫌な顔をしてると言われるが、多分仕事のストレスか周りのやかましい連中のせいだろう。
ストレスを発散するためのゲームだってストレスは絶えない。人生とはそういうものだ。それを知ってるから俺は隠さない。だからといって、別に本当に不機嫌な訳じゃない。
視線を上げると、ビリーヴがレイメイに何か話していた。
「レイメイ、ちょっとアノマロカリスと話していい?」
「え? いいけど、なんで私に?」
「……嫉妬しちゃうかなぁ、って」
「ちょっとなら大丈夫。奪おうってんなら容赦しないけど」
「わかった。ありがと」
なんらかの許しを得たらしいビリーヴがまたこっちまで来る。
「で、なんで不機嫌そうな顔してるの?」
「悪いかよ」
「アノマロカリスらしいけどね」
「じゃあいいだろ。構うな」
「知りたいだけ」
「あっそ」
こいつは知識欲のELダイバー。ただ知りたいということだけが行動理念、ともすればこいつの言動行動も合致が着く。
「……別に、不機嫌ってわけじゃねぇよ」
「じゃあ、どうして?」
「人間、他人を否定することにはどうしても罪悪感が残るもんさ。今だって単なる誤魔化しだろ」
「誤魔化す…………わたしはそうは思わない。本気でヒカリのこと助けたいと思ってる」
「そういうのを自分勝手なエゴって言うんだよ。本人に頼まれたわけでもねぇ癖に」
「えご…………えご。エゴでもいい、ヒカリが純粋に楽しくガンプラバトルができるなら」
エゴっていう言葉をインストールしてから、俺の言葉に反論を返す。
本当に強かな奴だと思う。だがこの強さは決してこいつだけが生み出してるわけじゃない。恋人であるレイメイによる極めて安定した精神から来ている信念だ。
(愛…………か)
俺は人を愛さない。それを知らないからすることが出来ない。
それでいいと思っている。俺にはゲームと少なくとも信頼できる仲間や親友がいればいい。愛以外が人を支えることができないなんていうのは、真っ赤な嘘だ。
だから俺はこの世界を守りたい。単純明快な話だ。『箱』はいくらでもあるだろうが、探す手間を作るよりは今の箱を守り通しといた方が面倒がない。それは楽な道であり、難しい道でもある。
知恵の輪のような雁字搦めの執念がそれまた雁字搦めの理念に張り付き、侵食し、外すのは容易じゃない。飯綱ヒカリ、彼女自身の敗北が彼女にどんな影響を及ぼすかは定かじゃない。あいつの心こそ知恵の輪のように複雑で、入り組んでいる。それを外すのは脳筋野郎か、天才か。
少なくとも、こいつだけの力で外せるとは思えない。舐めてるわけじゃなくて、役不足に感じる。不足している役は俺の知っている人物のどれにも該当しない。
あいつには、誰も知らない運命の相手がいるのかもしれないし、いないのかもしれない。もしかしたら、もう手遅れなのかもしれない。
「それはまぁ随分と綺麗事ですこと」
「綺麗だと思ってくれるんだ」
「皮肉もわからんのかお前は」
「よくわかんない。わたしはわたしのやりたいことを通すだけ。助けるのはヒカリだけじゃない、色んな悩みを沢山抱えて、楽しくガンプラバトルができなくなった人みんなを助けたい。ガンプラバトルはこんなに楽しいんだよって、伝えたい」
「途方もねぇな。人間の認識を書き換えでもしない限り不可能だ」
「やってみないとわからない。できるかもしれないし、駄目かもしれない。もしも駄目だったら、レイメイに助けてもらう」
「恋人におんぶに抱っこ……他力本願かよ」
「わたしはレイメイのこと大好きだから」
よく恥ずかしげもなくそういうことを言える。不思議な女だ。
だからどいつもこいつも、この女の言う事に価値を見出す。俺もその1人なのかもしれない。
こいつの理想は十中八九無理だ。人間はありとあらゆる場所で不満を垂れながら賢く生きる独特の生物。誰もが楽しく不満なく……なんてものは夢物語で、到底叶う願いではない。だから勝手にやらせておけばいい。
変に追及して恨みを買っても意味が無い。
「アノマロカリスは、どうしたい? この戦いに勝って、何がしたいの?」
「変わらねぇよ。変わらずGBNをやるために戦う、それだけだ」
「そっか。わたしも、変わらない日々を守りたい。それで、新しい知らない日々を笑顔でお迎えするの」
「そうか。好きにすればいい」
俺は立ち上がって、ログアウトボタンを表示する。気付いたカスミが俺の方に駆け寄ってきた。
「アノマロ? もう帰んの?」
「寝る。ざっと10時間ぐらい」
「どこの野球選手だお前は」
「夜までガキみてぇに騒ぐには休息が必要なんでな。お前らも今日バカ騒ぎして翌日ヘトヘトとか勘弁しろよ」
「じゃあな」と最後に付け足してからログアウト。
ゴーグル越しに部屋の壁を見てから外し、リビングで水を飲んでから床に就く。
「………………飯綱ヒカリ、後悔で終わる人生にはさせてやらねぇからな」
暗示のようなものをかけてから、目を瞑った。
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朝、目が覚めて時計を見ると、9時だった。
昨日ベッドに入ったのが大体10時前後だったから、10時間よりも1時間遅く起きたのがわかる。
寝すぎて逆に重い体を起こして、リビングへ向かう。目を擦って無理やり視界を確保すると、テーブルでイチカがスカルライダーを弄っていた。
「……何してんだお前」
「おはようお兄ちゃん。何って、ガサツなお兄ちゃんに変わってこの子の最後の仕上げをしてるところだけど」
「部屋に置いてあったはずだ」
「ちゃんと仕舞いなよ。そういうところがガサツなんだよ?」
「はあ…………」
寝起きは機嫌が悪くなるもんだが、正直そういう状況は慣れているのでキレる気にはならない。最悪な状況下で成長期から思春期を過ごしていたし、ストレス耐性は並のやつよりはあるつもりだ。
コーヒーを淹れてテーブルに座る。イチカの手元には小さいプラスチックの容器があった。
「……これ気になる?」
「今日の運勢の方が気になるな」
「素直じゃないなぁ……。これクロートさんに教えてもらったんだ。元々は絵画の画材なんだけど、ガンプラに塗るとゆるゆるの関節が直るんだって」
「で?」
「お兄ちゃんのガンプラ、経年劣化で結構ガタガタだったからこれで直してみた。今日、最終決戦なんでしょ?」
「最終になるかは今後の運営次第だがな」
「あとついでに、シェキナーも微調整してみた。どう? カッコいい?」
「使えればなんでもいい」
「もぉ〜……、私だってお兄ちゃんに褒められたいの!」
機嫌を損ねた様子でそう宣言するイチカ。カグラと復縁してからこいつは今まで以上に我儘を言ってくるようになった気がする。自己肯定感が上がったと考えるのが妥当だが、正直面倒くさい。
「…………」
1口コーヒーを飲んでから、スカルライダーを持つ。肘関節を曲げると、この前よりも固くなっていて、バスターソードの保持能力も上がっていることが予測できる。シェキナーは前のガトリングと違って、備え付けではなくラックに取り付けている手持ち兵装だ。しかもサイズがあるから取り回しに難があるし、重い。これぐらいの間接強度なら昨日のようなことにはならないだろう。
スカルライダーを元の置いてあった位置に戻す。
「…………まぁ、メンテナンスとしては上出来だ。よくやった」
「ッ…………!」
ご機嫌取りに激励の言葉を送ると、イチカが大変驚いた様子で立ち上がる。
「あ? どうした?」
「お兄ちゃんがデレた……!!?」
「は?」
「き、今日の戦いが不安になってきた!」
「いや何言ってんだお前?」
急に意味不明なことを言い出したイチカが、スマホを取り出して誰かに電話する。
「もっもしもしカグラさん! あ、あの、お兄ちゃんがデレました! 今日の戦い先行きやばそうです!」
「いやなんでだよ」
万全にするためにメンテナンスしたんじゃないのか。という疑問が出るが、俺のやることに変わりは無いしこんなことで戦況が不利になるとも限らない。聞き流しておこう。
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かくして、戦いの火蓋は切って落とされる。
ルールは無用、有志連合軍による奇襲をマスダイバーが迎撃することによって開始された。
味方が敵を炙り出し、クジョウ・キョウヤの放つダイダルバズーカが多くの敵を薙ぎ払う。そして、フォース『百鬼』のリーダー、オーガの雄叫びにより本格的な戦闘が始まる。
多くの苦難を持ち、1度は倒れ、それでもと立ち上がる若者達は、突き進む。
「レイメイ、ガンダムシルヴィーツヴァイ、出るよ!」
「コネコ! フリーダムガンダムリベリオン、出撃するのです!」
「カスミ、ビビッドガンダム・ゼロ、出る」
「ガンダムTR-6アテナ、カグラちゃんが行っくよー!」
「俺もやるノリかこれ…………。はあ……アノマロカリス、スカルライダー、出るぞ」
「ビリーヴ、ガンダムネクサスと一緒に、行きます!」
次回からついに、最終決戦!
ここまで来れたのも皆さんが着いて来てくれたおかげです。本当にご愛読ありがとうございます!(完全に最終回にやる発言)
chapter.3完結!この段階で一番好きなキャラクターは?
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レイメイ/紅月ミナ
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ビリーヴ
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コネコ/小南ネコ
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カスミ/霧雨クロート
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カグラ/水無月カグラ
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アノマロカリス/小泉アマネ
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サモネ/小泉イチカ
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ヒカリ/飯綱ヒカリ