ことよろ投稿
そもそも久しぶり投稿
『拝啓、母さん。
お元気でしょうか?
俺の方はまぁ...元気にやってます。
早速ですけど、俺は限界です。
パン屋にはなりたくない、冒険者になりたいと村を飛び出してハジリマの街へと出向いて確か5か月は経ったかな?
ちゃんと冒険者になれたけど、案外冒険者って大変です。
正直、もう村に引っ込みたいです。
寒い場所も熱い場所も、ジメジメした場所にも依頼には赴かないといけない。
魔物と戦うのも覚悟はしていたけど、なんだかんだ怖いです。
それでもその辺は覚悟はしていたことだけど、問題は最近一緒に冒険する仲....』
「せーんぱい、こんな酒場で陰キャ臭くなーに書いてるんですかぁ~?他の人はみーんな、楽しくお話ししながらお酒飲んでますよ~~?ボッチなのはせんぱいだけぇ~~!」
「っうわぁっ!...し、シア....。」
背後から声を掛けられて咄嗟に書いていた手紙を裏返しにする。
そして後ろを振り返って声の主を確認して、手紙を伏せてよかったとつくづく思う。
薄い茶髪を短く切り揃えて、腰には真っ赤な剣を腰に差した魔法戦士の少女が俺の手元を覗き込むようにしていたのだから。
名前はシア・メルカトル。
3か月前くらいに彼女もこのハジリマの街に来て、自分と同じように冒険者を始めた。
なんだかわかってなさそうだったし、丁度俺の方も冒険者の生活にやっと慣れて来て所だったので先輩風を吹かせたくなって色々と教えてあげていたものだ。
彼女自身、冒険者の才能はあったのだろう。
....だって、俺の戦士というジョブの上級職である魔法戦士になっているのだから。
直ぐに追い越されちゃった...ははっ。
「.....ふふっ、せんぱいが私に呼び捨てなんて生意気。よいしょっと...あっ、レモネエールくださ~い!」
シアは相席しますよの一言もなく、ドサッと乱暴に俺の向かいの席に座る。
そして床に突っ伏すように...乳袋、いや胸をテーブルの上に置いて一息吐く。
非情に目に毒だ。
目をそこから逸らす。
「それで、何書いてるんですかぁ?せんぱいにお手紙を送るような間柄の人間なんか居ないと思うんですけど~。」
「いや、普通に失礼だな。母さんだよ、母さん。」
「あ~親への手紙ですか。まぁ、そうですよね。うんうん...分かるなー。せんぱいならそうですもん。そんなこともすぐにわからなかったことに少し恥ずかしさを覚えてますよ私。」
何を訳知り顔なのかはわからないが、なんとなく雰囲気からバカにされてるような気がする....。
「それで?親になんて書いたんですかぁ~?『ちゅらいよ~苦しいよ~帰りたいよ~、ばぶぅ...ホームシックでちゅ~』って感じですか?」
「そろそろ怒るよ?俺。」
「そしたら私泣いちゃいますけど...ほんとに良いんですかぁ?」
...多分泣かれたら何事かと視線を集めて、絵面的に俺が悪者になりそうだ。
それを分かっているのか俺の顔を見てニヤニヤしながらウェイトレスから受け取ったレモンのお酒を呷る。
そんな彼女に目線を向けながらも、何かの間違いで手紙の内容が見られないようにいそいそと懐へと仕舞う。
「せんぱいも、お酒飲んだらどうですかぁ~?」
「今日は良い....。」
「そうですかぁ~。まぁ、私もこれからせんぱいにお話ししないといけないのでそっちの方が都合が良いんですけど~。はいこれ。」
そう言うと、シアは机の上に一枚の紙を広げた。
それはクエストの依頼書。
書いてあるのは遺跡の調査...規模はかなり小さいな。
それに危険度も低そうだし。
討伐でもないなら、戦闘もないかもしれない。
「...?なんだこれ。お前が探査クエストなんか珍しいな。」
「えぇ。だってこれ...戦闘面で不安があるせんぱいとでも問題ない奴を探して持ってきましたからね。明日、12時にここ集合で行きますよ。幸いこの街から近い場所です。...この遺跡、どうやら箱状の構造の建物が4層横並びになってるような構造で....」
「....いや構造の話してもらってる所悪いけど、俺聞いてない...。」
俺が言うと彼女はゆっくりと笑顔を見せる。
「はい、話してませんから。...話す必要あります?せんぱいと私が一緒に行くのっていつものことでしょ?」
「いや...あるだろ。一緒にってことはパーティ組むってことだろ?だったらもしかしたら先約が....。」
「先約....居るんですか?私じゃなくて、せんぱいがこの人と冒険行こうって思う人が他に居るってこと....?...その人に迷惑をかけるだけなので、今すぐに撤回してきてください。」
すると、あんなに楽しそうに笑っていたシアの顔から表情が消えた。
瞳は俺を真っ直ぐと見つめている。
そのはずなのに、まるで俺が暗い井戸の底を覗き込んでいるかのよう。
「大体、その人は上級職なんですか?私よりもせんぱいと冒険してるんですか??してないでしょ...だったら私と行った方が効率的です。せんぱいはおっちょこちょいだし、そもそも魔法は何一つ使えないですからね、私はそんなの慣れっこなんで許しますけどその人はどうでしょう?きっと迷惑かけて...険悪になって、それだけできつくて苦しいのに役に立たない状況にまで立たされたら酷いことまで言われちゃいますよ?そんなの嫌でしょ?せっかくお世話してくれる人が居るんだから、そちらを優先した方が良いですよ。それに....」
「い、いや!先約が居たらどうするのって話をしていただけであって、そんな人居ねぇよ!友達は居ない...わけじゃないけど、まぁ確かに一番よく一緒に依頼に行っているのはお前なのは間違いないし。」
すると、シアの目が点になる。
そしてゆっくりと深くため息を吐いた。
「....なんだ、そういうことですか。やれやれ...居もしない先約の話をするだなんて、どういうつもりなのやら...。もしかして...ははぁ~。なるほどなぁ~~~?」
「なんだよ。」
「いやぁ~~~?べっつにぃ~~~?ただ、せんぱいって偶に可愛い所ありますよね。あーあ、これでも構ってるつもりだったんだけどなぁ~、お母さんにホームシック手紙出すくらいのあまえんぼさんなせんぱいにはまだ足りなかったか~。」
「いや、ほんとに何の話....!?っていうか普通の近況報告だって言ったじゃないか!!」
可愛いだなんて言葉、村に居た頃に1度言われた以来である。
ただまぁ、コイツが言うということは文字通りの意味ではない..と思うが。
俺が怒鳴ってもニコニコと笑っているだけで、掴みどころのないシア。
そのまま指でトントンと机に広げた依頼書をつつく。
「でもそれなら、別に問題ないですよね?結局一緒に行くと答えが決まっているのだから。」
「いや、けど...俺が探査クエスト気が向かないっていう可能性も.....。」
「なぁんですかぁ~~~?せっかく私がせんぱいの為に選んだ依頼にケチ付けるんですかぁ~~?はぁ...結構面倒だったんですよ探すの。まったく...それならそうと今度は一緒に探しましょうね。」
「い、いや別に探査クエストに文句はないけど.....」
言い淀んでしまう俺。
すると、シアは大きく溜息を吐いた。
「はぁぁ~~~~~、....なんなんですか、アンタ。さっきからもにょもにょもにょもにょ...煮え切らない。いい加減うざったいんですけど。なんですか、何か不満があるんですか?行くんですか、行かないんですか!?」
目つきが段々と険しくなっていく。
正直、お前と行くのは見合わせたいというのが本音である。
ただ、そんなことを仮にも知り合いである女の子に言えるだろうか。
しかもこんな感じの女の子に。
「そ、それは.....。」
言葉に詰まる。
俺が村に引っ込みたいと思った理由は二つある。
ただ、一つはこの子に言うのはあまりにも憚られた。
だからこそ...言えるのは......。
「ほ、ほら!俺下級職だし!選んでくれたのはありがたいけど...時間を取らせるのはもうしわけな.....。」
「『問題は一緒に冒険』~。『俺はもう限界』で~~~ちゅ♪」
瞬間、背筋が凍った。
それは、俺の書いた手紙。
それに書いた内容。
なんで....見られたのか?
いや、よくよく考えてみれば声を掛けた時点で後ろから少し....見えたのか?
「そ、その....見て.....。」
「え?何がです。...後輩ちゃんは何を言っているのか分かりませんねぇ~?そう言えば、せんぱいとよく一緒に冒険してるの、誰でしたっけ?その人に問題があって先輩がホームシックなお手紙書いてるとしたら、私はすっごく悲しいです....ねぇ?」
彼女の手が、俺の手を包む。
そして、真っ直ぐに目線が向けられた。
...いや、俺の瞳に突き刺された。
こんな目を、俺は見たことがある。
魔物がこちらを標的に定めた瞬間、強い殺意を持ってこちらと対峙する時の目。
それと似た....目。
俺が怖くて、苦手な目。
「そ、それは.....。」
「ん?まさか....後輩ちゃんのこと言ってるんですか?考えてみればそうですよね....だってせんぱいは私以外とあんまり組んでないんでしょ?なんですか...不満があるっていうんですか?それで村に帰って街を出るって?....私は、確かに貴方のことを茶化したりしてますけど、貴方には感謝してるんですよ?」
更にもう一方の手で俺の手を包み込んだ。
がっちりと...右手を包まれてしまっている。
右手があったかいはずなのに、身体は極寒の地に放置されたかのように冷え冷えとしていく。
「何も分からなかった私を優しく導いてくれた。今では確かに私の方がジョブだって上だけど、一緒にどんな冒険をするのかを教えてくれて、初めて魔物を倒したり、初めて遺跡を攻略したり....私の初めては全て、貴方でしたよね。貴方が、私をここまで押し上げたんですよ?...それなのに、貴方は消えるんですね。....そんなの、おかしいだろ....ねぇ、貴方にとってみれば私は先輩風吹かせる為だけの物だったんですか?...だったら先輩風吹かせてくださいよ...なんですか?上級職に上がったのだって俺が育てたみたいな顔して力を誇示するように私の肩を引き寄せれば良いじゃないですか。自分が世話した子が成長した時、大体の人がやっていることですよ?第一........。」
なんかすっげぇ勢いで話して、目がイッちゃっている。
けれども怖いし内容が入って来ないし、そもそも凄い情報量を急に叩きつけられているので半分も理解できない。
俺の手を包み込んでいる彼女の両手はすっげぇ力で締まって行っている。
それだけでシアの表情と俺の手を包み込む力の強さから命の危険を感じるよ.....っ!
逃れよう...逃れよう。
そんな方向で頭が働いた。
そして、つい....口から出ちゃったのだ。
「ご、誤解だ....俺が書こうとしたのは....、そ、その...」
滅茶苦茶凄い速さで頭が回る。
目の前のシアに関連付けされた情報が脳内を思い起こされて行く。
背後から声を掛けてきた....駆け出しのころに俺が世話をした女の子、レモネエール、机にどたぷんと置かれた胸、勝手にクエストを持ってくる.....先約が居たらと言うと居ると思って多弁になる、今もなんだかそうで怖い、言っていることが分からない......。
俺の脳内が樹形図上に要素を繋げていって、導き出した結論。
こういうのはある意味、こちらに非があるように示すと穏便に肩が付く。
言うなれば、ユーモア。
悪く言えば自虐....。
うおおおおおおおおお!なんとかなれぇえええええ!!!!!
「も、問題は最近一緒に冒険する仲間が...す、スケベすぎて!真面目に冒険できなくなって...襲っちゃいそうだから!犯罪者として拘束される前にっ!...こう、村でパン生地にムラムラをぶつけて生きていこうと書こうと思ってて....!」
村だけに、なんてな。
....あれ、なんだこの弁明。
結局、俺....墓穴掘っただけじゃないか?
結局通報されて終わりじゃないか?
スケベすぎて村に帰るとか、相手を目の前にしてのたまったら....。
い、いや....でも最近一緒に冒険する仲間って言ってるから!
だったら、目の前の後輩だけが該当するわけじゃないから!
必死に自分に言い聞かせる。
すると、さっきまで真顔であるはずなのに鬼気迫った情感を感じさせて口を動かしていたシアの顔がぽかんとまるで背後から氷結魔法を打ち込まれた魔物のようになる。
そして、すぐにその真顔は笑みで崩れる。
「ぷっ....あっはははははっ!!!なんですかそれ!くっ...ふふっ...アハハハ!一緒に居る女の子がエッチすぎて帰るとか....しかも本人を目の前で...ぷふっ....マジでキッモ~~~~~!キモキモキモ~~~~!せんぱい、何言ってるんですかぁ~~~~!?マジ、あり得ないっスよ~~~~~!!」
俺の事をいつもおちょくる時の笑顔で、俺の肩をバッシバシ叩く。
痛っ...痛いっ、痛......。
「でぇも、こわ~~~~い!もしかしたらぁ...このままだったらせんぱいも我慢できなくなっちゃって....手を出しそうとかって....。きっとぉ、この女は俺が育てたんだぞ!だから好き放題しても良いんだ!って私...せんぱいに肩を組まれながら雑にまるでストレスをぶつけるみたいに胸とお尻をがっつり掴まれちゃうんです...。本当は私の方が上級職なのに、せんぱいなんか魔法で吹き飛ばせるのに....色々教えてくれたあの日を思い出されてそんなこと、出来ないんです....そんな私を見て、せんぱいはニヤリと笑みを浮かべてそれを良いことに掴んだ私の大きい胸を手綱みたいにぐいぐい引っ張って行って宿屋にしけこまれるんです....。ひ..ひっ....えひひ...うっわぁ~~~、ダメなんですよ?自分がお世話した女の子には優しくしないと....決して、日頃のストレスをぶつける為の都合の良いお肉...なんかにしたらいけないんですよ.....?」
瞳はさっきとは違って面白がるような...それでいて覗き込むような目線を俺に向ける。
俺の手を包み込んでいたシアの両手はサス...サスと俺の手を頻りに撫で始める。
「ただせっかく冒険者になったのに村に帰って来られたら勿体ないし、送り出した
右手で俺の手の甲を撫でながら、口元に左手の人差し指を当ててウインクする。
なんだ...この、なんだ....?
でも、とんでもない方向に話しが進んでしまっている。
ただ....さっきの剣呑な雰囲気ではないのが不幸中の幸いだが。
「つーかぁ!普通本人目の前で言います?...ふふっ、どんだけ後輩ちゃんのこと大好きなんですか?」
「え?」
「あ?違うのか??」
ガリッと手の甲に爪が立てられる。
え...一瞬?一瞬で表情が変わった...ッ!?
「せんぱいは、後輩ちゃんが好きすぎて自分が抑えられないから村に引っ込もうとした。...そうですよね?」
「あ...いや...それは、その....。」
「...そういうことにしといた方がせんぱいの為だよ。」
ガリッ、カリカリカリッと執拗に手の甲に爪を突き立ててくる。
痛っ...痛い...くすぐったい....!
ただ、また物々しい圧を感じると俺は無心で首を縦に振っていた。
すると突き立てられた爪からはふっと力が抜けて、目の前の彼女の口元には笑みが戻る。
「ですよね~~~~!はああぁ~、ほんっとせんぱいは素直じゃないんだから...私が察していかないといけないから大変ですよぉ~、もぉ~~~後輩ちゃん使い荒すぎ~~~!ほんっとこっちの身にもなって欲しいですよ~~なんですか?亭主気取りですかぁ~~~~???」
ケラケラと笑いながら、俺の隣へと椅子を移動させる。
うおっ....なんだ急に....。
横を見れば、シアはゆっくりと俺に体重を預ける。
「でも...もうある程度我慢する必要がないんだから、一緒に遺跡行ってくれますよね.....?ふふっ、せんぱい....今日は飲みましょう?なんだか私...気分乗っちゃいました。飲みたい気分です....付き合ってくださいよ。ねぇ...ねぇ~ぇ、せぇんぱぁ~い❤」
どんどんと俺にもたれかかる感じで距離が縮まる。
耳元で囁かれる声、微かに吹きかかる熱の籠った息。
目を向ければ、こちらを見つめる瞳。
その眼光は、討伐依頼の時に見た魔物が獲物を見るような目。
拝啓、母さん。
問題は最近一緒に冒険する仲間の一人です。
色々世話をした後輩なんですけど....最近、なんだか怖いんです。
なんかこう今みたいに...命の危機っていうか、そういう危機感を感じてしまう。
誰か、助けて....。
そう思いながら周りを見回しても、酒場で飲む人間は内輪で楽しむことに夢中で俺なんかに目もくれない。
俺はただ、隣のシアが頼んだ酒を断り切れずに飲むのだった。
◇
私の居た村は土壌や村に居る人間のルーツから魔法に長けた人間が多い分閉鎖的で、若者もほとんど居なくて私にはただ終わっていくだけの場所に見えた。
その空気に耐え兼ねて村から出ていったのだ。
だからこそ冒険者になる為に村を出て、ハジリマの街のギルドに入った。
『ちょっ...あの子、胸デカくね....。見ない顔だし、新人だろ?お前パーティ、誘って来いよ....。』
『キミ、駆け出しでしょ?分かんないこととか多いだろうから、オレ達が色々教えるよ!っていうか依頼とかってパーティ組まないとやってらんないからさ。オレ達と今のうちにパーティ組もうよ!ねっ?良いだろ??』
「はぁ....」
その時の私は、ギルドでの受付の列に並びながら溜息を吐いていた。
それは私が都会に出て、色々分かってなかったから不安だったのもある。
けれど、一番の原因はギルドに入ってすぐ何人かの男性冒険者に絡まれたことだった。
いくら色々に出たばかりで、ギルドの手続きで戸惑っていたとしても流石にそんな下心が滲み出たような態度が分からない程、バカな女なつもりはない。
私の胸を見て、コソコソと下卑た相談を仲間内で話して....それでヘラヘラとまるで気の良い青年を装えていますよと言わんばかりの態度で近づかれて...それで靡くなんて思ってるんだったらホント馬鹿にされた物だと思っていたのだ。
うざったいな....こいつらと内心で舌打ちをしていた。
初めてのことに戸惑っている中で、下らない見え透いた薄っぺらい連中に絡まれて余計に疲れさせられてげんなりしていたのは今でも記憶に新しい。
ただ...そんなことまで覚えているのは、この後の瞬間が私にとっては全てを吹き飛ばすような出会いだったからだ。
『あの...お金がちょっと...足りてないですね.....。』
「そんな...っ!あの...村で調べて..この値段で足りるって....!」
『すみません...今月から、ギルドへの登録料に負傷者手当金の積み立ても計上されるようになったので値段が少し上がってしまいまして....。』
そんなのは聞いてない。
受付の目の前で、強張って青ざめる私。
今思えば、村の資料が古かったというのが原因なんだと思う。
このままでは冒険者になることが出来ない。
追い詰められたそんな瞬間、私の後ろから声が聞こえてきた。
「あのっ...なんかあったんすか?」
また、絡んできたような男連中か?
そう思って、気が張っていたのもあってイラッとしながら振り返る。
しかし、そこに立っていたのは黒髪の一人の青年。
年は私よりも少し上くらい。
剣を背中に差して、鎧を着ていることから戦士だということが分かる。
『そこの方が登録料が足りないみたいで.....。』
「登録料、...どのくらいっすか?」
『このくらい....。』
私を挟んで戦士の男の人が受付嬢さんと話している。
そんな中、私はずっとその男の人の顔を見てしまっていた。
形の良い唇の形に、少し垂れている目尻。
今、私はギルドに登録できるかもわからないような身の上でそんなことを考えている場合じゃない。
けれど、私は彼にずっと目を向けていた。
今思えば....この時点で運命だったのかもしれない。
運命という言葉は陳腐に思うけど、それでも一言で言い表すとするのなら私はそう表現したい。
「...だったら、俺が足りない分払いますよ。」
「....!そ、そんな悪いですよ!」
だからこそ、彼がそんなことを言い出したことに対しての反応が遅れた。
初めて会った人にお金を払ってもらうなんて、そんな....。
そう思って。
けれど、彼はそんな私に目を向けると柔らかく笑った。
「あー、大丈夫大丈夫!俺、今依頼達成報告の為に並んでたからこの後に報告したらお金もらえるし。...それになんか偉そうに喋っているけど俺もちょっと前までは村を飛び出したばっかの駆け出しだったから!その時も困ってる俺によくしてくれた人が居たりしたし。やってもらったからには、俺もやらないと。」
同じだ....私と。
村を出た身の上である自分と彼の境遇が重なった。
そんな感じで彼の顔をポッ~と見惚れている私をさておき、彼はお金を払う。
『はい、しっかりと受け取りました。シア・メルカトル様、今日から冒険者ですね。こちらも精一杯サポートさせて頂きますのでよろしくお願いしますね!それでは適正を調べますので、そちらの横の階段から二階に行って頂ければ案内がありますので!』
受付嬢さんが私に笑いかける。
そして彼の方を見ると、彼も笑顔を見せた。
「おめでと。今日から冒険者だ。駆け出しのころは色々と大変だろうけど、すぐに慣れるもんだから気負わずにね?」
「あ、ありがとうございます....本当にっ、助かりました!!」
彼はニコッと笑顔を見せる。
そして私が横に掃けて2階へと向かっている間も、受付嬢さんに麻袋のような物を提出していた。
あの人達と違って利益を要求することも、下卑た視線を向けることもない。
あの人は....ホントの良い人だ。
それに自分がしてもらったことを見ず知らずの人に出来る人....なんだかカッコいい....。
強く、心に刻まれた。
だからこそだろう。
診断が終わった後に、私は一目散に彼の下へと向かっていた。
「あの...さっきは本当にありがとうございました!!」
「さっき...?....あぁ、あの子か。」
覚えていたくれた。
それだけで、少し身体がスキップを始めそうなくらい心が跳ねた。
浮足立った私は、その時の自分だったら考えられないような一歩踏み込んだ行動に出た。
「わ、私の名前は....シア・メルカトルです!!!歳は16で...その、....とにかくよろしくお願いします!!ま、まままま...またぁ!...色々教えて頂けると、あの....嬉しいです!!」
「え...あ、あぁ。そうだね、良いよ。俺の名前はハンス、よろしく。」
「あ、あああああああ、あのっ...そのっ..わ、私も村から出て、同じで...だからっその....せ、先輩って呼ばせてもらって良いですか!!?」
「えっ...あ...え?....ま、まぁいいけど。」
それが、せんぱいとの出会いだった。
それから私は出来る限り、先輩に付いて回った。
せんぱいと同じ戦士だったのが幸いしたのか武器がどこで買えば良いのか分からないと言えば武具屋に連れて行ってくれたし、初めてのクエストの時に同行してくれたり、私の食事を見かねてご飯を奢ってくれたりと一緒に居る機会が多く出来た。
せんぱい自身も私に気を許してくれるようになったのか、よく冒険に連れて行ってくれるようになった。
このまま行けばパーティを一緒に組むかとか、言われたりして....。
そんな風に思っては宿屋のベッドの上で足をばたつかせた。
そんなある日。
「なんでこんな乾燥地帯の遺跡にスライムが....!斬撃が通じない....これは、魔法じゃないと.....!」
「せんぱい....!」
目の前に居るのは緑色のスライム。
遺跡の最深部にまで行って周辺の村を襲っているオークを討伐した。
その帰りに、石張りの壁から垂れてくるように現れて私たちの前に立ちはだかる液状の魔物。
相手取る対象の事を最低限知っておいたほうが良いと、せんぱいから渡されたおさがりの魔物図鑑に載っていた。
スライムは湿地地帯などに住んでいて斬撃や打撃などの物理攻撃では効き目が薄く、魔法を用いて攻撃することが最善の討伐手段であると見た。
そして...せんぱいは戦士だ。
私も...まぁ、そうではあるけれど。
せんぱいの盾で触手を伸ばすようにして身体の一部を伸ばすスライムを弾き飛ばす。
しかし、息は切れていて汗が出ている。
せんぱいは苦戦していた。
いつも、どんな敵も前に立って斬ってきたせんぱいがだ。
「シア....、ここは俺が引き受ける!だから...キミはハジリマに戻って魔法職の人を呼んで....。」
「....っ、大丈夫です。私、行けます。」
「何を言って.....!」
せんぱいがこちらに視線を一瞬向けた。
その一瞬だけでも、魔物は見逃さない。
手を伸ばさんとするのが見える。
このままもし先輩がスライムに捕まったら。
その時は酸で重大な傷を負ってしまうかもしれない。
それを思うと、私は口が勝手に動いていた。
「青く弾けし、氷の矢よ。凍てつけ....<
そう唱えると、周囲の水分が集まる。
そして小さな球になると、そのままそれがスライム目掛けて飛んでいく。
飛ぶ過程で凍って良き、矢のような形になる氷塊。
「な....魔法....!?」
それは目の前のスライムに突き刺さる。
突き刺さった対象に広がる魔法陣。
これは確か身体を構成する要素に水が多い、そんな魔物に対して有用だと親が語っていたような気がする。
村の事は嫌いで、その延長で魔法のこともそんなに好きじゃなかったが....それでも、私はそれに感謝した。
だって、助けたい人を助けられたのだから。
魔方陣の影響で、スライムは凍結する。
立ち尽くすせんぱいの手を、その時私は取った。
初めて、せんぱいの手を引いたのだ。
初めて....私が主導権を握った瞬間だ。
「はぁ...はぁ...なんとか、遺跡から...出れましたね。」
「あ....あぁ、ありがとう....キミのおかげだよ。にしても、戦士なのに....なんで魔法を....。」
「はい!その....村がその、魔法を資質が高い人間が多く住むような土壌で覚えさせられて...それで....!...あっ。」
せんぱいは息を切らしながら私に尋ねる。
それに、私は答える。
私の顔は私からは見えない。
けれど、きっと私は少し得意げになって話して、それでせんぱいの顔を見て気づく。
「そうか...冒険者になる前から....、っ....凄いなキミは。やっぱりすごい....そのまま戦士だけじゃなく魔法の修練にも邁進していけばもしかしたら、上級職の...魔法戦士だってきっと...きっと夢じゃない!」
せんぱいは私に笑みを浮かべて、凄いと言ってくれた。
けど、私は見逃さなかった。
笑顔を見せる前に、せんぱいは俯いた。
どこか物憂げで、思い詰めたような...辛そうな表情を見せた。
私には見せまいとしていたのが分かった。
そしてその理由は、いつも一緒に居て一言たりとも聞き逃さないように先輩の言葉に耳を傾けていた私にはすぐに分かった。
せんぱいがご飯を食べながら、私に上級職になりたいと語っていたのを思い出す。
何度も挑戦してみて、落ちて一旦頭を冷やす為に認定試験から離れているけどいつかなんらかの戦士職の上級職に就くんだと。
せんぱいは魔法が使えない。
そして、私は魔法が使える。
それは私がせんぱいとは違って、一歩先にその見込みを見出したということに他ならない。
もしかして...せんぱいは、私に嫉妬したのだろうか。
私が魔法を使うのを見て、自分が持って居ない物ことを...それも隠していたみたいな形で知って。
そして、自分の窮地を救われて....前から面倒を見ていた立場の後輩の女の子に助けられて。
せんぱいからしてみれば、複雑だろう...。
私が居なかったら、せんぱいはあのスライムにやられたかもしれない。
せんぱいは魔法が使えないから。
だから今こうして無事なのは私が....、でもせんぱいからしてみればそれは素直に喜べるものじゃなくて。
そもそもとなると、状況によってはせんぱいよりも...私の方が強い....?
頭の中をせんぱいの一瞬の顔がリフレインする。
私を助けてくれて、面倒を見てくれた頼りになる年上が見せた弱い一面。
けれど、私の内から出てきたのは幻滅や失望なんかじゃない。
「~~~~っ!?っはぁっ.....。」
身体を抱く。
ブルブルと震える身体。
私の内から出てきたのは....背筋を走る甘い痺れ。
それは胸と下腹部へと至ると熱を出す、顔が火照る。
可愛い....。
そんなところを知るのは、私だけ....。
そうじゃなくても、私だけが良い。
私がせんぱいを守った....その事実が私の胸をこうまでくすぐるなんて思いもよらなかった。
普段のせんぱいも良いけど、可哀想なせんぱいも可愛い....。
もっと...もっと見せて欲しい...。
もっと....もっと!!
「....でも、そうなったらもう俺は必要ないな。一人前になったんだったら....ははっ、なんか寂しくなるな。」
その言葉を聞いた瞬間、甘い痺れを抑えていたはずの私は止まった。
まるで冷や水をぶっ掛けられたかのよう。
息が荒くなる。
そっか....今、自分をこうして構っているのは私が駆け出しだから。
だから、そうじゃなくなったらせんぱいはもう.....。
帰ろうぜと言って、私の心中など知る由もないせんぱいは先を歩く。
私はせんぱいの背を見るだけ。
きっと、分かれて....もし疎遠になったら見るのはこの背中だけなのだろうか?
寧ろ、背中すらも...遠巻きに眺めるだけ。
私が好きな笑みも困った顔も、....今日見れた貴重な表情だって見ることは....ない。
せんぱいは優しいから、きっと私みたいな駆け出しが困っていればまた助ける。
そうなったら、きっと私みたいな人は...絶対に出てくる。
「そんなの....。」
そんなのは耐えられない。
きっとそんなことになったら、いくらせんぱいでもその子のことに頭を埋めて類似品の私の事など忘れてしまう。
なんとか....なんとか、私がやれることを見つけないと.....私が、せんぱいの傍に居る為に.....。
せんぱいが足りない場所を補えるようになったら.....!
引き出しを片っ端からひっくり返すように頭の中で出来ることを探す。
そして、さっきの光景へと思考が行き着く。
そうだ、私には魔法がある....。
生まれ持った資質も...。
その原因である村も魔法も嫌いだし、せんぱいとお揃いである戦士というジョブにも愛着はある。
けれども、せんぱいの傍に居る為なら....私は、その魔法戦士とやらになって.....っ!!
◇
「そうやって...貴方が私を魔法戦士にしたんですよぉ?女の子を焦らせて、今後の冒険者人生をせんぱいの為へと舵を切らせて....本当に悪い人ですねぇ。」
こうして、今でも考えることはせんぱいのことだけ。
色々と魔法戦士を目指す上で、大変なことはあったけどそこだけは一本変わらぬ私の芯だった。
でも....せんぱいにとっての私は、そうでもないらしい。
「それなのに、今更村に引っ込む...故郷に帰るぅ?....そんなの、させるわけねーだろ.....。」
私の手の中にあるのは一枚の手紙。
あの後、私にお酒を進められたせんぱいは最初は断っていたのに最後断り切れずに言われるままに飲んでいた。
それで凄く酔っぱらったせんぱいを宿屋に運んでその流れで....なんて考えていたのだが、まぁそれは失敗した。
あの人酔っぱらっても記憶飛ばないし、そもそもちゃんと家に帰れるのである。
きっぱりと断られて、きびきびとなんならいつもよりもきっちりかっちりとした歩き方で帰っていくせんぱいを見送るしか出来なかった。
....けれど、酔っぱらって脇が甘くなったのか私に隠した手紙を落としたのだ。
内容は見た通り、私には到底許容できるものではない。
だからこそ....。
「せんぱい....、せんぱいの
手紙を破る。
ぐしゃぐしゃに丸めて紙屑にする。
そして懐に納めた。
「...出させない。絶対に、ホームシックなんて....故郷に戻るなんて、言わせないから.....っ。フ...フフフ....破ってしまった手紙の代わりに、私と
夜の街。
雲に隠れて月の見えない闇の中。
一人の少女が怪しく笑った。
シアちゃんはせんぱいからの呼び名がキミからお前に変わった時絶頂してそう。(偏見)