『刃は打ち手の心の形をそのまま形にする、鍛冶師にとっての鑑みてぇなもんだ。』
オヤジが言っていた言葉が頭を浮かんだ。
切れる息に、炉や熱した鉄が放った熱気が汗や蒸発した水と相まって作業場の中は噎せ返るような状態だ。
そんな中で、アタシは口元に薄い笑みを浮かべる。
それは自嘲が半分、そして自分の分身とも言える剣が示した形とそれを持つことになる未来の持ち主のことを思うと不思議と思い浮かんだ笑みだった。
無心で打ち続けた刃、それでも頭に思い浮かんだのは一人の顔。
そんな状態で打った剣の刃に最終的に浮かび上がったのは無数のハートマーク。
我ながら恥ずかしくなるような有様だ、刃紋としてこんなびっしりハートマークが出てくるとか....。
でもオヤジの言葉に倣うなら、これはアタシの心のカタチなんだよな。
「へへっ...なんだよアタシ、アイツのこと...好きすぎるだろ。」
疲れ切った頭の中に浮かんだ感想。
それは自然と口から漏れ出て、まるで自分の事を再確認しているかのようだった。
アイツが持つ剣。
アイツの手の温かみを受けて、アイツの意のまま動いて...アイツを守る。
外の魔物の脅威を切り抜けて、アイツの道を切り開く為の刃となる武器。
それをアタシが作ってる。
それがアタシの心のカタチそのもの。
そしてアタシが一振り一振り使うアイツの事を考えて作った....剣、実質アタシの子供みたいな物。
それがアタシの身体を熱くさせた。
まるで打ち始めの鉄のように、熱く赤く燃えている。
剥き出しの刃を鞘に戻すと、鞘を額に宛がう。
「....頼む、アイツを守ってやってくれ。そんで、出来るなら.....」
ずっと....アイツの手元で、輝いてくれ。
そう思って自嘲してしまう。
これじゃ、この剣でアイツをアタシに縛り付けようとまじないを掛けてるみたいじゃないか。
でも、出来るなら....アタシは、アイツを。
「....やめよ。とにかく出来上がっちゃったからにはしょうがない。...言い訳、考えないと。」
剣を机に置くと、立ち上がってそのまま背を伸ばす。
ガラでもないのは辞めよう。
こういうジメッとしてんのはアタシのガラじゃない。
きっと....アイツも、こんなアタシを見ても滅茶苦茶戸惑うだけだろう。
そう内心自嘲しつつも、アタシは剣を木箱に入れる。
アイツに卸す為に、鑑定をしてもらわないとな。
◇
シアと共に遺跡の探査クエストに行くと決めた当日。
俺は朝早く、アイツとの待ち合わせの時刻よりも早く外に出ていた。
当然女の子を待たせないようにする俺なりの気配り...などではなく、言うなればこの後の冒険に必要不可欠なある物を受け取りに行ったのである。
向かう先は職人ギルドが保有している工房群。
朝早くにも関わらず、鍛冶場では火がくべられていて盛んに鋼を打ち付ける音が聞こえてくる。
人の往来もそこそこ多く、商人や職人...その徒弟に俺と同じく鎧を身に着けた冒険者が歩いている。
俺達冒険者と鍛冶屋は切って離せない。
俺達冒険者は武器がなければ戦えない。
現状、今の俺には武器がない。
ないといっても、元々は持っていた。
ついこの間、依頼中に寿命が来たのかへし折れてしまって壊れた剣をかかりつけの鍛冶屋に出して新しい武器をしつらえてもらっていたのだ。
昨日の段階で出来上がって後はエンチャントが付与されているかどうか鑑定してもらうだけと言っていたか。
だから今日出来ていると思うんだけど....。
歩いていると、『ガルフ・ブラックスミス』と書かれた看板が見えてくる。
目的の鍛冶屋だ。
覗き込んでみると、そこは古くから使いこまれた鍛冶場。
中では定期的に火を焚く音や槌を鋼に叩きつける子気味の良い音、そして熱した鉄の棒を水に付けた時のようなジュ―ッという音が響いている。
そんな鍛冶場で一人もくもくと鍛冶作業を行う女が一人。
日焼けして小麦色の肌からは汗が吹き出し、身体からは湯気が立つ。
ハンマーを振り下ろすたびにサラシで縛り上げた胸がふよんと揺れて、一つ結びにした髪がまるで尻尾のようにフリフリと揺れる。
そして目元には保護の為かゴーグルをつけていた。
...作業を待っていたら日が暮れるだろう。
そして声を掛けるにも、槌で鉄を叩く音が響く中。
であれば、やることは当然決まっていた。
「おぉぉぉぉいレイ!俺だ!!ハンスだ!!!出来上がった剣を受け取りに来たぞぉぉぉぉ!!!」
声を上げると槌を振り下ろすのを一旦辞めて、立ち上がるとこちらに視線を向けてゴーグルを取った。
「あ....?あぁ~、....あ!?ハンスか!!おはようさん、ちょっと待ってな。」
そう言うと、慌てた様子で何度か叩いた後に焼き場の中に入れる。
そして時計を窯の上に置くと、槌を置いてこちらへと歩み寄ってくる。
「なんか...大丈夫だったか?その、鍛冶仕事してるみたいだったけど....いや、大声で呼んだのは俺だけど。」
「あー、大丈夫大丈夫。アレ、人の注文とかじゃなくて店の棚に並べる廉価品だから。なんかダメっぽかったらまたやり直すだけだ。」
「それって大丈夫なのか.....?」
「誰に言ってんだよ、アタシ職人だぞ?アタシが良いって言ったら良いの!お前は気にすんなって!」
そう言って俺に対して笑いかけてきた。
彼女の名前はレイ・スレッジ。
俺が得意先としている鍛冶師である。
この街に来た当初に知り合って、その時から武具や防具の製造などは彼女にやってもらうことがほとんどだ。
年が同じで、性格的にも男っぽくて親しみやすく接しやすいので波長が合う...と俺は思う。
言うなれば男友達みたいな感じの友人だ。
この街に来るまでは男友達とかも居ない...ていうかそもそも今も友達は少ないけど、でも初めて出来た男友達って感じがして凄く嬉しかったのを覚えている。
「なんだよ、朝に剣を取りに来るなんて珍しいな!なんかあんのか?」
「これから依頼なんだよ、遺跡探査の。だから剣が必要でさ。」
「あ~、そういうことね。それなら安心しとけって!アタシの力作、ちゃんと昨日の深夜に鑑定終わって工房に戻ってきたからよ。...ま、そのせいもあって作業が後に倒れて睡眠時間クソ短かったんだけど。」
「マジか...それはホント申し訳ない。」
「まぁ、その甲斐もあってこんな良い朝迎えられてんだ。悪いことばかりじゃねぇさ。」
にこやかに話している最中に彼女の髪の毛先から汗が一粒ぽたりと落ちる。
レイは全体的にまるで水でも被ったかのようにビチャビチャだった。
まぁ、それも無理はない。
こんな熱い環境で熱い鉄をハンマーで何度も打ったり叩いたり。
それをこんな朝からやっているのだからそうなるのも当然だ。
「そう言えば、ガルフさんはどうしたんだ?...見当たらないけど。」
「あ~、オヤジ?なんか昨日の夜に付き合いのある顧客に会いに行くとか言ったきり帰ってこないけど...まぁ、大方風俗街のお気に入りの女のとこにでも行ったんだろ?あのアホ爺が居たら、別に剣が深夜に届いても同時並行で作業出来たんだ、それに朝の準備も全部アタシ...ぜってぇ許さねぇ。」
「あはは...大変だったな、レイ。」
眉根を顰めて怒りを露わにする彼女。
ガルフさんというのはレイの父親...などではなく、ここの工房を受け持っている『ガルフ・ブラックスミス』の親方である。
昔気質の気のいい豪胆なオッサンで、ドラフであるだけあって卓越した鍛冶技術を持って居る人だ。
そしてレイはその人に師事して鍛冶技術を学んでいる....といっても、この態度だが。
気のいい人だと思うんだが結構職人としては厳しいらしく、普段はいい加減な性格らしいことからレイはガルフさんの話になると悪態を吐きがちである。
...まぁ、今回はガルフさんが悪いな。
弟子であるレイがあんま寝れてないわけだし。
「まぁ、オヤジ居たら朝ホントうっせーだろうからこうしてお前と話している暇もなかったかもな。....ほれ、コイツが注文の品だ。」
「おぉ、ありがとう....。これは...以前とは随分感じが違うな。曲刀か?」
鞘越しではあるが形としては反っていて、少しだけ細いサーベルみたいだ。
まぁ...こういう形の剣も使ったことはある。
片手で扱えて振り下ろして切れるのであれば、俺としては問題ない。
そう思って鞘から刀を引き抜いた。
....ん?この刀身.....。
「なぁ、レイ....これ打ち跡か?刀身になんかハートマークみたいな....跡が」
綺麗にきらめく刀身。
そこに細かく無数にハートマークのような刃紋が浮かび上がっている。
「そ、それは....猪の目って奴だ!知らねぇのか!?東の方ではこの紋様が魔除けとして扱われてて、今新しい技術としてこっちに来てんだよ!有用なエンチャントが付きやすいからってな!!!」
「そうなのか....?へぇ~、そういうのもあんのか。初耳だなぁ...東の方、...ナギザイだったか。」
ナギザイはこのハジリマの街と同じく、ギルドがあるそこそこ大きい街...だと聞いた。
とはいっても確か山が多い中で、湿度が高い上に入り組んだ作りをしている上にハジリマからそこそこ距離が離れているので伝聞でしか聞いたことがないのだが。
特有の土壌をした土地だからこそそこ特有の鍛冶技術などがあるって聞いたな。
たしかこちらとはジョブの呼び方や仔細が違うとか....。
ちょこちょここの街にまで来てる人で特徴的なデザインをした人とかはナギザイから来た人な場合も多い。
それにしたってエンチャントが付きやすい打ち方があるなんてたまげたなぁ...。
エンチャント自体、その職人の技術の高さの末という物らしいからそういう打ち方が出てきたっていうのは結構革新的なんじゃないか?
「そ、そうそう!ま、まぁ?ホントに...ホンットにここ最近こっちに伝わってきたやり方だかんなぁ~、アタシもオヤジ経由で教えてもらったくらいだし、素人のお前が知らなくても無理ねぇよ、ウンウン....。...だから他の連中が知らなくてもおかしくないんだかんな!良いな!?」
「お、おうそうか....。やっぱりガルフさんは凄いんだな。」
この工房で長いこと親方やってるみたいだし、他の冒険者でもガルフさんが作った武器は評判が良い。
それになによりもガルフさん自身が確か職人ギルド自体の運営を取り仕切っている上層の人達と度々飲みに行くくらい仲が良いからそういう情報も早く伝わるんだろう。
「た、確かにオヤジも凄いけど....この剣を打ったのはアタシだぞ。今までの装備だって殆どアタシだろ?なぁ...!」
「お、おうそうだな!レイは凄いな!レイの作った装備使って以降はそれ以外の装備をほとんど使ったことないしなぁ....まぁ実質オーダメイドしてもらっているようなもんだからそりゃそうなんだけど。この曲刀も、市場で握るような物よりも全然軽くて片手で扱いやすい。マジでどうやって作ってんのか想像もつかないよ。ホンット、お前みたいな鍛冶屋にこうして気安く頼めるのは恵まれてるよなぁ....純粋に尊敬するわ。」
「へへ...へへへっ....そうだぞ!もっと...もっとアタシを褒めろ!正当な対価だぞ....も、もっと褒めないと嫌になってもお前の装備作るの辞めちゃうかもなぁ~?そ、それが嫌ならもっともっと、滅茶苦茶になるまで褒めろよなっ!!」
「レイ、その技術の向上は止まる所を知らないな!ハジリマ一だよお前は!やっぱすぐにガルフさんの下から独り立ちするんじゃないか!?」
「にへ、へへへっ....へへへ~、知ってる!アタシが独立した時にゃお前がお客さん1号なんだからなっ!分かったなっ!」
ふにゃぁとした笑みを浮かべながら自慢げに胸を張る。
いつも装備を作ってもらった時はこうだ。
こんなに人に褒めてもらいたがるなんて、もしかしてガルフさんは弟子を褒めない人なんだろうか。
そう考えると、なんとも不憫である。
だから、ちょっと鬱陶しいなとか思うくらいに前のめりに来られてもちゃんと語彙力を振り絞って褒めたたえるようにしているのだ。
まぁ彼女自身の技量も高いし、俺が質のいい装備を良い値段で受け取っているという恩恵を受けているわけだし。
それにレイ自身が言うように拗ねられて『じゃあアタシ以外に頼めば良いじゃん!』と言われたらこちらが困るわけで...ちなみに一度それやられたことあるしな.....。
「その剣...好き?アタシの剣好きか....??」
「あぁ、好きだぞ。今の所握ってみてもやっぱいつも通りめちゃ手に馴染むし、振りやすい。やっぱ今まで俺の装備とか作って来てるだけあってそういうの分かるのか?」
「当たり前だろぉ~?お前のことは、アタシが一番よくわかってんだからっ!そっかぁ...好きかぁ~、ふ~~~~~~~ん?まったく...お前、アタシのつくるもん好きすぎだろっ...!」
めっちゃ上機嫌だな。
やれやれみたいな態度を取っているが滅茶苦茶笑み浮かんでるもん。
まぁでも鍛冶師から見ればどういう剣を好んでるとか、担当しているうちに俺が知らないことも分かってきているんだろうか。
ここまで豪語されると、頼む側としては頼もしさを感じるな。
ルンルンと楽しそうな様子でレイが後ろの棚の引き出しを開ける。
そして中から一枚の紙を取り出すと、俺に手渡してくる。
見れば職人ギルド発行の書類...この武器の鑑定結果が書かれているのだろう。
「名前は....<アイゼン>。おっ、ちゃんとエンチャント付いてるのか....5個って猪目すげぇな。普段多くて4個くらいなのに....。」
「...ま、ま、まぁな。うん...で、でも猪目じゃなくて、アタシの実力のおかげだったり....いや、猪目のおかげでもあるんだけどな!うん....。」
「何言ってんだお前...?ははぁ、下駄履いたからじゃないかと気にしてんのか?別に気にしなくても良いのに...お前がすげぇってことに変わりないし、今はそんなやってる人居ないんだろ?だったらハジリマの中で一番最初に始めたって言ってもガルフさんの弟子なら怒る人もそんなに.....ん?」
自慢げにするレイ。
付いているエンチャントは<軽量化><丈夫><不離><掌中之珠><哀死照>...。
ん....?
「いや、不離と掌中之珠っていうのも見たことがないけど...これなんだ...?あい、し.....。」
「さ、サード・デス・シャインだ!!!!光魔法の強化を刀身に受けた状態で行った三回目の攻撃は、相手に致命傷を与えることとなるっていう物だぞ!」
うおっ、なんだ....!?
見やればめっちゃこっちに前のめりになって、エンチャントの効果を力説するレイ。
前のめりになったせいでサラシで巻いただけの谷間がもろに見えて咄嗟に目を背けた。
「え.....?いや、そんな急に読み方変わるものなのか?明らか他のエンチャントと違う気が....。」
「そりゃ滅多に付くことがない貴重なエンチャントだからな!!受付の人も今までやっててほとんど見たことねぇって言ってたし、アタシも勿論こんなエンチャント鍛冶屋やってて見たことがねぇ!猪目ってすげぇな!!いや、遂にはそんなレアなエンチャント付けられるようになったアタシが凄いのかな!?アッハハハ...と、とにかく鍛冶屋のアタシが言うんだから間違いない!良いか!!」
「わ、わかった....。」
なんか知らんけど、今日めっちゃ喋るな....。
もしかしてケチ付けてるように聞こえたのかな...?
俺、自分で気づかない間に言い方キツかったり、気に障る言い方したのかな。
まぁでも職人っていうのは気難しい物というし、そもそも上手い鍛冶屋になればなるほど自分の作り出した物には思い入れがあるのだろう。
俺のような素人が口をはさむことではないのかもしれない。
「まっ、確かに受け取った。また次もよろしくな。」
「おう....あっ、そうだ。お前、飯ぃ....食った?」
事前に金を詰めておいた袋をレイに渡す。
するとレイは受け取って、中身を確認した後に顔を上げて俺に話しを切り出した。
朝飯か....。
「そう言えば食ってないな。」
「はぁ~?これから遺跡行くんだろ?だったら食っとかねぇと持たねぇだろ。だ、だからさ.....そのっ、アタシと...今から、飯....行かねぇか?」
なぜだかレイは飯に誘うだけなのにモジモジとした様子を見せる。
シアとの待ち合わせ時間には...まだ時間があるな。
それに俺も腹自体は空いている。
ただ、こんな朝早くに開いている飯屋なんかあっただろうか?
「こんな朝に開いている店なんかあるのか?」
「そ、そりゃぁ!ここらの工房群は朝早くから職人が準備してたりすんだぜ。そこら辺に利益を見出して朝食を出してる店があんだよ。そ、その中でもさ上手い定食屋があって...お、オヤジも気に入るくらいなんだ。飯出すのもはえーし....お、お、お前にも一度食わしてやりたいって思ってたっていうか....その.....。」
「別に良いぞ。つーか、朝食を主に出している定食屋かぁ~...やっぱ職人さん相手にしてるだけあって、旨そうな感じするな。」
「そ、そうか!?だ、だったらよかった...後悔はさせねぇから!いやマジで!!それじゃ今すぐ....。」
急に手を取られてびっくりした。
ただ、その時彼女の前髪の先から汗が雫となって落ちる。
その落ちた汗が彼女の視界にハッとした様子で一歩後ずさった。
「....?どうしたんだ??」
「い、いや....悪ぃ。アタシ、...汗だくで。すんっ、すんっ....くっせぇかも....。うぇぇ~...。」
確かに彼女がこちらへと歩み寄って来た時に玉のような汗を肌に浮かべて、蒸気を纏っていた。
どことなく酸っぱいような...それでいてもったりと鼻に纏わりつくような甘い匂いが鼻をついた。
ただ、俺にとってみればこの工房に入って来た時から割と微かにだが匂って来ていた匂いだった。
というかコイツの仕事中に来ることなんて今まで割とあったしな。
それよりも俺としては、今のコイツの状態の方が問題だ。
汗で滴る身体に上気して赤らんでいる肌に、纏っているムワッとした熱気に汗がサラシで締め付けられた豊満な胸の谷間へと流れていく。
そしてレイが腋を上げた時に、モワッとした熱気を殊更目に取ることが出来てジワッと汗が滲む腋に鼻を近づけて少し顔を顰める。
その有様はどこか艶めかしかった。
言うなれば...まぁ、うん...エロい....かな。
男友達みたいな間柄である相手に対してこんなこと思ってしまうなんて気恥ずかしいし、彼女が匂いを気にしていることや汗を沢山かいているのだって鍛冶仕事の結果だと考えればそう思うこと自体がなんというか侮辱なような気がして気が引ける。
「....なに見てんだよ、アホ。」
「わ、悪い....。」
目が合う。
レイは腋を降ろして、自分の身体を抱くようにして少し頬を赤くしながら俺を睨みつけた。
やべ....。
俺も咄嗟に目を逸らしてしまう。
気まずい空気が流れる。
これから飯食いに行く相手となる空気じゃないぞコレ....。
正直苦しい...いや、どちらかと言えば悪いのは咄嗟に見てしまった俺なんだろうけど。
「...まぁ良い。とにかくこんな状態で外なんか行けねぇから、アタシ一旦シャワー浴びて来て良いか?」
「え...まぁ構わないけど、でも俺そんな時間は......。」
「イヤ、アタシ烏の行水だしな。それに.....。」
「あっ、せんぱぁ~い。こんなところに居たぁ~~!」
レイが言葉を続けようとする。
すると背後で聞き慣れた、それでいてここで聞くはずのない言葉が聞こえた。
振り向こうとするも、それよりも早く声の主は俺の右手に飛びついて来た。
「....ぁ。」
「もぉ~~~~、せんぱい私たち待ち合わせの約束してたって分かってますかぁ?そこは私よりも早く待ち合わせに着いて『待ちましたかぁ~?』って聞く後輩ちゃんに『待ってないよ』って言う為に事前に早く待ち合わせ場所で待っておくべきなんですよぉ?それが目的はなんであれ女の子と待ち合わせする男の子の礼儀なんですっ!まったく、せんぱいはそこら辺何にも知りませんよねぇ~~~?やれやれって感じですよ!やれやれ...やれやれっ!!」
腕にへばりつきながら、こちらを見上げてぶー垂れるシア。
待ち合わせしているはずのシア・メルカトルが何故かこの工房群に居るのである。
知らない時間が過ぎていたか....!?
いや、壁に掛かってる時計を見てもまだ待ち合わせ時間になってすらいない。
30分前と言ったところか。
前を見ればレイは口を開けて、呆然としてる。
俺は会わせたことはないし、レイとは面識がないのか?
だとすればこんなアッパーなテンションで知らない奴が会話相手にへばりついたらびっくりするよな。
「い、いや...俺はほら武器壊れてて....新しいのを受け取ろうと思って、得意先の鍛冶屋に寄ったんだ。ほら。というか、お前こそどうしてこの工房群に....?」
「はぁ....せんぱい、私だって冒険者なんですよ。行く前に色々装備とか見たりしますぅ~。それで色々巡ってる間に、せんぱいの顔を見たから来たんじゃないですかぁ!お前も立派になったんだなとか言われるならまだしも、なんでお前居るんだよみたいなこと言われるなんて心外なんですけどぉ?」
「それは...悪かったな。」
「まったくです、反省してください。...それで、そこのお姉さんがせんぱいの剣作った人ってことで良いですよね?」
やれやれと言った様子で息を吐いた後に、シアは俺からレイに視線を移す。
そうだ、レイが面識がないのであればシアも面識はないのは当たり前のこと。
となれば、ここはお互いの知人に当たる俺が取りなすべきだろう。
「そうだ。俺が得意にしてる鍛冶屋のレイ・スレッジ。このガルフ・ブラックスミスで弟子やってる人だ。...良い腕してる職人だから、お前も一度頼んでみるのも良いかもな。そんで....レイ、コイツは俺の...後輩?えーと、駆け出しのころに面倒見てた冒険者の子で、今でも一緒に冒険に行ったりする相手のシア・メルカトル。魔法使えたり...まぁ凄い奴だよ。」
「一緒に....冒険.....。」
「へ~~~、貴女が.....。」
レイが目の前でこちらを見ながら何かを呟く。
対して、シアは俺の腕から離れると一歩前に出てレイと相対する。
その口元には笑みが浮かんでいた。
「初めまして、シア・メルカトルです!魔法戦士をやってます!レイさん...でしたっけ?『ガルフ・ブラックスミス』って名前は私でも普通に聞いたことある名前ですし、そんな所で鍛冶師をやってるなんて貴女...凄い人なんですねぇ~?」
「まぁ....どうも.....。」
「えぇ、だから安心しましたよぉ~...せんぱいの武器を貴女のような凄い職人が作ってくれるなんてぇ~、これで私も安心して背中を任せられるってもんです。ほら、せんぱいって少し頼りない所あるじゃないですかぁ?...これから一緒に遺跡探査の依頼をこなしに行くんです。...あなたの『おかげ』でせんぱいと依頼に望めますぅ。ホントせんぱいの武器を作ってくれてありがとうございましたぁ~。」
シアは相も変わらず人の良いような笑みを浮かべた挨拶する。
初対面の相手に対する愛想は良いんだよなぁコイツ。
....もしかしたら、俺にだけ愛想悪かったりは..しないよな?
舐められてる.....!?
「っ.....!.....それはよかった。職人としてこんなに嬉しいことはねぇよ。...ホントに。」
レイも一瞬顔を伏せると、すぐに顔を上げてニッコリと笑顔を浮かべていた。
...もしかしたら、俺の取りなしがなくてもこの二人は仲良く成れたかもなぁ。
初対面にしてはお互い笑いあえてるし、お互いに合う所を見つけたのだろうか?
もしくはレイは今まで職人としては年上としか接したことがないから同性の年下は受け入れやすいのだろうか?
なんにせよ、よかったよかった。
「いや、ホント私もせんぱいが言うように装備作ってもらっちゃおうかなぁ~?」
「...あぁ、良いぜ。ただ、アンタが付けてるような魔法剣。それと同等の物となると難しいかもな...魔法職用の装備を専用としている鍛冶屋が作ってそうだ。...それでも、その『せんぱい』とやらとお揃いにしたいなら構わねぇけど?」
「あ~~~、それなら結構ですぅ~。せんぱいとお揃いの武器って考えると、なんだか背筋がむず痒くなるんでぇ~。」
「...おい!!」
背筋むず痒くなるってなんだ。
嫌がるなら嫌がるでもっと言い方って物を考えて欲しい物である。
まぁでもなんにせよこんな軽口がさっそく叩き合えている所を考えると二人の相性はよさそうだ。
もしかしたら俺なんかより早く仲良くなっちゃったりして....。
....そうなったら複雑だな。
「それでぇ?もう武器をもらったんだったら依頼行けますよね?行っちゃいましょうよ、せんぱい。」
「え....あぁ、いや...俺レイに飯に誘われててさ。そんでレイがシャワーを浴びるのを待つって話になってて...あっ!お前朝飯食ったか?もし食ってないならお前も一緒に.....。」
「なぁに悠長なこと言ってんですかぁ!!遅く成ればなるほど、その場所は魔物が狩りから帰ってきちゃうんです!!行くんだったら早めに行く方が良いに決まってるんですよ!!昨日だって、せんぱいに話したじゃないですか!!酔ってて聞いてなかったんですか!?」
大きな声を上げるシア。
昨日話してた....そんなこと話してたっけ?
昨日は酔ってないつもりだったんだが....うーん、記憶にない。
でも俺は酔ってないつもりでも、酒を入れたとなると言われてないと断言はできないな。
それにもしかしたら、シアも酒を飲んでたから言ったつもりになってるだけかもしれない。
「昨日....酔ってて.....っ.....!」
「すみませーん、レイさん。依頼先の環境上、午前中の内に依頼を終わらせておきたいのでせんぱいとの約束はまた別の機会にってことにしてください。午後になるとその場所、魔物が出て危険になるので....いちおー私せんぱいのことを思って言ってるんですけど....せんぱいの冒険を支える鍛冶屋としても同じ意見ですよねぇ?」
「....っ、そう...だな。やっぱ、あぶねぇなら...行く、べきだ....。」
レイもシアに同意した。
ちょっと歯切れが悪いのは...彼女自身、友達と飯行くのを楽しみにしていたからだろうか。
だったら良いなと思う。
それなら...今度どっかで埋め合わせとかしないとな。
「ですって!!レイさんもこう言ってるんだし、せんぱい突っ立てる暇なんかないんですよ!!ほら、行きますよ!!ほらほら!!!」
「ちょっ、おまっ....押すなって!おい!!!レイ、剣本当にありがとなぁーーー!!」
シアに扉の方を向かされて、ぐいぐいと背中を押される。
既にこんなに力が強いとは...シアの成長を感じる物だ。
レイに再び剣のお礼を言う為に首だけ後ろを向いて声を上げる。
されど、レイの顔はしっかりとは見えなかったか。
ガルフ・ブラックスミスからシアによって押し出されて数分後。
俺達は街の出口であり、その依頼先の遺跡に近いという東門への道を歩いていた。
隣を見ればシアが何が楽しいのか上機嫌で鼻歌を歌っている。
どういう歌なのかはわからない。
ギルドの酒場で聞いた覚えがあるので流行りの歌なのだろうが、そういう流行りには俺は疎いのだ。
すると、突然隣のシアが足を止める。
なんだよ...。
「せんぱい....お腹、空きません?」
「....は?」
え...お前、今更何言って....。
戸惑う俺を他所に、彼女は周りをキョロキョロ見回すととある屋台に指を差した。
「あっ、ケバブですよ。確かあそこのケバブおいしいって話題になったんですよね!その癖朝早くに行かないと肉がなくなってる場合が多いとか。あそこ行きましょうよ!!」
「いや、お前....それならレイとの朝飯の方に行けば良かったじゃん。どうせお腹空いてるんだったらさ。」
俺の言葉を聞くと、シアは俺の顔を見てはぁ...と溜息を吐いた。
な、なんだよ....。
「あのですね、せんぱい。私は今!今お腹が空いたんですよ?レイさんと一緒に居た時はそこまでお腹が空いてませんでした!それなのにその時に行けばよかったって言うのはちょっとおかしくないですか?それに、レイさんのシャワーを待ってご飯を食べに行くになんて時間がかかり過ぎます。その点、屋台だったら買って食べればいいだけだから早いですっ!依頼の方にも影響はありません!分かりましたぁ?」
「はぁ...まぁ、確かにな....。」
言われて見れば確かにそうだな。
さっきじゃなくて今お腹空いたの所はちょっと傍若無人が過ぎるのではないかと思ったが、後半の時間の話になるとぐうの音も出ない。
「分かればいいんです、分かれば!それじゃ、行きますよ!!」
「おわっ、分かったから....!手ぇ引っ張るな!」
得意げに胸を張ると、俺の手を取るシア。
めっちゃケバブ屋へと引っ張られる。
なんか今日、ペースをシアに握られてるような気がする....。
ケバブ屋の前に着く。
太い串に突き刺さったデカい肉が熱で炙られてジワリと肉汁を出している。
そして、そんな肉の塊からナイフで肉を削ぎ落す髭を蓄えたおじさん。
そんなケバブ屋の前に着くと、シアは俺の腕に纏わりつく。
柔らかな感覚を腕に覚える....。
くそっ....考えるな、顔に出ると目敏くそこを突いてくるぞ...コイツは!
「せぇんぱぁ~い❤私このサワークリームとワニナシって奴が食べたいでぇ~~~すっ!」
「お前なぁ...はぁ....。」
身を寄せるようにして猫なで声を出すシア。
...まぁ、奢るのも先輩の定めって奴か。
ケバブくらいの出費なら別に痛手でもないし、良いだろう。
俺はどれにしようかな....このレモンとレタスの奴で良いかな。
「すいませーん、注文良いですかー?」
「お、良いよぉ!何にするんだい?」
「このサワークリーム&ワニナシと、レモンレタスでお願いします。」
元気よく返事するおじさんに注文する。
すると、おじさんは俺とシアを交互に見るとサムズアップをして口を開いた。
「兄ちゃん達!今ならカップル割をすればお得になるぜ!」
「あっ...いや、俺達はその....」
「じゃあそれでお願いしまぁ~す❤」
「シアっ!?」
いや、お前....ちょっ....!?
シアの思わぬ行動に咄嗟に言葉が出ない。
「あいよぉっ!」
俺がまごついてる間に、おじさんは何を勘違いしたのかそんな俺に微笑まし気な目線を向けた後に元気よく返事をして肉を削ぎ落し始めた。
シアを見ると目が合う。
ニッコリと笑みを浮かべつつも、白々しく首を傾げていた。
「あいよ、お待ち!サワクリワニナシとレモレタのカップルセット!」
「あ、ありがとうございます...。」
「ありがとうございまぁ~す❤」
お金を払って、ケバブ二つを受け取る。
見る限りはすごく旨そうだ。
ただ、その前に....。
「お前さ....なんで急に....。」
「む....なんですか?私はせんぱいの懐事情を気遣って、奢ってもらう身の上として出来る限りの気遣いをしたつもりなんですけど?そういうことにしとけば安くなるっていうんだから誰も損してないし良いじゃないですか?へぇ~~~、せんぱいはそんな後輩ちゃんの心遣いなんか願い下げって言うんですかぁ~。ふ~ん、傷つくなぁ...泣いちゃおっかな~??うえーん....。」
「や、やめろ!わ、分かった...分かったから。き、気遣ってくれたなら確かに助かる...助かるけど、その....なんつーか、普通にその....恥ずかしいじゃん。ホントはそうじゃないのに、そう見られるとか...。」
「......。」
「な....なんだよ。」
目を覆い隠して泣いたフリをするシア。
周りの目を気にして、精一杯弁明する。
正直自分の口から話すのはなんだかめっちゃ恥ずかしい。
一方シアは顔の前から手を退けて俺の顔を眺めている。
ボッーとしているようにも見えるし...なんなんだ?
「い...いや、別になんでも....ふーーーん、せんぱいやるじゃん。正直びっくりしちゃいました。えぇ!ホントに、そういうところですよ。ホント....いきなりそんな顔......。」
「なにがだよ...ワケわかんない奴だな....。」
戸惑う俺を他所に、ケバブに口を付ける。
それを見て、俺もケバブを口に入れた。
ん....確かに爽やかな感じで上手いな。
レモンの爽やかさとレタスの触感が肉と生地の味わいにアクセントを加えていた。
「確かに旨いなこれは。話題になるわけだ。」
「まぁ、せんぱいは話題になってるってことすら私が言わなきゃ知らなかったでしょうけどねぇ。...せんぱい?私、せんぱいが食べてるのも食べたいです!私のもあげるんで一口くれませんか?」
「これか?良いぞ。」
「それじゃ、はい...あーん。」
おぉっ、そういう食わせ方....。
コイツ、さてはさっきの注文のシチュエーションに寄せてきてないか?
心なしか目元が笑ってるように見える...っていうかめっちゃ笑顔だわコレ。
ただ、ここで躊躇うと揶揄われるのがオチ。
普通に、何食わぬ顔で頂くとしよう。
「あむっ....ふぐっ!?...むぅ....。」
「フフッ...ふぐっって....、ぷっ...くく......!」
コイツ....俺が口付けた瞬間、メッチャ押し込んできやがった...!
そう来たか...って気持ちとふざけんなよって気持ちが渦巻く。
なんとか予想外な量入ってきたケバブを噛んで飲み込む。
「今度は俺の番だな。」
「え~、なんか目ぇこわぁ~い....!ただ、シェアするだけですよ?なにしでかすつもりなんですかぁせんぱぁ~い?」
「どの面で....っ!自分の胸に問うてみるんだなっ!!」
「後輩ちゃんわかりませぇーん!とにかく、いただきまぁ~す。」
ニコニコと笑いながら俺のケバブに食いつく。
ククク...次の瞬間、そんな風に笑っていられるかな!?
俺もお前と同じ様に押し込んで.....。
.....いや、でもあんま押しすぎて喉詰まっちゃったりとかしたら笑い事じゃ済まないよな。
それに、俺一応年上だし...先輩だし....。
冗談にマジで返すのは俺もどうかと思うし....。
よし!押しはするけど、あまり力を入れないようにしよう。
うん、そうしよう。
ちょいちょいとケバブをシアへと押す。
けれど、彼女は問題なくケバブを噛みちぎるとそのまま暫く口を動かした後に飲み込んでしまった。
あ...あぁ.....。
「....先輩、押す力弱すぎです。何、遠慮しちゃったの?良い子ちゃんですか貴方は....。」
「...笑いたきゃ笑え。」
呆れたようにジト目を向けるシアから顔を逸らす。
よりにもよって一番中途半端な形になってしまった。
何とも言えない空気。
「せぇーんぱいっ!」
そんな空気を切り裂くようにシアの声が聞こえる。
彼女の方向を見ると、俺の方へとシアが手を伸ばす。
その手は俺の口元まで届くと、人差し指が唇を撫でた。
指の先に乗るのは白いソースのような物。
それは彼女のケバブに使われていたサワークリーム。
彼女のケバブを食べた時に、口元に付いた奴か。
それを艶やかな舌でペロリと嘗めとった。
ただ、ソースを舐めただけ。
それなのに、なんでか見てはいけない物を見てるような気分になった。
「...うん、やっぱり私はせんぱいが食べてた奴が好きですね。」
「そ、そうか.....。」
「....ねっ?私と居ると楽しいでしょ?せぇんぱいっ?」
シアが妖しく笑いながら、上目遣いでこちらを見る。
さっきの仕草もあって艶やかな唇へと目が惹かれそうになる。
これじゃいけないと目を逸らそうとするも、シアにケバブを持って居ない方の手を取られて妨害される。
こちらを見ながら満面の笑みで聞いてくる彼女。
「....まぁ、楽しくなくはないな。」
「ふふっ、素直じゃないですねぇ~。」
楽しいと言い切れないが、それはそれとして決して楽しくないわけじゃない。
そんな気持ちを素直に口にしたつもりだったが、シアに笑われてしまった。
今日はなんだか...辱められてばかりだ。
こんなんで、遺跡行って大丈夫だろうか....。
いや、シアも冒険者なのだからそこら辺の切り替えは出来るか。
恥ずかし気から逃げ出すかのように歩き出すと、食べ終わった後のゴミをゴミ箱に捨てる。
隣でニヤニヤと愉快そうにシアが笑顔を浮かべていた。
楽しそうで何よりだよ...まったく...。
◇
アタシがハンスと会ったのは、それこそ5か月前。
今まで見たことがない奴が熟達してそうな女の冒険者に連れられて、ウチの工房に来てからだ。
まぁ、見たことがないのも道理でその頃のハンスはこの街に来たばかりの新参だったんだから当然なんだが。
一方、アタシは入ってきた奴のことなんか頭になかった。
鍛冶師なるもの常に客に対して意識を配る。
それが原則なのに、アタシはそれが出来なかった。
オヤジに弟子入りしてからしばらく経ってて、最初の試練を突破はしたもののアタシは伸び悩んでいた。
オヤジと同じ店頭に自分の作った武器を置いて、買ってもらえれば第二の試練を突破。
けれど、悔しいけど....オヤジのとアタシのじゃレベルが違うという事はよく分かってた。
事実手に取りはすれど、買われることはない。
それでいて、女だからと他の鍛冶師に侮られることもある。
そんなこんなで、まだ未熟だったアタシは自棄になっていた。
『それじゃ、ハンス君!お姉さんが冒険者になった記念に、なんでも一個武器を買ってあげちゃうよ!』
『い、良いんですか!?』
『もっちろん!冒険者が依頼を達成するには大半の場合、武器が必要!そんでその武器一つで生き残れるかどうか決まるんだから、始めは良い物を買った方が良いんだよ!だから好きに選びな?』
ハッ...とアタシは笑ったと思う。
それはその理屈がごもっともだという事と、それ故にお前の武器は買われないのだ、俺達冒険者が命を預けるに足りんのだと言われているように感じて。
それでいて、言われている相手が自分なんかよりもその道に入ったばかりであるずぶの素人の男だったので自分はこんなに苦労してるのに、そう易々と世話してもらってオヤジの武器を買い与えられて良い御身分だとも思ったのだ。
いうならただの逆恨みである。
『武器かぁ~....。』
店の中を物色する男。
今はオヤジが居ないので、さっさと買って帰れよってイラついていた。
男が武器の柄を握ったりとかしてたのも、イラつきの原因かもしれない。
そんな中で、ソイツが一本の刀を手に取る。
『俺、これが良いです!この剣!!』
『えっ...その剣は....。』
その女は笑顔で言葉に詰まる。
見れば、その剣は...アタシが作った剣だ。
『それ、辞めた方が良いよ。』
アタシは、咄嗟に声が出ていた。
例え買われることが試練でも、価値が分からないような新人に買われて突破だなんて自分のプライドが許さなかった。
まだ対して鍛冶師として熟達してないようなアタシが抱くには不釣り合いなプライド。
価値が分かる相手ならばこそ、アタシの武器を避けるというのに。
『それ、アタシが作った奴だから。...オヤジのと比べればすぐにわかるほど出来が悪い。...せっかく、そこの女の人に金出してもらえるんだろ?だったら、...良いの買えよ。』
一応客商売だ。
ここで不満なんか出されたら、オヤジの店に泥を塗ることになりそうだ。
『それ、鍛冶師のお弟子さんが二番目の試練で師匠の店に同じように自分の品物を置くって奴なんだよ。他のものと比べて安めになるからお金がない冒険者とかはそれで揃えるんだけど....でも、ホラ!キミは私が出してあげるから....そのっ....。』
女も申し訳なさげにこちらを見ながらも、男に言っている。
...別にそんな目線向けなくても良い。
客に気遣われるなんて、却って惨めになるだけだ。
けれど、アイツはそこで顔を上げてアタシを真っ直ぐ見た。
そして確かにアタシの作った剣を握って言ったんだ。
『それじゃあ猶更....コレ、ください。』
『...同情のつもりか?だったら不愉快だ...こんな、女のアタシでも職人の端くれだ。...哀れみで腕を買われるなんて、侮辱以外の何者でもないっ!!』
つい声を荒げてしまう。
それでも、ハンスは真っ直ぐ俺を見て言葉を続けた。
気圧されずに、真っ直ぐに。
『...違うよ。...俺、この店回って武器の柄を握った...しっかりと。....その中で、手に一番馴染んだのがこの剣だった。手のカタチに合ってる...って奴なのかな?』
『抜かせ....!そんな取ってつけたような理由.....ッ!』
『それにッ!...俺はこの街に来て冒険者になったばかりで...だから、凄い頑張ってる人が作ってる物が凄い魅力的に思えるよ。自分が使いたい武器を使う...それが良い武器を使うってことじゃないの?だったら、俺はコレが良い。初めから手に馴染むんだ....俺は間違ってない、断言出来る。』
『素人が何をっ.....!』
素人が何を分かったような口を叩くのか。
そう言おうとして、背中をはたかれる。
振り向くと、そこにはオヤジが立っていた。
『買わせてやんな。...そこの坊主に。』
『ガルさん!?』
オヤジを見て、男を連れて来ていた女が驚いていた。
まぁ今思えば度々見たことがあるし、オヤジの客だった。
だからハンスをガルフ・ブラックスミスに連れてきたんだろう。
『オヤジ!?...アンタ、鍛冶屋としてそれで良いのか!?』
『....おめぇこの第二の試練の意味、分かってんのか?』
オヤジはいつものちゃらんぽらんな感じとは違った厳格な態度でアタシに問う。
当時、意味の分かってないアタシは何も答えられなかった。
そんなアタシを見て笑った。
『俺の作ったもんと初めて精々少しのお前の武器なんざ並べたってそりゃいいもんは俺に決まってる。大半はそれで手に取るだろうさ。それじゃ、なんで第二の試練があるのか。試練として成り立っていないように思わねぇか?』
『そりゃ、思ってたけど....。』
『そんなのは、簡単さ。技術なんてもんはな、マジメにやってりゃ上がるもんなんだよ。ここで工房開いた人間が見込んだ奴であるなら猶更な。...そんなのよりも、まずは人だ...客なんだよ。俺達が価値ある物を作り出すんじゃなくて、客がそれに価値を見出すんだ。』
そこまで言われても何のことかはさっぱりだった。
そんなアタシに親父は呆れたように溜息を吐く。
『分かんねぇ奴だなぁ。良いか?初めの試練を超えた人間なら武器として形となった物は作れるんだよ。そして職人にはどんな奴にも一人一人癖や味がある。そんで、その味は最初は雑味に思えても鍛え上げれば鍛冶師として唯一の持ち味って奴になんだよ。その雑味の段階で、てめぇに価値を見出した奴。ソイツがおめぇの最初の客だ。きっとその客はてめぇがどんなに違う在り方を試しても、てめぇ自身を見失わなければその武器を手に取る...まぁ、断言はできないがその可能性は高い。』
オヤジは真っ直ぐにアタシの目を見つめる。
オヤジにしては珍しく、真摯な目をしていた。
『ま、なんだ...買う奴が居ねぇと如何に上手い奴でも職人やってけねぇ。最初にてめぇ特有の味に対してのファン第一号を作る。これが、この試練の真の意味って奴だ。明言しちまうと大したことじゃねぇだろ?』
『アホらし....それじゃ、アタシがもし誰にも好きになってもらえない味の奴やそもそもそんなのないような奴だったらどうすんだよ。』
顔を伏せるアタシに、オヤジは笑った。
『ハッ!そんな奴が第一の試練を通るわけねぇだろ?俺を誰だと思ってんだ!ガッハハハハ!!!』
何がおかしいのか馬鹿笑いをするオヤジ。
そんなオヤジを何事かみたいな目で見ている客の男。
まぁ....気持ちは分かった。
『おい、坊主!』
『は、...ひゃい!』
男はオヤジに呼ばれて素っ頓狂な声を上げる。
今思い出すと滅茶苦茶面白いなコレ。
『お前、見る目あんなぁ!コイツ、今はこんなんだけどな...きっと、もっと上手くなるぞ!そん時は...まぁ他に懇意にしてる鍛冶屋が居るなら別だが、偶にでも良いからコイツの作ったもん手に取ってくれや。後悔はさせねぇ。』
『オヤジ!何勝手に....辞めろよ!!』
『コイツぁ、おめぇの味を分かってた...お前に価値を見出したんだよレイ。....つまり、てめぇの客一号になるってわけだ。....喧喧してないで素直になって挨拶しな。』
『それって....。』
『第二試験は合格だ。』
オヤジに促されるまま、アタシはソイツと相対する。
ソイツはなんだか変に緊張してて、つい合格したことの嬉しさも相まってアタシも笑ってしまった。
ただ、その当時のアタシはさっきまであんな態度だったのに、急に合格出来たからって態度を軟化させるのはなんとも現金な奴だと思われそうで咳をして笑いを誤魔化し、ぶっきらぼうに返答する。
『....レイ・スレッジ。....よろしく。』
『お、俺はハンス!こちらこそよろしくな。』
オヤジに肩を小突かれて握手をする。
その時に、初めて気づく。
確かに、アイツに選ばれた時に苛立ちを覚えた。
同情かと思って。
でも、確かにアタシは剣を手に取られた時に喜びを覚えていた。
それがアタシがアイツと初めて出会った時の事。
それから色々アイツが度々訪れて、そこそこ親交が出来た。
今ほどではないけど、友人と呼べる関係性になっていた。
そんな時だった。
オヤジがいつも向かってる鉱石の採掘。
炭鉱の所から買えばいいのではないかと言ったが、なんでもその鉱脈はそこまで取れやしないので炭鉱員なんか居やしないが、素材は良いから取りに行ってるのだと言っていた。
そんなある日、オヤジが手を離せなくてアタシが代わりに行く羽目になったのだ。
それを聞いて、冒険者であるハンスが手伝いを申し出てくれて一緒に行くことになった。
本来はただの山の中の小さな鉱脈。
オヤジが職人ギルドから管理を任された土地で、人里近くなので魔物も居ないと聞いていた。
けれど....、そんな場所に入り込むような魔物が居たのだ。
....ゴブリンだ。
『まさかこんなところまで勢力を増やしてるとはね...フッ!レイも、冒険者じゃないのによく...はっ!..戦えるっ!』
『アタシは....フンッ....つるはし振り回してるだけっ、だけどなっっ!!』
アタシは慣れないし、怖いながらも両手でつるはしを握ってこちらに飛びつこうとするゴブリンに振り当てる。
けれど、やっぱりほとんどのゴブリンを倒しているのはハンスだった。
どこから取って来たのか分からないつるはしやハンマーは盾で防いで、奴らが作ったような粗末なナイフは剣で防いで一撃加えて切り伏せていた。
流石は冒険者。
斧やつるはしを剣で受け止めたら剣が折れかねない。
まるで計算し尽くしたかのように、分かり切った動き。
その立ち振る舞いはアタシの目からはある種の芸術のように感じられて、つい見惚れてしまう。
けれど、それが悪かったんだろうか。
『....あっ。』
声が漏れる。
意識が外れた隙に振り払ったつるはしから打ち損じたゴブリンがその異常な脚力で飛び跳ねて、上からこちらへと迫りくる。
こんな仕事やってる分、舐められないように男らしく振舞おうと努力した。
女に見られるなんて、まっぴらごめんだった。
...けれど、こんな時。
ゴブリンが相手だったら、どうしても頭を過ってしまう。
街に運ばれてきた犠牲者。
その中でも女性は酷い物だった。
繁殖袋だったか。
人の尊厳を奪われた、魔物を増やす為だけの肉。
それはただの戦闘力を持たない村娘だけじゃなく、冒険者もそうなっていた。
なんでも油断や不注意から一匹に飛び移られたのを契機になしくずしに体勢を崩されたからだとか。
ちょうど、今のアタシもそんな風。
あんな風にはなりたくない。
ずっと思ってきた。
だからいざと自分がなると、膝が震えてきそうな感覚。
怖い....怖い。
目をギラギラと輝かしている小鬼の目が、しょせんお前はメスだと物語っているようで。
いつも、男ぶって気取っているのが情けない。
それでも、それがアタシだった。
『っ.....!』
そんな時だ。
アイツが....ハンスが、こちらに気づいて後ろに居直る。
そして飛び出すかのように一歩踏み出すと、剣を突き出す。
背筋からゴブリンを裂くように剣先がゴブリンの身体を裂く。
引き攣るような叫びを上げながらも、絶命するゴブリン。
切り払う要領で、ゴブリンから剣を引き抜くとアタシを守るように前に立つ。
しかし、それはある意味今まで完成されていた動きに看過できない程の無駄だった。
『っしま....!!』
ゴブリンが振り上げた斧を咄嗟に剣で受け止めてしまう。
正直、オヤジの剣だったらそれでも受け止められた。
けれど、アタシの作った剣はあっけなくへし折れて空を舞って地面に突き刺さる。
勢いづくゴブリン。
咄嗟に飛んでくる3匹。
声を発するゆとりもないのか、声を詰まらせながらも盾で3匹の首や腹を殴り飛ばす。
吹っ飛ばされた3体を見ながらも、やけくそに飛び出す最後の一匹。
そいつが振り上げるのはつるはし。
多分、オヤジが作業の続きをする為に置いていった物を勝手に使ってるのだろう。
それを見て、ハンスも剣を握りしめて踏み出した。
今までとは違って、自分から距離を詰める。
『つっぅ....ぁ...!』
『ハンス....っ!!』
つるはしが左肩に突き刺さる。
痛みに顔を歪めるハンス。
されど、それだけでは終わらない。
折れた剣を無理やりぐりぐり押し込むかのように、首元に折れて鋭利な刺しこむ。
息を詰まらせるゴブリン。
そのまま、剣を抜くとドクドクと血が流れる。
『っぅはー、っはー....。』
崩れ落ちるゴブリンを前に、左肩に突き刺さったつるはしを引き抜いて構える。
左肩の穴の開いた装甲から血が滲む。
息を切らしながらも、前を見据える。
ゴブリンは死亡した物や意識を失った物を除いて尻尾を巻いて逃げる。
それを最後まで見送ると、膝を突く。
『ハンスっ!!おいっ...ハンスッッ!!!』
その瞬間、過るのはそのまま倒れ伏して起き上がらないアイツの姿。
もし、そうなったら。
身体の芯から、まるで鉄が覚めるかのように冷たくなってまるで支えを失ったかのように覚束ない。
咄嗟に駆け寄ると、目が合った。
そして、ハンスは笑う。
『...ギルドに、知らせないと...ここ、ゴブリン来てるって....。』
笑いながらも、そう言うハンス。
対して、アタシはそれに笑い返すことが出来なかった。
今、こうしてハンスが血を流しているのは...アタシのせいだ。
アタシの剣が不出来だから....あそこで折れてしまったから。
もし、あの剣がオヤジの物だったらきっと...こうはならなかった。
それに、アタシが気を抜いてしまったから.....。
『ごめんハンス...アタシ、頑張るから。』
気づけば言葉を口にしていた。
一番最初にアタシの価値を気づいてくれた人。
そんな人が、アタシの落ち度で今血を流している。
普段冒険になんか出ないから、襲われたことについては自分に言い訳が出来る。
でも、剣が折れたのは言い訳のしようがない。
むしろ、これで痛感したんだ。
アタシの剣を持つ以上、アタシがアンタを守らないといけないんだ。
それに足る剣を常に作らないといけない。
その時は丁度全ての試練を終えて、浮足立っていた。
だからこそ、引き締まった。
『アタシ...オヤジにも負けない、いやオヤジ以上のモノを作る...オヤジ以上の職人になってやる...!二度と、アンタに血なんか流させない.....!』
そうか...。
守られて情けないのと同時に嬉しかった。
血を流した時、ハンスが倒れたことを想像すると背筋が寒くなって足が覚束なくなった。
アタシ....、コイツのこと、男として好きなんだ。
女として、コイツのこと....見てる。
それに、それ以上に....初めて会ったときに選ばれた。
自分の価値を見出してもらった時から、今日までずっと感じていた思い。
アタシはきっと....あの日から、コイツに買われていた。
腕だけじゃなくて、アタシ自身。
いつもいつも、そうだ。
今更、一手遅れて気づく。
...アタシ、ホントバカだな...。
けど、一度落ち着いたはずの探究心が上に行くことの渇望が明確に表していた。
コイツに必要とされたい。
防具や武器が守るように、それを作るアタシがいつまでもコイツを守っていたい。
『そう....か。期待、してる....。』
もはや半泣きなのではないかと思うようなアタシを前に、ハンスは笑う。
期待、されてる。
応えないと、絶対に...。
この日に誓って.....。
「そんな、思いでやってきた....ここまでやってきたんだよ、ハンス....。」
熱した鉄。
作業場。
アイツと出会った時から想起する。
最近はいつもこんな調子だ。
こんな時、いつも良い調子で剣を打つことが出来る。
それなのに、今日はそんな気がしなかった。
アタシが一生懸命アイツの為に打った剣。
アイツへの思いを一振り一振りに込めて、それの証明かのごとく刃に現れた紋様。
けれど、それを持って今アイツは別の...女と一緒に遺跡に居る。
アイツを守るはずの刀で、アイツは今二人きりで女も守っているのかもしれない。
それを思うと頭がおかしくなりそうだった。
アイツを守れてるのは嬉しいのに、嬉しくないと思ってしまう自分。
心が二つあるような....自分が抑えられなくなるような感覚。
それでも、鉄を打たなきゃ仕事にならないのでハンマーを振り下ろす。
一撃...一撃....。
腕が、重い.....。
「あの女....アタシを、見て...笑った....笑いやがった.....っ.....。」
それに、一番心にザラりと不愉快に残るのはあの女の顔。
確かシア...なんちゃらとかいう頭の軽そうな女。
長らく友人としてやってきて、装備だって任されてるような相棒ともいえるアタシが触れたことのない腕に我が物顔で抱き着いた不届きもの。
アイツが、ハンスを押して店を出る時一瞬こちらを見た。
そして、確かにアタシを見て笑ったんだ。
まるで勝ち誇るかのような、嘲るような笑み。
「くそっ....畜生、畜生...畜生っ!!!アタシが鍛冶屋だからか....自分と違って、一緒に行けないから....だから笑ったのかッ!!!」
一撃、一撃...溢れ出るドロドロとした感情に比例して重く早くなる。
飛び散る火花など何するものぞ、燃え滾っているのはこちらの胸の方だった。
「ハンス....ハンス...なんでだよっ....ハンス...ハンスッ....!」
ハンスの名前をまるで助けを呼ぶかのように呟く。
...そうじゃないだろ。
ハンスは、悪くない。
アイツは良い奴だから...最初にやさぐれたアタシでも受け入れちゃうような....アタシを庇ってつるはしで攻撃を受けてもその後の事を考えちゃうような奴だから。
きっと、あの女にもそういう理由で一緒に居るんだ。
それを何を勘違いしているのか、...もしくは付け込んでいるのか我が物顔をしてやがる。
「お、おぉ....レイ。精が出るな....けど、流石に師匠としてはもっと穏やかにしないと....」
「装備じゃ...ダメだ、人相手じゃ守れない....なんとかっ、しないと...アタシが、....アタシがなんとか...ぅぅぅぁああっぁ......!!!」
「ちょっ...叩きすぎ....、それっ一般に出す普通の剣!!打つ回数とか決まってる!!!」
耳元でオヤジの声が聞こえてくるが、まったく頭に入ってこない。
ひびくのはコーンコーンと槌を打ち付けると共に響く金属音だけ。
「失礼....ここで魔剣を打って居る者が居ると思うのだが。」
「はぁ魔剣!?そんなもん、ウチにゃないよ!」
「いや、それはおかしい。この溢れ出さんばかりの瘴気...間違いなく魔剣だ。...そこの少女よ。」
女の声がオヤジと会話する。
客と会話してんのか。
そう思って無視していたが、ソイツはアタシを呼んでいた。
なんだよ....。
顔を上げると、一瞬ギョッとした表情を取りながらも女の黒騎士が冷静にアタシが売っている鉄を指差す。
「...この際、魔剣打ちか偶然の産物かはどうでもいい。...それが剣となった時、真っ先に私に売ってくれないか?頼む、この通りだ。」
「....そこら辺、そこのオヤジに任せてくれ。...アタシは、どうでもいい。」
「そうか、了解した。」
よく分からない事を言う女だ。
これは言うならば廉価の剣。
買うなら勝手に店頭に並んだ時に買えば良い物を。
そんなことよりも大事なのは、ハンスだ。
このまま、男友達みたいな距離感でも良いと思ってた。
アイツ自身、友達少ないみたいだし....それにアイツはアタシの胸や肌をチラ見して目を逸らしたりして顔を赤くしている。
明らかにアイツも、アタシを女として見ている。
嬉しくないかと言えば嘘になる。
しかし、コレの肝は...要するに関係に不満になれば肉体を使って男と女の関係にもつれ込ませることが可能だ。
....そう思っていた。
でも、事態はかなり重大だ。
アタシだけじゃない。
既に、別の女がハンスに手を付けんとしている。
もう友達とか、そんな関係性に甘んじていられない。
剣に祈るだけじゃ足りない、...早急に手を打たないと。
ただでさえアタシは鍛冶屋。
常に一緒に居ることは出来ない。
だからこそ、一つ上の関係にならなければ今日みたいにアイツを止めることも出来ずに手助けをする羽目になる。
鍛冶屋だからこそ、ハンスの身の上を出されると譲歩しなければいけなくなる。
もう、二度と...あんな舐めた顔を、あの女にさせない....っ!
今すぐにでも、アイツが依頼から帰ってきた時にでも打って出ないと。
幸い、アイツは一緒に飲んでる時に結構酔う。
その時に......!
「値段はこのくらい出す。頼んだ、主人。」
「えぇ....そんなこと言われても.....、魔剣になるかもわからない物にそんな値段付けたと知れちゃ俺の信用問題になっちまうよ、職人ギルドの方にも怒られちまうし!」
なにやら揉めているオヤジ。
そんなオヤジ達を無視して、アタシの頭の中はどんどんハンスのことを考えて先鋭化していく。
まるで鉄を打って形作るかのように、如何にしてハンスを物にするか思考を巡らせていった。
やさぐれた鍛冶屋のねーちゃんに対して、真摯な言葉を吐けてた辺り多分街に来た当初はキラキラとして未来への希望に満ち溢れたフレッシュな若者やったんやろなぁ....
前回とは違って、割と内に貯めこむタイプです。
僕的には後輩ちゃんみたいな明確に悪い女が好きですが、こういうのもまぁ好きっちゃ好き...。
ちなみに<哀死照>はサードなんちゃらなどではなく、死を哀しみ照らすと書いてあいしてると読みます。効果は死が近づくと所有者のラックを向上させるという物です、実質ヤンデレの加護です。
鍛冶屋のレイちゃん、絶対フェロモン臭でメス臭いですよ....
たまんねぇな。
(実は主人公が腋を舐める展開を書くつもりだったけど、それはやりすぎだと思って辞めたとは到底言えないわね....)