ダンジョンで料理人が有名なのは間違っていますか? 作:混沌の魔法使い
メニュー10 クレープシュゼット
訝しげな視線を向けてくる肥満気味なエルフ……ロイマンの視線を背中に浴びながらワシはカワサキと共にギルドの奥へと歩き出した。
「ゼウスの爺さん、あのエルフの言い分はむかつくが、一応正論はあっちだぞ?」
足音が出ないように布を無理矢理縫い合わせた靴と、フード付きのローブを着ているカワサキの言葉は正しい。
「そんな事は知らんの、ウラノスからの招待状がある。これがあるのにあーだこーだ言うあいつが悪い」
ロイマンは確かに優秀なのだろうが、有能ではない。ファミリアを管理する立場のギルド長だが、私腹を肥やすし、気に食わない冒険者には圧力を掛けたりすると言うとカワサキは深い溜息を吐いた。
「こっちのエルフは随分俗物なんだな?」
「ロイマンだけじゃ、他のエルフは……うん」
なんと言えば良いのかと言葉に詰まってるとカワサキは分かったと返事を返した。
「かなり傲慢なんだな?」
「傲慢というか……選民思想や王族エルフに対する忠誠心とかがやばいの」
美男・美女揃いじゃがどうもあんまり好きではないというとカワサキは苦笑する。
「またヘラに怒られるぞ?」
「内緒で頼む」
「あいあいっと、それであいつが案内人か?」
カワサキに言われて顔を上げるフードを深く被った人影が見えた。
「悪いのうフェルズ」
「構わない、それでそっちが異世界の住人とやらか?」
「そうじゃ、とりあえず誰かに見られると不味い、先にウラノスの元へ行こう」
カワサキの姿は何処からどう見てもモンスターであり、その姿を見られるのは言うまでも無く不味いのでフェルズを促し、ギルドの最奥の祭儀場へと向かった。
「悪いのう、ウラノス。態々時間を割いてもらって」
「悪いと思っていないのだから態々謝る必要はないぞ、男神よ。それよりも初めましてだな、私はギルドの主神をしているウラノスという、何も無い場所だが歓迎するぞ異世界の者よ」
歓迎すると言いつつ神気を少し出して威圧しているウラノスにカワサキは笑みを浮かべ、フード付きのローブを脱いだ。
「俺はカワサキ。しがない料理人だ、よろしく」
カワサキの姿を見てウラノスとフェルズが僅かに動いた。そうじゃな、そう思うだろうな。
「カワサキは異端児ではないぞ?」
「だろうな……異端児に良く似ているが、全くの別物だ」
ザルド達が見つけた人語を理解するモンスター……異端児(ゼノス)と名付けた。彼らは穏やかで人語を理解するが、今のオラリオを考えればダンジョンの外に出すわけには行かず、外の世界を見たいという純朴な願いを持つ彼らをダンジョンの奥深くに閉じ込めるしかないのが現状だ。
「ゼノ? まぁこっちの問題に俺はあんまり口を挟む気はねえよ。それより鉄板を出して良いか?」
「鉄板? 何をするつもりだ?」
「何をって、ゼウスの爺さんよ。俺は料理人だぜ? なら挨拶は料理以外ないだろ?」
そう言って了承も待たず鉄板の設置を始めるカワサキを背にワシはウラノスに視線を向けた。
「悪意など無いじゃろ?」
「……ああ。悪意などはないな、善意しかないのは良く分かる。それがいいか悪いかは別にしてな?」
そこなんじゃよなあ……カワサキは善人で気前も良いが、オラリオの常識を完全に理解していないから100%の善意で大騒動を起してくれるのが難点なんじゃよなあと鼻歌交じりで何かを混ぜているカワサキを見て、ワシは深い溜息を吐くのだった……。
ギルドの主神に会って欲しいと来て付いて来たがまさか2mを越える巨人とローブを着た男か女か分からない相手とは思っても見なかった。
(まぁ予定通りで良いか)
会いに行くというので手土産で料理を作るつもりだったが、相手が何を好むか、どんな物が好きなのか分からないので、老若男女比較的喜ばれる甘味を作る事を決めていたのでとりあえず予定通りに調理を始める。
(まずはっと……)
ボウルの中に篩にかけながら薄力粉を加え、そこにグラニュー糖を加えて薄力粉とグラニュー糖を均一になるまで混ぜ合わせ、良く混ざった頃合で卵を割りいれてダマにならないように混ぜる。
「……」
「……」
「何か?」
ジッと俺を見つめているローブの人物に何か? と尋ねる。
「あ、いや、すまない。その短い手と指で上手に調理する物だなと……」
「ははっ! まぁそう思うだろうが、結構俺の手は器用なんだぜ?」
牛乳を加えて生地を伸ばし、そこに溶かしバターを加えて混ぜ合わせたら蓋をし、蓋の上から両手を重ねる。
(……10時間くらいで良いか)
【加速】
生地の時間を10時間加速させる。本当なら1日寝かせるのがベストだが、余り加速を使いすぎると生地が台無しになるので10時間の加速で留める。
「……今魔力を使ったが、何をしたんだ?」
「生地の時間を加速させて寝かせたんだ」
「そんな事が出来るのか?」
「厨房でだけな?」
クックマンの固有スキルの加速と遅延は厨房でしか使えない。このデメリットは個人的には当然だと思う、攻撃に転用できればどちらも強力すぎるのだから至極当然だ。
(しかしまぁ、こいつ興味津々だな)
俺が何をしているのか監視してるのか、それとも素直に興味なのかどっちなんだろうなと思いながら鉄板を加熱し、アイテムボックスから取り出した小鍋を鉄板の上に乗せる。
「今虚空から何かを取り出したように見えたが?」
「アイテムボックスだ。俺達の固有の能力みたいなもんだよ」
「……異空間か?」
「多分そうじゃないか? 詳しい原理は知らん、生まれた時から使える能力だからな」
詳しい事を聞かれても困るので無理矢理話を切り上げて、小鍋の中のオレンジソースを温めながら、バターを滲み込ませた油引きで鉄板の上にバターを塗り、加速を使って寝かせた生地をお玉で掬い鉄板の上に薄く広げて興味津々と言う様子で見つめてくるローブの人物の視線を背中に感じながら生地を焼き始めるのだった。
男神が連れて来た異世界の住人は一見異端児に見える者だった。だがその気配はモンスターとは程遠く、男神と同時期に下界に降りてきた私だからこそ、カワサキの正体が何なのかを理解することが出来た。
「別のルーツの亜人種か、男神。お前が連れて来た理由が分かったぞ」
現在のオラリオにいる獣人やエルフ、小人族とは違う、モンスターと良く似たルーツの亜人種なのだろう。希少なアイテムや、素材になるからと狩り尽された別の人の形……現在のオラリオにいる神々の罪と言ってもいいだろう。
「ワシとヘラ、それとウラノス。お前が後ろ盾になればカワサキの身は保障されるじゃろう」
「女神もか?」
「うむ、カワサキによって明らかになったのじゃが、深層の病は極最小のモンスターによって引き起こされる物だそうじゃ、そしてアルフィアとメーテリアを治療し、2人は健康体となっておる」
「なんだと?」
深層の病――遺伝性で、発症すれば100%死ぬと言われる不治の病を治療した。それはダンジョンに潜る全ての冒険者の希望となる話だ。
「ミアハとディアンケヒトも同席しておったからの、近いうちに両ファミリアから詳しい報告があるじゃろう」
「……なるほどな、それだけの事をしていれば女神も味方に付くか」
最強最悪(クレイジーサイコ)・超絶残虐破壊衝動女(ハイパーウルトラヒステリー)と言われる女神だが、眷属には慈悲深く、甘い。そして眷属達を心から愛しているのを私は知っている。そして静寂と静寂の妹を治す為に奔走していた事を考えれば治療してくれたカワサキの味方になるのは当然の事だ。
「神会の場で言えばカワサキの立ち位置は確立されるだろうが……勝算はあるのか?」
次の神会は黒龍討伐の後となっている、神会でカワサキの立ち位置を確立させるとしても男神達が敗れれば全てご破算になる。
「決して壊れぬ魔剣、身につけているだけで体力と精神力が回復する指輪、どれだけ荷物を入れても重さが変わらない鞄」
「……何を?」
「カワサキがワシらに齎した物じゃ。ほかにも黒龍対策に龍殺しの特性を持つ武器を多数提供してくれておる」
異世界の住人だけが鬼札ではなく、カワサキが提供した武器自体も切り札ということか……。
「劇物だぞ?」
「分かっておる。だがカワサキはとことん善人じゃ、追放や、隔離、モンスターとして追われる姿は見たくない」
あの男神がここまで言うか……ならば仕方あるまい。
「分かった。黒龍討伐が成されたのならば、私もカワサキの後ろ盾になろう」
「助かる。それでも完全とは言えんが、少なくともモンスターとして追われる事はなかろう」
男神と女神、そして私が後ろ盾になれば手を出す馬鹿も……。
「な、な、なあああああッ!?」
「なんだよ、うるせえな」
「な、何をした、私に何をした!?」
愚者が大声で叫び、カワサキの呆れたような声に私とゼウスが愚者とカワサキに視線を向ける。
「な!?」
「おっほお♪」
愚者は賢者の石を精製した罪で骸骨のような姿になっている……筈なのだが、私とゼウスの視線の先にはどう見ても人間、それもまだ幼さを残しながらも美女と言える人間が半裸で絶叫していたのだった。
賢者の石を作った罪として肉と皮が腐り落ちたはずの私の身体に肉と皮が戻って来た。そのありえない奇跡に私は暫く目の前の現実を受け入れる事が出来なかった。だが理解が思考に追いつくと私は目の前の異端児にしか見えない亜人に詰め寄っていた。
「何をした!? 私に何をした!?」
「何ってあれだ。人化の術を使っただけだ」
「何だそれは!?」
軽く言われた人化の術。恐らく聞いたとおり人間にする、あるいはなる術なのだろうが……。
「んだよ、飯食えるぜ?」
「あ、ああ。そうだな……って違う!?」
飯を食える、食えないじゃない、何をしてくれたんだと叫びそうになり、熱視線を感じ振り返ると神ゼウスが鼻の下を伸ばして私を見ていて……慌ててローブの前を閉じた。
「はぁはぁ……この姿はお前がしたという事でいいんだな?」
「おう、俺は飯を食わせるのが好きだからな! アンデッドとか、ゴーレムとかは人間に出来るぜ。あと普通のモンスターもな!」
とんでもない爆弾発言をするカワサキに私と神ウラノスは思わず額に手を当てた。カワサキの話が本当ならば異端児問題が全て解決してしまうからだ。
「時間制限とかは?」
「んー魔法のほうは1時間くらいだな、人化の指輪と腕輪があれば装備してる間はずっと人間だけど……アイテムボックスの中だから探すのに時間が掛かるし、数も10個ずつ位しかないな、ほい。焼きあがったぞ」
のほほんと笑いながら差し出された皿を反射的に受け取った。
「これは……?」
「クレープシュゼット。知らないか? クレープシュゼット」
「知らないな……」
800年前からそもそも何も食べていないのだ。食べ物に関しての知識なぞとうの昔に忘れてしまってる。
「まぁ甘くて美味いから食ってくれよ。おーいゼウスの爺さん、ウラノス。出来たぜー」
呆然としている私に背を向けて神ウラノスと神ゼウスにも同じ物を届けに行くカワサキの背中と手の中の皿を交互に見て……。
「あ……」
800年ぶりに感じた空腹と腹の音に顔が赤くなるのを感じ、思わず神ゼウスとウラノスに視線を向ける。
「おおー美味いの、暖かいデザートとはまた面白い!」
「このオレンジの酸味と甘みが良いな、このソースも美味だ」
「いやあ、喜んで貰えて何よりだ」
なんか普通に食べていたので警戒していたのが馬鹿らしくなって私もクレープシュゼットとやらを口にした。
「……甘酸っぱい」
オレンジの酸味と甘みはこんな物だっただろうか、こんなにも甘くて素晴らしい物だっただろうか……口の中に食べ物が入り、それを咀嚼する感覚はこんな物だっただろうか……? シロップと共に煮られた小さく切られたオレンジはシロップの甘みが強く、皮がほのかに苦くて口の中の味の変化を与えてくれる。
(……この生地ですら美味しい)
味が薄い薄く焼かれた小麦とバターの味がするだけの素朴の味の生地はどこか800年前を思い出させた。
「……美味しい、とても美味しいよ」
「そいつは良かったよ」
独り言のつもりだったのだが、カワサキの返事があって思わず背が伸びた。
「そんなに驚かなくても良いと思うんだけどなあ」
「食べてる最中に声を掛けられたら誰でもビックリするぞ」
「そらそうか、悪いな。驚かせるつもりは無かったんだ。ゼウスの爺さんとウラノスがもう1枚くれっていうから焼くがあんたはどうする?」
もう1枚……もう1枚か……そうだな。
「貰おうかな……折角だから」
「OK、すぐに焼こう」
クレープシュゼットを口にしながら何でもないつもりで返事を返したフェルズだが、その目から涙が流れており、カワサキはそれを見ないようにフェルズに背を向けて新しいクレープを焼き始める。
「イケメン対応しすぎじゃろ」
「あれがあやつにとって普通なのだろう。しかし美味い菓子だ」
「確かにの、ヘラのご機嫌取りに焼いて貰おうか……」
涙を流してるのに気付き慌てて涙を拭うフェルズを見ながら、ゼウスとウラノスはクレープシュゼットと共に差し出された紅茶を啜っているのだった……。
メニュー11 黄金のコンソメスープ へ続く
愚者さんに人化を施し、クレープでウラノスと共に胃袋キャッチ、胃袋を掴んだやつが1番強いってはっきり分かりますね。あと人化の指輪はフェルズさんに譲渡されました。次回は黄金のコンソメスープ、これでゼウスファミリアとヘラファミリアを強化し、黒龍へ挑むと言う形にしたいと思います。
それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。
オラリオにアインズ・ウール・ゴウンのメンバーがいるのは
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間違っている
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間違っていない