ダンジョンで料理人が有名なのは間違っていますか?   作:混沌の魔法使い

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メニュー11 黄金のコンソメスープ

 

メニュー11 黄金のコンソメスープ

 

黒龍討伐の為の遠征が近くになるにつれゼウス爺さんもヘラも口数が少なくなり、そしてザルドやアルフィア達にも緊張の色が見えていた。だから悪いと思ったが、俺はゼウスファミリアの修練所を占拠し只管に料理を続けていた。

 

「ティアマトの涙を生命の水で煮ながら溶かす……」

 

ドラゴンはユグドラシルでも恐ろしいほどに強いモンスターだ。百科事典にデータだけ記されている黒龍と同種とは思えないが、間違いなくそれに匹敵、あるいはそれよりも強い可能性があるドラゴンの討伐。短い間だが共に過ごした奴らには死んで欲しくないので俺に出来る限りの全てを行なう。

 

「……温度が上がりすぎているな……不味い不味い」

 

最上級ポーションの材料の1つである生命の水は温度が上がりすぎると効果を失い、ティアマトの涙は温度が低いと溶けてくれない。生命の水が沸騰せず、ティアマトの涙が溶けるギリギリの温度で不眠不休で煮る事丸2日……やっとティアマトの涙が溶けてくれた。

 

「良し……出来た」

 

ティアマトの涙が溶け、生命の水もその効力を失っていない……最高の状態のそれに世界樹の朝露を注ぎ込んで混ぜ合わせる。

 

「よーし、よし。いいぞ」

 

1度溶けてしまえば沸騰させてもその効力を失う事はない、生命の水も一定の温度で煮続けることでその効力を安定化させてくれる。そのまま使うより僅かに効能は落ちるが、落ちた分の効能は世界樹の朝露で補えばいい。全てが全部混ざった所で1度鑑定を行ない、その効力を確認する。

 

「HPの最大値の半分の数値だけHP上昇、自動HP回復(特大)、状態異常無効化Ⅲ、状態異常回復Ⅲ……これで良しと」

 

HPの最大値の上昇と、自動HP回復の特大、そして状態異常無効化と回復Ⅲ。継戦能力で考えれば1番の大当たりを4つも引けたのはラッキーだ。

 

「次はバニシングクックの鶏がら」

 

レイジングブルと同様の最高ランクの鶏モンスターの鶏がらを良く洗って余分な血と脂を取り除いたら、レイジングブルの腿肉を軽く焼き色がつくまで焼き、黄金の野菜のにんじん、玉葱、セロリを皮付きのまま適当な大きさに切り、バニシングクックの鶏がら、レイジングブルの腿肉、黄金の野菜を全て鍋の中に入れ、黄金の野菜を収穫した後の畑で栽培したローリエやタイムといったハーブを加え、塩胡椒で軽く味付けをしてから弱火でじっくりと煮る。

 

(黄金の野菜は出汁が出るまで時間が掛かるからな)

 

文字通り黄金の野菜なので、出汁が出るまで時間が掛かる。だがここで加速を使ってしまうと黄金の野菜の金が錆びてしまい、全てが台無しになる。調理をするのも、煮るのも時間が掛かるから普通の野菜を使えば良いと思うかもしれないが……。

 

(黄金の野菜のステータス上昇は必要になるからな)

 

黄金の野菜のステータス上昇は最低でもⅢからだ、これでⅣ・Ⅴが出れば段違いで生存率が上がるので黄金の野菜を使わない選択肢はないのだ。

 

「これで暫くは良しっと」

 

水分が3/4位になるまで煮るので、大体3時間か4時間か、これは加速をせずにじっくりと煮る。

 

「玉葱、人参、セロリっと」

 

この3種の香味野菜を皮を剥いて微塵切りにし、レイジングブルの挽肉と、黄金の卵を混ぜ合わせる。

 

~4時間後~

 

「よーし……良いぞ」

 

水分が飛んでたっぷりと煮詰まったスープを1度漉し、新しい鍋の中に入れる。

 

「……ふーやっとここまで来たか」

 

具材を煮る為の水を用意するのに2日、出汁が出るまで煮るので4時間。手間隙掛けたスープはこの段階でも美味く、そしてバフの効果も……大当たりの全ステータスUPⅤを筆頭にブレス耐性Ⅳ、打撃耐性、斬撃耐性、属性攻撃耐性が全てⅢと間違いなく最高レベルのバフが揃ってくれた。このベースのスープの中に作っておいた肉のペーストを加えてひたすら混ぜる。

 

「……これは何時間で出来るかな」

 

煮詰めながら混ぜる事で灰汁の出る穴が真ん中に出来るが、それが出来るまでただ只管に混ぜ続け、そして更に言えば穴が出来たとしても、スープが澄むまで更に煮る必要がある。

 

「まぁ2日も煮れば出来るだろ」

 

普通のコンソメスープではないのだから普通のスープを作る常識は当て嵌まらない、下手をすれば2日でも仕上がらないかもしれないが……。

 

「維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)があって良かったな」

 

維持する指輪があれば食事も睡眠も排泄も必要ない、集中力が切れない限り失敗する要素は何処にもない。沈めた肉のペーストが浮き始め、スープの中の真ん中に灰汁が現れる穴が現れ、そしてスープが黄金色に輝き始めるまでの3日間、俺はひたすらに鍋を混ぜ続けるのだった……

 

 

 

三大クエスト最後の1つにして最難関と言える黒龍討伐の遠征が近づくにつれファミリアの中の明るさはまるで蝋燭の日を消すかのように消えていった。べヒーモス、リヴァイヤサンも尋常じゃなく強かったが、黒龍はそれを遥かに上回ると言う。カワサキの魔道具や料理で団長達のステータスを底上げしてもなお、届くかどうか怪しいという。生きて戻れるかもどうかという事で遺書を残す者、恋人や家族に別れを告げる者……皆が最悪に備えて最後の別れをする中俺も愛しい女との別れを告げていた。

 

「メーテリア。戻れなかったらごめんな?」

 

「……そんな言葉は聞きたくありません。死んでも戻るくらい言ってください」

 

「そうだな、うん。ごめん」

 

「いいえ、構いませんよ。ファミリアからみなのご無事を可愛い人と共に祈っていますわ」

 

俺とメーテリアの別れは短かった。俺は臆病で泣き虫で、長く別れを告げていれば恐ろしくなって遠征に出発出来なくなると分かっていたからだ。

 

「おう。アルト、メーテリアとの別れは済んだか?」

 

「うん、終わったぜ、ザルド。それよりも何をしてるんだ?」

 

恐れていたアルフィアとヘラに遭遇する事も無くヘラファミリアを出た俺はそのままゼウスファミリアヘ戻り、そこで修練場に続く通路に長い列が出来ているのに気付きザルドへ問いかける。

 

「カワサキが黒龍討伐の為の最後の切り札を切ってくれるそうだ。ゼウスもヘラもいる」

 

ヘラもいるという言葉に驚くが、長蛇の列を見るとヘラファミリアの団員の姿もちらちらと見える。

 

「サポーターも飲んでおけと言う指示だ。お前も並んどけ」

 

ザルドの後ろに並び修練場へとゆっくりと歩き出す。

 

「美味しい……」

 

「美味いな、最後の飯がこれなら悔いはない」

 

「馬鹿な事を言うもんじゃないよ! 生きて戻る為に用意してくれたんだよ!」

 

修練場から美味いという声や、すすり泣く声、弱気な事を言ってヘラファミリアの団員に激励されている声が響いて来る。

 

「何を作ってくれたんだ? 随分と料理をしていたのは知ってるが」

 

「スープだそうだ」

 

「スープ? ふーん。まぁ重いものよりは良いか」

 

これから戦いに出るのだから重い食事よりもスープの方が良いと思いゆっくりと、しかし確実に前へと進み修練場の中へと足を踏み入れた瞬間。

 

「あ。あえ……」

 

「す、凄まじいな」

 

口の中に唾液が溢れた。スープの香りを嗅いだだけで食べたい、飲みたいという欲求が俺の中で鎌首を上げた。

 

「美味い、美味いなあ」

 

「美味しいわね……こんなに美味しいスープは初めてよ」

 

皆がスープを飲み、ゼウスとヘラの元へ向かいステイタスを更新し、出発の為に修練場を出て行く、その間も食べたいと言う欲求は強まり続け、そしてやっと俺とザルドの番が来た。

 

「俺の渾身の1杯だ。よく味わって飲んでくれ」

 

その言葉と共に差し出された皿の中には眩いまでに黄金に輝くスープが並々と注がれていた。

 

「ありがたく頂こう」

 

「おう、俺はこれくらいしか出来ないから頑張ってくれよ」

 

ザルドの肩を叩き激励するカワサキは俺に視線を向けるとエプロンから何かを取り出して、俺に握らせてきた。

 

「アルト、お前は足が早いから絶対生き残る。どうしようもなくなった時、それを半分に割ってくれ」

 

「……分かった。お前がくれるって事は起死回生の何かなんだな? 貰っとくぜ」

 

それは汚らしい木の棒に見えたが、カワサキが渡してくれた物がただの棒の訳が無い。それをポケットの中にいれ渡されたスープ皿を手に、修練場の床へ座り込む。

 

「どうだ。ザルド、美味いか?」

 

「飲めば分かる。俺はこれほど美味いものは初めてだ」

 

スープを噛み締めるように飲んでいるザルドを不思議に思いながらいただきますと口にし、スープを口に含んだ。

 

(え?)

 

スープなのに、飲み込むだけなのに、俺の口はスープを咀嚼していた。飲み込むのが惜しいと言わんばかりに俺の意思に反して何度も何度もスープを噛み締めていた。

 

「う、美味い、本当に美味い。いや、そもそもこれはスープなのか?」

 

「スープなんだろうな、俺達の常識を超えるスープなんだ」

 

スプーンで掬うスープはずっしりと重い、それなのに液体なのだ。まるで金を溶かしたようなと思うほどに重量感のあるスープを口に運べば、鼻へ抜けるのは素晴らしい香味野菜の香り。複雑で幾重にも重なった旨みが鼻を抜けたと思えば重厚な旨みが次々と顔を出す。

 

(牛肉、鶏肉……なんだ、ほかには何だ……)

 

ありとあらゆる旨みが口の中に広がり、スープなのに咀嚼を繰り返す。飲みたいのに、飲み終わるのがもったいない。だからこそゆっくりになり、噛み締めるように皿の中のスープを最後の一滴まで飲み干す。

 

「美味かった、ああ、最後の飯がこれでも何の文句もねぇ」

 

「いや、俺は嫌だね。生き残って、またこの美味いスープを飲むまで死んでたまるかよ」

 

「……そうだな、それが良い」

 

「よっしゃステイタスの更新に行こうぜ!」

 

ザルドと共にステイタスの更新をゼウスのじっ様にして貰い、考えうる最高の装備、最高の道具、そして考えうる万全の状態でこれなら黒龍にも勝てる……俺は、いや俺だけではなくゼウス・ヘラファミリアの全員がそう……思っていた。

 

 

「……げほッ……くそが」

 

咳き込む度に口からどす黒い血が出る。間違いなく中がやられた、それに足の感覚も無い……たった1発、たった1発のブレス。黒龍が自らを巻き込むほどの至近距離で自分の足元へ吐いたその1発のブレス……その衝撃で優勢だった筈の俺達は壊滅一歩手前に追い込まれた。

 

「うおおおおッ!!!」

 

「はぁあああああッ!!!」

 

団長と女帝の声が聞こえ、殆ど力の入らない両手で四苦八苦しながら身体を起こす。

 

(……やばい)

 

動けているのは本当に僅かな人員だけだ。サポーターは全員地面に倒れ、レベルの低い団員は意識を保っているが痛みに苦しんでいる。

 

「福音……」

 

【サタナス・ヴェーリオン】

 

静寂を始めとした魔法を使えるものが団長やザルドを支援している。だが団長は腕が折れ、片腕で無理矢理大剣を握っているし、女帝は足の骨が折れて、骨が飛び出しているのに黒龍への攻撃を止めない。

 

『グルル、グアアアアッ!!』

 

俺達もボロボロだが黒龍も無傷ではない、前右足と後ろ足が折れ、右目が潰れ、そして切裂かれた脇腹からも血が溢れている。羽の皮膜もボロボロでもう飛ぶ事は出来ないだろうし、右の前足からは骨が飛び出しその傷口からは絶え間なく血が流れ、左の後ろ足は完全に砕けている、それなのに残された左の前足と右の後ろ足だけで身体を支える黒龍の目は爛々と輝いていた。それは死を間近に感じた動物が持つ輝き――それを見た俺はカワサキに託されていた木の棒をポケットから取り出していた。

 

「……ごほ……へんな……もんだったら……ごほッ! ゆるさねえぞ……」

 

最後の力を振り絞り、木の棒を圧し折ると俺の目の前に黄色い影が現れた。

 

「俺はこれからお前達の戦いを台無しにする。逃げるぜ、アルト。生きてりゃ次がある、死んだらそれまでだ」

 

「……へ……へへ……だな」

 

カワサキが手にしていた巻物が輝くと、黒龍が放った光がぶつかり合い凄まじい魔力の渦が俺達と黒龍を飲み込む……そんなこの世の終わりのような光景が俺が最後に見た物だった……

 

 

ゼウス・ヘラファミリアが黒龍討伐に失敗、両ファミリアの団員に負傷者多数、瀕死の黒龍はいずこかへと逃走。

 

「……待ってたで、この時を、約束通り手伝って貰うで、色ボケ」

 

「構わないわよ。ロキ」

 

黒龍討伐失敗の報はオラリオを駆け巡り、ゼウス・ヘラファミリアを潰そうとするファミリアがこれを好機と動き出そうとしていた……だがオラリオの神々は知らない自らの行いがある者の逆鱗に触れてしまう事を……。

 

 

下拵え さらば迷宮都市 へ続く

 

 




という訳で今回は少し短めでしたが、ここで話を切ろうと思います。次回はオバロ版の飯を食え並に大暴れするカワサキさんと、追放ではなく堂々とオラリオを出て行くゼウス・ヘラファミリアを書いて第1幕は終わりにしたいと思います。その後はベル7歳と暗黒期を書いて行こうと思いますので、次回の更新もどうか宜しくお願いします。

オラリオにアインズ・ウール・ゴウンのメンバーがいるのは

  • 間違っている
  • 間違っていない

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