ダンジョンで料理人が有名なのは間違っていますか? 作:混沌の魔法使い
下拵え 悪神の誘い
一部灰がかかった漆黒の髪。纏う衣も黒い、整った容姿をした1人の男……いや神エレボスはゆっくりと山の中へ足を踏み入れた。
(やっとか、やっと見つけた。7年、7年も時間を掛けてしまった)
オラリオはもう駄目だ……そう思っている冒険者や神は数多くいるだろう。男神ゼウス、女神ヘラ。オラリオの最強派閥であり、最強の抑止力であったゼウスとヘラが黒竜討伐に失敗し、そこをついてゼウスとヘラを陥れ様としたロキとフレイヤファミリア。それに賛同した他のファミリアは黄色いモンスター……いや亜人に掃討された。
(亜人の生き残りを抱え込んでるなんて知らなかった。ジョーカーにしては強すぎるじゃないか)
まだ神が降臨したばかりに地上世界にいた亜人……モンスターと似通った姿をしていたが、それでも人だった。それを絶滅させたのは神々の罪だ。亜人は人と協同しモンスターと戦っていた。だが亜人をモンスターと勘違いし攻撃を加えた神々によって亜人と神は対立した。
「全く持って愚かな事だ」
神特有の狭い視点と思い込みが、善良であった亜人との対立を生んだ。その挙句亜人の持つ道具や亜人を殺す事で手に入る素材に目がくらみ亜人を狩りつくしたのは信じられない悪徳だった。悪を司る俺にだって信じられない暴挙だ。その上亜人の記録を消し去る事で自分達の罪を隠した。今のオラリオで本当の意味での亜人を知る住人など数えるほどしかいない。
「悪徳によって栄えた街は悪徳によって滅びる……か」
亜人もダンジョンもそうだが、オラリオは罪を重ねすぎた。そしてそれを実感している者はいない、いや受け入れようとしている者がいない。己の力量も弁えずゼウスとヘラを追い出したファミリアも、ギルドも、そしてそれに反対しなかった住民達もその報いを受けている……悪神としてはざまあみろと思うべきなのだろうが、俺はどうしてもそうは思えなかった……だからこそゼウスとヘラを探し始め、7年の月日を経てやっとの事で見つけ出したゼウスとヘラは……。
「はははは、待ってくれ我が愛よ」
「こちらですよ」
花畑できゃっきゃうふふと笑いながら追いかけっこをしていた。1度目を閉じて開く目の前の光景は変わらない、目を擦ってみても目の前の光景は変わらない。
「……どういうことだ……?」
7年の間で何が起きたのかと俺は心底困惑しながらゼウスとヘラによって作られたであろう隠し里に足を踏み入れ……。
「かわさきしゃん! おひゃくひゃま!」
「あん? 誰か来たのか?」
白髪の少年を肩車しつつ、小脇に猪を抱えた黄色い亜人と鉢合わせた。ゼウスとヘラに続いての衝撃的な光景に俺は動きを止めてしまった。
「なんだ? どうし……エレボス。何をしに来た?」
そしてその後から出て来て山菜を抱えていたアルフィアが俺に鋭い視線を向けてくる。
「アルフィアか……どうもも何もお前達を探していた。少しばかり話を聞いてもらえないだろうか?」
今ならまだ何とかなる。オラリオを、しいては世界を救うためにはゼウスとヘラの力が再び必要なのだ。
「帰ってくれるか? エレボスよ。ワシ等はオラリオに戻るつもりも無い」
「今すぐ失せろ。私は今とても機嫌が良い、今失せるならばお前の戯言は不問とする」
身も蓋も無く帰れというゼウスとヘラ。だが俺も生半可な気持ちでゼウス達を探していた訳ではない。帰れと言われて帰る訳には行かない。
「ゼウス、ヘラ。貴方達という抑止力を失い今やオラリオは闇派閥が跋扈する地獄だ。親を失った孤児で溢れ、人身売買、窃盗なども常に行なわれている。俺は確かに悪神と呼ばれる存在ではあるが、それでも下界を、子供達を愛している。このままオラリオが滅びてしまうのを見過ごすわけにはいかないのだ。オラリオを再び正常にする為にも貴方達の力を借りたい」
深く深く頭を下げ机に額を押し付け力を貸してくれと懇願する。
「エレボスよ。気持ちは分からんでもない、だがオラリオは我らをいらぬといった。その結果が闇派閥の台頭ならばそれはオラリオの総意である。それに今更戻った所で何も変わらない、1度収めた所で再び黒竜討伐をワシらに押し付けるだけ、違うか?」
言葉も無い、本来ならば黒竜討伐は多くのファミリアが参加する予定だった。だが実際に黒竜に挑んだのはゼウスとヘラのみ、ファミリアの主神達の多くはゼウスとヘラファミリアを機能不全に陥らせる為に参加しなかった。黒竜との戦いは勝っても負けても良かったのだ。ゼウスとヘラを追放する為だけの舞台……それが黒竜討伐だったからだ。
「私と夫の眷属達に下らぬ劇をさせるつもりはないぞ、エレボス。これが最後だ、帰るが良いエレボスよ」
これ以上話を聞くつもりはないと言わんばかりのゼウスとヘラ。
「同意見だ。お前がオラリオの事を思っているのはわかる。だが俺達は今更オラリオに戻るつもりはない」
「然り、下らぬ道化になるつもりはない」
マキシムとセラスも取りつく島も無い。正論を言っているのはゼウス達であり、俺が間違っているのも分かっている。
「だがこのままではダンジョンを抑えることは出来ない、それは下界の滅亡を意味する」
「そうなったのならば力を貸すくらいはする。だが派閥同士の下らぬ争いに介入するつもりはない」
オラリオの神とその住人の愚かな選択……その果てがこれだ。人間も神達も自らの手で滅亡を選んだ。それを正す為にゼウスとヘラの、そしてその眷族の力を借りようとしたのが間違いだった。
「すまなかった……忘れて「良いぜ、俺が行こう。元から行くつもりだったし」……は?」
ぺちぺちと少年に頭を叩かれながら俺が行こうと言う亜人に俺は自分の物とは思えない間抜けな返事を返すのだった……。
灰色のメッシュを入れた黒髪の青年……いや、神エレボスが信じられないと言う様子で俺を見る。
「カワサキ。予定を早める必要はないだろう?」
「そうだぞ、もっと準備をしてから行く予定だっただろう?」
麻婆豆腐と経験値が増えてないと太るか禿げるマカロンの作成は成功している。後はいつオラリオに乗り込むかという段階だった、そこにエレボスの誘いは俺にとって都合が良い。
「亜人よ、気持ちは嬉しいが、無理をするものではない」
「まぁ聞けよ。俺はヘラの依頼である物を作った。これを食べた結果が今のヘラ大好きゼウスだ」
スケベ爺ではなく、真面目かつ、ヘラ大好きなゼウスにエレボスが視線を向ける。
「……何をした?」
「料理を無理矢理食べさせる。それだけで相手の性格を変えれる。これで悪神、邪神の性格を変えてやろうという計画を立てていた」
「……本当に出来るのか?」
信じられないと言う様子のエレボスだが証拠は目の前にある。
「スケベ爺ではないゼウスはどう思う?」
「ありえんと思う」
「ならそれが答えだ。エレボスよ、カワサキはとんでもない兵器を作り出した」
ただの料理なのに兵器扱いとは解せぬ。ただ少しばかり危険な香辛料を使ったことを除けば普通の料理だと言うのに……。
「あとちなみに経験値が増えないと男は禿げる、女は太る菓子を作った」
「お前は悪魔か?」
「失礼な、俺は料理人だ」
悪神に悪魔扱いされるとはますます解せぬ。料理を作った理由はオラリオを変える為なのだから悪魔と兵器扱いは流石に酷いだろう。
「まぁ実際に太って、禿げる訳じゃない。本人がそう認識するだけだ」
「幻術魔法か?」
「似たようなもんだ。経験値は目に見えるものじゃない、だけど経験値が溜まる器はある……その人間の肉体だ。その器にどれだけ経験値が満たされているかで、禿たように感じるし、太ったように感じるわけだ」
本当の事を言えば食べただけで禿げる・太るなんて料理は俺にも出来ないが、特定の条件を満たせばステータスがUPしやすくなる料理を改良し、経験値が増えてないと禿げる・太ると認識させる訳だ。
「まぁ経験値を得て器が満たされれば簡単に解除される子供騙しのトリックだ。でもまぁ、本人が太っている・禿げていると思っているとそうなりやすくなるけどな」
とは言え経験値さえ獲得すれば簡単に解除されるし、経験値を取得すれば目に見えて体重も落ちるので本当に子供騙しだが、太った・毛が抜けたと本人が思う事によるサブリミナル効果による嫌がらせが目的だ。
「共に来てくれるのか?」
「ああ、元からオラリオには行く予定だった。ザルドのいうように少しばかり予定が早まったが、逆を言えばそれだけ実行に移すまでに準備が出来るし、逃走経路とかもしっかりと確認したいと思っていた」
ロキファミリアと闘った時の経験でクックマンの姿でもある程度戦えるという事は把握している。だが数の暴力やユグドラシルにない魔法を使われると動揺するだろうし、ダメージを受ける可能性もある。麻婆豆腐で邪神や悪神の性格を変えてやろうぜ作戦を実行する前に1度しっかりと下見をしておきたかった。
「だが亜人では街は出歩けんぞ?」
「問題ない。人の姿にも変身できる」
人化の指輪をつけて人に化けるとエレボスは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに笑みを浮かべた。
「共に来てくれる事に感謝する」
「良いさ良いさ、でも拠点だけは頼むぜ?」
オラリオで過ごす為の拠点を頼むぜと笑いゼウス達のほうへと向き直る。
「というわけだ、1ヶ月ばかり予定が早まったが、俺はエレボスと共にオラリオへ向かう」
「……駄目と言っても行くのだろう? 気をつけて行くが良い」
「出発する前にここに転移の魔法陣を刻んで行きなさい、オラリオとここを行き来できるように」
ゼウスとヘラの言葉に頷き、今度はメーテリア達の方を向くとベルが俺を見上げてきた。
「かわさきしゃん、どっかいくの?」
「ちょっとだけな、大丈夫。ちゃんと帰ってくるからな、良い子で待ってるんだぞベル」
「あい……」
泣きそうなというよりも半泣きのベルの頭をわしゃわしゃと撫で回して立ち上がる。
「危険だと思ったら戻れよ」
「分かってるって、俺も無茶をするつもりはないからな、ちょいと行って来るだけさ」
「気をつけてくださいね、可愛い人」
「おう、まぁそこまで心配することも無いぜ、逃げ足には自信があるからよ」
「オラリオには馬鹿が多い、気をつけろよ」
「分かってる。アルフィア、ちょいと気を抜いてる馬鹿と調子こいてる馬鹿に反省でもさせてくるわ」
「俺も後で行くからな」
「おう。頼りにしてるぜ、アルト。んじゃまちょっと行ってくるわ」
エレボスを待たせるのも悪いので旅をしている間に使っていた無限の背負い袋を肩に担いで、家の外で待っていたエレボスと合流する。
「待たせたな、行こうぜ。エレボス」
「お前が性格を料理で変えれると言うのは分かるが、それをしても無駄な奴も多くいるだろう。そういうのはどうする?」
「まぁそういうのは処理するしかねえだろうな。それにこれだけやってもオラリオのやつらが危機感を持たないなら……」
「持たないなら?」
「闇派閥を取り込んで一斉攻勢でもするか? ある程度は間引くとかも必要かもしれんしな」
闇派閥によって善神が狩られているのならば戦力図とかもある程度考えないといけないし、仮に住民達が危機感を持って行動に出るとしてもそれだけでは変わらない部分もあるだろう。だがオラリオの住人に足りないのは危機感とそして焦燥感だ。まだ心のどこかで大丈夫、何とかなると思っているから行動に出ない……それでは悪くなる一方だ。
(なまじ神がいるからかねぇ)
全知零能……能力はなくとも知識がある。その知識を頼れば何とかなるという楽観的な考えがオラリオの住人の考えのどこかにある事は間違いない。それが自ら動こうと思わせない理由だとしたらなんとも愚かな話である。必死に生きよう、変えようと言う意志が俺には感じられない。豊かもしれないが、人間としてはリアルの人間の方が優れていたのではないか? と思うほどだ。
「まぁ少なくとも言えるのはロキとフレイヤが悪いって事だな。自らの欲でゼウスとヘラを追い出した。それがすべての間違いの始まりじゃないか?」
少なくともゼウスの爺さんとヘラがいれば闇派閥の台頭だけは無かったのだ。そしてゼウスの爺さんとヘラのファミリアほどの抑止力にロキとフレイヤファミリアがなる事が出来なかったのがすべての元凶だと断言できる。
「違いない、とにかくまずはオラリオに行きそこで腰をすえて話をしよう。ヘルメスから色々と情報は貰っている」
「ヘルメスってなんかちゃらい奴か?」
「まぁあいつはちゃらいと言えばちゃらいが知り合いか?」
「知り合いというか……なんかやたら絡んできて鬱陶しいから口の中に麻婆豆腐を流し込んで痙攣してるのを街に放置してきた」
「お前……結構やばい奴だな?」
悪神にやばい奴認定されるのは誇るべきなのだろうか? 実力行使に出る事はあるのでやばい奴っていうのは否定出来ないかと苦笑いする。
「まぁオラリオにいってから細かい打ち合わせをしようぜ。そうそう、お前って好きな料理とかあるのか?」
「急にどうした?」
「お近づきのしるしに何か料理でも作ろうかなって思ってさ、何を食べたいか少し考えておいてくれよ」
エレボスとそんな話をしながらオラリオへと向かう。だがこの時俺はまだ何も理解していなかったのである。いくらオラリオが酷いと言ってもリアルほど酷くないだろうと、神がいるのだからリアルよりましだと思っていた。だが俺が久しぶりに足を踏み入れたオラリオは俺の知るリアルと大差の無い地獄となっているのだった……。
メニュー13 焼き魚定食 へ続く
アルフィアとザルドの変わりにカワサキさんとエレボスの旅路スタートです。麻婆豆腐と食べると太るOR禿げるのマカロンを携えたカワサキさんが暗黒期のオラリオで何を思うのか、そして激怒神になるのか、カワサキさんの参戦で暗黒期がどうなるのか楽しみにしてください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。
オラリオにアインズ・ウール・ゴウンのメンバーがいるのは
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間違っている
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間違っていない