ダンジョンで料理人が有名なのは間違っていますか? 作:混沌の魔法使い
メニュー14 焼き魚定食
村を出たのが夕暮れ時だったこともあり、俺とエレボスはグリーンシークレットハウスで1晩を過ごす事になった。向かおうと思えばオラリオへ行くことも出来たが、オラリオでどのように立ち回るか打ち合わせをする為に少し時間をおくことにしたのだ。何の準備も打ち合わせもせずに乗り込むのは自殺行為に他ならない、外からオラリオに来たという事で疑われる。あるいは警戒される可能性は極めて高いと俺とエレボスの意見が合致したので無理をしないことを選んだのだ。
「あーよく寝た。村のベッドも良いもんだが、グリーンシークレットハウスのベッドもまた良いもんだな」
ふかふかのグリーンシークレットハウスのベッドは寝心地が良いが、どうも野営に慣れすぎたからか少し寝つきが悪かった。やはり慣れという物は恐ろしい物だ。俺は基本的に寝つきが良いはずだが、昨日はどうも寝るのに時間が掛かった。まぁ寝付けば快眠だったなと呟きながら手早く着替えて厨房へ向かう。
「昨日は手抜きだったからな」
話し合いが長引き普通に料理を作っている時間が無く、手早く済ませる事が出来るサンドイッチで済ませたので、朝食はちゃんと作って英気を養おうと思ったのだ。
「まずはっと」
厨房の冷蔵庫を開けて中身を確認する。確認すると言っても何が入っているのかは分かっている。朝食のメニューをどうするか、それを考える為に冷蔵庫の中に視線を走らせる。
「……決まりだな」
真っ先に目に付いたのは鮭の切り身……朝食の定番といえばこれだと思い鮭の切り身と卵を冷蔵庫から取り出し、鮭の切り身に塩を振って休ませている間に卵焼きを作る準備を始める。ボウルの中に卵を3個割りいれ、菜箸で白身を切るように混ぜ泡立てないように解き解す。
「塩、砂糖、水」
大さじ2の水、塩と砂糖をそれぞれ3摘まみずつ加え軽く混ぜ合わせ、こし器で今作った卵液を漉す。漉すことできめ細かく色合いも綺麗なふわっとした卵焼きになる。
「その一手間が美味さの決め手ってね」
手間と思うかもしれないが、そのほんの少しの手間が料理の味をよりよい物にするのだ。シンプルな物だからこそ、その手間による味の変化が如実に現れる。
「良し、OK」
卵焼き器もサラダ油を敷いてしっかりと余熱し、手を翳した時に温かいと感じるまでしっかりと余熱してから卵液の3分の1を卵焼き器に流し入れる。
「よっと」
箸の先で卵の気泡を潰し、表面が固まってきたら卵焼き器の奥から3分の1くらいを手前におって少し待つ。待つと言ってもほんの一呼吸ほど、折り返した所の卵が熱せられ固まったら更に手前に半分に折って卵焼き器の奥に卵を移動させ、箸で少し卵を持ち上げて残っている卵液を半分卵焼き器の中に流しいれ、1回目と同じ様に卵を折りながら焼き、また手前まで卵焼きを持ってきたら残りの卵液を加えて卵焼きを焼き上げるのだが、卵焼き器を傾けて卵焼きの側面もしっかりと焼く。
「これで綺麗に焼きあがるんだよな」
卵の側面もしっかりと焼き上げる事で形が崩れず、綺麗に焼き上げる事が出来る。
「良しっと、これで仕上げ」
焼きあがった卵焼きを濡れふきんで包み、巻きすで包んで粗熱が取れるまでしっかりと卵焼きを休ませる。しっかりと火は通っていると思うが、こうして濡れふきんで包む事で蒸らしながら余熱でしっかりと中まで火を通す事が出来るのだ。
「これで卵焼きはOKっと、鮭はどうかな?」
塩を振って休ませた事で切り身から水が出始めているのを見て、トレイから鮭を取り出してキッチンペーパーで水気を拭き取ったら、火をつけていないフライパンに鮭を乗せる。フライパンを温めてから鮭を入れると一気に火が通り過ぎるので、必ず冷たいフライパンから始める。
「中火っと」
火は中火でじっくりと焼き始める。焼き始めは皮面からで焼いてる最中は身崩れをさせてしまうので鮭には極力触らないようにする。
「ん、良い具合だ」
フライパンに接している鮭の身が半分ほど白くなったらフライ返しで鮭をひっくり返して、蓋をして蒸し焼きにする。蓋をして蒸し焼きにすることで蓋をしないで焼くよりも身はふっくらと皮はパリパリに仕上がるのだ。
「これで鮭もOKっと、後は豆腐とわかめの味噌汁でも作って、後は海苔と大根おろしで決めるかね」
卵焼きと大根おろしを添えた鮭の塩焼きと豆腐とわかめの味噌汁、それと海苔と炊き立てご飯で決まりだ。
「味噌は白味噌できまりっと」
赤味噌も悪くないが、今日はなにか白味噌の気分なので味噌汁は白味噌にするかと呟き、俺は味噌汁を作る準備を始めるのだった……。
外から聞こえて来る鳥の鳴声で俺は気分良く目覚める事ができ、身体をゆっくりとベッドから起こす。
「……どれだけ規格外なんだ、あの男は……」
持ち運ぶ事が出来るのにオラリオの高級宿にも引けを取らない部屋を作り出せるアイテムまで持っているカワサキには正直驚かされた。しかも寝心地も抜群と来ているから二重の驚きだ。
「もしもこのアイテムが数多くあればオラリオの常識はすべて覆されるな……もっともカワサキが提供してくれるとは到底思えないが……」
ゼウス・ヘラファミリアにならばカワサキも貸し与えるだろうが、それ以外の人間にカワサキが貸し与えるとは到底思えないな。
「おはよう、カワサキ」
「おう、おはようエレボス。朝飯出来ているぞ」
朝起きたら朝飯まで出来ているとは、本当にいたせりつくせりだなと思いながら椅子を引いて腰を下ろす。
「……これは?」
焼き魚は分かるが、白みを帯びたスープと、黒い紙のような何かと、卵料理だと思うが……見覚えの無い料理ばかりで思わず何だとカワサキに尋ねる。
「豆腐とわかめの味噌汁と卵焼きと海苔。ゼウスの爺さんとヘラにはちょいと不評だったが、俺の生まれ育った国の伝統的な朝飯だ。あーもしかして普通の洋食の方が良かったか?」
「いや、構わない。作って貰って文句を言う訳が無いだろう? ありがたくいただこう」
自分の国の料理を作ってくれたのはカワサキなりの歓迎の証である筈だ。机の上に箸に手に取ろうとし……。
「いただきます」
「……っと、いただきます」
真向かえのカワサキが手を合わせていただきますと言っているのを見て、箸に伸ばしかけた手を引っ込めて、手を合わせていただきますと口にしてから改めて箸を手にする。知識としては知っているが、ここまで綺麗に作られた和食を見るのは初めてだなとしみじみ思っているとカワサキがスープを啜る音がし、その音で考え事が中断されられる。
「音を立てて啜るのだな?」
「ん? あー味噌汁はこっちの定番のスープと比べると熱いからな、啜りながら飲まないと火傷するぞ? マナー的に受け入れ難いかもしれんけど」
「いや、郷に入っては郷に従えと言う。そこまで気にはしない」
味噌汁の入った椀を持ち上げ、白く濁ったさらりとしたスープを啜り……俺は目を見開いた。
「……美味い」
馴染みの無い味なのだが、口の中一杯に広がる旨みに驚きもう1度味噌汁を啜る。
「美味い」
「気にいって貰えて何よりだ。ゼウスの爺さんとかはあんまり好きじゃねぇって言うんだよなあ」
「そこは好みだろう。俺は好きだぞ、この味」
見た目からは想像出来ないほどに旨みが強く、口の中に広がる様々な風味は思わず唸ってしまうほどだ。
「む……むむ? 甘辛い」
卵を薄く伸ばし焼き、それを鮮やかに畳んだ卵焼きは甘さと塩からさを感じる独特な味わいだ。
「うむ、うむ……なるほど」
その味は口の中に残り、自然と俺の手は茶碗を持ち上げて米を口へ運んでいた。
「面白い形態の料理だな。俺の知る料理とはまた別物だ」
オラリオの料理は味が濃く、1品で満足感を得られる料理が一般的だ。だがカワサキの作ってくれた和食は複数の品を食べて満足感を得るという形態の料理だ。
「俺はそんな事は考えて無いぞ?」
「住んでる場所と風習の違いという奴だな。馴染みがないからこそ面白い」
焼いた鮭の身を箸で解し、米の上に乗せて頬張る。鮭の脂と塩味がこれまた箸を進めてくれる味だ。
「おかわりいるか?」
「……貰おう。米だけじゃなく、味噌汁も欲しい」
「OK。ちょっと待っててくれ」
そう言うとカワサキは1度厨房に引っ込み、すぐに米と味噌汁のおかわりを持って来てくれた。
「最初は少し味が薄いと思ったが……俺の気のせいだったみたいだな」
「和食は少し味が繊細な部分があるからな。慣れない内は味が薄いって感じるのかもな」
味が繊細……なるほど、確かにそういう感じ方もあるな。オラリオの料理は味がくどいとも言える。それが俺達の一般的な味付けだったから、和食は味が薄く感じるのかもしれない。だからゼウスやヘラは余り美味いと感じなかったかもしれないが、俺はこの味付けが結構好きだった。
「この味噌汁は特に良いな、俺好みの味だ」
オラリオの料理が不味いという訳ではない。ただカワサキの料理が俺の舌に合ったというわけで……。
「すまないが、鮭はまだあるだろうか?」
「分かった。すぐに鮭を焼いてこよう」
「……すまない」
食い意地が張ってる方では無いが米も、卵焼きも味噌汁も絶品で俺は結局この後2回お代わりをしてしまうのだった……。
エレボスは朝から4回もおかわりをしたので椅子に背中を預けて苦しそうな表情をしていた。
「大丈夫か?」
「……大丈夫だ。少し食いすぎたが……」
少し所では無く大分食っていたと思うがそれを指摘せず、エレボスが持って来てくれたオラリオの地図を机の上に広げる。赤と青、それと黄色と白と黒の5色で色が塗られていて、それが一目で勢力図だと分かった。
「赤はフレイヤ、青はロキ、黄色はアストレア、白は中立および民間人が集まってる区画、黒は闇派閥だ。他にももっと細かい振り分けがあるが、最悪この5区画だけ覚えていてくれれば良い」
エレボスの説明を受けてからもう1度地図を見て、俺は思わず溜息を吐いた。アルトには聞いていたが、想像しているよりも遥かにオラリオの状況は悪かったと改めて知らされたからだ。
「殆ど制圧されてんのな」
「ああ……ロキとフレイヤが抑止力になってないというのが分かるだろ?」
赤と青を合わせても黒の闇派閥の制圧エリアの半分もないと言うのは本当に何をしてるんだと言いたくなる。
「黄色のアストレアだったか? その区画は随分と多いな?」
「ガネーシャファミリアや、善神のファミリアと協力してるからな。ちなみに言わなくても分かっていると思うが、ロキとフレイヤに味方するやつは殆どいない」
「だろうな、まぁ自業自得か」
ゼウスの爺さん達を追い出しを計画したのはロキとフレイヤだ。抑止力を失い、闇派閥が勢力を増したことを考えればその責任が全てロキとフレイヤに向けられるのは容易に想像がついた。
「これでゼウスの爺さん達の代わりの抑止力になれてれば話もまた変わるんだがな」
「ゼウス達が追放されてからレベルアップしたのはオッタルだけでな……」
「……なにやってんだ? ロキファミリアは」
レベルアップしているのがオッタルだけというのも頭が痛いが、ゼウスの爺さん達を追い出してから全く成長していないっていうのは本当に頭が痛い話だ。アルトから話は聞いていたがこうしてオラリオにいるエレボスから話を聞くとまた別物に感じるものだ。
「とりあえず偽造の通行証は用意してる。それとオラリオでは俺はエレンと名乗っている、間違えてもエレボスとは呼んでくれるなよ?」
「OK、それで俺達の拠点は黒の区画か?」
「良く分かったな、闇派閥の勢力が強いダイダロス通りに拠点を用意してる。ここは貧民街になるから潜りこみやすいだろう?」
「おいおい、貧民街に余所者が紛れ込んだらすぐ分かるじゃねえか」
貧民街というのは案外人の結束が強い。紛れ込むのは楽かもしれないが、警戒されるのは目に見えている。
「だがここが1番良い。俺はあえてアストレアとガネーシャファミリアの勢力下に身を置く、オラリオでは別行動だ。夜にはお前の拠点に顔出すから、そこで情報交換をするとしよう」
「それでこっちに情報を流してくれる訳か、こっちも何か情報を掴んだらお前に伝えるようにするよ」
「話が早くて助かる。しかし、こういうのに慣れてるようだが……お前何をしていたんだ?」
「まぁあれだ。色々とだけいっておこう」
あのキチガイ女から逃げるとか、ウルベルトのやつと一緒にいた時にテロリスト認定されて政府に追われた経験なんか何の役にも立たないと思ったが案外役立つ物で笑ってしまう。
「今日の昼にはオラリオにつくと思うが、中に入れるのは夕暮れ時になると思う」
「……マジか、出発前に軽く何か作っておいても良いか?」
「構わない、むしろ頼もうと思っていたくらいだ」
中に入るも、外に出るも地獄というわけだが、オラリオの中に入らないことには何も始らない訳だ。
「協力者は他にいたりするのか?」
「1人だけ、ヴィトーという俺の眷属がいるくらいだ。だがあいつにはあいつで命じている事があるから協力は望めない」
「2人だけで何とかするって事な。分かった」
騒動自体は闇派閥が起してくれる。後はそれを利用して上手く立ち回りつつ……。
「あ、そうだ。オラリオを出る前にディアンケヒトとミアハと知り会ってるんだが、オラリオに着いたら顔を出しても良いか?」
「そこはカワサキに任せる。出発の準備が出来しだいオラリオへ向かうぞ」
「分かった。急いで準備をする」
闇派閥に殆ど制圧されたオラリオで待ち構えている物は言うまでも無く気持ちの良いものではないだろうが……俺とエレボスの2人で出来る事は高が知れていると思うが、それでも僅かでもオラリオを変える切っ掛けになればと願い、俺とエレボスはオラリオへ向かう準備を始めるのだった……。
メニュー15 おにぎりへ続く
和食ショックを受けたエレボスさんを書いてみました。知ってはいても実際に口にすると全然違うと衝撃を受けるとか面白いかな? と思いこういう風にしてみました。次回はオラリオ入りまで書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。
オラリオにアインズ・ウール・ゴウンのメンバーがいるのは
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間違っている
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間違っていない