ダンジョンで料理人が有名なのは間違っていますか? 作:混沌の魔法使い
下拵え 医神再会/愚者の驚き/カワサキさん炊き出しの準備をする
私とディアンケヒトではファミリアを運営する上の考えは大きく異なり、そして共に医療を司る神ではあるが……やはりそこに対するスタンスも大きく異なる。険悪では無いが、仲が良い訳でもないと言うのが私とディアンケヒトの関係性だ。だがそれでも、今の私とディアンケヒトには協力しなければならない理由があった。
「むうううう……こいつはしつこいにも程があるッ!」
「確かに、ここまでやっても駄目とは……」
我々が深層の病としていた遺伝性の不治の病が深層に潜むモンスターによる物と言うのは7年前に明らかになり、それから私とディアンケヒトは喧嘩や口論をしながらも深層の病の原因である極小の群生態……菌糸系の生体を持つモンスターを殺す為の薬、あるいは治療法の確立を目指して来たが、結局7年も時間を掛けて出来たのはほんの僅かだけ進行を遅らせる薬に留まっていた。闇派閥のテロ行為を差し引いても全く進展が無いという状況には流石の私達も疲弊を隠しきれなかった。
「ええいッ! これもロキとフレイヤのせいだッ! 本当ならばもっと早く特効薬が完成していたと言うのにッ!」
「確かに……カワサキから話は聞いていたが……やはり分からない場所が多すぎる」
カワサキによってモンスターが原因だと分かり、それも菌糸系の生体を持つモンスターによる物と判明した。定期的に私かディアンケヒトファミリアのポストに入れられている差出人不明の手紙。それはカワサキからのモンスターの生態やそれに効く薬の組み合わせなどが記されていた。 カドモスの泉の水などの効果的な使い方、特定の食品を組み合わせることによる治療効果の促進……様々な観点で私とディアンケヒトの深層の病に関する理解は深まったが、それでもまだ深層の病を克服するには至っていない。こちらから問いかけることも出来ず、一方的に与えられる情報を2人で精査し、トライ&エラーを繰り返しながらではその進捗が遅くなるのも当然だ。
「初期段階の内ならば身体の外に摘出することは可能だが、そこから少しでも根付くと駄目だな」
「血管に張り付くのが厄介すぎる。下手に切除すれば血管が破裂してしまう。 しかもその血管が動脈ばかりというのが鬱陶しい」
「簡単に摘出されない場所を選んでいるということか……どうしたものか」
深層の病の特効薬作りに眷属達は関わらせていない。 空気を媒介にして寄生するモンスターを研究する以上眷族を関わらせれば、その者も感染してしまうかもしれない。 奇しくも、このモンスターは神に寄生出来ない、人間を殺す事に特化した生態を持つ事が分かった。が、それが分かった所でどうなんだと言いたくなる。
「今日はここまでにしよう。ディアンケヒト」
「……ああ。そうするか、いい加減お前の暗い顔を見るのも最後にしたかったんだがな」
憎まれ口を叩くディアンケヒトに返事を返さず。ウラノスから預かった魔道具を使い寄生する前のモンスターを厳重に封印し地下の研究室を出る。
「あ。ディアンケヒト様。お客様が来ていますよ」
私とディアンケヒトが地下を出るとファミリアの受付が客が来ているとディアンケヒトに伝えに来る。
「客だぁ? 帰らせろッ! ワシは疲れてるんじゃッ! 事前に連絡も入れてこない相手に何故会わねばならんッ! どうして追い返さなかったッ!」
進展が無いことに対するいらつきを受付にぶつけるディアンケヒト。その余りな口振りに止めに入ろうとし、受付嬢の言葉に私もディアンケヒトも一瞬動きを止めた……。
「い、いえ、それが何時間でも待つと……カワサキと言えば分かるの一点張りで」
「カワサキだと!? 何故それを先に言わん! 早くワシの部屋へ通せッ! 茶菓子と茶も忘れるなよッ! ワシの客だッ!」
「は、はい! わ、分かりましたぁッ!!」
ディアンケヒトに怒鳴られ走り去る受付嬢の背中を見ながら私は溜息を吐いた。
「カワサキは亜人だぞ? 真正面から尋ねてくると思うのか?」
「メッセンジャーか何かかもしれんだろうが! とにかくいまはカワサキとの繋がりが欲しい! 少しでも早く深層の病に対する特効薬を作り出させねばッ!」
医神でありながら治すことが出来なかった深層の病……それを治す手掛かりを失いたくないのは分かるが、もう少し言い方と言うものを考えるべきだ。
「まぁ良い。私も同席するぞ」
ディアンケヒトは返事を返さなかったが、顎で合図をするのを見て苦笑しながら私はディアンケヒトの執務室へと歩き出した。
「悪いな、先に茶と菓子を貰ってるぞ」
執務室では黒髪、黒目の青年が茶菓子を齧り、紅茶を啜っていた。当然ながらその姿はカワサキとは違う物で、ほんの少しだけ肩を落とした。
「構わん。それでお前はカワサキの知り合いか? 何か伝言を「いや、俺がカワサキだ。ほれ」……な」
目の前の青年が指輪を外すと、私達の目の前で青年の姿が黄色い亜人の姿に戻り、私とディアンケヒトが絶句しているとカワサキは再び指輪を嵌めて人間の姿になる。
「き、貴様……今まで何をしていた!?」
「何って旅してたけど? 偶にゼウスとかヘラの所に顔を出しながらあちこち渡り歩きながら、ほれ、あれだ。深層のモンスターに効果のある植物とか鉱物の情報を送っていただろ?」
「確かにそれは受け取っていたが、人の姿になれるなら直接尋ねて来て欲しかったな」
「はっはは、まぁそりゃそうだな。でもまぁ……あれだ。俺はあんまりオラリオに来たくなかったって事で勘弁してくれや」
オラリオに来たく無かった……それを言われると言葉が無かった。オラリオの住人のゼウスとヘラに対する行いは決して許されるものではない、ロキとフレイヤが扇動したとは言えカワサキがオラリオに良い感情を抱いていないのは容易に予想がついた。
「2人に会いに来たのは道理を通す為だ。これから少し変になった冒険者や神が運び込まれてくるだろうが、そこまで真剣に調べなくても良いって事を伝えに来たのと、ギルドとロキやフレイヤに聞かれても知らぬ存ぜずを通してくれれば良い」
「……何をするつもりだ」
「ちょいと俺の持ってる調味料で悪神や邪神の連中の性格を変えてやろうかとね。後は経験値が増えてないと女は太る、男は禿げる料理をぶち込んでやろうかと思ってるくらいだ。ちなみに言っとくが、認識阻害のアイテムを装備してヘラやゼウスの所の団員がオラリオにカチコミを掛けるって言うのを止めた第二案だから、これ邪魔するとヘラとか乗り込んでくるからな?」
「「絶対に邪魔をしないと誓おう」」
ヘラが来るくらいならば性格が変わる、禿げる、太るくらいは黙認しよう。
「OK。ああ、それとこれな。またあのモンスターに効きそうなスパイスの組み合わせ。上手く使ってくれよ」
投げ渡された瓶を受け取り、私は思わず問いかけた。
「何故お前はいつもスパイスや料理なんだ?」
なぜスパイスや料理のレシピとして教えてくれるんだ? と尋ねるとカワサキは椅子の上においてあった上着を羽織ながら振り返った。
「なぜって俺は料理人だぜ? 薬の作り方なんざ分かんねーよ。医食同源は分かるけどな。んじゃな」
そう言って歩き出したカワサキだったが、思い出したように足を止めて振り返った。
「ダイダロス通りで炊き出しをやるからよ。気が向いたら来てくれや、んじゃな」
そう言って今度こそディアンケヒトの執務室を出て行くカワサキを見送り、手の中の小瓶に視線を向ける。
「大変な事になりそうだ」
「ヘラとヘラの眷属が乗り込んでくるよりマシだ。それにカワサキの事だからそこまで酷い事にはならんだろ。多分な」
「そうだと良いのだが……」
カワサキは善良だが、善良な分だけ怒ったときが怖いなと思いながら、カワサキに渡されたスパイスの小瓶を懐にしまい私もディアンケヒトファミリアを後にするのだった……。
それは本当に偶然だった。ディアンケヒトファミリアから出てきた黒髪、黒目の男。一見極東の人間に見える男だが、私の目は男の指に嵌められている指輪を見逃さなかった。それは私が持っているのと同じ人化の指輪だったからだ。
「お前……その指輪をどうした?」
そしてその男が路地裏に入るのを見て、それをすぐに追い。背後を取ってそう問いかけると男は愛想の良い笑みを浮かべながら振り返った。
「よう、フェルズ。元気そうだな」
「……お前、カワサキか?」
「おう。7年ぶりだな、元気にしていたか?」
「こっちに来い」
色々と聞く事があるので冒険者通りの裏路地の魔女の隠れ家へ向かおうとする。だがカワサキは駄目だと言って首を左右に振った。
「俺はやることがあるから今はついていけない」
「……それはゼウス達が関係しているのか?」
「俺が今からやる事は関係して無い。でもこれからは関係がある」
間違いなく闇派閥の台頭を知りゼウスとヘラが黙っていられなくなってカワサキを送り込んだのだろう。
「何をするつもりだ?」
私がそう尋ねるとカワサキは懐からゼウスとヘラのファミリアのエンブレムが刻まれた封筒を取り出した。
「こいつをウラノスに届けてくれ、手紙の中身を見てその上で俺のやることが受け入れられないなら、ダイダロス通りに来てくれ。俺は今はそこを拠点にしてる」
ダイダロス通りを拠点にしていると聞き、誰かが手引きをしていると分かったがあえてそれを問いたださず、手紙を受け取りローブの中にしまいこんだ。
「ウラノスと共に精査する」
ロイマンを降格させ、人化の指輪を装備し、人の姿になった私は一応ギルド長という立場にある。正直に言えば魔女の隠れ家に魔道具の作成にギルド長とどれもが大変ではあるが、オラリオを正常化するためには身を粉にして働く必要がある。ウラノスも祈祷ばかりではなく、神会にも積極的に参加しているので、7年という月日は経ったが少しずつ正常化は出来ていると思う。
「頼むぜ、まぁ色々と騒がしくなるだろうが……闇派閥を何とかする為だ。目を瞑ってくれ。少なくとも認識阻害を掛けたヘラ達が乗り込んでくるよりかはマシだろうから」
「それは間違いない」
ヘラ達が乗り込んでくればオラリオが滅びてもおかしくないので、多少のトラブルは目を瞑るしかあるまい。
「私を人にしたのと同じ様な事をするのか?」
「当らずとも遠からずとだけ言っとく。あ、そうそう。ダイダロス通りで炊き出しをするから気が向いたら来てくれよ」
「待て! 正気か?」
ダイダロス通りで炊き出しをすると言うカワサキを呼び止める。あそこは貧民街であり孤児や素性の悪い冒険者達が多く居る。そんな中で炊き出しをするのは自殺行為だ。間違いなく料理が完成する前に襲撃を受けると断言出来る。
「正気だよ。腹が空けば気が滅入る。ひもじければ眠れない。些細な事で腹が立つ、生きる為には飯を食えさ」
「それは偽善だぞ?」
その信条が悪いとは言わない、だが今のオラリオはそんな事を言ってられないほどに荒んでいる。ゼウスとヘラという抑止力を失い、ロキとフレイヤがその代りになれず、本当に酷い状況となっている。
「俺はやらない善より、やる偽善でね。ま、こういう状況には慣れてるから問題ない。んじゃなあ~」
手をひらひらと振って歩いていくカワサキの後を追っていくべきか、それとも先にウラノスに手紙を渡すのが先かと一瞬悩んだが、ダイダロス通りよりもギルドが近い事もあり、ウラノスと話し合う為に私は早足でギルドへと向かうのだった……。
エレボスが確保してくれていたダイダロス通りの俺の拠点は極普通の一軒家だったが、ダイダロス通りの入り口に近く、そしてそこは広場にも面していて、炊き出しをやりたいと考えている俺にとっては非常に都合のいい場所だった。
(しかしまぁ、凄いな、これは)
あちこちから感じる敵意や観察してくる視線のような物を背中に感じながら、家の中から運び出したように偽装しながらアイテムボックスから大鍋を取り出して、持ち運びコンロの上に大鍋を置いて、その隣に持ち運びの机と野菜を洗う桶を用意し、鞄から野菜を取り出していると前方に敵意を感じ、反射的に拳を突き出す。
「がッ!?」
苦悶の声と共に目の前に崩れ落ちる薄汚れた大男を見て、俺はやれやれと肩を竦めながら俺を観察してる視線の方に向かって口を開いた。
「炊き出しの準備をしてるから邪魔するんじゃない、良いか! これは炊き出しだ! 金はいらないッ! 器さえ、いや、器がなくても完成した料理は振舞う! だから俺の邪魔をすんな!良いな! 分かったな!」
俺の言葉に返事は無いが、向けられる敵意の視線は僅かに緩まった。
「ほ、本当に……タダ……なのか?」
「ああ。本当だ。だから力尽くで来なくてもちゃんと振舞ってやる。だから大人しく待ってろ、良いな?」
俺が殴り倒した男に向かってそう言うと男は腹を押さえながら分かったと返事をし、仲間……いや、家族か……暗がりで待っていた赤子を抱いた女性と共に暗がりの中へと消える。
「……こりゃ想像以上だな。オラリオのファミリアは何をやってるんだ?」
これだけの人数が餓えていると言うのになんら対策を取っているようにも見えない。
(まだ俺の住んでた所よりかはマシだが……こりゃかなり本腰を入れないと駄目か?)
アルトやエレボスに聞いていてある程度は覚悟していたが、俺の想像よりもひどい状況に自分が考えていたよりも積極的に動く必要があると決断すると同時に、ロキとフレイヤの駄目さ加減に呆れながら最初に考えていた炊き出しのメニューを変更し、より高カロリーで、エネルギーを摂取でき、身体を温める事が出来るシチューの方が良いだろうと思い。新たに牛乳と小麦粉を鞄から取り出し腕捲りをする。
「さてと気合を入れていくとするか」
俺を見ている気配から最初に作ろうと思っていた量では全然足りないし、それに栄養の足りてない奴も多すぎる。これだけ大量に料理を作るのは久しぶりだがリアルでは散々やっていたので問題はない筈だと考え、俺は早速料理に取り掛かるのだった……。
メニュー15 クリームシチューへ続く
暗黒期編の最初は7年前の知り合いの元からスタートしました。これである程度自分が何をしようかと伝える事でギルドや、闇派閥のテロで治療が必要な人達に集中してもらい、マーボーショックを受けた神やその眷属、禿げた男や太った女性への対応をしなくて良いと伝える話となりました。そして現在のオラリオを見ておこゲージ上昇中のカワサキさんですが、1回怒りを横に置いておいて炊き出しの準備をする辺りはまさにカワサキさんって所だと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。
オラリオにアインズ・ウール・ゴウンのメンバーがいるのは
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