ダンジョンで料理人が有名なのは間違っていますか?   作:混沌の魔法使い

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メニュー16 クリームシチュー

メニュー16 クリームシチュー

 

水洗いし皮を剥いたじゃがいもや人参を簡易キッチンの上に並べていると、少しずつ俺に向けられてくる視線が増えてくる。だが当然言うまでも無く、その視線の多くには敵意が混じっている。

 

(まぁ当然だな)

 

なんせ俺は余所者、その上昨日ダイダロス通りに住居を構えたばかりなのだから知り合いもいない。存外仲間意識が強かったりするのがこういう地区に住んでいる連中の特徴で、俺も実際にリアルで炊き出しをやり始めたばかりはこんな感じだったのでこの敵意もしょうがないなと苦笑しながら包丁を手に、普段よりやや小さめの1口大に切ってざるの中に入れる。大きく切って満足感を得て欲しいという気持ちはあるが、何日も食事をしていない相手もいれば、胃が弱っているので逆にダメージを与える可能性もある。それらを考慮してやや小さめに切る事にした。皮を剥いた鶏腿肉にも同様に少し小さいかなと思う位の大きさで形を整える。

 

(どこまでフォローしてくれるか判らんしな)

 

回復等の効力を付与したとしているが、それもどこまで効果を発揮するか分からないので普段作る時よりもずっと気を使って下拵えを進める。

 

「次は玉葱っと」

 

玉葱の皮を剥いて薄切りにし、今度はフライパンを手にしてたっぷりのバターをフライパンの上で溶かしていると観察するような視線を感じて顔を上げる。

 

「なんだい婆さん。まだ出来てないぜ?」

 

そこにいたのはローブに身を包んだ老婆だった。だがその目は爛々と輝いていて、見た目通りの老婆ではないという事は一目で分かった。

 

「神を相手に婆さんとはとんだ罰当たりもんだね、あんたは」

 

「はっ、悪いね。俺は神様つうもんは基本的に信じてないのさ。神だから信じろ、信用しろって言われて、素直にはい分かりましたって言えるか?」

 

バターが溶けた頃合で玉葱をフライパンの中に入れてバターと絡めるように炒める。

 

「違いない、んで。あんたは何者だい?」

 

「流しの料理人さ、昨日ダイダロス通りに来たばかりのな」

 

バターで炒めた玉葱が透明になってしんなりしてきたら鶏腿肉とじゃがいもと人参、そして少量の白ワインを加え、火を強くしてアルコールを飛ばしながら鶏腿肉と玉葱をしっかりと炒める。

 

「建前は良いさ、あんたどこから来た? 神を信用しないなんていうもんはここら辺にはいないはずだよ」

 

「さぁ? どこだと思う?」

 

射抜くような視線に飄々と返事を返しながら、一瞬だけ服の上着を開きゼウスとヘラのエンブレムを見せる。目の前の老婆はぎょっとした表情をした後に俺が置いていた木箱の上に腰を下ろした。

 

「下手な詮索はしないほうが良いって事かい」

 

「そういうこった、まぁあんたは良い人そうで口も堅そうだからな」

 

「はっ! 買い被りだね、あたしは嫌われもんの神さ。そんな奴を良い人なんていうあんたは目が腐ってるよ」

 

この遠慮のない毒舌に思わず笑いながら、フライパンの中に薄力粉を加え、塩と黒胡椒を加えて味を調えながら全体を良く混ぜ合わせる。

 

「俺はこれでも人をみる目はあるつもりでね。少なくともロキやフレイヤよりあんたの方が信用できるさ」

 

俺の言葉に老婆は手を叩いて笑い出した。

 

「こんな婆を口説いてどうするつもりだい?」

 

「あんたに最初の一杯を食ってもらうつもりさ。あんたここの顔だろ?」

 

この神が何者かなんていうのは俺には興味が無い、ただこの老婆がこのダイダロス通りの顔である事だけが重要なのだ。

 

「その物怖じしない性格と言動、悪くないね。あたしはペニア、貧窮を司る神で嫌われもんさ、よろしく」

 

「俺は流しの料理人で、カワサキつうもんだ。事情があって名はないんでね、カワサキとでも呼んでくれ」

 

川崎雄二と俺カワサキは別の存在だと俺は思っている。だから雄二の名を名乗るつもりは無く、カワサキと呼んでくれとペニアに言いながら薄力粉の粉っぽさが無くなってきたので煮込むようの大鍋の中に炒めた具材をいれ、無限の水差しから水を鍋の中に注いで弱火で煮込み始める。

 

「んで、ダイダロス通りで炊き出しなんぞやって何がしたいのさ?」

 

「腹が減ってる奴には飯を食わせるのが俺のやり方でね。飯を食う事は生きる事だ、飯を食わないと人は生きていけないだろ?」

 

「それだけでただで飯を振舞うのかい? とんだ変わりもんだッ!」

 

「はははは、自覚はあるぜ。でもな、俺は腹が減ったって泣くガキを見たくねえのさ。見たくないから飯を食わせる、助けたいとか救いたいじゃない。俺が見たくないからやるんだよ」

 

「自分勝手だねぇ、それに偽善者だ」

 

「偽善で大いに結構、やらない善より、やる偽善だよ」

 

じゃがいもと人参に火が通ったので牛乳とコンソメ顆粒を加えてとろみが出てきたらチーズの塊と粉チーズを加え、チーズが溶けて全体に馴染んだら完成だ。

 

「出来たぜ、婆さん」

 

「名前を言ったのに婆さんかい? まぁ親しみがあって良いけどね、温かい内に頂くとするよ」

 

ペニアは俺の差し出したシチューの皿を受け取り、冷ましてから口へ運んだ。

 

「……美味いじゃないか、あんたの腕ならこんな場所じゃなくても普通に店だって出来るだろうにさ、本当に変わりもんだよ、あんたは。ガキ共! こっち来な! このお人よしのド馬鹿が飯を食わせてくれるってさ!」

 

ペニアがそう叫ぶとあちこちの路地から子供達が罅割れた皿やコップを手に駆けて来る。それに子供の後には隻眼の男性や、隻腕といったダンジョンで手足を失ったであろう元・冒険者達の姿もある。

 

「ほーれ、皿を貸しな」

 

おずおずと差し出してくる皿を受け取りシチューをたっぷりと注いで子供に渡す。

 

「熱いから気をつけな」

 

「ありがとう! おじさん!」

 

おじさん……おじさんかぁ……まぁ子供から見ればおじさんだなと苦笑する。

 

「おじさん、わたしも」

 

「僕も!」

 

「おうおう、順番な。喧嘩すんなよ、量はたっぷりあるからな」

 

1人の子供が受け取った事で自分も自分もと跳ねる子供達から皿を受け取り、シチューを次々とよそって行くのだった……。

 

 

 

 

門番のお疲れ様ですという声を背中に目立つ赤髪をポニーテールにした少女と桃色の髪をショートカットにした少女がオラリオの中へと足を踏み入れた。しかしその2人の足取りは重く、魂が口から出るんじゃないかと思うほどの深い溜息を吐いた。

 

「またこのクソ不味いスープに逆戻りか……」

 

「う、うう……言わないでよ、ライラ」

 

オラリオの秩序を守るアストレアファミリアのLV4紅の正花【スカーレット・ハーネル】の2つ名を持つアリーゼ・ローヴェルと狡鼠【スライル】の2つ名を持つLV3のライラの手には青々とした野草で満たされた籠があった。

 

「木の実も採れないなんて想像もしてなかったわ……」

 

「罠も全滅だったしな。絶対皆文句を言うぞ、特に輝夜がな」

 

ライラの言葉に私は呻く事しか出来なかった。私達アストレアファミリアは正義を掲げ、今の闇派閥が台頭しているオラリオで秩序を保とうと全力を尽くしている。尽くしているけど……。

 

「ヴァリスは出て行く一方なのよ……ッ」

 

「考えなしに街中で魔法を使うからだ」

 

「ぐう……でも相手も強いのよ?」

 

街中での闇派閥との戦いで壊れた街の修繕費や、武具の修理や打ち直しでヴァリスは出て行くばかり……正義のファミリアではあるが、それと同時に貧困でもあるファミリアなのがアストレアファミリアなのだ。

 

「でもほら食べるものあるし」

 

「それがクソ不味いんだろ?」

 

「……な、なんとか調理を考えてみるっていうのはどうかな?」

 

この野草を鍋に入れて塩で煮るだけって言う調理ではなく、別の何かがある筈だ。

 

「団長よ。私達に料理などできるとお思いで?」

 

「……それね」

 

残酷な現実である。なにか別の方法もあるかもしれないが、私達に料理は出来ない。料理とも呼べないおぞましい何かが出来るだけかもしれないので料理は断念するしか……。

 

「凄い良い匂いがする!」

 

「……確かに、ダイダロス通りの方から?」

 

「見に行きましょうライラ! 闇派閥が何か企んでるのかもしれないわ!」

 

ダイダロス通りの方から良い匂いなんて絶対何かある。食事に毒とか、何かの魔法を掛けてるとか考えられる。最悪を回避する為にダイダロス通りに向かった私とライラが見たのは……。

 

「おじさん、おかわり!」

 

「おー、どんどん食え、ほーれ」

 

「わーい! ありがとー!」

 

黒髪黒目のやたら目付きの悪い男性が孤児や、怪我をして冒険者を引退した人達に料理を振舞っている光景だった。

 

「これは?」

 

「ん? なんだい、アストレアファミリアの所の小娘かい、こんな所にまで何をしに来たんだい?」

 

私達が困惑しているとシチューを口に運んでいたペニアが声を掛けてきた。

 

「ペニア。これは何をしてるの?」

 

「お人よしで旅をしてる料理人がシチューを振舞ってくれてるのさ。これがまた美味しくてねぇ」

 

このご時勢に旅をしていると聞いてどうしても警戒してしまった。黒髪、黒目というのが極東の人間の特徴であり、私達アストレアファミリアのゴジョウノ・輝夜の追っ手では? と言う考えがどうしても脳裏を過ぎる。

 

「ありがとうおじさん。また」

 

「ちょいまち」

 

感謝の言葉を告げて去って行こうとした子供の手を鍋をかき回していた男が掴んで止めた。

 

「まだ腹減ってるんだろ? ほれ、遠慮しないでおかわりも食え」

 

「い、良いの?」

 

「良いに決まってるだろ? ほら、食え」

 

「う、うん! ありがとう!」

 

子供に何かすると思って身構えていた私とライラは遠慮しないで食べる様に言った男に毒気を抜かれた。

 

「あんたらも腹が空いてるなら声を掛けなよ。器が無いなら器も出してくれるし、家に持ち帰るように入れ物もくれるよ」

 

ペニアはそう言うと持ち帰る様の器を手に裏路地へ消えていった。

 

「どうする?」

 

「……持ち帰ればいいじゃん、食べて行こうよ」

 

「そうね! そうしましょう!」

 

クソ不味いスープを飲むよりずっと良いと思い、私とライラもシチューを分けてもらう事にし列へとならんだ。

 

「はい、次?」

 

料理を配っていた男性は私とライラを見て一瞬動きを止めた。

 

「あーもしかして駄目かしら?」

 

「いや、別にかまわねえさ。豪い別嬪が来たなって驚いただけだ」

 

「やだ! ほら、ライラ! 私美人だって」

 

「はいはい、社交辞令に決まってるだろ。入れ物が無いから入れ物も貰って良い?」

 

ライラの言葉に男性は器を手に取り、それにシチューを並々と注ぎ、木のスプーンを刺して差し出してくれた。

 

「ゴミはそこな、あちこちに捨てていくなよ」

 

「分かってる。ありがとうございます」

 

ゴミ箱も用意されていて、それを指差す男性に分かりましたと返事を返し、ライラとならんで座る。

 

「あったかい……それに良い匂い、これがスープよ」

 

「確かにね。あのクソ不味いスープとは雲泥の差だね」

 

本当にそのとおりだ。私達の作るスープ……いや、あれはスープなんて呼んではいけないものね。料理を作る人に対して失礼すぎる、泥水とまでは言わないけど、あれは絶対にスープじゃないと断言出来る。

 

「いやあ、山菜摘みに行って正解だったわ」

 

「うん、行ってないとこれは食べれなかったね」

 

無償の炊き出しというのも今の私達にはありがたいと話をしながらシチューを口にした私とライラは揃って動きを止めた。

 

「……え、美味しい」

 

「いや、これがタダって……ええ?」

 

バベルの塔の周辺のレストランで食べたシチューよりずっと美味しかった。炊き出しなので味はそこまでだと思っていなかったので、思わず混乱してしまった。

 

「うん、これ本当に美味しい……あの人めちゃくちゃ腕の良い料理人なんじゃ?」

 

シチューなのは間違いないが、牛乳臭くないし、味も凄く濃厚で、多分これはチーズを中に溶かしていると思うんだけど、チーズの濃厚な旨みが口の中一杯に広がる。

 

「間違いなくそうだと思う。なんで炊き出しなんかやってるんだろ?」

 

炊き出しなんかしなくても一等地のレストランで十分働けるレベルだと思う。ダイダロス通りの孤児を基準に考えているので具材は少し小さいかなと思うほどだが、子供向けの炊き出しなので、それに文句を言うのはおかしいし、こうして分けてもらえるだけでも感謝し無ければならない。

子供向けの炊き出しなので、それに文句を言うのはおかしいし、こうして分けてもらえるだけでも感謝し無ければならない。

 

「あああ~美味しい……これぞ料理って感じね」

 

人参は良く煮られていて口の中で甘く蕩けるし、じゃがいもはホクホクとして味だけではなく、食感でも舌を楽しませてくれる。

 

「肉に感謝するよ。本当に」

 

「それね。は~本当に良い人だわ」

 

肉は鶏肉で小さく切り分けられているが、腿肉なので旨みも弾力も十分でこのシチューの味もぐっと良い物にしてくれている。久しぶりのまともな食事、それも物凄く美味しいという事であっという間にシチューを飲み切ってしまった。

 

「二杯目……いや、やめておきましょうか」

 

「貰って帰ろう、あんまり遅くなると皆がうるさいと思うし」

 

2杯目が欲しいと思いながらもファミリアの皆が私とライラが帰ってくるのを待っていると思い、おかわりしたいという欲求をグッと飲み込み皿とスプーンをゴミ箱へ捨てる。

 

「あの、すいません。仲間のところに持って帰りたいんですけど」

 

「ん? 分かった。今準備する、でもこれは返してもらわないと困るからちゃんと洗って返してくれよ? 俺はここら辺で料理をしてるから、持ち逃げは無しな」

 

「分かってる。ちゃんと持って帰ってくる」

 

何度も持ち逃げするな、ちゃんと持って帰ってくるように言う男性……に。

 

「あ、私アストレアファミリアの団長のアリーゼ・ローヴェル!貴方の名前は?」

 

「あー俺か、俺はカワサキと呼んでくれれば良い。事情があって名はない、ただのカワサキ。それで良い。それとファミリアか、それなら4つ貸すからちゃんと4つ持って帰って来てくれよ?」

 

事情……もしかするとカワサキも輝夜と同じで極東から逃げてきた人なのかもしれない、とは言え人には色んな事情や都合がある物で、それを初見で聞くのはマナー違反所か、人としてどうかと思う。

 

「分かりました。それとシチューご馳走様でした、ちゃんとこれは持って帰って来ますので、行きましょうライラ」

 

「ん、ご馳走様。美味しかった」

 

カワサキが用意してくれたシチューを入れる大き目の4つの水筒を持って、私とライラはファミリアへと帰って行った。

 

「これ美味しいわね。これだけの料理を作れる人が旅をしてるなんて正直驚きね」

 

「そうですね、アストレア様。確かにこのシチューは美味しいです」

 

私達の持ち帰ったシチューにアストレア様達は美味しいと舌鼓を打ってくれたのだが、認めた相手以外の肌に触れることを嫌うエルフの団員であるリュー・リオンだけはクソ不味い野草のスープを啜っており、どうしたものかと私は頭を悩ませるのだった……。

 

 

メニュー17 パンを焼こうへ続く

 

 




ペニア、アストレアファミリアのアリーゼとライラとエンカウントです。暗黒期なので遭遇出来る人達との出会いですね、あとアストレアファミリアは貧乏らしいので多分カワサキさんが炊き出しをしている間は結構エンカウントすることになると思います。次回は孤児を絡めながら別の神とのエンカウントも書いて見たいと思います。それでは次回の更新もどうか宜しくお願いします

オラリオにアインズ・ウール・ゴウンのメンバーがいるのは

  • 間違っている
  • 間違っていない

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