ダンジョンで料理人が有名なのは間違っていますか? 作:混沌の魔法使い
下拵え カワサキさんロキファミリアへ行く その1
ベートの奴の朝は早いが今日は何時に増して早かった。陽が上がるかどうかから起き出して念入りに、念入りに柔軟を繰り返していた。
それこそオッタルの真似をした訳では無いが、深層までのソロアタックをやりだしたワシよりも念入りに柔軟しているのを見て思わず声を掛けた。
「随分と今日は念入りに柔軟をしているな、ベートよ」
「ああ、今日はな。俺の師匠が訪ねてくる。何度も何度も鍛えてくれと頼み、そしてやっと頷いてくれた。今出来る最高の状態で出迎えたいんだ」
片腕1本で全体重を支えて腕立て伏せをしているベートは滝のような汗を流しながらワシにそう答えた。
「師匠なのに何度も頼んだのか?」
言葉が矛盾していると思いながら尋ねるとベートは片手1本で身体を跳ね上げて立ち上がると上半身の柔軟を始める。
「俺が勝手に師匠と思っている人は3人いる。ガレス、あんたは嫌がるかもしれんが。マキシムとザルドだ。あの2人に強さの頂点を見た。そしてもう1人に心の強さを見た。身体だけでも、心だけでも駄目だ。両方揃ってこそだ」
澄んだその瞳を見て本当にベートがロキファミリアに入団してくれて良かったと心の底から思った。ベートがいればロキファミリアは更に飛躍する。ワシ達のせいで地に落ちたその名声を再び天に上げてくれると思った。
「その男は強いのか?」
「正直言って分からん」
「強いのかが?」
「俺なんかよりも強すぎて強いとか弱いとかの区別がつく相手じゃねえんだ。オッタルを片手で転がす化物だぜ?」
「それはまたとんでもないな」
オッタルは今のオラリオで最強の男だ。そんなオッタルが片手で転がされると聞いて興味が沸いた。
「ワシもあって見ても良いか?」
「良いんじゃね? どうせティオナとティオネとも知り合いだしよ。何よりアイズにコロッケの作り方を教えた人だ、面倒見は良いと思うから頼んで見れば良いんじゃないのか?」
そう言って走り出すベート。ダイダロス通りの孤児やカワサキと名乗る男の所に行くようになってから明るくなったとは聞いていた……。
「料理人が師匠?」
どう考えてもベートの方が強いのではないか? そう思っていたのだが……。
「あがっ……お、おお……!?」
「悪い手加減を間違えたみたいだ。大丈夫か?」
「だ、大丈夫だ……ぬ、ぬおおおおッ!!」
たった1発で膝をついたベートが気合を入れて立ち上がり、再び拳を構える。それと対峙するのはラフな格好をした最近オラリオの話題を掻っ攫っているカワサキだった。
「料理人だよな?」
「ああ、確かその筈……」
「ベートより強いとかマジか……」
ベートよりも強いことが信じられないという声があちこちから聞こえるが、ティオナとティオネは違っていた。
「カワサキさん! 手加減しなくて良いですよ!」
「もっと全力でやってもベートは頑丈だから大丈夫!」
やいやいと囃したてる声にカワサキは肩を竦めながらベートに視線を向けた。
「お前が今まで積み上げたものぶっ壊れるけどどうするよ?」
「望む所だ。あんたの強さ見せてくれよ」
ロキファミリア、そしてオラリオで積み上げたものが壊れるぞと言われたベートは獰猛な笑みを浮かべて構えを取り、カワサキも本当に軽く構えを取った。
「これは訓練じゃないからな? 俺の強さなんか大したことは無いが……ベート。お前が乗り越える壁としてはまぁ立ち塞がってみる事にしよう、行くぜ?」
「おう、俺も行くぜッ!」
獣人の脚力を使っての突撃、並の人間なら防御も、回避も出来ない。ましてや恩恵のない人間が防げる筈が無いのだが……。
「そらよ」
「がっ!?」
無造作に突き出された拳がベートの顔面を穿ちベートが動きを止めた。
「スピードで撹乱しても馬鹿正直に死角を狙ったら意味無いだろ? ここを攻撃するって言ってるようなもんだ。それに足が速いなら……それを潰せば事足りる」
思わず耳を塞ぎたくなるような音が響いた。カワサキの蹴りはベートの脹脛を捉えていた。只の蹴り、それにしか見えなかったのだが……。
「うっ……うあ……」
「いてえだろ? 脹脛を蹴られてると足が踏ん張れなくてスピードもパンチも蹴りの威力も落ちる。相手が動けなくなれば……こっちのもんだ」
肉を打つ音が訓練場に響く、ベートは必死にガードを固めているがそのガードの隙間をすり抜けるようにしてカワサキの拳がベートの顔を左右へ弾き続ける。
「がっ!? ぐっ!! おおおおおッ!!」
このままでは倒されるそう判断したベートが右拳を突き出し、カワサキを引き離そうとするがベートの拳が伸びきる前に鋭い打撃音が訓練場に響き渡り、ベートは膝をついて倒れ、そのまま顔から倒れ込みかけるがカワサキはそれを片手で受け止めて寝かせると驚いている団員を掻き分けて水汲み桶に水を汲んで戻ってきてベートに向かってぶちまけた。
「つめてえ!? いてっ」
「おう、おはよう。んで? 続けるか?」
「当たり前だッ!」
「おうおう、根性があって良いね。ほれ、来い。今度は色々と教えてやる」
「それはありがたいなッ!!」
「踏み込みが甘い、脇が開いてるぞ」
「くっ! このっ!」
「苦し紛れに蹴りを出すな、カウンターを貰うぞ」
「ぐっ! 分かった」
殴られ、蹴られ、転がされ、ひっくり返され、ベートの全てが通用しない、だがそれでもベートの顔は晴れ晴れとしていて、倒されても転がされてもすぐに立ち上がり、カワサキに向かって行く姿を見て、ワシも段々とうずうずして来て、ベートが動けなくなって座り込んだタイミングを見て一歩前に出て、ワシも混ぜてくれと殆ど無意識にそう口にしているのだった……。
何度も何度も頼んでやっと手にしたカワサキの指導。オッタルとカワサキがやっているのは何度も見ていて分かっていたが、カワサキの指導はめちゃくちゃに厳しかった。
「いちち……めちゃくちゃ切れてるな……」
口の中も切れているし、殴られまくった顔や腹は多分青痣が出来ているだろうが、身体の痛み以上に収穫があった。
「冒険者っていうのはいつも思うが力任せだな」
「ぬ、ぬう……な、何故ふりほどけんッ!?」
「そりゃ関節を押さえているからだ、無理に動くと腕が折れるぜ、爺さん」
「ぐっぐぐううっ!」
カワサキはそれほど強く無いと言っていたがめちゃくちゃに強く、そして巧かった。ガレスとの組手を見ているだけでも勉強になった。
(……なるほどな……)
力は確かにあれば良いだろうが、その使い方によっては全然力を入れなくても相手を押さえ込めるようだ。
「ぐぐっ、降参だ」
「ん、で当然続けるよな?」
「当たり前だッ!」
ガレスはドワーフなので当然ながらパワーがある、力比べならオッタルにも引けを取らない程の強力だ。だからかカワサキは直接組み合うことをせず出鼻を挫いたり、相手の力を利用したりと俺とはまた違った技術を駆使してガレスと組手をしていた。
「やっぱりカワサキさん強いねぇ」
「強い強いとは思っていたが、本当に強いな」
「当たり前、大体男禁止のテルスキュラに半年も滞在してたんだから別格の強さだよ」
料理だけではなく、腕っ節も強いわけか……。
「あちこちを旅をしてると襲われるものなのかね?」
「そうじゃない? 特にカワサキさんの料理は美味しいし、旅をするのに困らないくらいの金があれば良いとはよく言っていたけどね」
無欲だと金も溜まる物なのかねと思いながらティオナとティオネと話をしながらカワサキとガレスの戦いを見ていたのだが、何時の間にかギルドから紹介され、お試し入団をしていた若い冒険者達にアイズや余り姿を見ないフィンとロキまでやってきて、訓練場は何時の間にか凄まじい熱気に満たされていた。
「うっし、そろそろ回復したな。お前は良いのか?」
体力も戻って来たのでガレスがダウンしたらもう1度と考えながら身体を軽く動かしてティオナ達に尋ねると2人はつまらなそうな表情を浮かべた。
「カワサキさんは女に手を上げるのは趣味じゃないって言って相手をしてくれないんだよ」
「カワサキさんと組手出来ればレベルアップに繋がりそうなのにぃ」
「はっ! それは残念だな、俺は思いっきり稽古をつけてもらうことにするぜ!」
ガレスがダウンしたのを見て地面を蹴って一気にカワサキに向かうが、振り返らずに足を掴まれ投げ飛ばされ訓練場の床を転がる。
「若いって良いねぇ、もう元気になったのか?」
「おうよ! 行くぜカワサキさんよッ!」
さっきの教えを全部出してやると意気込み、俺はカワサキに再び向かっていったのだが……。
「そぉい」
「ぬあっ!? ぐへえッ!」
「ぐはあッ!?」
腕を掴まれたと思った瞬間カワサキが自ら後に倒れ込み、その勢いで投げ飛ばされた俺はダウンしていたガレスの上へと落下し、訓練場に俺とガレスの潰れた蛙のような呻き声が響き渡り、殺気を感じて顔を上げると足の裏が迫っていて……。
「あぶねえ!?」
「ぐぼおっ!?」
俺が避けた事でガレスにカワサキの蹴りが叩きこまれ、再びガレスが地面に沈んだ。
(距離を取らないと不味いッ!)
腕力、打撃力、共に俺よりも低いカワサキだが、それを埋める技術を持っている。懐に潜りこまれたら不味いとバックステップをしようとするが、カーフキックとやらを叩きこまれた俺の左足は思うように動いてはくれなかった。
「くっ!」
カワサキが懐に潜りこんで来るのを見て咄嗟に顔のガードを固めるが、カワサキの固く握り締められた左拳が俺の腹を打つ。
「ぐっ! くっ、うっ!? 「がら空きだ。ベート」がぼおっ!?」
パンチが重い、殴られた衝撃よりも身体に残る重い一撃に思わず呻き声を上げ、それが何十発と続き、反射的に腹のガードをしてしまった直後カワサキの右拳が弧を描いてくるのが見え……ガードも避ける事も出来ず右拳が顔面に叩きこまれ俺は呻き声を上げながら吹っ飛ばされて意識を失い、2杯目の水をぶちまけられる事になった……。
ベートとアイズたんがカワサキを呼んで来たと聞いていたのだが、何時までも挨拶に来ないのでどこにいるのかと思いホームの中を歩いていると訓練場がやけに騒がしく、まさかと思って訓練場に行くとそこにカワサキはいた。
「だーかーら、パンチを打つ時に力を入れすぎなんだ。力を抜いて、軽く踏み込みながらこう」
軽い、本当に軽い音を響かせながらパンチを繰り出すカワサキの真似をして、ベートとガレスが拳を突き出しているが、音がめちゃくちゃ重かった。
「んーむ。力を抜いて打つというのがいまいち分からん」
「力を入れてるとパンチが重くなる。軽く打つパンチも必要だぞ?」
「あー質問だが、なんで軽いパンチを覚える必要があるんだ?」
相手を倒すのに弱いパンチを覚える必要があるのか? と尋ねるベートにカワサキは実際に体験してみたほうが良いと言って構えを取り、ベートに来い来いと手招きする。
「がっ!? うっ!? くっ、くそッ! 「ほい、隙だらけ」があッ!?」
早いパンチを何発も叩き込まれ、ベートが叫びながら前に出た瞬間に重い拳が突き出され、ベートは腹を押さえてその場に蹲った。
「な、なるほど……か、軽いパンチで……誘導と……足止めか……?」
「それもあるけど相手の出方を見るって使い方も出来るな。俺は料理人だから魔法はそんなに使えないし、武器も使えんが、格闘技には自信がある。弱いパンチ、強いパンチ。用は使い方だ。ジャブで相手の足を止めて蹴りを叩き込むなんて使い方も良いぞ」
「なるほどのう……じゃが、ワシとベートを押さえ込んだあれはなんだ?」
「ああ、あれか、あれは関節技だが、力任せに出来るモンじゃ……ん?」
ガレスと話をしていたカワサキが振り返りウチと目が合った。その瞬間ウチは思わず身震いした、初めて会ったのに、ずっと前に会っているようなそんな気がしたのと同時に凄まじい恐怖をカワサキに抱いたのだ。
「どうも「アホ女」が俺を探してるみたいだからちょいと行ってくる」
「アホ女……アホ女かぁ……団員としては否定しなければいかんが」
「無理だな。分かった、待ってるから早く戻って来てくれよ」
ガレスとベートと話をしたカワサキがウチの方に歩いてくる。
「俺に話があるんじゃないのか? アホ女」
「あ、ああ……そやな、ウチの執務室ではなそか?」
「別に好きにすれば良い。俺も、俺でお前に話があったしな、なぁ、アホ女」
アホ女アホ女と連呼され、普段なら怒る所なのだが……姿が違うのにどうしてもカワサキの姿が先日襲ってきた黄色い亜人にしか見えず、ウチは訂正しろとも言えず、愛想笑いをしながらカワサキを執務室へと案内したのだが……。
「お前子育てまともに出来ないのに何でアイズを引き取って育てるって言い出したんだ? お? 幼児虐待って知ってるのか? え? なんとか言えよ、おい育児放棄してなに偉そうにしてんだお前は」
「……すみません」
アイズたんに関しての説教が全て的を射ていて、反論出来る訳も無くウチはアイズたんの事でガチ切れしているカワサキに向かって深く、深く、それこそ土下座する勢いで頭を下げるのだった……。
メニュー30 カワサキさんロキファミリアへ行く その2へ続く
ベートとガレスがカワサキさんの指導を受け体術の概念のレベルがアップしました。そしてロキ虐その2の開幕ですが、アイズへの対応はネグレクトにしか見えないので静かに怒るカワサキさんとなりました、次回は少しこの話の続き、そして食事を書いて行こうと思います。この後は色々とやりたい話はありますがエレボスを交えて、ソーマと飲み会なんかやってみようと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。
オラリオにアインズ・ウール・ゴウンのメンバーがいるのは
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間違っている
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間違っていない